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悲劇で終わりの物語ではない - 凍結 -

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Fate/Grand Order編
  悲劇で終わりの物語ではない

 
前書き
勢いで書いただけ、それだけです。
後悔は何もしていない。

ではどうぞ。 

 
 目を覚ませば周囲は文明など発展していない大自然の草原。周囲に闊歩するは幻想種や神と呼ばれる空想上の生物たち。どうやら此処は遥か太古の時代のようだ。

 前世の名前は既に忘れた。

 今世の自分の名前はウィスである。このことから自分はドラゴンボール・超の破壊神の付き人であるウィス達天使の力を得てこの世界に生を受けたようだ。

 右手には杖を有し、首回りにはリングを浮き上がらせている。服装はドラゴンボール・超の天使たちを連想させるダークカラーのローブ姿である。髪は黒、瞳の色は赤である。

 先ずはこの世界で生きていくべく鍛錬を始めることにした。幸いにも時間は無限にある。この体の本来の持ち主も少なくとも恐竜たちが生きていた時代から生きていることが分かっているのだ。目標はこの世界で生きていくことができるように強くなることである。









 





 修行を始めて体感的に数百年。この体にも大分慣れてきた。

 どうやらこの世界はFateの世界であったらしい。根拠は先日子ギルくんに偶然出会ったからだ。Fateのファンであった身としてはとても嬉しいものである。

 彼は正に完璧な王としてウルクを統治しており、将来どう成長すればあの慢心王になるのか想像できなかった。

 神々の意志のもとに作られた半神半人の彼はあらゆる面で他を超越した存在であった。だが何故だろうか、成長するにつれて少し傲慢になってきた気がする。慢心王になる日は意外と近いのかもしれない。



 それから幾ばくかの時が過ぎた。変わらず自分はギルくんの王宮に出入りする生活を続けている。この頃ギルくんの性格が歪んできたことが目に付くが。












──此処よりウィスと古今東西の英雄たちとの時は加速していくことになる──












 時には─

「我を何か面白いことで興じさせてみせよ、ウィス。」

 虎の頭を自身の膝の上に乗せ、こちらに無茶難題を吹っ掛けてくるギル(慢心王)。傲慢な態度がこの頃板についてきたギルである。あの無邪気な子ギルくんはどこに行ってしまったのだろうか。泣きそうである。

「暇人か、お前は。自分で娯楽くらい探してこい。」

……どこで育て方を間違えてしまったのだろうか。これでは完全に駄目な男の反面教師である

「王たる我の命令であるぞ。」
「断る。」

 鋭い眼光でこちらを見てくるギル。並みの人間ならば怖気着いてしまうだろうがウィスは普通にスルーする。



 ギル(慢心王)と何気ない日々を過ごしたり─







 時には─

 美と豊穣、戦を象徴する女神と邂逅したり─







 時には─

 ウィスが降り立つは冥界。

 あらゆる命ある万物が死後辿り着く世界。生者の姿はどこにもなく、遥か遠方まで殺風景な風景が続いている。

 杖を右手に持ち、冥界の大地をウィスは踏みしめる。ウィスは静かに誰かを探すように辺りを見回す。

 その場に広がるしばしの静寂。



「遅いのだわ、ウィス。」

 やがてウィスの目の前に光の粒子が集まり一人の女神が現れた。彼女こそ女神イシュタルの姉であり、この冥界の主人、エレシュキガルである。

 彼女は拗ねているのか、顔をこちらに合わせてくれない。少し待ち合わせの時間に遅れてしまったことを気にしているのだろう。

「悪い、エレシュキガル。」

 左手を顔の前に掲げ軽く謝るウィス。本心からの謝罪ではなく社交辞令であったが。対するエレシュキガルも然程気にしている様子は見られない。このことからこの2人は相当仲が良いことが伺えた。



