口先三寸で神々の黄昏を潰してみる
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口先三寸で神々の黄昏を潰してみる
銀河英雄伝説の世界に転生したのはいい。
自由惑星同盟に生まれたのもまあ仕方ない。
せめて滅亡を避けようと軍人の道を志そうと思ったが、それは叶わない夢だった。
仕方がないので家業でなんとか同盟の滅亡を食い止めようと試みる。
「外務委員長 オリージュ・ニーナッター議員」
家業。
世襲政治家である。
救国軍事会議によるクーデター未遂後に新設されたトリューニヒト救国政権下にて作られた閣僚ポスト。外務委員会。
そこでは外務、つまりフェザーンとの話し合いから始まるのだが、同盟駐在フェザーン高等弁務官は冒頭から強烈な一撃を食らうことになった。
「今回の一件ルビンスキー自治領主の失態でしたな」
「なっ……」
「イゼルローンを奪った同盟の力を削ぎたかったのでしょうが、結果がアムリッツァの大敗だ。
今度は帝国の力を削ぐために内戦誘発ですか。
実に陰謀に忙しいようで」
「何たる暴言!
撤回してもらいたい!」
フェザーン高等弁務官の怒り声の外務委員長には届かない。
むしろさらなる一撃を彼は食らうことになった。
「なぜ撤回するのです?
ちなみに我が国は、近くフェザーンが引き受けている10年以上の長期国債の支払い猶予を宣言する予定です。
我が国より先に滅ぶ国に払う金は今の我が国には無いですからな」
「え?」
固まったフェザーン高等弁務官の顔に実にわざとらしく外務委員長は陰謀を囁く。
甘く、断言する悪魔の囁きにフェザーン高等弁務官は耐えきれない。
「帝国はすでにフェザーンの陰謀に気づいていますよ。
だから、こちらにこんな陰謀を仕掛けてきた。
捕まえた帝国の工作員が自供しましたよ」
しばらくの間。
その間を支配した外務委員長はぱんと手を叩いて笑う。
「内戦による帝国の復興にどれだけの金がかかるかあなた方はご存知のはずだ。
その金が沢山有るのは貴方の国だ。
今まではなんとかなったのでしょうが、内戦となった場合国家の統制を離れた軍が何をするか分からない。
いや、これ幸いに貴国を襲うかもしれませんな。
おいたわしい事です」
「こ、これ以上の話は本国の一存を仰がないと……」
「そうですね。
挨拶に来ていただいたのにあまりおもしろくない話をしてしまいました。
その非礼は詫ましょう。
ところで、うちの財務委員会が財政再建の為に100年長期国債の発行を考えているのですが。
これには再建する艦隊の経費も入っています。
お引き受けしてもらえますよね?」
軍人になれなかった以上、介入するポイントは限られている。
結果、フォーク准将の暗殺未遂阻止とリンチ少将の逮捕の為に私設の護衛と探偵を用意し、一部始終をトリューニヒトに垂れ込んだのだ。
クーデターは未遂で終わり、グリーンヒル大将ら軍中枢の逮捕などで帝国内戦には関与はできないが、消えるはずだった第十一艦隊を救い、フェザーンから多額の資金援助を引き出した。
第十一艦隊の司令官がドーソン中将になったのには笑ったが。
とりあえずは一息つけるだろう。
「戦勝おめでとうございます」
「ありがとうございます。
ルパート・ケッセルリンク高等弁務官殿。
今回の戦勝でフェザーン企業の株も上がって、自治領主様の顔もほくほくでしょう」
100年長期国債引き受けの代償に、同盟は社会インフラを始めとした政府資産を民営化してフェザーン企業に委託したのだ。
その結果、社会インフラは改善したが、貧富の差は広がり辺境星域は不況に喘いでいる。
「イゼルローン要塞の難攻不落ぶりは我々のほうが知っていますからな」
「ですが、適切な援軍を送った同盟の首脳部の指導ぶりも褒めるべきかと」
