英雄伝説~西風の絶剣~
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第26話 舞台の始まり
side:フィー
「ん……」
幸せな微睡から目を覚ましたわたしは顔を見上げると穏やかな寝息をしながら眠るリィンが見えた。
「リィン?……寝てる」
どうやらわたしが寝ている間にリィンも寝てしまったようだ。リィンとは一緒に寝てるがほとんどわたしのほうが早く寝てしまい朝はリィンの方が早く起きるため中々リィンの寝顔を見た事がない、だからリィンの寝顔を見れたのはラッキーだ。
「……」
そっとリィンの頬に手を伸ばしてみる、一瞬ビクっとしたがわたしの手だと分かっているのか構わずに眠り続けている。
わたしもそうだが猟兵は眠っている時も気を休めてはいけない、だから知らない人間が近づいてくると自然に目が覚めるように訓練している。でもこうやって触れても起きないのはその人物を信頼しているからだ。そう思うととても嬉しい。
「可愛い寝顔……」
リィンは15歳になってから色々変わった。
例えば前までは自分の事を『僕』と言っていたのに今は『俺』になっているしマリアナやわたしに甘えることが少なくなった、ゼノやレオは「思春期やからしゃーない」とか「男は時に自分を大きく見せたいものだ」と言っていた。
リィンぐらいの年頃の男の子は異性に対してよそよそしいというか遠慮しがちになるらしい。
(ちょっと寂しい気もするけど……)
わたしに甘えてくれるリィンがいなくなってしまったのは寂しいが仕方ないのかも知れない、誰だっていつまでも子供ではいられないのだから……それにリィンってお酒を飲むとすっごい甘えん坊になるからまたこっそりと飲ませてみよう。
「……うん?寝てしまっていたか?」
流石に頬を触りすぎたのかリィンが目を覚ました。わたしはあわてて手を引っ込めて寝たふりをする。
「フィーはまだ寝ているのか、しかし俺まで寝てしまうとはな」
首を回しながら腕を伸ばすリィン、どうやらわたしが触っていたことは気が付いていないようだ。
「もう15時じゃないか、そろそろフィ-を起こすとするか」
もうそんなにも時間が立っていたんだ、通りでちょっと小腹が空いてきたと思った。
「フィー、起きてくれ。そろそろいい時間だぞ」
リィンが優しく体をゆすってくるので丁度いいタイミングだと思い今起きたように振る舞った。
「……んん、おはよう」
「おはよう、フィー。相変わらず気持ちよさそうに寝ていたな」
それはリィンもでしょ?って言いそうになったけど黙っておくことにした。きっと言ったら顔を真っ赤にして恥ずかしくて顔を合わせてくれなくなっちゃうからね。
「……ふあぁ、何だかお腹が空いてきた」
「もう15時だしな…何処かでおやつでも買う事にするか」
「ならクレープが食べたいかな」
「じゃあドライケルス広場に行くか、あそこならクレープを売ってる屋台があったはずだしな」
「それじゃレッツゴー」
わたしは起き上がってリィンの手を引く。
「おいおい、お腹が空いてるからってそんなに焦るなよ、フィーは食いしん坊だな」
「むっ、女の子にそんなことを言うのは良くないよ。リィンはデリカシーがない」
「確かに失言だったな。すまない」
「ならクレープ二個買ってもらってもいい?」
「分かったよ」
そんな会話をしながらリィンと一緒にドライケルス広場に向かった。
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ーーー
トラムに乗ってドライケルス広場に降りると目の前には大きな紅い建物が堂々と存在していた。
「バルフレイム宮殿、相変わらず凄まじい大きさだな……」
リィンがため息を吐くようにそう言うがわたしも同感だ。バルフレイム宮殿、エレボニア帝国を収めるユーゲント三世など王族が住む宮殿で帝都に来るたびよく見るが相変わらず真っ赤で大きい。
「流石はこの国を治める王族が住むだけあって豪華絢爛だな」
「まあわたしたち猟兵には一生縁のない場所だもんね」
