勇者にならない冒険者の物語 - ドラゴンクエスト10より -
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始まりのジュレット2
大階段を上ると、直径数十メートルの円形の広場に出る。
食材を売り出す露店が所狭しと立ち並び、道行く客達が思い思いの露店で魚介類やら野菜やらを求めて吟味し、値段交渉をしていた。
下層の広場とは違った活気に、バルジェンはしばらく圧倒されて眺めていたが、次第にその活気が楽しくなってきて主に女性の客達に雑ざって露店を眺めて歩き出す。
赤や黄色と色とりどりなピーマン。
本当に食べられるのか怪しそうなカラフルな生魚。
びっくりするほど大きな二枚貝。
椰子の実に手ノミをあてがって片手ハンマーでたたいて穴をあけ、太めの草の茎を乾燥させて作ったストローを刺しただけの果樹ジュース。
見て回るだけで楽しいが、食品ばかり見ていたらどうやら小腹が空いてきてしまい、所持金が無いことを思い出して残念そうに露店広場を後にする。
そして、更に上り階段を上って行くと、今度は階段の幅が狭くなり始めて住宅街に差し掛かる。
住宅街は入り組んでおり、上り階段と下り階段が入れ代わり立ち代わり現れて流石に足元に疲れが出始める。
そういえば自分の身体は、どうやら瀕死の重傷を負っていたらしく、三日間も生死を彷徨っていたのだとか。
今更ながらに思い出して体力が落ちているのだろうと思い至る。
かと言って、宿屋の場所は覚えていない、というかジュレットの地図が頭に入っていないのでどこをどう行けば帰れるのかわからない。
どうしたものかな、と思い悩んでいると、上り階段の先の民家の陰から激しく口論しているらしい女性の声が聞こえてきた。
「だから! 記憶が何!? わけわかんないんですけど!?」
めんどくさそうな内容で会話してますね。
ちらりと通りすがりにそちらを見てみる。
ウェディの美しい、というよりは可愛らしいシルバーブロンドのツインテールの、露出度の高めな簡易ドレスに身を包んだ女性が何かの宝石の(ガラスの?)長方形の結晶体を左手に持ち、左耳に押し当てて一人で息巻いていた。
ケイ・・・タイ・・・デン・・・ワ?
何かのイメージとだぶるが何のイメージなのか判然としない。
ただ、一つ感じたのは、
なんだか世界観ぶち壊しだよ・・・
という感想だった。
触らぬ神に祟りなし。
喧嘩腰で会話しているのを見るに、関わらないのが正解だと思い、階段と通路の交差点で民家の壁に寄り掛かって一人会話している女性の脇を抜けて階段を上って行こうとした時、唐突に女性が前に出てきてぶつかりそうになってあわてて後退る。
ぶつかりそうになったのにイラっとしたのか、ウェディの女性が殺人的に睨みつけてきた。
怖い。なに、俺なんかしたか? そっちがぶつかって来たんですよ?
目だけで異論を唱えて右に大きく迂回して通り過ぎようとすると、何の冗談か女性も同じ方向に迂回しようとしてまたぶつかりそうになった。
「おい! 邪魔だよ!」
おおう、こええ・・・。素直に謝ってやり過ごそう。
「おぉ、すまん・・・ね。ごめんごめん・・・」
口元がちょっとひきつっているかもしれない。
兎に角やり過ごそうと試みるや、やはり彼と同じコースで歩いてきて・・・
「だからしらねーっつーの! これからステージあるんだよわかる!? 記憶喪失の男なんて探してる暇ねーっての!」
いや、だから俺の進むほうに来ないで・・・
「邪魔だよ! さっきからあんた何なの!?」
「う、うむ、なんだろうね・・・それじゃ、さよなら・・・」
仕方なく回れ右して別のルートを探す事にする。
背後からすさまじい喧騒がまだ続いていた。
『三日戻れないとか知らねーし! なんであたしが見ず知らずのおっさんを面倒見ないといけないわけ!? あ!? おっさんじゃない!? しらねーし!! いそがしーんだよ! ミエルみたいにひまじゃないの!! それよかミエルいいかげんまともにしゃべれ! あんた何言ってるのか支離滅裂でわかんねーんだよ! きるよ!? もう切るよ!? だから忙しーんだっつの!!』
うむ、今の勢いでどうやら会話は終わったみたいだ。
くわばらくわばら。
もう別のルートで宿屋探すから、さすがにエンカウントしないだろう。
下り階段が丁字路で終わった突き当りで、ほぅ、っとため息をついて一瞬立ち止まると、背後から結構な勢いで「どーんっ!」とぶつかられて丁字路の手摺りに思わず腹をぶつけ、勢い余って落下しそうになる。
「ううお、こわ!! なにすん!」
振り向くと、さきほどの可愛らしいヒステリー娘がいた。
「・・・いってー・・・急に立ち止まるんじゃねーよ! このクソガキ!!」
く、そ・・・がき・・・?