ケッセルリンクはヤン提督の査問会について知っているから皮肉をちくり。
それぐらいで狼狽えるようなら、この職についてはいない。
「第二艦隊を出しましたからな。
さしたる損害もなく終わってほっとしていますよ。
さて、貴国からの支援もあって、近く一個艦隊の再建が終了する予定です。
それに伴い、貴国艦隊と合同訓練を行いたのですがいかがか?」
「こちらとしても、艦隊が張り子の虎である事は望みません。
フェザーンには、良い返事をという方向で送っておきます」
「これは内々の話でお願いします。
この艦隊の再建を待ってからになりますが、我が国は密かに貴国と防衛協定を結ぶ用意があります」
ケッセルリンクは皮肉な顔で外務委員長を見つめる。
少なくとも前任者よりは才能があるらしい。
「私の前にも似たような事をおっしゃったみたいですね。
帝国のフェザーン侵攻は貴方の誇大妄想なのではと疑う意見もフェザーンでは耳にしているのですか?」
「むしろ今回の勝利で私は確信に変わりましたよ。
帝国を持ってしてもイゼルローン要塞は簡単には抜けない。
ならば、フェザーン回廊しかないでしょう?」
外務委員長はケッセルリンクに幾つかのレポートを渡す。
そこには帝国の国力上昇に伴う罠が記されていた。
「インフラの整備と艦隊の維持からみて、財政は没収した貴族財産に依存しきっています。
帝国臣民が良き中間層になるほどには貴族財産は足りないし、産業の復興を邪魔しているのは我々です。
我が国も貴国への借金を返さないといけないので、稼がないといけませんからな」
高等教育を受けている層が圧倒的に多い同盟・フェザーン製品は、中間層になろうとする帝国臣民が喜んで飛びつき、かなりの富がフェザーンと同盟に流れ込んでいた。
中間層は消費者と=だから、ローエングラム宰相の改革で一番笑うのはフェザーン・二番目は同盟という笑えない事態に帝国政府は苦慮していたのである。
「金の流れは雄弁だ。
これにあの宰相が気づいた時、フェザーンは物を言う手段はありますかな?
閨閥も少なく、賄賂も取らず、才能ある連中を集めているあの宰相は、その意思があればフェザーンを滅ぼすことを躊躇いませんよ。
まぁ、今から帝国につくというのもありかもしれませんが」
「ご冗談を。
フェザーンが貴国にどれだけの債権があるか分かって言っていらっしゃるので?」
「ならば、秘密防衛協定の話は悪い話では無いでしょう?」
ケッセルリンクは黙り込む。
そこに外務委員長は悪魔の囁きを吹きかけた。
「防衛協定発動後に、貴国艦隊に推挙したい提督がおります。
今度の合同訓練に来てもらう予定ですが、メルカッツ提督というお方でして……」
派手にやったせいでルパート・ケッセルリンクが高等弁務官としてやってきたのは笑ったけど、野心ある彼のおかげでかえってやりやすかったと言えよう。
第二艦隊を後詰に出しアラルコンとグエンの暴走が無くなったので、五千隻の艦艇消失が無くなったのも大きい。
おかげでライオネル・モートン提督に中将昇進で一個艦隊を渡すことができそうだ。
近く、ラルフ・カールセン提督にもかき集めてではない正規編成の艦隊を渡すことができるだろう。
問題は質の低下だが、メルカッツ提督にがんばってもらうしか無い。
彼がフェザーン艦隊を指揮するのならば、まだ時間稼ぎができるのだ。
「ここに宣言します!
銀河帝国は自由惑星同盟を承認すると!!」
大歓声の式典の中万雷の拍手を浴びる最高評議会議長を舞台裏から見て立ち去ろうとした外務委員長は、ケッセルリンク高等弁務官に呼び止められる。
二人して通路を歩くがその話し声は小さい。
「以外でしたな。
この亡命劇という茶番を貴方がお認めになるとは」
「送り返すという手もありましたけどね。
それで止まるラインハルトでは無いですよ。
それに、この茶番劇があった方が高等弁務官は助かるだろう?
