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ストライク・ザ・ブラッド 〜神なる名を持つ吸血鬼〜

作者:カエサル
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追憶の惨劇と契り篇
  56.終局の手前で

 
前書き
約半年ほど更新期間が空いてしまいました。

前の話など読んで展開を思い出してくれれば幸いです。 

 


「彩斗君───ッ!!」

悲鳴にも似た声を上げるが、名前を呼ばれている本人は空気が漏れたような声しか出せない。
不可視の物体が彩斗の身体を締め付けている。
友妃は必死で術者であるローブに魔力を込めた拳を振るう。しかし回避動作すらすることしないローブ。その身体はまるで実態がないように友妃の拳をすり抜ける。
吸血鬼の霧化とも違う。ただ元からそこに実態がないような感覚。だが、仮に実態が別の場所にあるとしても空間置換、魔力障壁、不可視の物体、その全てを行える魔術を別の場所から行うことなど聞いたことがない。
式神程度なら遠方から操ることは可能。だが、それも師である縁堂縁ほどの術者でなければ不可能。
ならば、やはり実態はこの場所にありながら未知の方法を使用している。だとしても、そんな奇跡を起こせるのは魔術以外の何者でもない。ならば、夢幻龍の如何なる神秘も消すことができる刃を透過した理由がわからない。

「か……ぁ……」

力なき少年の声が漏れる。

「彩斗君!!」

ダラリと伸びた手を必死で掴もうとする。

───グチャッ!!

目の前で響いた気色の悪い音とともに友妃の体に生暖かい液体が降り注いだ。
大量の液体は、友妃の体を一瞬で染めていく。
赤に、緋色に、朱色に……
染められた手を見る。
そして目の前に大きな音を立てて何かが落下した。もはや、それがなんだったのかもわからないほどに原型を止めることなくそれはそこに落ちた。

「い……や……いやァァァ───ッ!!」

友妃の叫びが闇夜にこだまする。
心が壊れていく。目の前で知っている人が人ではなくなる瞬間は、あまりにも一瞬だった。
人の命なんて化け物(かれら)の前では、無に等しく。いくら抵抗できたとしても勝ち目など最初からなかった。
もしも友妃が命令を守って、“神威の暁(オリスブラッド)”と戦わずに無理矢理でも彩斗を止めて入れば、もしも一瞬でも勝てる抵抗できるなどと思わなければ彼は死なずに済んだかもしれない。

───ボクのせい……だ……

体から力が抜けていく。
戦う意思が消えていく。
脳が思考するのをやめていく。

コツン、コツンと音が近づいて、反響して、遠退いて、地を這って、宙を舞っていく。どこにいるかもわからない。だけど確実にそれはこちらへと近づいている。

「真ニソノ意思ヲ継グ者ヨ……邪魔ハ消エタ……サァ……覚──ッ!」

くぐもった声が語りかける。その時だった。
ローブが言葉を止めて大きく後方へと飛び退いた。同時に凄まじい光が友妃の真横を通り過ぎる。
一瞬、そちらに目を向けるが無意味なことだと理解してやめる。
もう友妃はどうでもいいことだ。

「いやいや、困るよね。確かに君の乱入で祭典は盛り上がったことが認めるよ」

この場に似つかわしくない軽い口調。

「多少であれば僕も目は瞑るつもりだったよ。だけどね……君のせいでおっかない彼女まで加勢してしまったからには流石に僕も見過ごせないかな」

靴音を鳴らして友妃のすぐ横で止まる。虚ろな瞳のまま目だけでそちらを向く。
ボロボロのジーンズに肩から灰色のボロ切れ布をかけたボサボサ頭の男。

「貴様……何者ダ?」

警戒心を上げるように空気中に漂う魔力の密度が濃くなっていく。

「その質問には答えられないかな」

男はまるで子供に秘密にするように軽い口調で言った。その刹那。凄まじい衝撃波がこちらへと襲いかかったと思えば、目の前で何事もなかったかのように打ち消された。
わずか数秒の出来事に反応することすらできなかった。

