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赤き巨星のタイタノア

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第2話 調査の代償

 ――西暦20XX年。
 外宇宙から襲来した巨大怪獣の軍勢により、地球は滅亡の危機に瀕していた。
 国連はこの未曾有の窮地に対処すべく、世界各国の軍事組織を統合した「地球守備軍」を組織。怪獣軍団から祖国を守るべく集った勇士達が、地球防衛に立ち上がった。

 既存の兵器を容易く跳ね返す宇宙怪獣。その生態を研究し、さらなる強力な兵器を生み出していく守備軍。
 双方は、血を吐きながら戦の道を走り続ける。例えそれが、悲しみの中であるとしても。

 ――そして、本格的な開戦から30年。膠着状態が続いていた戦場に、新風が吹き抜ける。

 日向威流(ひゅうがたける)志波円華(しばまどか)武灯竜也(むとうたつや)。他の追随を許さない3人の天才パイロットが、同時に台頭したのだ。
 パイロット養成機関の同期である彼らは、互いに切磋琢磨して超一流のエースパイロットへと成長。怪獣軍団から地球を救う切り札として、あらゆる戦場を駆け抜けた。

 やがて彼らは、地上から怪獣軍団を駆逐し――地球を救った英雄として讃えられる。侵略者達を宇宙へ追い返した、救世主として。

 だが、1ヶ月前。地球からそう遠くない、ある宙域に――滅びたはずの宇宙怪獣の「影」が確認された。束の間の平和を乱すかのように……再び、未知の生命体が人類の前に現れたのである。
 しかも、シルエットから推定された、その体長は――全長50メートルにも迫る大怪獣だったのだ。15メートル前後のサイズしかなかった、かつての怪獣軍団とは、まるで比較にならない。
 もしこの「影」が、本当に50メートル級の大怪獣であるとして。それが他の怪獣と同様に、地球を侵略する可能性があるのなら。平和を取り戻したはずの地球に、さらに凶悪な侵略者が現れる可能性がある。

 事態を重く見た守備軍上層部は、この件を公表せず――2週間前、「地球近辺のパトロール」という名目でコスモビートル隊を派遣。地球を救った実績のある威流達に、威力偵察を命じた。

 ――しかし。そこで彼らは、自分達の動きを察知していた「大怪獣」の襲撃を受けてしまう。
 そして、偵察に出たコスモビートル隊3名の内、リーダーである威流が撃墜され行方不明となる事態が発生。残る2名は辛うじて離脱に成功したが――守備軍を代表する3大パイロットの筆頭格を欠いた事実は、真相を知るパイロット達や上層部に重くのしかかっている。

 とりわけ――最も近くにいながら、自分達のリーダーを救えなかった円華と竜也は、この結果を深く悔いていた。
 威流の捜索はまだ続いてはいるが、未だ手掛かりすら掴めていない。すでに上層部は彼の生存を絶望視しており、「パトロール中のエンジントラブル」というカバーストーリーによる、事実の隠蔽を図っている。そのため、捜索規模の拡大を熱望している円華と竜也に、圧力を掛けていた。

 ようやく怪獣軍団との戦いが終わり、終戦を宣言し。全世界が復興に向けて動き始めている中で、「大怪獣」の存在が公になれば……守備軍が怪獣軍団を撃滅したことで得た名声に、傷がついてしまうからだ。

 ――上層部にとって地球守備軍は、「宇宙の侵略者から地球を救った英雄」であらねばならないのだから。

 ◇

 ――そして、威流の撃墜から2週間。
 人類が宇宙に進出した、この新時代の東京においても、古風な景観を保ち続けている屋敷の中で。

「……そう、ですか」

 守備軍の名門「獅乃咲家(しのざきけ)」当主・獅乃咲雅(しのざきみやび)は、娘の許嫁である威流の最期を、耳にしていた。
 艶やかな黒髪を纏め上げた、色白の和風美女。端的に彼女の容姿を表現するなら、そのような言葉になる。淡い山吹色の和服に袖を通す彼女は、齢40とは思えぬほどの若々しさであり――美しくも儚げなその貌は、20代後半のようにも伺える。

