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彼岸花 [短編集]

作者:猫丸
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楽しい野良猫生活をありがとう

誰かが公園に捨てた一匹の猫。人間という煩わしい生き物から解放された彼は、気の向くまま風の吹くままに自由に生きていました。



お腹が空いたのなら可愛らしく、そして甘い鳴き声をひとつ鳴いてやって人間の足元にまとわりついてご飯を貰えばいい。やるなら貫禄のあるおばさんか、若い娘がいい。おばさんなら、猫缶や夕飯の残り物にありつける。若い娘ならお菓子などの軽食が食べられる。腹の足しにはならないものもたまにあるが、気分転換に食べるには丁度いいのだ。
間違っても小さなお子様は駄目だ。あいつらは猫を生き物と思っちゃいない。自分たちに都合のいい玩具としか思ってない。好き放題に体をまさぐり、引っ張り回し、猫をもてあそぶ悪魔の生き物。奴らを発見した時は、見つからぬように己の気配を消し、速やかに退散するのが吉だ。

雨がシトシト降るジメジメとした日。
家猫なら自分の家に帰ればいいだろう。飼い主が暖かく向か入れ、タオルで濡れた体を拭き美味しいご飯でも用意してくれるのだろう。…昔はそうだった。
だが野良にはそんなものはない。雨宿り先を自分で探さなければならない。ならどこで雨宿りするか、それが問題だ。
田舎に暮らす猫ならば、隠れ家の一つや二つ持っているもの。都会暮らす猫は、隠れ家など持とうとしたら大変だ。巨大なビルだらけの都会では、雨をしのげ隠れられる場所など限りがある。起こるは縄張り争い。見つけたとしても、すでに他の猫の住み家だったり、奪い取って一安心したのちに奪い取られ、怪我を負わされ、悪ければそのままぽっくりということもある。
野良猫世界は甘くない。強い猫だけが生き残れる弱肉強食の世界なのだ。

夜に行われる猫の集会は必ず参加しないといけない。家猫も野良も関係なくだ。よっぽどの用事がない限り、不参加など認められない。もしすっぽかしでもしたら、ご町内に住む全ての猫たちから猫パンチの嵐をくらうことになる。
集会で話される内容。どこそこの猫がおめでた、どこそこの家に新入りの猫がやってきただの明るい内容から、山へ行ったきり帰ってこない猫、飼い主の前で逝った家猫の話しなど暗い話から、最近町内で起こった事を報告し合うのだ。
これだけは忘れるな、俺達猫は最期を消して誰にも見せてはいけない。最期を悟った時は、後継者に「山へ行ってくる」と言ってそっと去るのが猫業界の鉄の掟だ。

「分かったか。新入り」

最近、この町に捨てられてやってきたという新入りの野良猫にこの街のルール、野良として生きていくノウハウを教えてやる。
希望に満ち溢れた野良猫生活に瞳を輝かせる新入り。懐かしいものだな。俺にもこんな青臭い時期があったものだ。

長年連れ添った飼い主が病気で急死してしまい、その恋人に泣きながら「飼ってあげられごめんね」と謝れながら公園に捨てられたあの日を思い出す。
猫たちの噂話で聞いた話。恋人は俺を捨てた後、自宅で首を吊って飼い主の後を追いかけたらしい。
……なんてずるい奴なのだろう。その話を聞いた時、どうせなら俺も一緒に飼い主の元へ連れって行って欲しかった。と、一晩中鳴いていたのを思い出す。

あれから沢山の猫を見送った。それと同じくらいに、沢山の新しい命を育てて来た。老いた猫は山へと消え、若い猫が町へやってくる。見送りと出迎えを長い事していると、俺はいつの間にやら町内最年長のボス猫となっていた。
前には誰もいない。後ろには沢山の後輩の猫たち。

「はいですニャ! ボス!」

ビシッと前足をのばし肉球を額に当てる。人間でいう所の啓礼にフッ、とくすり笑い。

「じゃあ、ちょっと山へ行ってくるわ」

ニャーーーと全員に聞こえるように大きく ひと鳴き

空を見上げ、天で待つ飼い主とその恋人の顔を思い浮かべ






                  「楽しい野良猫生活をありがとう―」 
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