「危ない危ない。そっちから話してきたのに、答えないと分かったら実力行使か……全く君は子供だね」

軽い口調。しかし、行ったことはその程度で片付けていいものではない。彩斗と友妃が何もできなかった相手を退け、更には予備動作なしで行われた攻撃を当たり前のように消し去った。

「これは彼の戦いだ手を出すのは僕としても不本意ではあるが……この戦い(ケンカ)、僕が買わせてもらうよ」

わずかに口角を吊り上げた笑みを浮かべてゆっくりと右手を前へと突き出した。
一瞬の静寂ののち、ローブが唐突に真横へと飛び退いた。その瞬間、先ほどまでローブがいた空間が歪み弾け飛んだ。

「読みは良かった。けど、反応が遅かったね」

飛び退いたローブの位置まで先回りしていた男が回し蹴りの体勢に入る。しかし、ローブは実態はこの場所には存在していないはず。だから物理攻撃をしても意味をなさない。
すると男の右足から赤い靄が止めどなく溢れでる。あれは眷獣の召喚時に見られるこの世界と異世界を繋ぐパスだ。
だが、あの距離で眷獣を召喚しようものなら二人とも出現の余波に巻き込まれることは確実。それを狙った戦術だとするなら捨て身の行為だ。
だが、目の前で起きたことは友妃の想像をしていたことではなかった。鮮血を纏う右足は魔力の放出を引き上げるが眷獣が一向に出現するようには見えない。そして濃密魔力を魔力を纏った右足がそのままローブ横っ腹を捉えた。
凄まじい衝撃とともにローブの体は真横へと吹き飛ばされ、反対の瓦礫の山に打ち付けられた。

「この程度でくたばるわけないよね」

男は何食わぬ顔でローブが飛んで行った方向に笑みを浮かべる。

「……万物干渉カ」

「ご名答。だから君の実態があろうがなかろうが僕には関係ないよ」

ローブは瓦礫から立ち上がると漆黒に包まれたフードの向こうから鋭い光をこちらに向けられる。

「再ビ、問オウ……何者ダ……」

すると男は呆れたように一度大きなため息をついてめんどくさげに呟いた。

「強いて言うなら、この祭典(たたかい)の均衡を保つ者かな」

「…………」

ローブは何も口にしない。
わずかな沈黙の後に先に口を開いたのは男の方だった。

「君も完全な部外者というわけではないが、流石にやりすぎだね。あくまでもこれは彼らの戦いだ。十四(・・)の柱から成る神々のね」

男の言葉にローブがわずかに身体を震わせたのちに「……ソウイウコトカ」と小さく呟く。
その声色は、今までにないほど恐怖を感じた。
歓喜、狂気、殺意、嫉妬、憎悪。グチャグチャの感情が混ざり、溶け合い、結合された気色の悪い言葉。ただの言葉のはずなのに、そんな気味の悪さに吐き気がする。
そして、ローブの体が徐々に靄のように薄くなっていく。

「コレハ、始マリダ……生者ト死者ノ境界ヲ消スタメノ。ソウスレバ、オマエノ望ミモ果タサレルダロウ」

意味不明な言葉を残して、ローブは姿を完全に消した。

「……そうかもしれないな。だが、それは君の役目じゃないよ、原初の残骸」

男は消えて行ったローブに微かな声で言うと腕を大きく上げて伸びをし終えると、

「さて! それじゃあ、僕は行くけど。彼が起きたら伝えといてくれないかな。……待っていると」

起きるはずがない少年に何を言えと言うのだ。
友妃は悔しさと涙を堪えながらかつて彼だった者に目を向ける。

「え……」

思わず声が漏れた。
ありえないことだった。目の前で何もできずに消え入った少年。彼の亡骸がいた場所にそこにははっきりといた。
見覚えのある顔の少年が地面に倒れている。