 彼女との付き合いはウィスが軽い気持ちで冥界へと訪れたことから始まる。

 冥界内ではエレシュキガルの法と律にたとえ神であろうと縛られるはずなのだがやはり流石のウィス。全く動じることなく冥界を散策していた。

 やがて2人は冥界の深奥近くにて互いに邂逅する。かくや戦闘へと至りそうであったが何とかウィスの尽力により事態は終息した。

 その後無事に誤解も解け今の関係に至るわけだ。

「まあ、いいわ。それで今日は何を持ってきてくれたの?」

 目をキラキラと輝かせ、興味津々な様子ででこちらを見つめてくるエレシュキガル。言葉ではとげとげしい物言いだが内心ではウィスの到着を心待ちにしていたらしい。

 彼女の生い立ちと彼女を取り巻く環境を考えれば当然のことなのかもしれないが。

 彼女は冥界の女神としてこの世に生を受けた瞬間からこの冥界に永遠と縛り付けられているのだ。また冥界ではたとえ神であろうと縛られてしまうため、これまで自身と対等の存在など存在しなかったのだろう。ウィスは生まれて初めて出会った何の気兼ねも感じることなく話すことができる相手なのだ。

「今回はギルが有している神酒だな。」

 全く悪びれる様子もなく杖の中から神酒と黄金の杯を取り出すウィス。この男、人の者を盗んできたというのに気楽なものである。

「ギルガメッシュ王の持ち物を盗んできたの?」
「問題ない。俺とギルの仲だからな。」

 ドヤ顔で親指を前に突き出すウィス。そんなウィスの様子に呆れてため息を吐くエレシュキガル。

 次にウィスは手元の杖から煌びやかな装飾が施された机と椅子を取り出す。この杖はその物体を取り組んだときの状態で永続的に保存することが可能なのだ。

 向かい合い形で座り合い、黄金の杯に神酒を注ぎこみ乾杯する2人。

「ああ、そういえば先日エレシュキガルの妹であるイシュタルに会ったぞ。」

 黄金の杯に注がれた神酒を口に運びながら語り掛けるウィス。

「うげっ…、それ本当?」
「ああ。」

 イシュタルの名を聞くと途端嫌そうな表情を浮かべるエレシュキガル。やはり姉妹仲は依然として悪いままであるらしい。彼女たちを取り巻く環境は知っているが少しは仲良くしてほしいものである。



 ウィスとエレシュキガルがいるのは光が一切差し込まない冥界の深奥。死と絶望のみが蔓延る暗く閉ざされた世界で2人は会話に花を咲かせた。

 彼女は神代が終わり、自分の存在が不要と見なされるその時まで1人で冥界に居続けるのだろう。彼女が女神として課せられた務めを果たすその時まで。だが彼女は決して1人ではない。ウィスも時間ならば腐るほどあるのだ。彼女が望むならば自分は彼女がこの世界から消えるその時まで共に居続けるつもりである。



 残念な女神の姉である女神と冥界で酒を酌み交わしたり─







 時にはスカサハ(おっぱいタイツ師匠)と─

「お主のためにこのゲイ・ボルグを作ったのだ。願掛けの意味合いを込めてある。もちろんこの血は儂のものだ。」

 頬を赤く染め、生娘の様にこちらに血のついたゲイ・ボルグを差し出してくるスカサハ。本人は照れているのか顔を伏せている。

「お……おう。ありがとう、スカサハ。」

 超常的な世界で生き続けている影響で忘れてしまいがちだが、人並みの倫理観や常識を忘れないように心掛けているウィス。だがやはり現代人の感性ではこの時代の人々の感性は未だに測ることができないでいた。

 ウィスはスカサハに少し引きながらも彼女からの血濡れのゲイ・ボルグを貰い受ける。女性からの贈り物を無下にするなど言語道断である。

「礼など言わなくてもいい。私と──ウィスの仲だからな。」

 スカサハは此方を扇情的な表情でこちらを見てくる。彼女からは自分への深い依存とも言える熱烈な想いと好意を感じた。

 スカサハからの想像以上の強い想いに戸惑うウィス。

 結論、保存。流石にこの案件は自分には荷が重かった。仕方ないよね。スカサハからの愛が想像以上に重いんだもの。



 スカサハから血濡れのゲイ・ボルグを貰ったり─







 時には─

 権能という超越した力を持つがゆえに人類を玩具の様に扱う傲慢な神々を戒めたこともある。特に酷かったのはとある山の頂上に住まう12の神々たちであった。自身に課せられた誓約により彼ら神々を殺すことはできないが逆を言えばいくら殺そうとしても彼らは決して死ぬことはないのだ(・・・・・・・・・)。故に手加減する必要は皆無であった。