「まぁまぁ、いい加減にしような。いい年した男を捕まえてクソガキはねーだろう」
「は!? 十代そこそこのクソガキがナマなこと言ってんじゃねーよ、おかすぞ!」
「いやいや、まぁまぁ、こう見えて俺も今年で26だからな? おっさんとか言われると傷つくけどな? ガキもねーな?」
「うるせーよクソガキ! 突き落とすぞ!!」
うわあ。
めんどくせぇ。
もういいや。
「うん、わかった。うん。まぁ、・・・バイバイ・・・」
丁字路を右に進もうと関わるのをやめようとした時、彼女が急にバルジェンの左腕にしなだれかかってきた?
「おいーちょっとー・・・、あのねぇー・・・」
「うるせぇうるせぇ・・・しばらくこうしてろよ・・・」
急にしおらしくなる。
めんどくさー! と思いながら彼女の後ろに視線を向けてみると、三人組のオーガの屈強そうな男性が丁字路の反対から向かって来る所だった。
「おぅい、ジーナじゃねーか。もうすぐステージだろ? 送ってってやるからよ、こっちこいよ」
「いや、今忙しーし。彼氏と一緒だし。いかねーし」
「カレシ?」
思わず呟いてしまうバルジェン。
ウェディの彼女が顔を耳元まで近づけてきて囁いた。
(いいから合わせろよ! 空気読めよ!)
(いや、なんのトラブルか知らないけど俺がアナタを助けて何かいいことでも?)
(うるせーよ! いいから合わせろよ!)
二人の様子に、リーダー各らしい鎖帷子に身を包んだオーガの男が前に進み出てきた。背には黒い片刃の大剣を背負っており、見た目はすごく強そうだ。
関わりたくない、と思ったバルジェンが女性を引き離そうとした時、オーガの男は前に進み出てきて彼女の耳元まで顔を近付けてきて言った。
「そんなクソガキなんかほっといてよぅ。俺といいことしようぜ!」
彼女の腕を掴むと、力任せに引きはがしにかかる。
左の上腕を捻りあげられて女性は悲鳴を上げた。
「ひぁ、いたい! ・・・ちょっと、やめて・・・!」
「あ? お?」
オーガの男がこちらを見る。
「おーい! 痛がってんじゃねーかよウェディのクソガキぃ! ジーナを放せっての!?」
「いや、放すのあんた・・・。だよ。・・・おねがいやめて・・・」
「はぁ!? なに!? ジーナ聞こえないよジーナ!?」
「だから・・・やめて・・・」
ああ、なんだろう・・・。
別にこの女がどうなろうと知ったこっちゃないはずだが・・・。
なんだろう・・・。
「きーこーえーなーいー!! おらこっち来いよ!」
「いや・・・!」
なんだろう・・・。
「おい、お前らも突っ立ってねーで行くぞオラ!」
「へい、ダグルスの旦那!」
「早くしねーとショーに遅れちまいますしね!」
「いや! ちょっと、あんた! 助けてよ!?」
なんだろう・・・。
「オラ、いいから来るんだよ!」
オーガの男たちがジーナというウェディの女性を取り囲んで連れ去ろうとする。
どうでもいいはずなのだが、
なんだろう・・・
ア タ マ ニ ク ル
バルジェンの身体は自然と動いていた。
音もたてずにジーナの背後についていた取り巻きの男に近寄り、首筋に上段蹴りを振りぬく。
ドっと、音にもならないような鈍い音がすると、上段蹴りを受けたオーガの男はその場に頽れて意識を失った。
一瞬事態を飲み込めなかったオーガ達は、すぐに戦闘態勢に入る。
ダグルスという男は黒い片刃の大剣を軽々と背から引き抜いて右手一本で構えて見せる。
取り巻きの片割れも、腰に差していた刃先の湾曲した短剣をするりと抜き放つ。
「おめー、今自分が何したのかわかってるよな?」
そのセリフがあまりにも滑稽で、思わず含み笑いをするバルジェン。
「おい、何がおかしいんだテメー!」
「オメー、今自分が何したのかわかってるよな? ・・・ぷーっ、くっくっく・・・」
「テメー! ふざけてんのか! この状況が解ってんのかええ!?」
「あー、おかしい。なに? 何のつもりだ? お前、武器を抜いていいのは死ぬ覚悟をしたヤツだけなんだぜ?」
くすくすと薄笑いをしながら両手を大きく左右に開いて挑発して見せるバルジェンに、取り巻きの男が短剣を振り回してきた。
「なんだかうるせーんだよクソガキ、死ねや」
