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枕元

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第一章

                     枕元
 佐々木大輔の兄恭介の趣味は怪談だ。何かというとやたら怖い話を弟である彼にも話すことを常にしている。 
 それは今もそうでありテレビを前にして冷やしたビールを飲みながらこんなことを話していた。
「それでな。夜にな」
「枕元に?」
「ああ、寝ている時に女が座るんだよ」
 ビールで赤くなっている顔で怪談を聞いて青くなっている弟に言う。
「それでな」
「女が尋ねてくるんだよね」
「そうだよ。その言葉はな」
 恭介はビールをまた飲み楽しげな笑みで言った。
「地獄に行きたいか、だよ」
「地獄に・・・・・・」
 地獄と聞いただけでだ。まだ小学生の大輔は青い顔になった。
「そう言われるの」
「ああ、それでな」
「応えたらどうなるの?」
「さっき言ったろ。女が牙と爪を出してきてな」
 明らかに人間ではない。その証である牙と爪でだというのだ。
「その枕元から襲い掛かってな」
「寝ている間にだよね」
「ずたずたに引き裂いて八つ裂きにしてしまうんだよ」 
 そうされてしまうというのだ。
「寝ている間にな」
「怖いね」
「怖いぞ。俺の友達の叔父さんがな」
 ここは笑いながら作り話を入れる恭介だった。
「その女が枕元に出て来てな」
「どうなったの?」
「うっかりそう答えちまったんだよ」 
 地獄に行きたいかと尋ねられ寝ているうちにそうだ、と答えてしまったというのだ。これは完全な、もっと言えばこの話自体が作り話であるが。
 その作り話をだ。こう大輔に話したのである。
「それで八つ裂きにされたんだよ」
「そうなんだ」
「朝起きたら部屋は血塗れで」 
 わざと怖い様に言う。ただし語る顔は楽しげだ。
「布団の中にも外にも叔父さんの首や手足が転がってたんだよ」
「首!?」
「ああ、思いきり引きちぎられてな」
 恭介は笑って言う。
「引き裂かれて。内臓だって引き摺り出されて」
「内臓も・・・・・・」
「凄かったらしいぞ。お腹も縦にばっくり切られててな」
 恭介は乗ってきた。
「で、引き摺り出されたんだよ」
「うわ・・・・・・」
「怖いだろ」
「うん、そんな妖怪いるんだ」
「いるよ。地獄から来るんだよ」
 恭介はビールを飲みながら弟にさらに言う。
「御前も気をつけろよ。夜に寝ているとな」
「枕元にいるんだ」
「で、答えたらな」
「その叔父さんみたいに」
「首引き千切られて八つ裂きになってな」
 また上機嫌で話す。
「内臓引き摺り出されて地獄に連れて行かれるからな」
「う、うん」
 大輔は蒼ざめた顔で頷いた。
「僕気をつけるよ」
「そうしろよ。絶対にな」 
 恭介はビールにつまみの枝豆を楽しみながら赤ら顔で大輔に話す。大輔は麦茶も西瓜も食べられず青くなっていた。そうなった夜だった。
 大輔はその夜布団に入っても中々寝られなかった。さっき兄に言われた怪談のことがどうしても気になってだ。トイレに行ってすぐに布団に入っても。
 中々寝られない。どうしても枕元を見てしまう。
 暗がりの中には何も見えない。だが。
 恭介の話していたあの妖怪が枕元にいる気がしてどうしても寝られなかった。それで怖くなって何度も見てしまう。 
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