そうだ、つまらない話をしてあげよう
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これはわたしの可愛いお姫様が書いた話なんだ。
そう言ってお爺さんは肩から提げるタイプの茶色い鞄のチャックを開けて中を探り始めたわ。
なにを探しているのかしら。もしかして……。
と、私が真っ先に思い浮かべたのはナイフやハンマーといった凶器の類ね。
だって目の前にいるのはみすぼらしいホームレスお爺さんよ。きっと散々つまらない話を聞かせて油断したところ狙い凶器を取り出してこう言うんだわ「金を出せ」と。
まあお金が好きなのはホームレスのお爺さんに限った話ではないけど。
「あった。あった」
嬉しそうな喜びの声を出すお爺さん。なにがそんなに嬉しいのかしら。
笑顔のお爺さんが鞄から取り出したのは古い本のいい香りがする分厚いシミだらけの汚い一冊の本だったわ。
「それは?」
「ん。さっきも言ったはずだよ。これはわたしの可愛いお姫様が書いた話だってね」
ああ。そういえばそんなこと言っていたかしら。
ついに本性を現したお爺さんとどう対決するかを考えていたから全然聞いていなかったわ。と素直にお爺さん言ってあげると
「はっは。わたしがそんな狂暴な爺に見えるのかい? 君の感性は本当に柔軟というか、変わっていて面白いね」
と馬鹿にされたわ。
「ちなみ」
「なにかしら」
「本性を現したわたしとどう戦うつもりだったんだい? 君のような華奢なお嬢さんが武器をもった老い耄れに勝てるとは思えないけどなあ」
もしかして喧嘩を売っているのかしら。
「確かに真正面から武器を持った貴方と戦うことは無理ね。死に急いでいるだけだわ」
「そうだね。それで君はどうするんだい?」
「やることはひとつよ。大きな声で一つ悲鳴を言えばいいのよ。
だってここは昼下がりの公園。まばらだけど私達以外にも人はいるわ。
つまり目撃者は沢山いるということ。もし仮に私がお爺さんを返り討ちにしてしまっても、最初に襲ってきたのはお爺さんなのだから正当防衛で防げるわ」
「はっは。そこまで考えているとはいやさすがっ」
カッカッと笑い飛ばすお爺さん。
何度も言っているように思えるけどこのお爺さんには本当に皮肉と言う物が通じないのね。
「ああ。つまらない」
と口にしてハッとした。だってお爺さんが凄く嬉しそうなご満悦の笑みを浮かべているのだもの。
「どうやら君もつまらない話の虜になってしまったよだね?」
「なんのことかしら? 私は貴方とのこの不毛でくだらない時間がつまらないと言ったのよ」
「それはどうだろうね」
カッカッとまたお腹を抱えて笑い飛ばすお爺さん。
「君も待ち焦がれているようだし、そろそろこの本を読んであげようかな」
「待ってなどいないのだけど」
と言う声なんて聞こえていないのよね。貴方には。
お爺さんは嬉々とした表情でシミだらけの分厚い本を手に取ると一ページ目を開き、先生が幼い子供達に絵本の読み聞かせをするかのようにしっとりとした優しい声で物語を語り始めたわ。
――少し前から言っていた。美しいお姫様とやらのお話をね。
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