「彩……と、くん……」

動かなくなっていた身体が一歩前に出た。すると一歩、また一歩と動き出す。

「彩斗君!」

彼の元まで駆け寄る。彩斗の身体を抱き上げる。温もりが、鼓動が、吐息が抱きしめた身体から伝わってくる。

「……よかった」

涙が溢れ出るのも気にせずに友妃は彩斗の身体を抱きしめ続けた。





街に轟音が響く。爆発し、燃え上がり、溶けて、原型を消していく。
ここは地上に顕現した地獄そのものだった。街はその機能を失い、瓦礫の山と化し、燃え盛る大地に溶けたアスファルトの臭気が漂う。そこには無数の死があるはずだ。ただ瓦礫に隠れて、炎に燃えてわからないだけでそこには確実にいる。
人の死があり、機能が失われた街を地獄と呼ばずになんと言えばいいのだろう。
そこには生きている人間はなどいない。
いるのは……

「アテーネ、防いで!」

豪雨のように降り注いでくる蛇の群れ。それを全て受け止める巨大な梟。その後ろに立つのは制服姿の少女。向かい合うのは、金髪の緋色に瞳を燃やす青年。
少女の姿はあまりにもか弱く、ボロボロで、触れればすぐに倒れてしまほどに危う。
それでも少女は戦い続ける。その身を犠牲にしてでも彼に力を渡さないために。
青年は狂気のごとく攻撃をやめない。神の力を手にして絶対なる力を手にするために。

少女は大切な人たちとの約束を果たすためにその力を振るい続ける。多くの人たちの犠牲があったからこそ少女は今ここにいる。いつ砕けてもおかしくなった。怖かった。辛かった。苦しかった。今すぐにでも逃げ出したかった。だけど、少女のために命をかけてくれた人がいた。幾度となくピンチになっても誰かに助けられた。そんな人たちのためにも……
それに化け物である少女に声をかけてくれた。何度突き放してもまた来てくれた。危険だとわかっていても助けに来てくれた。化け物だとわかっても一緒にいてくれた。危険だといったのに来てくれた。
そんな人たちのためにも少女は生きてこの戦いを終わらせなければいけない。
そのためにもこの力だけは譲ることができない。

青年は自らのためにその力を振るい続ける。絶対なる力。理由などなかった。ただ、自らの渇きを癒すものがあればそれでよかった。
無駄に長く生き続けた者だからこそ、この戦いは青年が望んだものだった。
───■■う……
だからこそ、この力を手にすれば、古き世代。神に最も近き者たちと並ぶ力を得る。そうすれば、この渇きはさらに癒される。
───そん■こ■……望■■ない……
だから、力を求める。終わりなき戦いの中で青年の渇きを癒すものを探して。
そのためにもこの力だけは譲ることができない。

「とっととくたばれェ、三番目ェ!!」

新たに魔力が凝縮される。鮮血を纏いし次元を壊す獅子がこの世界に顕現する。
獅子はその牙を、爪を持って少女を消し去ろうと駆ける。

「“神意の暁(オリスブラッド)”の血脈を継ぎし者、未鳥柚木が、ここに汝の枷を解く───!」

右腕が鮮血を纏う。凝縮された魔力が右腕を媒体に解き放たれる。

「光臨して、“純愛なる白兎(アフロディテ・ダット)”!!」

無限の泡の消失と再生からなる実態をほとんど持たぬ幻を見せる兎。無数の泡は鮮血の獅子にまとわりつく。次元を消し去る爪で薙ぎ払うがそれは無意味。全ての次元に干渉する力であろうと消失と再生を無限に繰り返す無実態の魔力の塊には意味のないこと。
本来眷獣に幻覚をかけるなど不可能。だが、そんな異常さえも可能にするのが“神意の暁(オリスブラッド)”の眷獣だ。

「クソッ! 戻れ、アレス!」

「させるかぁ───!」

元の魔力体に戻そうとする青年の声をかき消すように少女は叫ぶ。魔力体へと還ろうとする鮮血の獅子を巨大な泡が包み込んだ。
それは外と内。現実と幻を入れ替える結界。内からも外からも干渉を拒む切り離された世界。そこにいればどんなものであっても、いくら眷獣であっても無意味だ。