「はは、違いない」
大陸を行き来しながら戦場を生業とする猟兵と優雅で煌びやかな生活を送る王族……まさに対極に当たると言ってもいい存在だ。
「フィーは猟兵よりももっと煌びやかな生き方がしてみたいか?」
「ん、分かんない。自分がああいう所で生活してるのがまずイメージ出来ないし、ドレスとか着てるなんて性に合わない」
「確かに俺も自分がそんな生き方してるなんて想像も出来ないな。まあもしかしてだけど俺が団長じゃなくて違う人物に拾われていたら貴族になっていた、なんてこともあったかもな」
「そうかな?でもそうなってたらわたしは妹じゃなくなってるって訳だし……」
それなら妹だということも気にしないでリィンと恋人になれるのかな?でもこの関係も捨てたくないしなかったことにしたくない。
「まああくまでたとえ話さ、俺はルトガー・クラウゼルの息子でフィー・クラウゼルの兄であるリィン・クラウゼル……それは何があっても変わることは無いさ。だからそんな寂しそうな顔するな」
ポンポンッとあやすようにリィンが頭を撫でてきた。むう、子供扱いされてるみたいでちょっと嫌だけどわたしの気持ちを理解してくれることが嬉しいから結局はわたしはされるがままになっている。
「ほら、クレープ買いに行こうぜ。俺もお腹が空いてきちまったからな」
「うん、行こっか」
リィンと手を繋いでクレープが売っている屋台に行く。
「いらっしゃいませ。ご注文は何になさいますか?」
「俺はチョコバナナクレープ、フィーは何にするんだ?」
「わたしはイチゴミルククレープとブルーベリーソースクレープをそれぞれ一つで」
「畏まりました。ふふ、可愛らしい彼女さんですね、今日はデートですか?」
「まあそんなところです」
か、彼女って……そう見られてるのかな?なら嬉しいかも……でもリィンは店員の冗談と思ってるのか愛想笑いをしていた。でも否定しなかったのはやっぱり嬉しい。
「それでは暫くお待ちください」
店員の人はさっそくクレープの生地を焼き始めた、香ばしい匂いにお腹が空いてきた。
「はい、お待たせいたしました。チョコバナナクレープとイチゴミルククレープ、そしてブルーベリーソースクレープです。三つで3000ミラになります」
リィンはミラを店員の人に渡して私たちはクレープを受け取った。
「じゃあそっちのベンチにでも座って食べよう」
「うん」
リィンと一緒に近くのベンチに座ってクレープを食べる事にした。わたしは早速イチゴミルククリームをかじる、イチゴの甘酸っぱい酸味とミルクの優しい甘さが口に広がる。次にブルーベリーソースクレープをかじる、イチゴとはまた違った甘酸っぱさがたまらない。
「美味しい……」
「満足してくれたようで何よりだ」
リィンも笑みを浮かべながらチョコバナナクレープを食べていた。リィンは否定してるけど大の甘い物好きだ。今も普段は浮かべない満面の笑みを浮かべながらチョコバナナクレープを食べている。
因みに何で甘い物好きなのを隠してるのかというとゼノに「甘いもんが好きなのか?女の子みたいなやつやなぁ~」とからかわれたからだ。ゼノはマリアナに叱られていたがリィンも子供っぽいと思ったのか甘い物好きなのを隠しだした。でも結局それが子供っぽいのは内緒だ。
「……ふふっ」
そんなリィンが可愛くて思わず笑ってしまった。さっきは変わってしまったと思ったがやっぱりリィンは昔のリィンだ。
「ん?どうかしたのか、フィー?」
「何でもないよ、ふふっ」
「何だよ、変な奴だな。もしかしてチョコバナナクレープを食べてみたいのか?」
「なら食べさせあいっこしよ?はい、あーん」
「いや、人前では流石に……」
「……」
無言でリィンを見つめると、彼は観念したのかわたしのクレープを食べた。
「……分かった、分かったから上目遣いで見てくるな……うん、美味い」
「じゃあ次はリィンがあーんてして?」
「はいはい、ほら、口開けて」
「あーん……ん、美味しい」
わたしはそんな変わらないリィンが大好きだから、傍にいたいんだって改めて思った。
