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アナクロニズム

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第三章

「今はな」
「あなたの真似して軍服着ている人が増えてきたけれど」
「どの人もそう思っているらしいな」
「そうみたいよ、今じゃね」
「不思議だな、軍服を着ているとな」
 それでとだ、工藤は妻にさらに話した。
「自然と身が引き締まってな」
「武人たらんって思う様になったのね」
「こう言ったら僭越だが」
「僭越って?」
「乃木大将みたいな人になりたいってな」
「思ってるの、今は」
「あの軍服を着ていると思う様になった」
 乃木希典が戦った日露戦争の時の軍服だ、まさに乃木が戦場で着ていた軍服と同じタイプのものである。
「あの人みたいになる」
「立派な武人に」
「心がな」
「だから毎日しっかりと服の手入れもしてるのね」
「よれよれだとな」
 アイロンをかけて埃も取らないと、というのだ。ブーツにしても毎日ピカピカになるまで自分で磨いている。
「恰好よくないしな」
「何か着てる人は皆そうしてるみたいね」
「それも当然だ、折角恰好いい服を着るんだ」
「余計に格好よくね」
「そうしないと駄目だ」
 だからだというのだ。
「皆そうするさ」
「そういうことね、最近日本の軍服以外のも着てる人もいるわね」
 そうした者も出て来たというのだ。
「ドイツ軍とかね」
「そうみたいだな」
「昔の欧州の軍隊の軍服とか」
「ナポレオンの頃のだな」
「フランス軍とかね」
 あの頃の軍服もというのだ。
「着てる人出たわね」
「軍服と言っても多いからな」
「それでどの人も軍服奇麗にしてて」
 手入れを忘れていないというのだ。
「毅然とした態度でいるわね」
「本当に軍服を着てるとな」
「中身もなのね」
「そうならないといけないって思うんだ」
 その様にというのだ。
「だから皆だよ」
「立派になってるのね」
「そうだと思う、何か武人として生きたくなる」
「今の日本は平和だけれど」
 妻は夫の話を聞いてここでふと思ってこうしたことを言った。
「武人の心もね」
「忘れたらいけないな」
「そうよね、いざって時に困るから」
「自分の身は自分で守らないとな」
「だからね」
「その通りだ、ひょっとしてわしが受けた啓示は」
 神のそれはというと。
「それを世に教える為だったのかもな」
「そうかも知れないわね」
 郁恵も否定せずに返した、もっと言えば否定出来なかった。自分も夫のこれまでを見ていてこう思ったからだ。 
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