「これで……一体目……」

「なるほど、一体づつ潰していくって算段かァ……」

青年は笑みを浮かべた。

「だったら頑張って全部潰せよなァ!」

右腕が膨大な魔力を纏った。これまでの比じゃないほどに魔力が溢れ出る。
姿を徐々に表していく獣たち。二つの大きな牙を持つ猪。紅蓮の炎を纏う角を持つ牛。白銀の翼を足に持つ羊。背中に巨大な盾を背負う鼠。そして、体中から蛇を生やした長身の女。
少女は震える体を必死で抑えて右腕を鮮血で染め上げる。

「力を貸して、“真実を語る梟(アテーネ・オウル)”、“神光の狗(アポロ・ガン)”、“純愛なる白兎(アフロディテ・ダット)”!!」

黄金の翼の梟。太陽の輝きを放つ狗。無数の泡からなる白兎。
並び立つ神の名を持つ者たち。
圧倒的な魔力が大気を震わせ、引き裂き、大地を軋ませ、砕く。

「それじャあ……総力戦と行こうかァ!」

青年が指の骨を鳴らすと一斉に動き出した。
これまでにないほどの濃密な魔力が襲う。
数も、質も、圧倒的なまでに劣勢な少女。
勝敗など誰が見ても歴然だった。しかし少女は諦めない。挫けない。逃げない。

───だからこそ……

「この戦いは平等じゃないといけないよね」

ぶつかり合う神々の間に立つのはボサボサ頭の男。そんな場所にいるのはただの自殺行為だった。
しかし、男は薄い笑みを浮かべて右腕を闇夜へと掲げる。そして指を鳴らした。
乾いた音が大気を小さく震わせる。同時に男を中心に波動のようなものが出現。それは一瞬にして広範囲へと拡散し、ぶつかり合う神々も、その主人たちも包み込んだ。

「なんだ!」

「何が起きてる……の!」

少女は目の前に広がった光景に目を疑った。先ほどまでいたはずの神々の名も持つ者たちはその姿を消し去っていた。

「戦いに水を刺してしまって悪いとは思っているよ。だけど、これでは平等な戦いとは言えないからね。少しだけ手を出させてもらうよ」

男の雰囲気に戸惑う少女。対して青年は敵意をあからさまにむき出しした。

「邪魔をするってんならテメェから消してやるよォ」

青年が動くよりも早くボサボサ頭の男は掲げていた右手を拳で固めて勢いよく地面に叩きつけた。
すると大地から無数の光芒が噴き出した。それと同時に少女の体を襲いかかるような重圧と激しい揺れ。唐突に感じたことのない息苦しさが少女を襲った。
その正体に気づいた少女は驚愕した。
大地から噴き出した無数の光芒の正体。それは膨大な魔力。この土地を支えている地脈の魔力が凄まじい勢いで大気へと放出されていく。
そんなことをすればこの土地に与えられるダメージは計り知れない。もしかすれば、この土地そのものを崩壊につながる危険な行為だ。
少女は声を上げようとするが目の前で起きている光景にさらに驚きを隠せない。

「て……テメェ、が……なぜそれを」

先ほどまで余裕さえも見せていたはずの青年が大量の吐血をしながらその場に倒れ込んでいる。

「君だけ魔力切れがないと言うのはちょっと卑怯だしね。それが君自身の能力だと言うなら僕もここまではしないさ。だけどそれが借り物なら話は別だね」

男は戸惑う少女を横目で見てから説明を続けた。

「君の魔力は、この土地から魔力を供給され続けることで無限にも等しい魔力を得ていた。それはあまりにもフェアじゃないよね」

「だから……地脈を、壊した」

少女が途切れ途切れの言葉で紡ぐ。
地脈。地中に宿るエネルギー、つまり気だ。地脈は万物を活かし、万物に影響を与えるものである。
それを壊す。それ意味することは……
男は満面の笑みを浮かべ、指を鳴らす。