 一方。その隣に控える彼女の娘・獅乃咲葵(しのざきあおい)は、目を伏せたまま報告を聞いている。
 亜麻色の髪をショートボブに切り揃えている彼女は、16歳という年齢には不相応なほど発育した肢体を、母と同じ山吹色の和服に隠している。母譲りの色白の肌と、侵し難い美貌を持つ彼女は――報告に馳せ参じた侍女と目を合わせず、ただ黙していた。

 そして。この獅乃咲家に仕える侍女にして、守備軍所属のエースパイロットである――志波円華は。頭を床に擦り付け、両手をついたまま、2人に対して頭を垂れていた。
 肩まで伸ばしたセミロングの黒髪と、小麦色に焼けた肌。全体的に筋肉質でありながらも、女性らしいラインを描いたプロポーション。その溌剌とした風貌と男勝りな人柄で、男所帯の守備軍において「エース」の座に登りつめていた彼女も――今となっては、見る影もない。

 ――日向威流は一般家庭の出でありながら、確かな実績と信頼により、獅乃咲の婿としてこの家に招かれていた。次代を継ぐ獅乃咲葵の、許嫁として。
 そんな彼を、獅乃咲に仕える身であり、共に戦うパイロットでありながら。彼を守るどころか、自分達が生還するための犠牲にしてしまった。侍女としてこれほど重大な、主人への裏切りは類を見ない。

「申し訳ございません……! 全ての責任は、彼のそばにいながら何もできず、あまつさえ此度の原因を作ったこの私にあります! 御命令さえあれば、今すぐにでもこの首を――!」
「もう、よい。彼を悼む思いは、皆同じです。これ以上、自分を責めてはなりません」
「しかしっ……当主様……!」

 守備軍の白い軍服に袖を通している円華は、顔を上げるとしきりに「裁き」を乞う。だが、雅は落ち着いた物腰で、穏やかに彼女を諭していた。

「……彼はいずれ、獅乃咲(しのざき)流を継承する武人でした。武人ならば、戦場で果てるのはこの上なき誉れ。何も、悲しむことはないのですよ。あなたも、それは分かっているはずでしょう?」
「……っ……」
「さぁ、行きなさい。あなたは今、後進を育てる教官職であるはず」

 威流に同行していながら、彼を守れなかった円華を、ただの一度も責めることなく。雅はただ、労わるように。

「……死なせたくない、と願うのなら。死なせぬ術を、後世に伝えて差し上げなさい」
「……!」

 長きに渡る侵略者との戦争から、ただ1人生き延びてきた教え子を、旅立たせようとしていた。

「……失礼、します……!」

 もはや円華には、その意を汲む以外に道はない。――自らの想い人(・・・)を見殺しにした、自分には。

(威流……ごめんなさい……! 私、最後まで何も……出来なかった……!)

 立ち上がり、踵を返し。彼女は肩を震わせながらも、涙だけは見せまいと立ち去っていく。婚約者である葵の前で、自分が泣く資格など、ないのだと。

「……よく、頑張りましたね。葵」
「……」

 やがて、円華がこの一室から立ち去った後。雅は隣で目を伏せ続けていた娘に、円華と同じような――優しげな視線を送る。
 母の言葉に堪え切れず、顔を上げた葵は――整っているはずの顔をくしゃくしゃに歪め、押し殺していた悲しみを溢れさせていた。

「……お、母、様ぁっ……!」
「立派よ。あなたは、立派に耐えた。獅乃咲の家に相応しい、子女になりましたね」

 由緒正しき武家である獅乃咲。その一族に名を連ねる者として、いかなる時でも気丈でいなければならない。
 その重圧と、愛する青年を喪った悲しみに耐え忍び、「獅乃咲の娘」であり続けてきた彼女は。ここが「公の場」でなくなった瞬間、ただの少女としての自分をさらけ出していた。

