そうだ、つまらない話をしてあげよう
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とある親子の話
つまらなそうな顔をしているお嬢さん。
ところで君はちゃんと新聞を読んでいるかな? 昨今の若者の活字離れは深刻だと、どこかの偉い人が言っていたそうだよ。
わたしは読んでいないから知らないけどね。わっはっは。
これはね、今朝の新聞のトップを飾った記事の話さ。
日本の警察は優秀だと言うけどこの町にいる刑事も優秀だったのさ。
「現行犯逮捕!」
狙った獲物は逃さない。犯罪者は全員逮捕! だって言っていた凄腕狩人のような凄い刑事が居たそうでね。
まだ若いのに出世コースに乗った警察のエースだよ。羨ましい限りだね。
いや若いからこそ出来ることなのかもしれない。
「おかえりなさい、あなた」
「パパー」
もしくは守るべき家族がいるからかもしれない。
彼には幼馴染の美しい妻と可愛い息子の三人家族。
極悪犯罪者との対決で疲れて帰って来た彼を温かく出迎えてくれる家族の笑顔、これに勝る幸せはないだろう。
だから彼はこの幸せのひと時に執着し、何を犠牲にしても守りたいと思ったんだ。
「ただいまー」
今日もいつもと変わらないごく普通の日常の一コマのはずだった。
極悪犯罪者たちと戦い疲れて帰って来た勇者は自宅でHPを回復しようと自宅に帰宅するんだ。
「……?」
でも今日は何かが可笑しかった。
だっていつもならついている部屋の明かりが消えていてさ、玄関のドアを開ければずぐに出迎えてくれるはずの愛する妻と息子の笑顔がないんだ。
参百六十五日、一日たりとも出迎えに来なかったことなんてなかったのにのね――可笑しいよね?
窓が開いているのかな。
身も凍るような冷気が何処からか吹いて来て勇者の身も心も冷やしていくのさ。
彼は刑事だ。
こんな緊迫した空気なんて何度も経験したことあるのさ。まさかそれが自宅で起こるとは思ってもみなかったようだけどね。
息子といつか野球で遊ぼうと買った金属バットを持って慎重に足音を立てないように廊下を歩き、家族の憩いの場所リビングを目指すのさ。
――そして見てしまうのさ
「おかえりパパ」
いつも通りの可愛らしい笑顔で出迎えてくれる息子に
「…………」
馬乗りにされ、ぐちゃぐちゃにかき回されて遊ばれているサーモンピンク色をしたアジの開きのようになっている――
開け放たれ寒い冬の冷気がふぶく窓にかけられている赤い液体が飛び散った緑のカーテン。
赤い液体の水たまりが出来ている床。
赤黒い液体がベットリと着いた台所にあるはずの包丁。
――色白肌が美しかった 妻の変わり果てた醜い姿をさ。
「お前が殺したんだよな」
勇者は刑事。敏腕の刑事。
平然を装い冷静に淡々とした口調で目の前でなおも犯行を続ける"犯人”に訊ねるのさ。
「……そうだけど?」
それがどうしたのっと息子は無邪気に首を傾げるのさ。だってまだ善悪も測れない五歳の子供なのだから。
「ママに何か恨みでもあったのか?」
刑事の言葉に息子は大きく首を横に振った。
「恨みがなかったら殺したらダメなの?」
何も知らない無垢な子供だからこその質問。
「一体どんな理由があったら殺してもいいの?」
この質問に刑事は答えられなかった。目の前にいる、狂人の殺人鬼の質問に何も答える事が出来なかったのさ。
彼が出来るのは
「……お前は俺が守る。だから安心しろ」
「……?」
もはや見る影も無くなったただの肉塊と化した妻の死体を山奥に埋め隠す事。
「俺は腐っても刑事だ」
刑事だという事を利用して警察内部の情報を操作し息子が犯した事件をこの世から抹消し法の魔の手から息子を守る事。
誰が五歳の子供が自分の母親を殺してみせると思う?
そんなこと誰にもバレっこない。いや実際バレなかったかのだからね。
――最後の事件が起こったあの日までは……ね。
彼の息子は生まれ持っての殺人鬼。狂いに狂った狂人の殺人鬼なんだ。
一回の殺人で満足するわけないのさ。
その後も何人も、何人も、殺していったのさ。ただそこにいたからってね。
最初に母親を殺したのだって、幼い彼の傍に一番近くにいる存在だったからだたそれだけの理由。
ならさ、賢い君ならもうわかるだろう?
「何故だ! どうして俺を」
この町で一番優秀な刑事だと言われた男はいなくなった。
世界で一番守りたかった者にの手によってね。
守りたかった者だって守ってくれる存在がいなくなりそこでお終いなのさ――
とある親子の話*fan*
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