 時には─

 将来怪物になることが運命付けられた1人の女神と旅をしたり─







 時には─

 卑劣な手段で純潔を奪われそうになっていた森の狩人である彼女を救い出したこともある。その後彼女はとある女神の手により獣にされてしまったが。ウィスは獣と化した彼女と世界を見て回ることになった。







 時には─

 あらゆる者に裏切られ途方に暮れていた魔女と出会い─







 時には─

「心とは……何だ?」

 玉座に座るはイスラエルの絶対者にて唯一無二の王。ギルと同じく神々の意志のもとこの世界に王として作られた存在。違いを述べるとすればギルとは異なり人としてのあらゆる自由を奪われ、神々の操り人形と化していることである。いつの時代も神々はろくな存在ではないのだと実感する。

 ()の王とウィスがいるのは王の宮殿。王の居間は煌びやかな装飾が施され、何人も立ち入ることを許さないとばかりの雰囲気を醸し出している。彼ら以外に人の姿はなく完全なプライベートでウィスはソロモンと対面していた。

 ()の王のその端正な顔に浮かぶは素朴な疑問。表情の変化が乏しい彼が絞り出すように心という存在についてウィスへと問いかけていた。

「いきなりどうしたんだ?」

 普段自身の内面をおくびにも外に出さない()の王のらしくない姿に怪訝な顔を浮かべるウィス。 

「私は神の意志のもと作られた存在だ。ウィスは気付いていると思うが民達の目には私は愛ある王として映っているが、本来の私の内面は悲しいほどに無感動なのだ……。」

 まるで懺悔するがごとく己の内面を吐露するソロモン。

「……。」

 返事を返すことなく黙って耳を傾けるウィス。()の王の独白は続く。

「人が当たり前に享受することができる喜怒哀楽の感情を私は感じることができない。いやそもそもその自由も私は持ち合わせていないのだ……。」

 首を垂れ掲げた自身の両手を見つめるソロモン。どこか哀愁を漂わせているのは見間違いではないだろう。

「─心…か。」

 これはまた難しい問いかけがきた。ウィスはしばしの間彼の疑問に相応しい答えを模索する。

「─心とは、……人が誰しも持つ喜怒哀楽などの精神の動きを掌るものだ。決して論理的に説明できるものではなく、人を人たらしめる存在のことだな。一説には心とは胸や頭の中に存在しているとも言われている。」

 上手く伝えることができたであろうか。ウィス自身このような問いかけに答えるのが初めてであるため上手く説明するこができたか自身がない。

「─ならば心とは頭蓋を砕けば、─胸を引き裂けば見えるのか?」

 自身の胸に手を置き途切れ途切れに口を動かすソロモン。

「いや、心とは形あるものではなく、無形のものだ。例え身を引き裂いたとしても見ることはできない。」

 そう、心とは決して目に見えるものではない。ましてや胸や頭の中に存在する有形のものではないのだ。

「─まあ、今のソロモンのように自分とは何者なのかを追い求め続けることが人間であることだと思うぜ。」



 「王」としてあらゆる自由を奪われた孤独の王と語らい─







 時には─

 自身の身を顧みず他人に施しを与え続けた英雄と語らい、己の技量を高め合ったりもした。







 時には─

 とある国の妃である王女とその娘たちが敵国である兵士たちに汚されそうになっていたのを救いだしたこともある。彼女は誰よりも祖国と民を愛していたがゆえに祖国を蹂躙した敵国を許さなかった。最後はウィスにお礼を述べ武器を手に戦場に赴いていった。彼女の最後は敵国の多くの兵士たちを蹂躙した後の戦死だと聞いている。彼女が蹂躙した敵国の都市の市民は何故か死傷者はゼロであったと言われているが。







 時には腹ペコ王と─

「ウィス!今日の夜の献立は何ですか!?」

 厨房の扉を壊れるほどの勢いで開け、こちらに詰め寄ってくるアル(腹ペコ王)。どうやら今日の王務を終えたらしい。

「来たな。この腹ペコ王が。」
「なっ!?腹ペコ王とは私のことですか!?」

 そうなのだ。この腹ペコ王はいつも食料が空になる勢いで暴食するのだ。この国の食料事情を考えれば不思議なことではないのだが。

「言葉通りの意味だ。アルはいつも皆が引くくらい食べているだろ?」

 夜食を皿にすくいながら腹ペコ王へと諫言するウィス。

「うっ!…確かにそうですが、その呼び名は止めてください!!」

 アルは恥ずかしいのか頬を赤らめている。視線は依然として夜食に向けられているが。

「ほい、今日の夜食だ。」

 アルをテーブルへと案内し、今日の夜食を机の上に置くウィス。

「もきゅもきゅ。」
「ちょろいな、おい。」

 アルは食事を出すと先程までの剣幕が嘘のように消え、もきゅもきゅと可愛い咀嚼音と共に夜食を食べ始めた。頬をリスのように膨らませている。最近アルの餌付けに成功した気がしてならない。



