そうだ、つまらない話をしてあげよう
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そうだ、つまらない話をしてあげよう
そう公園で一人優雅にお昼ご飯を食べていた私に話かけてきたのはホームレスのお爺さんでした。
「どうかな? つまらなさそうな顔をしているお嬢さん」
お嬢さん誰のことかしら。公園にはまばらに人がいるわ。
でもベンチ座った私を真っ直ぐに見つめて話かけるお爺さんは一人しかいないわ。
一メートル先で地面に新聞紙を引いては座禅を組んで酒缶を片手にニタニタと話かけるお爺さんは一人しかいないわ。
「もしかして私に話しかけているのかしら」
「そうだよ。つまらなそうな顔をしたお嬢さん。君以外に誰がいるのかな?」
変な問いね。そう思いながら辺りを見渡してみたけどお爺さんの言う、つまらなそうな顔をしたお嬢さんとやらはいなかったわ。
いるのは公園で楽しくピクニックをしている小さい子供連れの家族とジョギングを楽しむ若い男性とその他通行人と私とお爺さん。
「確かにそうね。それで? つまらない話というのは貴方のそのだらしなく伸ばした髭の話かしら」
語尾を少々強めに蔑むような目で言ってあげるわ、ホームレスのお爺さん。
着ている衣服は当然ボロボロ。継ぎはぎだらけであっちこっち破れているわ。伸ばした白髪の頭もボサボサ、長い自慢のお髭も自然に任せて伸ばしたせいでボサボサ。
あぁ……なんてみすぼらしくてつまらないお爺さんなのかしら。
「面白い事を言うねお爺さん」
このお爺さんには皮肉というものがないのかしら。
「残念だけどわたしの髭の話ではないよ」
「そう。それは残念ね。じゃあお話はこれで終わりかしら、つまらないお爺さん」
お爺さんとのつまらない会話を終了させて、また一人優雅に昼飯を食べようとしたのだけど、
「まあまあ、そんなに慌てなさんな。つまらなそうな顔のお嬢さん」
お爺さんがまた話しかけてきたわ。
「一つだけでいい、つまらない休日の数分だけでいい、爺の戯れだと思って付き合ってくれないかな」
チラッと公園に備え付けられている大きな時計の針をみると丁度正午、十二の所で長針と短針が重なり合っていたわ。
迎えが来るまでにはまだ数時間と猶予があるわね。
「……確かにつまらない長い休日のほんの数分、つまらないお爺さんのつまらないお話に付き合ってあげるのもいいかもしれないわね」
お年寄りは大事にするものだと、お母様も言ってらしたからね。
そう私が言うとお爺さんはパァァアと満開の花が咲いたような満面の笑みを浮かべ、腕を大きく広げて公園にいる誰もに聞こえる大きな声で、
「じゃあ最高につまらない話をしてあげよう! これはとある男の話なんだけどね――」
つまらないお爺さんの口から最高につまらない話が始まったわ。
聞いている観客たちは私だけ。喋っているのはお爺さんだけ。私とお爺さんの二人だけの舞台が今――完成したわ。
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