最低で最高なクズ
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ウィザード・トーナメント編 前編
マーリン学園長の大変な1日
前書き
これはウィザード・トーナメント開催の前日から始まる物語。マーリンは自身の持つ「千里眼」によって今後の流れを常に予測していた。
今日はウィザード・トーナメントの前日。こんな重要な日に私はとある会議に出席することとなった。「学園長会議」。これは魔術士を育てる各学園の学園長が集合して未知の危機に対する対策を相談し合う会議だ。
ジェイル・スミスによる魔術の戦争が終わってからすでに1世紀以上は経過している。あのような事象が起こることはもう無いが、あくまでも蓋然性の問題だから注意する必要性は十分ある。
学園長会議の会場に着く、この会議は映像を通じて各学園長と会議をすることが主流で、直接会って話すことは滅多にない。いつも通りの無駄に座り心地の良い椅子に腰掛け、映像が現れるのを待つ。
ビビッという音がして卓上に映像が映る。そこに映るのはいつも通りの強面の面子ばかりだ。生徒の顔のほうがよっぽど活き活きしているように見える。まぁ、私より遥かに歳をとるのが速いから当たり前と言えば当たり前なのかもしれないけど。
私の肉体は純度100%の人間とは程遠い。見た目こそ人間寄りだが、中身は半分が「夢魔」の特性を受け継いでいる。まぁ、それが全ての問題に共通に当てはまる解答かと言えば、嘘になるのだけれど、私は一定の年齢にまで達すると歳を取らなくなる。
「これより学園長会議を始める。」
議長の掛け声から映像越しに緊張感が伝わる。まず最初に報告されたのは、今年のウィザード・トーナメントの流れについてだった。ウィザード・トーナメント中に行われるレクリエーションの内容はすべて学園長会議によって取り決めされている。
部外者による介入を極限まで減らすためだ。まぁ私としてはウィザード・トーナメントに参加する主軸である3学園。マーリン学園、ベルズ院、ブリッツ学園のみで決めるのが一番速くて安全だと思うわけだが、それを言うと議会が怪しくなるから敢えて伏せておこう。
次に出された議題は、これもまたウィザード・トーナメントに重要な内容であった。最近ロンドンにてとある事件が起こっていたのだ。夜な夜な女性が姿を消し、翌朝になると、体を数カ所切られた状態で発見されている。だが重要なのはその手口だ。
発見された女性の体にあった傷口はどれもそれなりの深さだが、どれも致命傷には達していなかった。まるで見せ掛けだけで意図的に殺すことを避けているようだ。こんなことができるのはよっぽど人間の体の構造を理解している人物くらいだ。
(切り傷、ロンドン、夜、それに人間の体の構造に詳しいとなると、私としては挙げられる事象が1つしかない。)
「ジャック・ザ・リッパー」。あれは本当に人を殺しているわけで、今回の事件の犯人は人を殺しているわけではないからジャックだと言い切るのはどうかと思う一面もあるわけだが、それでも敢えてその存在に名前をつけるのであれば私は「ジャック・ザ・リッパー」と名付けるだろう。
「ところで1つ質問をいいか?」
ブリッツ学園の学園長。エンドワール学園長が話に割って入ってくる。私としては早く終わって欲しいわけなんだが。
「過去にもウィザード・トーナメント開催において、部外者による問題は跡を絶たなかった。だがどれも議会で取り上げるようなものではなかった。にも関わらず今回の問題は開催前から議会に出ている。それはこの事件には何かしらの裏があるということか?」
おや、珍しく私と意見が合うようだ。私もその点には少し疑問を抱いていた。既に何十回、ひょっとしたら百回以上繰り返されているこのウィザード・トーナメントだが、毎年恒例行事の如く部外者による妨害は起こっている。それだけこの大会は影響力が強いからだ。
ブリッツ学園に至っては、学園の生徒会長が国の軍隊を指揮することができる。そして生徒会長はその年にウィザード・トーナメントで最も優秀な成績を残した生徒が任命される。
この大会によって国の命運が決められることは珍しいことではない。その気になれば生徒会長の権限で、国の国教を変えることだって可能だ。まぁ、そんな世界的に影響を与えてしまうのは生徒の概念を飛び越えていると思うから、私は「生徒会長は学園の校則を変えることができる」くらいのボーナスにしている。
ところで、みんなは思わなかったかい?
なぜ、学生たちで行われるトーナメント形式の大会だけで世界規模の影響力が生まれるのか、「まるでオリンピックみたいじゃないか」なんて思ったんじゃないかな?
そう、これはオリンピックみたいなものだ。正確に言えば「オリンピックが廃止された代わりにウィザード・トーナメントが企画された」というのが正しい。
急激に魔法が使える人が増えだし、およそ1世紀の期間で魔法が使えない人つまり「旧人」の数に追い付いたためだ。その影響力は絶大で魔法が使える「新人」にとっては旧人が行う競技がつまらなく見えるようになり、やがてオリンピックは発展の力を失った。
だが、これでは国の発展が止まってしまうと考えた頭の良い魔術師たちが思い付いたのが、魔術の祭典であるウィザード・トーナメントだったわけだ。これがオリンピックの代わりとなったため、世界中がこの行事に対して力を入れて取り組むようになった。
初期の頃は魔術士を効率良く集める方法が無かったから随分廃れたイベントだったわけだが、出場選手を魔術士育成学校から出すことによって効率良く魔術士を集められるようになったわけだ。
この祭典によって経済を発展させることができ、学校側は生徒を世界規模の魔術の祭典に参加させることで生徒のレベルを底上げすることができる。考えてみれば良くできたシステムだ。
「確かにエンドワール学園長の言うとおり、過去にも部外者による妨害は多くあった。だが、どれも生徒に直接危害を与えるようなものではなかった。」
「なら...」
「しかし、今回は違う。今のところ学生が襲われたという情報は入っていないが、だから学生を狙って来ないと断言できるのかね?」
なるほど。つまり「事前対策するように」というのが運営側の意見ということだ。まぁ向こうの手口はおおよそ分かっているわけだから対策はできないことではないだろう。
そのあとはとくに意味のない愚痴のこぼし合いのような状況になったため、私はそこでバックレた。とにかく明日からイギリスに行くんだから何かと準備をしなければならない。「学園長会議室」から「職員室」へ移動する途中、私は不意に庭園の方に目をやる。
庭園には花に水をやる慈悲深い女神のような女生徒がいた。いつもそうだ。庭園には必ずと言っていいほどあの子がいる。この学園では授業を受けない生徒は少なくない。プライベートな時間を過ごすために学園に来ている生徒はそれなりにいる。
派閥を持つ生徒なんかは、他の派閥と差をつけるために半分経営者のような仕事をしていたりする。無論、そんな業務を一人でこなせるわけではないから、サポートのために数名の生徒がこれを手伝っている。
だが、いつも庭園にいる生徒については彼女以外はいない。庭園の花は私の魔法で季節や環境に関係なく咲き続けるようになっている。だから水をやらなければ枯れてしまうなんてこともない。だがしかし、彼女は水を与え続けるのだ。
「健気なものだ。」
そうして私は私の聖域とも言える校長室へ戻るのであった。これから起こる大騒動のことなど知る由もなく。
後書き
投稿が遅くなって申し訳なかったです。
今回はマーリン学園長視点で書きましたが、
内容の主軸は現状に至るまでの説明というのが一番近いイメージだと思います。
マーリン学園長視点の物語はこれからも書こうと思うので気長に待っていて下さい。
次回もお楽しみに。
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