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ーーー
クレープを食べ終えたわたしたちは適当に街を歩くことにした、今はオスト区を歩いている。
「ふぁぁ、相変わらずこの町って広いね」
「もう何回も来ているが未だに地理が把握しきれていないんだよな、猟兵としては不味いんだけど」
「まあ広すぎるもんね」
帝都の名は伊達ではなくあまりの広さにわたしたちはこの街の全ての区を周ったことがない。
「おーい、ノノー!どこにいるんじゃー?」
突然誰かが叫ぶ声が聞こえ何事かと思うと前方に何かを探しているお爺さんがいた、叫んでいたのはあのお爺さんだろう。
「何かあったのかな?」
「ノノっていう子を探しているみたいだが迷子か?」
「迷子……」
わたしは迷子という言葉を聞いてちょっと悲しくなった、家族が急にいなくなるのはとても辛いって知っているからだ。
「……」
「……フィー、俺たちも手を貸してやろう、あのお爺さんも困ってるみたいだしな」
「えっ?」
「ほうっておけない、そんな顔をしていたぞ」
リィンはわたしの気持ちを汲み取ってくれたのか力を貸すことを提案してくれた。
「でも猟兵は無益じゃ動けないよ」
「まあ偶にはいいだろう、損得だけで物事を測るのは苦手なんだ。まあ猟兵らしくないってのは自覚してるさ」
「リィン……」
リィンは頬を指でかきながら照れくさそうに笑う。確かに猟兵としてはありえない行動だろう、でもわたしは昔から困っている人がいると手を差し伸べなければ気が済まないお人好しなリィンが大好きなんだ。
「お爺さん、何か困ってるの?」
「ノノっていう子を探しているみたいですがもしかして迷子ですか?」
「うん?お前さんたちは?」
「通りすがりの一般人です。お節介かもしれませんが何かお困りのようでしたので……」
「おお、そうか!何と親切な若者たちじゃ。わしの名はキートン、わしの大切なノノちゃんが行方不明になってしまったんじゃ」
「ノノちゃんですか……」
「うむ、さっきまで一緒に散歩していたんじゃが目を話していた隙にいなくなっていたんじゃ。わしとしたことが不注意だったわい」
お爺さんは悲しそうに顔を伏せた、よっぽど後悔しているんだと思う。
「ノノちゃんの特徴を教えてください」
「ノノは綺麗な白い毛をしておっての。それにまだ小さい子じゃから遠くには行けないはずじゃ」
(白い毛……白髪ってこと?まだ小さいってことは2~3歳くらいかな……?)
わたしたちはキートンさんからノノっていう子の特徴を聞いてからキートンさんと別れて探すことにした。オスト区からは出ないって言っていたから直に見つけられると思っていたが見つからない。
「見つからないな、一人では区から出ないと言っていたがこれはもしかすると……」
「誰かに誘拐された?」
「分からない。だがもしそうなら俺たちだけじゃ解決できない問題になってしまう」
もしかしたら自分たちが想像しているよりも不味い状況なのかもしれない。そんなことを考えているとふと足元に何かが当たる感触がしたので覗き込んでみる、そこにいたのは白い毛の小猫だった。
「小猫……?」
「飼い猫か?随分と人懐っこい奴だな」
確かに野良猫と違い妙に人に慣れている、それに首輪もしているからこの子猫は飼い猫なんだろう。
「ふふっ、くすぐったいよ」
足にすり寄ってくる小猫を撫でるとにゃーんと嬉しそうに鳴いた。
「案外仲間だって思ってるんじゃないか?」
「わたし、猫っぽい?」
「日向ぼっこが好きだし自由気ままだし掴みどころが分からない、猫そのものじゃないか」
リィンにそう言われると確かに自分は猫っぽいと思う、リィンに撫でられるのも好きだしね。
「にゃあ」
「あ……」
小猫はわたしの手から離れて行ってしまった。
「……残念」
「猫は気まぐれだからな……っておい、あの小猫、地下水道に入って行ってしまったぞ」
小猫は近くにあった地下水道への入り口に入っていってしまった。普段は閉まっているはずなのにどうして開いてるんだろう?
