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髪切り

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第一章

                          髪切り
 江戸市中で奇妙な事件が起こっていた。それは。
 女の髪が切られるのだ。夜道に一人で歩いていると。
 だが下手人は見つからない。全くだ。
 しかし刃物を扱っているのは明らかで人が切られているのだ。髪の毛であるから怪我はないが。
 こうした事件が続きだ。奉行所の方でも調べない訳にはいかなくなった。
 それで南町奉行の大岡越前もだ。与力達にこう言ったのだった。
「近頃江戸を騒がす髪切りのことだが」
「はい、夜に女の髪を切る」
「それですな」
「調べてみる必要がある」
 大岡は難しい顔で与力達に述べた。
「人は殺めておらぬがそれでもじゃ」
「はい、刃を使って人を襲っております」
「それだけで由々しきことですな」
 江戸市中では刀を抜くだけで切腹だ。それではこうしたことが問題になるのも当然のことだった。
 それでだ。与力達も大岡に次々に言うのだった。
「では夜道にですな」
「その下手人を探して回りますか」
「そうせよ。どちらにしても捨て置けぬ」 
 大岡は深刻になっている顔で答えた。
「よいな。それではじゃ」
「はい、それでは」
「江戸の街を探していきましょうぞ」
 与力達も応えそうしてだった。
 江戸を騒がす髪切りを探すことになった。だが、だった。
 夜道でいきなり髪を切ってくるのだ。その姿を見た者は誰もいない。奉行所の面々が幾ら探してもだ。髪を切られた女は多く出て来ても下手人は影も形も見えなかった。
 そうこうしているうちに一月経った。髪を切られた女は増えても。
 手掛かりは何も見つからない。これには大岡も弱った。
 だがここでだ。一人の若い与力がこんなことを言ってきた。
「お奉行、それがしに考えがありますか」
「長谷部か」
 白い細い顔をした若い男だ。その彼の顔を見てだ。大岡は言うのだった。
「どうした考えじゃ。言ってみよ」
「襲われるのは女ですな」
「それも夜道にな」
「では囮を使ってはどうでしょうか」
 こう大岡に己の考えを述べるのだった。
「そうすれば下手人は姿を現すかと」
「囮か。しかしおなごを囮にするのは」
「ですから。女の身なりをしていればどうでしょうか」
「そうした意味での囮か」
「はい、そうです」
 これが彼の考えだった。
「そうしてみてはどうでしょうか」
「ふむ。悪い考えではないな」
 話を聞いてだ。大岡は自分の顎に右手を当てて考える顔になった。そうして暫し考えてかrだ。長谷部に顔を向けてこう言ったのだった。
「では長谷部実篤よ」
「はい」
「このこと御主に任せる」
 長谷部に一任するというのだ。
「下手人を見事捕らえてみよ。よいな」
「はい、それでは」
 長谷部も応える。こうしてだった。
 長谷部はこの髪切りのことを一任された。早速だった。
 彼は夜の江戸の街に出た。しかしそれは一人ではなかった。
 岡引の半次、彼を連れていた。その彼にだ。
 女ものの服を着せて女の鬘を被せた。そうして若い娘の身なりにさせたのだ。
 その彼に対してだ。長谷部はこう言った。
「その格好で江戸を歩けばじゃ」
「下手人が出て来るっていうんですね」
「そうじゃ。下手人が狙うのは女じゃ」
 もっと言えば女の髪である。
「だからじゃ。わしも考えたのじゃ」
「そうでやんすか」
「うむ。しかし半次、その言葉は止めろ」 
 長谷部は半次の言葉遣いを注意した。
「御主は今は女なのじゃぞ」
「じゃあ女の言葉で」
「そうじゃ。女になりきれ」
 こう言うのだった。
「よいな。そうせよ」
「わかりました。お侍様」
 一応だ。半次は長谷部の言葉を聞いて女の言葉遣いをしてきた。しなも作る。 
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