 理想の王として自身の心を殺し、誰よりも国に尽くした王と出会い─







 時には─

 自身の親に認められたいがために国を滅ぼした1人の少女の相談に乗ったこともある。







 時には全て遠き理想郷(アヴァロン)にて─

「フォウ、フォーウ!(ウィス、外に行こうぜ!)」

 リスのような小動物がウィスの足元にて可愛らしい鳴き声を上げる。モフモフの毛皮に、人目を惹くクリっとした可愛らしい目玉。加えてお尻から生える長い尻尾。マーリンの使い魔であるキャスパリーグである。

「ああ、そうだな。じゃあ行くか。」
「フォウ、フォフォーウ!(さすが、ウィス!)」

 驚くことに自分はキャスパリーグの言語を理解するができる。思い出してみればウィスも破壊神ビルスの命で恐竜の肉を異星に取りに行ったときにそこの原住民と話していた。恐らくその恩恵が自分に適用されているのではないだろうか。

 キャスパリーグがウィスの右肩に飛び移る。その後ぶらーんと洗濯物のように両手を使いウィスの背中からぶら下がるキャスパリーグ。

 勿論、ウィスはキャスパリーグの正体を知っている。キャスパリーグは『比較』の理を持つ第四の獣・ビーストⅣであり、場合によっては人類悪に至る可能性を持っていること獣であることを。ゆえにキャスパリーグを人間社会に放り込んだ場合悲惨な事になるのは目に見えている。

 だがウィスの傍にいる限りは問題ない。ウィスと共に行動する限りキャスパリーグは自身の忌まわしき性に囚われることはないのだ。

 ウィスとキャスパリーグの1人と1匹は意気揚々と全て遠き理想郷(アヴァロン)より外の世界を見るべく、飛翔していった。



 ビーストに至る可能性を秘めた獣と語らい─







 時にはある一人の少女と─

「ウィス!見てください!最寄りの川でこんなに大きな魚を私1人で捕まえました!!」

 びしょ濡れの少女が両手一杯に自身の伸長に迫る大きさの魚を抱え、ウィスに自慢している。

 彼女は日光を反射する金髪は美しく輝き、まだ未成熟ながらも全体的にスレンダーな体型をしている。顔は文句なしの美形であり、将来は誰もが羨む美少女になることは誰の目に見ても明らかだった。

「おお凄いな、ジャンヌ。」

 素直にそんなジャンヌを褒めるウィス。

「えっへん!そうでしょう、そうでしょう!もっと私を褒めてください!!」

 ジャンヌは得意気な表情で右手を自身の胸に当て胸を張る。ウィスに褒められたことが素直に嬉しいのか体全体で喜びを表現している。

「確かに凄いが勉強はどうしたんだ、ジャンヌ?俺の記憶では今日の午後から勉強だったはずだが?」

 自分は今日の午後からジャンヌと勉強をする約束をしていたのだ。だが約束の時間になってもジャンヌが現れなかったため彼女を外に探しにきたのである。

 ウィスは微笑みながらジャンヌを見つめる。心なしかウィスの目は笑っていなかった。

「え~と、それは……」

 途端先程までの元気が嘘のように静かになり狼狽えるジャンヌ。ウィスの視線から逃げるように忙しく目を動かしている。

 彼女のあからさまな反応にため息を吐くウィス。

「よし今からみっちり勉強するからな。」

 ジャンヌの首根っこを掴み、持ち上げる。ジャンヌは手足をバタつかせている。

「うぇ!?今からですか!?」
「当然。勉強は将来のためになるからな。」

 そう、勉強大事。

「そ…そんなぁ。」

 項垂れたジャンヌの首根っこを掴み上げウィスは村へと引き返していった。

 この日からジャンヌ強化計画が幕を開ける。ジャンヌには徒手空拳と槍術を中心に徹底的に鍛え上げた。ジャンヌのこれからの苦難を知っている身としては少しでも彼女を強くしておきたいからだ。