「正解。そうすれば、彼は君と一緒の状態になる。これで勝負はイーブンになるよね」

「で、でも……それじゃあ……」

少女は恐る恐るその言葉を紡ごうとしたが、それよりも早く男は口を動かした。

「この土地は消え去るだろうね。霊力を失った土地は崩壊するしか道はないからね。持っても後十分ってところかな?」

男は軽い口調で語っていく。

「まぁ、獅子王たちが少しは時間を稼ぐだろうけどね。それでも三十分が限界だろうね」

一つの街を壊そうとしているのにこの男は何を言っているんだ、と少女は思った。だが、圧倒的なまでの魔力。眷獣を一瞬で消す力。一撃で地脈に致命的なダメージを与えるほどの魔力。
それは少女にとてつもない恐怖を与えた。最初に男を見た時から感じた違和感。
先ほど第三真祖である“混沌の皇女(ケイオスブライド)”を初めて見た時とは違う感覚だった。
男から感じるのは、何もない恐怖。ただひたすらに何もなく、空っぽな恐怖だった。

「大丈夫だよ、安心してくれ。僕としてもこの土地を消すことは本意ではないからね。だから三十分以内に次なる神の意志にたどり着く者が決めれば、責任を持って僕が直すからね」

子供のような無邪気な笑みを浮かべる男。
それは裏表もないような言葉そのままの意味だと少女は思えた。通常ならばありえない。しかし、この男なら切られた地脈を復元することさえ可能ではないか考えている。

「それじゃあ、あとは任せるよ。この土地が滅ぶのが先か、君たちの誰かが神への挑戦権を得るのか傍観させてもらうよ。じゃあね」

大きく手を振りながら男の体が徐々に消えていく。
そして男の姿は完全に闇へと溶けて消えていった。
残されたのは、二人のボロボロの吸血鬼。どちらもいつ気を失ってもおかしくはない。
ただどちらも未だ諦めない。手足をもがれても二人は止まることはないだろう。
それだけ譲れない戦い。

少女は痛む身体を必死で堪えて立ち続ける。少しでも気を抜けば倒れてもおかしくない。だが、少女は戦い続ける。
───守る者のために

青年は身体中が引き裂かれそうな痛みに耐えながら立ち上がる。魔力はほぼ失われ立ち上がっていることすら奇跡に等しい状態でもその心は砕けない。自らの渇きを癒すために、青年は戦い続ける。
───壊す者になるために

対立する両者。それは決して交わることはない。だからこそ、どちらも退くことは決してありえない。



「君的にはどちらが勝つと思うんだい?」

───どちらでもいい。

「君はほんと無感情だね。少しは僕を見習って欲しいもんだよ」

───お前は少し私情が多すぎる。

「そんなことはないさ。だって僕は常に平等じゃなければ、祭典が機能しなくなってしまうからね」

───…………

「ならば質問を変えよう。誰なら君を■せそうだと思う」

───俺に結果を聞くか……

「そうだった。君は全部お見通しだったね」

───…………

「だが、もしも……もしも、君の予想すらも超える者が現れたとしたら……」

───……フッ。もしもなどありえん。

「どこまでも君は現実主義者だね。だけど、僕はそのもしもに賭けるよ……いつか君に引導を渡すためにね」





遠のく意識の中で見えたのは、少女の笑顔だった。
最初は全く笑うこともなく、無口で不愛想だった。何度も無視されてそれでも諦めなかった。
そんな想いが通じたのか、彼女も少しづつだが話すようになってくれた。そんな些細なことでも嬉しかった。
少女は徐々に明るさを見えた。いや、元々そっち性格が本当だったのかもしれない。
周りを囲む人の声。それに反応して笑う少女。そんな光景を見ているのがたまらなく好きだった。
笑顔を浮かべるたびに、ぎこちないと笑われた。だからこっちも言葉で返した。
そんな普通の日常の記憶。死に際に見せる数々の記憶。
意識が深い海に底に溶けてなくなっていく。
これが死という感覚。存在した者が原初の海へと還っていく。そして何も残らずに消えていく。