「どうしよう、リィン……」
「少し不用心じゃないか?地下には魔獣が住んでいるんだぞ?」
帝都ヘイムダルの地下には魔獣が住み着いている、小猫なんて格好の餌になりかねない。
「リィン、追いかけよう」
「ああ、ノノちゃんももしかしたら地下に行ってしまったかも知れないし地下に行くぞ」
わたしとリィンは小猫を追って地下水道に向かった。
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ーーー
「初めて地下水道に入ったけど中々広いね……」
地下水道は思っていたよりも広く、わたしの声が反響して聞こえた。
「辺りに気配は感じない、魔獣もいないが小猫も奥に行ってしまったか」
「それでどうするの、リィン?」
「本来捜索するなら二手に分かれた方がいいんだが俺達は地下水道の地理を把握していない、それに今は武器もないしな」
今のわたしたちは武器を持っていない、昨日『ワトソン武器商会』にメンテナンスで出しているからだ。
「一応ユン老師から素手での戦闘方法を学んではいるが油断はしないように先に進んでいこう」
「了解」
わたしとリィンは魔獣を警戒しながら先に進んでいく、途中で何回か魔獣に遭遇したが危なげなく撃退することが出来た。
「ふう、魔獣は素手でも何とかなりそうだね」
「問題はこの地下水道の広さだな、ここより奥まで入り込まれたら探しようがないぞ」
さっきから気配を探ってはいるが魔獣ばかりの気配しかない、小猫は更に奥に行ってしまったんだろうか?
「あ、リィン!あれを見て」
噂をすれば影って言葉が東方にあるってユンお爺ちゃんが言っていたけどまさにその通りだね、目の前に小猫がいた。危ない場所にいると分かってないのか小さな牙を剥いて欠伸をしている。
「好奇心旺盛なのか怖い物知らずなのか、とにかく肝っ玉の据わった小猫だってことは分かった」
「可愛いね」
思わずほっこりしてしまうわたしと苦笑するリィン、あの小猫は間違いなく将来大物になると思う。
「さてどうするか……」
「リィン、ここはわたしに任せて」
わたしはゆっくりと気配を消して小猫に近づいていく、警戒心が強い動物は意識に敏感なので意識を周りの空気に溶け込ませて近づいていく。
(……今だ)
そしてギリギリまで近づいて小猫を抱き上げようとしたその瞬間だった、小猫が突然大きく跳躍してわたしの肩を踏み台にして逃げた。
「しまった、リィン!」
「任せろ!」
小猫はリィンのほうに向かっていったのでリィンが小猫を捕まえようと立ちはだかる、小猫は素早く跳躍してリィンから逃げようとするがリィンはそれを読んでいたのか小猫が飛んだほうに腕を伸ばした。
「捕まえた!」
でも小猫は捕まる直前で体を捻ってリィンの腕をかわして更にその腕を踏み台にしてリィンから逃げた。
「なにっ!俺の腕をかわした上にそれを踏み台にして逃げただと!?あの小猫ただものじゃないな!」
「つっこんでないで追いかけるよ!」
「あ、ああ!」
そこからは追いかけっこの連続だった。猫は入り組んだ地下水道を縦横無断に逃げ回る。
「くっ、地理が把握しきれてないから中々追いつけないな!」
「毛が白いから目立つのが幸いだね」
このくらい地下水道では白い毛が目立つので見失うことがないのが幸いだ。もし黒毛だったらもっと苦労をしていただろう。小猫は角を曲がり数歩遅れて私たちも角を曲がると小さな影が浮かんだ。
「そこ!」
わたしは一気に距離を詰めて影を掴んだ。
「ふう、ようやく捕まえた」
わたしは小猫を抱きしめてリィンの傍に向かった。
「リィン、捕まえたよ」
「ようやくか……まったく困ったイタズラ猫だ」
リィンに小猫を見せると彼は安堵した表情を浮かべた、小猫は疲れてしまったのかわたしの腕の中で眠っていた。
ーーーーーーーーー
ーーーーーー
ーーー
あの後小猫を捕まえたわたしたちはキートンさんの元に向かった。ノノちゃんは見つからなかったがもしかしたらもう既に戻ってるかも知れないと思ったからだ。
「でもまさかノノがあの小猫だったとはな」
「完全に早とちりしてたね」
なんとわたしたちが探していたノノちゃんはあの小猫だったのだ。よく考えればキートンさんは人間の子供なんて言ってないし白い毛と言っていたのは毛並みの事だったんだ、完全に深読みし過ぎた。