 後に聖女と称される少女の手助けをしたり─







 時には─

 戦場という血塗られた地獄で己の身を犠牲に死傷兵たちへと献身と奉仕を施し続けた女性と出会ったり─














 死という概念が存在しないウィスは数多の英雄たちとの出会いと別れを繰り返し続けた。彼らは常に確個たる己の信念のもとに行動し、英雄の名に恥じない者たちであった。

 そして神代は終わりを迎え、西暦を経て人類は地上で最も栄えた種となった。かつて世界を支配していた超常の存在である神々や地上に蔓延していた神秘は皆一様に世界の裏側へと姿を消した。今や地上は人類が支配する時代である。

 時は2000年代。人類の最盛期とも言うべき時代が到来し、人が自らの足で道を切り開いている。対するウィスは相変わらず生き続けており、現在はカルデアの警備員として勤務していた。







△▼△▼△







 ここは標高6000メートルの雪山に存在している各国共同で作られた特務機関。名をカルデア。人類の繁栄と存続を確実なものとするべく作られた人理継続保障機関フィニス・カルデアである。

 時計塔の天体科を牛耳る魔術師の貴族であるアニムスフィア家が管理し、日々職員たちがカルデアス表面の文明の光を観測し続けている。全ては未来における人類社会の存続を保障するために。

 そんな中ウィスは自身のマイルームにて読書にふけっていた。ウィスが手に持つ本のタイトルは"名の無き英雄"。本人の知らぬところでウィスのことが記された書物である。


"……このように人類史で彼ら英雄を育て、導き、共に生きた者がいたと予想されている。()の英雄を語るとすればただ圧倒的な力を誇る超越者、神を戒める者、星の最強主、第3魔法の体現者と様々な呼び名が存在する。未だに明確な証拠は見つかっていないが人類史で()の英雄の存在を示唆する傷跡や書物が各地で多く発見されていることからその英雄が実在した可能性を後押ししている。またその"名の無き英雄"の存在した最も有力な証拠は現在のブリテン島に残る"サクソン焦土"である。あの伝説的君主アーサー王が苦戦を強いられたとされるサクソン人たちをその"名の無き英雄"は圧倒的な力で一蹴したとされている。()の"名の無き英雄"がサクソン人と会い(まみ)えたされる場所では今なお平原の状態が続いており、現代では魔力を秘めた鉱石が多く見つかることで魔術師の世界では有名とされる場所である。文献には蛮族であるサクソン人たちの前に立ち、彼らを挑発するが如く右手の中指と人差し指を天に突き上げ彼らを一蹴している姿が描かれている。このことからも彼の桁外れの力が伺え、これまで数多くの魔術師たちがその鉱石を触媒として聖杯戦争にて()の英雄を召喚しようとしたが全て失敗に終わっている。仮にその"名の無き英雄"が聖杯戦争にて召喚された場合聖杯戦争はすでに終わっているとさえ言われている。……"


「─。」

 ウィスは膝上の本を閉じ、コーヒーを口に運ぶ。コーヒーによる苦味が読書により沈んだ意識を覚醒させ、凝り固まった身体に活力を取り戻させた。ウィスは灌漑深けに本の表紙のタイトルを見つめる。

「"名の無き英雄"ね…。」

 言うまでもなくそれは自分のことである。ウィスは何とも言えない気持ちで手元の本の表紙を見つめる。

 後世に自分の名前が伝わらないことが分かっていたこととはいえ複雑な気分である。まさか自分の存在が世間に認知されることなく都市伝説と化していたとは。加えて本まで出版されていようとは。当の本人は未だ存命中であるというのに。

「ねぇ、アキト。アキトは本当にそんな人物がいたと思う?」

 今日の業務を終えいつものように自分の部屋へと訪れていたマリーが疑問の声を上げる。彼女の普段の刺々しい雰囲気は鳴りを潜め、ウィスの部屋の椅子に座りながらリラックスしていた。普段の彼女を知る職員たちが今の彼女を見れば驚くこと間違いなしである。