お父上が失脚するからね」
ケッセルリンク高等弁務官が立ち止まる。
外務委員長も立ち止まるが後ろを振り向かない。
「いつからお気づきに?」
「仮にも飽きずに戦争を続けている大国の諜報機関は舐めない方がいいと忠告しておこう。
クーデター未遂をやらかしたりと怪しい所もあるが、それなりには優秀なので」
「覚えておきましょう」
通路の中にも万雷の歓声が聞こえてくる。
それが何を意味するのか、確認するように外務委員長は呟いた。
「所詮、政治は全て茶番さ。
その茶番に意味をもたせるのが政治家の仕事ってね」
「帝国に格好の大義名分を与えただけに見えますが?」
「既にフェザーンメディアを使って、帝国には同盟征服後のコストをばらまいている。
同盟を征服した場合、軍事費の呪縛が無くなった同盟産業の復興で帝国産業が壊滅的打撃を受けるという事をね」
「それを回避するために、帝国は首都をフェザーンに移す。
経済的合理性を見れば、見事と言いたくなりますが、それだけでないのが人というもの。
帝都オーディンの貴族層を中心に不満が出ているそうですな。
それが狙いで?」
また二人共歩きだす。
歓声は遠くなっていた。
「この宣言の後、外務委員会を通じてフェザーン経由にて一つの提案を行う。
ミッターマイヤー・ロイエンタール・オーベンシュタインの三提督あてに、『同盟は宰相ラインハルト死後に伴う内乱に対して仲介する用意がある』とね」
ラインハルトの独裁体制だからこそ、いまの帝国は強いが同時に脆い。
それを敵から指摘されたらラインハルトは先陣に出るか後ろに篭もるかの二つに一つの選択肢しか無く、彼の気質から前に出ることは分かっていた。
「同盟艦隊を連れて危機のフェザーンを救う。
高等弁務官も英雄の仲間入りですか」
「それについては感謝を。
フェザーンが持つ同盟債権の放棄で英雄になれるのだから、英雄というのは高いものですな」
「それ以上に高いのは時間ですよ。
ケッセルリンク高等弁務官。
英雄という品物の代金のおまけにあれを持っていきませんか?」
皇帝の亡命というのは同盟滅亡のポイント・オブ・ノーリターンと言われていたが、実際には使い方を間違ったジョーカーでしか無かった。
経済的に見ると同盟とフェザーンに帝国の富が吸い上げられる形は崩れておらず、たとえ皇帝誘拐が無くても帝国は同盟を滅ぼさないと破綻するのが目に見えていたからだ。
だからこそ、ラインハルトが取りうる最適解を先にばらしてしまう。
同盟を征服すると自分たちが貧乏になり、フェザーンに遷都するなんて話を今のまだゴールデンバウム帝国の臣民は受け入れられないだろう。
これこそが最後の、かつ最大のチャンスだ。
挙句の果てに、ミッターマイヤー・ロイエンタール・オーベンシュタインの三提督を名指しで指名して、ラインハルト死後の後継者が彼らと敵から指摘してやった。
オーベンシュタインと他将との軋轢はさぞ楽しいものになっているだろう。
こちらが用意できたのは、
第一艦隊 ビュコック大将
第二艦隊 パエッタ中将
第三艦隊 モートン中将
第四艦隊 カールセン中将
第十一艦隊 ドーソン中将
ヤン艦隊 ヤン大将
第十四艦隊 ムライ中将 (寄せ集め艦隊 宣戦布告後に編成予定)
第十五艦隊 アッテンボロー中将 (寄せ集め艦隊 宣戦布告後に編成予定)
フェザーン艦隊 メルカッツ中将
集めに集めたり九個艦隊。
質については頼りないことこの上ないが、原作に比べたら十二分に博打が打てる。
だからこそ、最高評議会議長はまだ政権を投げ出していない。
フェザーン侵攻にすべて賭けるので、ヤン艦隊をフェザーン近くに貼り付けておき、イゼルローン要塞にはビュコック大将に入ってもらうことにする。
帝国の宣戦布告後に、寄せ集め艦隊を編成してムライ中将とアッテンボロー中将に任せる手はずを整える。
アイランズ国防委員長はトリューニヒト最高評議会議長の傀儡だからこそ、この二人が主戦線と信じているイゼルローン方面から功績が高すぎるヤンを外す事に賛同するだろう。
ヤン艦隊はメルカッツ艦隊を含めて、四個艦隊でフェザーン回廊を守る事になるが、最後の切り札も持たせておいた。
あとは運を信じて、結果を待つとしよう。
「辞表。
たしかに受け取ったよ。
残念だ。
このタイミングでかい?」
「ええ。
このタイミングです。
私は貴方にとっては外様ですからね。
これ以上長く居たら嫉妬されて引きずり降ろされます」
トリューニヒト最高評議会議長は辞表を机の上に投げ出す。
ハイネセンの主要新聞の一面は、フェザーン回廊での帝国軍とフェザーン軍の戦闘でフェザーン軍が帝国軍を相手に大勝利をした事と、自治領領主が病気による職務不能をルパート・ケッセルリンク臨時自治領主が代行する記事で踊っていた。
その紙面の三面に書かれている記事に目を通す人はきっと少ないだろう。
『オリージュ・ニーナッター外務委員長辞任!