もうすっかり日も暮れて夜になっている。そろそろデートもお開きの時間だろう。
「今日は楽しかったか?」
「うん、すっごく楽しかった」
リィンとこうして遊びに出かけれたのは久々のことだったし、アクシデントはあったがそれをふまえてもとても楽しかった。
「お、もしかしてリィンとフィーか?」
背後から声をかけられた私たちは後ろを振り向くと金髪の男性が手を振りながら近づいてきた。
「あれ、トヴァルさんじゃないですか」
わたしたちに声をかけてきたのは遊撃士であるトヴァル・ランドナー。アーツの使い手でありその腕前はかなりのものだ。
「何だ、もしかしてデート中だったか?」
「あはは、まあそんなところですね。所で今日はサラ姉は一緒じゃないんですか?」
「ああ、あいつは今里帰りしてるよ。だから今は帝都にはいないぜ」
「たしかノーザンブリアの出身だっていってましたね」
二人が言っている人物はサラ・バレスタインという女性で史上最年少でA級になった凄腕の遊撃士だ。サラも本来は敵対する関係であるが何かとわたしたちを気にしてるのか構ってくる、リィンも慕っておりサラ姉と呼んでいる。
「じゃあ今帝都のギルドは人手不足なんじゃないですか?」
「まあな、やっぱあいつが居ねえと依頼が周らないからな。A級は伊達じゃないぜ」
「お蔭でこっちも仕事がやりやすいですよ」
「おいおい、ちょっとは手加減してくれよ?お前らも中々やるんだし俺は接近戦は苦手だからな」
「トヴァルさんもかなりの強者だと思いますが……」
「サラほどじゃないさ」
「これで私生活と男の趣味が良かったら完璧だけどね」
「まあそれは言ってやるな、本人も気にしてるんだ」
サラは遊撃士の中でもかなりの強さを持っているが私生活は結構だらしない、それにおじさま好きなので恋人もいないらしい。
「所でお前ら、少し聞きたいことがあるんだがいいか?」
「何でしょうか?」
「最近帝都のギルドの辺りで変な奴らがうろついているって情報があったんだが何か知らないか?」
「帝都のギルドを?……ええと、俺たちは知らないですね」
「猟兵もこの数日で帝都入りしてるのは、わたしたち西風の旅団だけって聞いたしね」
「そうか、うーん、何なんだろうな。まあ警戒しろとは言われているし俺は見回りを続けるわ。呼び止めてすまなかったな」
「いえ、気を付けてください」
「バイバイ」
「おう、じゃあな」
トヴァルはそう言って立ち去っていった。
「何か変な奴らがうろついているみたいだな。何か分かったら教えておくか」
「ん、っていうか遊撃士なのにわたしたちを疑わないのって変な感じだね」
「トヴァルさんもサラ姉も敵対してる時は油断ならないけどプライベートだと友人みたいに接してくるからね。まあいいじゃん、変に疑われるよりは。実際に俺達は関係ないんだし」
「それもそうだね」
まあ疑われるよりはいいかな。仕事柄敵対することもあるがプライベートでは意外と気さくに話しかけてくるので最初は戸惑ったが今はそんな人もいると納得している。団長も仕事とプライベートの線引きはしとけって言ってたしね。
「さてこれからどうする?もういい時間だけど」
「あ、じゃあ最後にお願いを聞いてほしいな」
「お願い?何だ?」
「あのね、一緒に星を見に行きたいの」
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ーーーーーー
ーーー
わたしとリィンは帝都・ヘイムダル港に来ていた。この時間帯は人がほとんどいないからだ。
「うわぁ……」
「綺麗だな……」
上を見上げると綺麗な星空が空いっぱいに広がっていた。
「昔はフィーとよくこうして星を眺めていたな、最近は忙しくてできなかったけど」
「うん、懐かしいね」
昔からわたしはよくリィンと一緒に星空を眺めていた。まだ団の皆に拾われる前は星を見て寂しさを紛らわせていたが、今はこうして大切な人と星を眺めることが出来る。
「……リィン、ありがとう」
「突然お礼を言ってどうしたんだ?」
「あのね、わたし今凄く幸せだよ。団長やマリアナ、ゼノやレオ、皆がいて……貴方に出会えた、家族になってくれた。それが本当に嬉しいの」