「─いたんじゃねーの?そう考えなければ人理に数多く残されている謎の辻褄が合わないからな。」

 というかそれは俺のことだから。君の隣にいるから。灯台下暗しだから。

「人類史に名を刻まなかった英雄ね……。」

 マリーは余程その英雄のことが気になるのか怪訝な表情でウィスが手に持つ本を見ている。

「なんだ?気になるのか、マリー?」

 マリーはウィスから本を受け取り、感慨深けに本の表紙を眺めていた。



 オルガマリー・アニムスフィア。彼女はあの魔術協会の総本山である時計塔を総べる12人のロードの一角、アニムスフィア家の現当主であり、この人理継続保障機関フィニス・カルデアの現所長でもある凄腕魔術師だ。

 肩書きだけを見れば完璧超人に見える彼女だが長き悠久の時を生きているウィスは彼女の本質を見抜いていた。魔術師としてのプライドを有し、高飛車でヒステリックな面が伺えるが、彼女の本質は人が誰しも有している承認欲求が人一倍強いどこにでもいそうな少女であることを。無償の愛に飢え、寂しがり屋、そして極度のビビりでもある。

 加えてその承認欲求の強さから依存癖がとても強かった。彼女からはスカサハと似通った気質が伺える。彼女の生い立ちを考えれば不思議なことではないのだが。

 父親であるマリスビリー・アニムスフィアには幼いころに旅立たれ、マリーは急遽家督を継ぐことになった。また父親の急な死と裏で行われていた非人道的な実験、加えて自身のレイシフト適正とマスター適正の無さというスキャンダルが彼女を精神的にも肉体的にも追い詰めていた。とても1人の少女に堪えられる重圧ではない。

 ウィスがカルデアに来た当初の彼女は今にも自殺しそうな雰囲気を放っていた。カルデアの所長としての責務と重圧、そしてレイシフト適正とマスター適正を持っていないことからの周囲の魔術師たちから受ける軽蔑の視線は次第に彼女の心を蝕んでいたのだ。

 そこで皆の頼れるウィスさんの出番である。マリーの事情を知るロマニから彼女のことを詳しく聞き出し、時間をかけて彼女の心身の療養を行った。次第に彼女はウィスに心を開き、愚痴や年頃の女性らしい反応を示してくれるようになった。順風満帆である。

 因みにロマニの正体が元ソロモン王であることは知っている。姿は変わってしまい、感じる魔力の感覚はだいぶ変わってしまっていたが彼の手に嵌まる指輪の魔力は間違いようがなかった。自分の正体も隠すことなく伝え、互いの正体を周囲に広めないことを条件にマリーを取り巻く問題を教えてもらったのだ。



 現在の自分は警備員としてここカルデアの警備員として勤務している。正に世界最強の警備員である。今の自分は気を極限まで下げ、死徒を狩るのが得意な凡庸な魔術師として周囲に認知させている。

 しかしここカルデアは英霊が出入りする場所であるため、いつ自分のことを知っている存在が現れるか分からない。ゆえに今の自分は魔術で髪の色を金色に染め、長髪の髪をポニーテールに結わえている。

 自分がここカルデアに勤務している理由は現所長のマリーに直々にスカウトされたからである。ウィスはこの時代ではフリーの使徒狩りと外道な魔術師狩りとして活動していた。その実力を買われスカウトを受け、カルデアの警備員として雇われることになったのだ。

 カルデアに入る時に様々な検査が行われたが無事通過。現代を生きるうえで必要な戸籍やその他諸々のことは問題なく済ませている。今の自分の名前は時風晃人と名乗っている。

 協会に属してしないフリーの死徒狩りなど雇うべきではないと反対意見が多く飛び交ったが所長の一喝とウィスの力技で黙らせた。その一件でカルデアの魔術師たちに煙たがられることになったがウィスは全くこれを気にしていない。

 また驚くことにキャスパリーグもこのカルデアにいた。キャスパリーグの正体を知っている身としては神秘が薄れた現在に存在すべき存在ではないと思うのだが。

 どうやらマーリン()全て遠き理想郷(アヴァロン)から外の世界を見て来るように言われ送り出されたらしい。本人言わく追い出されたらしいが。マーリンの言い分も理解できないこともないが、キャスパリーグを何の対策も打たずに外の世界に送り出すなど短慮と言わざるをえない。

 キャスパリーグはビーストに至る可能性を秘めた獣なのだ。争いが激減したとはいえ災厄の獣に至る可能性を現代でも十分秘めている。本人も人との接触を全て遠き理想郷(アヴァロン)に引きこもることでビーストに至らないようにしていたというのに、あの(マーリン)は……。