くるくるとよく回転しながら近付いてくる短剣の一撃。
バルジェンは何のことはないと男の武器を持つ拳めがけて無造作に前蹴りを放った。
ゴリっと嫌な音がして男が短剣を取り落とす。
「あ・・・あ・・・・・・」
あらぬ方向に曲がってしまった右手の人差し指と中指を呆然と眺める男。
バルジェンが再び音もなく動いた。
すり抜けざまに顎に上段正拳突きを放つ。
ビキリっと後頭部から嫌な音を響かせて男が首を激しく後ろに後退させると、そのまま気を失って仰向けに倒れてしまった。
「フゥー・・・・・・おめぇよ・・・どうやら俺を本気で怒らせたいらしいな。オメーはただじゃおかねぇ」
「ハハッ、こっちのセリフだ三下。クズは死ね」
バルジェンの右上段蹴りが風を切る。
足先で大剣の腹を蹴り飛ばすと、ダグルスの手の中から面白いほど簡単に大剣が転がり落ちる。
あ、と男が声を上げた時には、左上段蹴りがダグルスの首筋にクリーンヒットしていた。
蹴り上げた左足が地に着く頃、右足刀蹴りがダグルスの喉仏に突き刺さり、体勢を崩した所に左前蹴りが鳩尾に入る。
「う・・・ぐご・・・」
声にもならないうめき声を上げて後退するオーガの男に、バルジェンはするりと近付いて顔面目掛けて拳を叩き込んだ。
左正拳突き、右正拳突き、左フック、右正拳突き、左アッパー、右フック、右裏拳、左正拳突き、右正拳突き。
目の淵、口、鼻から血を流して、オーガの男、ダグルスはその場に頽れた。
「う・・・げご・・・て、てめぇ・・・なに・・・もん・・・」
「はーい。通りすがりの旅芸人でぃす」
右足を膝が首に達するほどに振り上げ、ダグルスの顔面を踏み抜く。
後頭部を勢いよく石畳の上に叩き付けられるオーガ。石畳の割れる乾いた音と、生木が潰れるような嫌な音を響かせて、オーガの男は気を失った。
左掌をダグルスの顔面に向け、右拳を左掌を射貫くように軽快に打ち込むバルジェン。
「エーィ、ソゥリャァ」
止めの構えで戦闘の終了を宣言したのだった。
ジーナ、ウェディの女性を振り返ると、目を丸くして事の成り行きを呆然と眺めている。
心うつろに倒れたオーガの男たちを見まわし、そしてバルジェンの顔に目が行き、抑揚のない声でつぶやいた。
「あんた・・・目が、赤い・・・?」
「ん?」
目の色がどうしたというのだろう。
わけがわからん、と首を小さく左右に振ると、バルジェンは何も言わずにその場を離れようとした。
他意はない、頭の中は真っ白だ。
ただ、何かが終わったのはわかる。
終わったからもう関係ない。
ココニイルヒツヨウハモウナクナッタ
その場を離れようとしたバルジェンに、彼女が勢いよく飛びついてくる。
「ちょっと! ちょっと、まって! お礼位させて!」
「お礼? なんの?」
ナニヲイッテイルノダロウ、コノ女ハ
価値もない小動物の獲物を見下すかのような冷たい視線を送ってくる男に、ジーナは思いっきり左手を振りかぶった。
「あんた、正気に戻んなさいよ!」
ばしっと頬を叩く。
「おうう、いてぇ。何してくれるのかなこのおねーさんは」
悲しそうな顔で抗議の声を上げるバルジェンの頬を、両手で包み込むようにしてウェディの女性、ジーナは顔を覗き込んできた。
じっくりと真剣な眼差しを受け、ちょっと照れて目をそらすバルジェンに、ほっと安堵の吐息をついてその場に頽れる。
「目の色戻ってるし・・・。・・・・・・・・・・・・よかったーーーーーっ!」
「よかったって何が!? こっちは叩かれた頬が痛いわ!」
「男がちっさいこと気にすんな! それよりあんたメシは!?」
ぐーっと不本意ながら腹の虫が鳴る。
ジーナは楽し気に笑うと彼の右腕に絡みついてきて言った。
「エスコートしな! 特別に優待チケット使ったげるから、今日は好きなだけ飲んでも食ってもタダだよ!」
「うゎぁなにそれ後が恐ろしい営業的な・・・」
「うっさい、いいからこい!」
ジーナは半ば強引にバルジェンをひっぱっていく。
バルジェンは、彼女を振りほどく元気もなんだか湧かず、されるがままに連れられて道を進んだ。
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