『まだ、死ぬには早いよね』

声のした方に意識を傾ける。体などここには存在しないのだから。

『君にはまだやることが、やり残したことがあるはずだよね』

だが、もう体は動かない。
意識だってもう消えかかっている。
もうどうすることもできない。

『君はまだ動けるはずだよ……君が望めば』

声は彩斗の周りを包んでいく。

『君はまだやれるはずだ……君が望めば』

消えていく意識が何かに繋ぎとめられる。

『君はまだ戦えるはずだ……君が望めば』

原初の海が彩斗を拒む。

『……これが最善策だから』

先ほどとは違う声がした。
すると聞こえた声に彩斗の意識がつながる。
バラバラになっていた存在が再び、集結し、結合し、合わさり、混ざり合う。

「何が最善策だからだ。……ふざけるなよ」

確かに聞こえた声。生きることから逃げた者の声。そんな言葉を彩斗は認めないし、認めさせてはいけない。

『それでこそ、僕が認めた君だ。さぁ、覚醒の時だ』

声が徐々に遠のいていくにつれて光が密度を増していく。眩しい光に包まれて彩斗の意識は再び世界と繋がれる。

『それと最後……告だ。あま…彼の言……耳を傾……な。あいつは君の───■だ』





緒河彩斗は、目を覚ました。
魔力がぶつかり合う異様な感覚が身体中に突き刺さる。
自分がいる場所を把握しようと体勢を変えようとすると鼻孔をくすぐるいい匂いと頭を包み込む柔らかな感触。

「彩斗君!」

頭上から不意に聞こえた声に彩斗は顔を向けた。
今にも泣き出しそうな表情をした友妃がそこにはいた。声を上げるよりも早く友妃は彩斗の身体を強く抱きしめる。

「……よかった。……生きてる……生きてる」

そこで自分の身に何があったのかを思い出した。ローブの不可視の攻撃によって身体を潰された。
心臓も、脳も、潰されて確実に死んだ。
だが、彩斗は今こうして生きている。それが意味することは、やはりあの時たどり着いた結論こそが真実だと思い知らされる。

「悪い。心配かけた」

「心配かけたじゃないよ、バカ! あんな無茶ばっかして本当にバカ、バカバカ!」

友妃は涙を流しながら彩斗の身体をぽかぽかと握りこぶしで殴り始めた。
彼女がどれだけ心配させたかを思うと当然だろう。体は元に傷一つないとしてもボロボロの制服にシャツは真っ赤に染まっていることから惨劇を物語っている。

「悪かったって」

涙目の友妃を宥めながら彩斗は立ち上がり、瓦礫の向こうを睨みつける。
向こうでは、今も強大な魔力の塊同士がぶつかり合っている。時折、襲ってくる衝撃波がその戦いの激しさ有に想像できる。
そんな魔力がぶつかり合う者たちがいるとすれば、必ずそこには彼女がいる。
彩斗が一歩踏み出すとボロボロ制服の裾が強く掴まれた。

「……ダメだよ。……行かないで」

友妃が止める気持ちはわかる。いや、わかっているつもりなだけなのかもしれない。
彼女も肌で感じてわかっている。金髪の吸血鬼、立上遥瀬を相手にしても彩斗では絶対に勝てない。だが、それは人間だった頃の話だ。
彩斗は既に人間ではなくなっている。いや、むしろ最初からそうだったのかもしれない。それを自覚していなかっただけで。
友妃に不器用な笑みを浮かべて優しい声で言った。

「今度こそ大丈夫だからさ。必ず、あいつを止めてこのふざけた戦いを終わらせるんだ」

さらに一歩踏み出そうとしたその時だった。
目の前を包み込むほどのとてつもない光が大地から噴き出した。

「これは!?」

「なに!?」

大地が軋み。同時に身体に襲いかかる異様な息苦しさ。その正体は、考える前に彩斗の血が反応し、答えを出した。

「……魔力が噴き出してる」

大地から吹き出された大量の魔力。それはこの土地の龍脈から噴き出されているものだ。土地を支える魔力が大気へと吹き出されている。
それが意味することなど魔術に関する知識を持っているものなら言うまでもなくわかる。