 肩に乗ったキャスパリーグのモフモフな顎を指先でさすりながら感慨深けに考える。

「やっぱマーリンは屑だわ。」
「フォウ(それな。)」

 結論、やはりマーリンは屑。即決。キャスパリーグは勢いよく首を縦に振る。

「次に会ったときはフォウ頼むわ。」
「フォフォウ、フォーウ!(任せな、ウィス!)」

 意気投合しハイタッチし合う2人。ウィスはフォウの小柄な両手を握りブラブラと空中にぶら下げる。キャスパリーグの尻尾は揺れに揺れていた。

 このカルデアではキャスパリーグはフォウと呼ばれているらしい。本人も自分の真名が周囲に露見することは望んでいないのでフォウという愛称を存外に気に入っているらしいが。

 キャスパリーグが自分に懐くのは恐らく自分が他の何者にも勝る超越者であり、この惑星の頂点であるからであろう。文字通り比較対象(・・・・)がいないのだ。この世界には大神官と全王が存在しないことは既に検証済みである。加えてウィスが正確には真っ当な人間ではないことも影響しているとも考えられる。

 また驚くことにこのカルデアには自分以外にも懐いている人物がいた。その人物の名はマシュ。このカルデアで生み出されたデザインベイビー、つまりホムンクルスである。ゆえに彼女はこの世界の誰よりも心が澄んでおり、キャスパリーグは懐いたのだと考えられる。

 またキャスパリーグ以外にも気になる存在がいる。レフである。まだ確証は持てないが奴から感じられる気がとても禍々しいのである。しかし自分は現状彼に何も干渉することができていない。恐らく人理が影響しているのだと考えられる。







──悠久の時を生きるウィスはこの世界(・・)そのものと様々な誓約を結んでいるのと同時に、大幅な行動の制限と力の制約を受けている。

 自身に課せられた誓約で現状把握しているものは以下の通りである。

・この惑星内では力の大幅な制限を受ける
・存在が格下の相手からのあらゆる攻撃的な干渉の無効化
・巻き戻しの力は人理に影響する場合や将来人理に英雄として名を刻むであろう人物の生死と人生の分岐点では使用することはできない
・巻き戻しの力を再度使用する場合はかなりのインターバルを必要とする
・巻き戻しの力と同様に人理に影響する場合や将来人理に英雄として名を刻むであろう人物の生死と人生の分岐点では何も干渉することはできない。あくまで自分にできることは手助けのみ。またその人物の存命中にはその人物に己が知る未来の道筋を伝えることはできない
・結果に干渉することは不可能だが、人生の筋道である課程を変えることはできる
・人理には自分の名前は決して残らないが、自身と関わりを持った人物の記憶には残り続ける



 これらの誓約はマーリンとの会話で知った世界の人々の集合的無意識によって形作られた抑止力の影響とも考えられるが、たかだか1つの惑星の概念的な意思の力如きに翻弄されるウィスではない。それほどまでに自身の力は他の追従を許さないものなのだ。

 上記の誓約に抵触した場合は如何なる時でも力を行使することができなかった。恐らく人理に影響を与えることがないよう、この世界(・・)そのものと交わした誓約なのだと考えられる。

 キャスパリーグを肩に乗せウィスはカルデアの廊下を感慨深けに歩を進めた。














───この物語は本史とは異なり、悲劇で締めくくられる物語ではない。

 本史と同じく最後には悲劇的な最後を英雄たちが迎えたことには変わりはない。だが結果は違えど過程は異なるのだ。彼らには唯一無二の理解者が、友が、愛した者がいた。残酷な最後であったことには変わりはないが、確かに彼らは救われていたのだ。

 その者は人類史に名を刻まず、この世界のあらゆる概念を超越した存在であり、古今東西の英雄たちと共に生き、教え導いた存在。



─死という概念が存在しないウィスはこれからも多くの出会いと別れを繰り返していくのだろう。この星が消滅ないしは人類がこの星を飛び出すその時まで。



─この物語は本史とは異なり悲劇で終わりの物語ではない─
 
 

 
後書き
→オルガマリーがウィスの肩を持ったのはカルデアの陰では自分のことを見下している魔術師よりは協会に属していないウィスの方が余程信用できたからです。
 
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