初代外務委員長職についていたオリージュ・ニーナッター議員が、先日病気を理由に外務委員長を辞任すると表明した。
後任については、ウォルター・アイランズ国防委員長が一時代行し、後任人事を決めると外務委員会は発表している。
オリージュ議員は、惑星シロンの議員五世でシロンの有名な政治家一家に生まれ、若くして同盟議会に当選。
政界で名前を一躍有名したのは救国軍事会議によるクーデター未遂事件で、たまたま近くに居た彼の護衛がフォーク准将の凶行を阻止した事から新設された閣僚ポスト外務委員長の職につき外交関係にて一定の評価を得る。
反面、フェザーン企業との癒着の噂も絶えず、今回の辞任も法的には問題なかったが、道義的に責任をとったという声が政界関係者から出ており……』
「結局、君は何がしたかったんだい?」
トリューニヒト議長はメディアでよく見る笑顔で元外務委員長に尋ねる。
元外務委員長も似たような笑みで返した。
「議長ともあろうお方が変なことを。
国の要職についたのだから国のために何かしたかった。
当然でしょう?」
そして、実に俗物っぽい笑顔で小声で本音を漏らす。
「そりゃあ、若干は己のポケットに入れましたけどね。
あいにく私は聖人君子ではありませんので」
「君の思惑はどうであれ、私は私の政権下で功績を立てた者を放逐するほど人でなしではないよ。
幾つかの天下り先を用意した。
好きに持ってゆくといい」
「ありがたく頂戴いたしましょう。
議長。
トリューニヒト最高評議会議長閣下。
帝国はしばらくは混乱するでしょう。
そして、長期的にはこの状況を続けられるならば、この戦争は勝ちます。
だから俗物っぽく、目先の欲に惑いませんように」
多分元外務委員長の本心と悟ったトリューニヒト議長も真顔に戻る。
彼は愚かかもしれないが、利については敏い。
そこから得られる、『戦争終結の英雄』という利に彼はためらうこと無く食いついた。
「私を誰だと思っているんだい?
アムリッツァに反対した男だぞ」
「オリージュ議員!
外務委員長辞任について一言」
「すまない。
たいして話すことは無くてね」
「フェザーン企業からの利益供与疑惑の責任をとったという話が出ていますが?」
「その件については政治論理委員会にてちゃんと説明をしているので、そちらを参照していただきたい」
「フェザーン回廊で発生した一連の戦いについて一言」
「さすがヤン提督ですね。
この空の上に輝いていた『アルテミスの首飾り』は債務支払猶予の代償にフェザーンに供与していたのですが、あれに推進機関をつけて敵艦隊に突っ込ませるなんて常人には思いつきませんよ。
詳しい情報はまだ私も知らないのですが、魔術師ヤンの新たな一ページを個人として祝福します」
「今後どうなるか議員として一言お願いします」
「言ったとおり、詳しい事は分からないので複数の状況を用意して語らせてもらおう。
帝国軍の大敗で宰相ラインハルトが戦死した場合、おそらくは帝国はまた内乱になるだろう。
逆に宰相ラインハルトが戦死しなかったとしても、暫くの間は同盟及びフェザーンへの侵攻は無理だろうね。
勝てばともかく、現状ではイゼルローンとフェザーンという二戦線を自ら作ってしまった。
帝国本土にある程度の護衛戦力を残さないと、民衆が納得しないでしょう」
「議員自身の今後をお願いします」
「とりあえずは、母星シロンに帰ってゆっくり休みたいよ。
そして、今回の勝利を祝うのさ」
「ヤン提督の勝利をですか?」
(いいや。
舌先三寸で歴史をひっくり返した、俺自身の勝利をさ)
その心の呟きは表に出さず、オリージュ・ニーナッター議員は用意された車に乗り込み、最高評議会ビルを後にした。
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