「フィー、それは俺も同じ気持ちだ。皆と家族になれてそしてフィーに出会えた事が嬉しい。だから俺からもお礼を言わせてくれ。ありがとう、フィー……」
リィンはそっとわたしを抱きしめる、わたしもリィンに抱き着いた。
「リィン、もっと強く抱っこして」
「了解。でも何だか今日のフィーはいつもより甘えん坊だな」
「うん、甘えん坊だよ……」
ぎゅーと力一杯にリィンに抱き着く。このまま時が止まっちゃえばいいのに……
……ガサ
……でも無粋な奴って必ず現れるものだ。わたしがリィンの温もりを堪能しているとわたしとリィンのいる場所から離れた路地裏で何か物音が聞こえた。
実はここに来た時に何者かがこちらを伺っている気配を感じた。どうやらここに集まって何かしていたようだがわたしたちが来たので隠れて様子を伺っていたんだろう、そして隙が出来たと思い逃げた、ってところかな。
「リィン、もしかして……」
「ああ、トヴァルさんが言っていた怪しい連中かもしれない。音をたどってみよう」
「了解」
わたしとリィンは音がした方に行くと足跡が路地裏に向かっていた。暫く路地裏を走っていると前方に猟兵が使うような装甲鎧の人物が5人ほどいた。
「止まれ!」
「!?」
わたしが跳躍して集団の前に降り立ち行く手を塞ぎリィンが背後から拳を構えて怪しい集団に質問した。
「お前ら、こんな夜遅くに路地裏で何をしている?最近帝都のギルド付近で目撃されるという集団はお前らか?」
「……始末しろ」
集団の一人がそういうと全員が武器を構えた。
「話す気はないか、フィー!迎撃態勢!」
「了解!」
わたしたちは襲い掛かってきた集団に素手で交戦した。幸い相手もそこまで強くなくリィンと二人係で無力化することができた。
「ぐっ、何だこいつら!」
「子供なのに強い!」
地面に倒れている怪しい集団の一人の胸倉をリィンが掴んだ。
「さっきの質問をもう一度する。お前らは何者だ?」
「…………」
「黙秘か、なら気絶させて遊撃士ギルドにでも引き渡すか。フィー、手伝ってくれ」
「ん、了解」
わたしたちは全員を手刀で気絶させる。じゃあさっさとトヴァルを呼びに行こうかな……
「あはは、噂通りの強さだね」
その時だった、さっきまで全く気配を感じなかったのに突然何者かがわたしたちの傍に立っていた。黄緑色っぽい髪と顔に刺青の入った子供みたいな男の子だった。
「……誰だ?全く気配がなかったが…」
「残念ながら今は名前を名乗れないんだ、まあ親しみを込めて赤の道化師とでも呼んでよ。その人たちは僕の組織の仲間でね。手荒な真似をされるのは困るんだよね」
赤の道化師と名乗った少年は楽しそうに笑うがわたしとリィンはその笑みから得体の知れない不気味さを感じて警戒する。
「……どうやら話を聞かなくちゃならない相手が増えたようだな。組織と言っていたがお前らは何者だ?」
「それにしてもまさか君たちが邪魔に入るとは。教授が君たちの事を気にしていたけどこれはもう運命なのかもしれないね」
リィンの質問にも答えず少年は実に楽しそうに笑っている。その姿は私に言いようのない不安を感じさせた。
「……貴方、何者なの?」
「今は言えないかな?まあいずれ分かるよ」
わたしとリィンは相手の隙を伺う、これ以上この得体の知れない存在と関わる気はないからだ。隙を見て攻撃しようとしたが少年が指を鳴らすと突然金色の網みたいなものに掴まってしまった。
「こ、これは!?」
「動けない……!」
「流石は猟兵王の息子たちだね。隙を見て何時でも攻撃しようとしていたのは分かっていたからちょっと手荒な真似をさせてもらうよ」
少年が再び指を鳴らすと私たちに足元に何か文字のようなものが円を描くように浮かび上がる。
「これから面白い劇が始まる予定なんだけど君たちもご招待しよう。役者は多い方が舞台は盛り上がるしね」
「リィン……!」
「フィー……!」
わたしとリィンは互いに手を伸ばすが、触れ合う一歩手前でお互いの意識が無くなってしまった。そしてわたしとリィンの姿が消えてしまった、最初からそこにいなかったかのように……
「ふふ、これより『福音計画』の序章の始まり始まり……」
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