「あ、あぁあ……あぁぅあんっ! 威流、様……威流様ぁああ……!」
「……」

 母の胸に飛び込み、咽び泣く葵。そんな娘を、労わるように抱きしめながら――雅は宇宙に消えた威流を探すように、天を仰いだ。

(戦争が終わり、ようやく世に平和が戻りかけたというのに……。天はまだ、試練を課すと言うのですか)

 長きに渡る宇宙怪獣との戦争は、この地球からあらゆる命を奪い去った。戦える男の過半数は戦場に散り、女子供まで戦いに出向かねばならない暗黒の時代。
 それがようやく終わりを迎え、この星が平和な未来に歩み出そうとした――矢先。人類の勝利の立役者であり、英雄である彼が、このような結末を迎えるなど。

 彼の義母であり、師である雅は。容易く、受け入れることができずにいた。
 ――もしかしたら。今も彼はどこかで、生きているのではないか……と。

 ◇

 発足から30年を経た地球守備軍は、宇宙怪獣との激戦により戦力の過半数を失った。その穴を埋めるべく、現在では新兵の育成に力が注がれている。

「どうした、お前ら。そんなもんで、本当に前線に行けるとでも思うのか?」

 ――だが。三大エースの1人、武灯竜也の訓練は日に日に苛烈さを増し。あまりの厳しさに膝を折る若手パイロットが後を絶たない状況となっていた。
 軍の教科書に名を残すほどの英雄。その人物が自ら教鞭を執ると聞き、当初は大勢の若獅子が詰め掛けたのだが……今となっては、彼の指導について行っている新兵は、当初の2割しかいない。

 訓練を終えた竜也の前には、死人のような表情の新兵達が、死屍累々と倒れ伏している。そんな彼らを見渡す竜也の眼は、怪獣の牙さえ穿つ鋭さを持っていた。
 黄色いパイロットスーツを内側から押し上げる、筋骨逞しい肉体。荒々しく逆立った黒髪。肉食獣の如き、獰猛な顔付き。
 そんな外見に違わず――否、それ以上(・・・・)に苛烈なシゴキを目の当たりにして、隣に控える副官は完全に萎縮していた。

「む、武灯教官……さすがに新兵相手にこれは……」
「あぁ?」
「い、いえ、その……」
「……こんなの、序の口ですらねぇんだぞ。本当の戦場ってのはな……!」

 副官や、他の教官達が思うように。竜也の指導は新兵に対するものとしては余りに厳しく、鍛える前に壊してしまうような内容であった。

 ――だが、竜也自身もそれを自覚していながら。自らの不甲斐なさゆえに、かけがえのない「戦友」を失ったことへの自責をぬぐい切れずにいた。
 そしてそれゆえに、訓練の手を緩められずにいるのだ。もう2度と、誰も死なせないように。

「……?」
「……ちっ、もういい。さっさとあいつら叩き起こして、明日に備えさせろ。明日のシゴきは、こんな優しいもんじゃねぇからな!」
「は、はひぃっ!」

 自らの非力さへの怒り。自分が認めた、唯一無二の親友への想い。それら全てを胸の内に抱え込みながら、竜也は副官を怒鳴り散らしていた。
 救世の英雄に怒号を浴びせられた副官は、顔面蒼白になりながら新兵達に駆け寄っていく。

「くそったれっ……」

 ――自分はそんな彼のように、傷付いた仲間を助けることが出来なかった。副官の背を見送る竜也は、そんな自分の非力さを呪うように舌打ちすると――満天の星空を仰いだ。

(……威流。あの世から、恨んでくれてかまわねぇぜ。お前の弔い合戦すら、上は許しちゃくれねぇんだから
な)

 まるで、天へ召された親友の無念を悼むように。

 ……だが、彼はまだ知らなかった。

 日向威流が辿っていた、数奇な運命を。
 
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