「友妃! ここにいたんだね」

「師家様……!」

友妃が呼びかけた先には現れたのはただ一匹の黒猫。瓦礫の上から軽い身のこなしで降りてくる。

「少しまずいことになったよ。この土地の地脈が壊された」

「地脈が!?」

友妃は驚愕の表情を浮かべる。
やはり彩斗が思った通りのことが起きている。
そんなことができる存在など限られている。そしてこの地にいるものの中でそんな異常が行えるのは、神の名を持つ者たちだけだ。
彩斗が再び、動こうとすると今度は目の前に黒猫が立ちはだかった。

「待ちな、お前さんが行ったって状況は変わらないよ」

「それはどうだろうな。無駄に長く生きてるあんたなら俺がもうまともじゃないことも気づいてるだろ」

彩斗の言葉に黒猫を眉間にしわを寄せ、睨みつける。そして呆れたようにため息をついた。

「全く、どうしようもない坊やだね」

黒猫は彩斗の前から一歩横にズレる。

「好きにしな。どちらにせよ、私たちもこれ以上の手を出すのは厳しいからね」

「ああ、好きにさせてもらうよ」

これ以上、無関係の人たちを巻き込むわけにはいかない。これは彩斗たちの戦いなのだから。
彩斗が動くのに合わせて後方で動く気配を感じた。

「あんたは行かせないよ、友妃」

「で、でも……」

「あんたが行ったところで足手まといになるだけさ。それにそこまで魔力が消費してるんだ。そんな状態で夢幻龍を使えば、どうなるかぐらいはわかるだろ?」

黒猫の言葉に友妃は黙り込む。
友妃もかなり限界を迎えているはずだ。何度も無謀にも神々に挑んだのだから。それで生きているということ自体が奇跡に等しい出来事だ。
振り向くと悔しさで唇を噛み締め、涙が今にも溢れそうな彼女がそこにはいた。
友妃の気持ちは痛いほどにわかる。最初の彩斗がそうだった。力のないまま飛び込んで足手まといになるしかできなかった。
それでも助けたいという思いは変わらずそこにある。だが、挑めば、死が待っている恐怖。
そんな二つの異なる感情に葛藤する彼女にかけてやれる言葉などわからない。
だけど彩斗は、不器用な笑みを浮かべて優しく言った。

「大丈夫だって、必ず帰ってくるからさ」

「……絶対だから」

友妃は涙を拭いながら立ち上がり、彩斗に近づいてくると、右手に持っていた刀を前に差し出した。

「絶対帰ってきて。それでちゃんとボクのところまで返しにきてよ。約束だから!」

「ああ、約束するよ。必ず返しにくる」

刀を受け取ると同時に彩斗の手を友妃の手が包み込む。祈りを込めるように彼女は強く握る。
震えていた。それは友妃自身の恐怖ではない。彩斗のことを思ってのことだとわかった。
それだけで彩斗が戦う理由はできる。

「それじゃあ、光の方は任せるぞ。こっちはなんとかするからよ」

「ああ、任せな」

黒猫が大きく頷く。
強く柄を握りしめて彩斗は、最後の戦いへと向けて走り出した。


 
 

 
後書き
過去は終局へと向かう……
互いにボロボロとなり神の座を手にしようとする
───柚木と立上
自らの存在に気付き、戦いを終わらせようとする
───彩斗
三人が交わる時、祭典は終局へと向かう。


更新期間がまただいぶ空いてしまいました申し訳ありません。
いよいよ、過去編も次でラスト。
なぜ、彩斗が“神意の暁”となったのかがついに明かされます。
過去編は終わりますが、まだ現実で立上との戦いが残ってるんですよね……

それもいつになるかわかりませんが早いうちに書けたらいいと思います。

誤字脱字、おかしな点、気になる点、話に対する感想などありましたら気軽にコメントしてください。
また読んでいただければ幸いです。
 
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