魔法少女リリカルなのは ~最強のお人好しと黒き羽~
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第四十話 最果ての果て
(ホントに、アイツは凄いな)
灼熱の世界を作り出したイル・スフォルトゥーナに対し、俺は感嘆の言葉を漏らす。
限界を超えて、新しい可能性を見出した俺は、試合の勝敗をひっくり返すことに成功した。
そしてそのまま勝利へ――――なんて都合のいいことを考えていたが、そんな甘ったれた考えは易々とかき消されてしまった。
限界を超えた俺を倒すために、更なる限界を作り出すことで。
だからこそ思い知る。
自分の常識外の存在であると。
そして、俺が全てを超えて倒したいと思える好敵手であると。
「行くぞ!」
「来いやぁっ!」
互いに武器を握り締め、構える。
アイツは剣を両手で握り締め、八相の構えで攻撃のタイミングを伺っていた。
対して俺は使い物にならない左腕と言うハンデを持っていた。
右手だけで刀の柄を握り締め、切っ先を相手に向けて真っ直ぐに腕を伸ばした。
なんとか自力で運命の鎖を壊したとは言え、状況が逆転したわけじゃない。
魔力が回復したからって無双できますかと聞かれたら違う答える。
コンディションはある程度取り戻したものの、今までのように刀を振るって戦うのは危険だ。
空いた左は完全に隙になるし、そこを防御しながら戦うのは難しい。
運命の鎖なんてなくても、俺は既に刀を使った戦いのほとんどを奪われていた。
今までの天流は蜃気龍以外使えないだろう。
既に限界だ。
目の前に、分厚い運命の壁が現れた気分だ。
だけど、そんなことは関係ない。
――――だって俺は今、ワクワクしてしょうがないのだから。
腰を落とし、右手を体側に引き寄せる、刀をほぼ垂直に構える。
そして、相手の攻撃予測や気配を伺うなどの全ての読み合いを無視し、足場に展開させた魔法陣を一気に蹴り上げた。
10メートル以上はあっただろう俺たちの距離は一瞬で縮まり、
「せいっ!」
気合と共に弓から放たれた矢の如く真っ直ぐ突き出した。
「なっ――――ぐあっ!?」
その動きを捉えきれなかったアイツは腹部に突きの直撃を一発入れた俺は、間髪入れずに更に二発の連続付きを放つと、その衝撃を受けて後ろに飛んでいった。
飛ばされた先には黒炎の壁があり、彼はそこに叩きつけられた。
「っ……やろう」
流石にこの世界の生みの親がその炎で燃やし尽くされることはないようだ。
こちらを忌々しそうに睨みつけて体制を立て直している様子を見れば、どうやら俺の与えたダメージしか入っていないようだ。
逆に俺はあの炎の壁に当たったらヤバイだろうな。
だけど、今の連続突きで、自分の身体の感覚を理解するには十分だった。
やはり運命の鎖があったときほどの重みや衝撃はない。
俺は再び駆け出し、アイツの懐へ飛び込んだ。
「せいっ!」
「やらせるかよぉ!」
先ほどと同じ連続突きに、アイツは黒炎の鎧を身に纏い、俺の連続突きを耐える。
そしてその間に黒炎を纏った刃を俺に向けて横薙ぎに振るう。
俺は突きの軌道を変え、迫る黒炎の剣の側面にぶつけて軌道を逸らす。
だが一撃では僅かに逸らすことしかできず、更に二撃入れたところで俺の真上を通り抜けた。
「そんな弱っちい突きで殺せると思ってんのかぁ? あぁ!!」
「その弱い突きにお前は飛ばされたんだぜ?」
「二度とそうはならねぇよぉ!」
「なら、二度目を味あわせてやる!」
挑発のぶつけ合いをしながら、俺たちは光速の剣戟を繰り広げる。
無数の剣線を描く刃と、弾丸のように発射される連続突き。
それがぶつかり合って、細かい火花を散らしていた。
驚くべきはアイツの剣捌きだ。
突きで放たれる攻撃は、受け手からしたら小さな点が迫っているように見える。
それが光速で迫る場合、回避をとるか盾を作って防ぐのがセオリーだ。
だが、アイツは俺の突きを見切って自分の剣をぶつけている。
点にしか見えないはずの光速の突きにピントを合わせている。
攻撃は最大の防御。
それを光速突き相手にやってのけているのだ。
「うおっ!?」
そして振り上げた一撃に耐え切れず、俺の身体はふわっと宙を浮く。
そこが大きな隙となり、勝利を確信したアイツは黒炎の剣で突きを放つ。
俺の腹部に迫る刃。
しかしそれは、真上から垂直に落下してきた俺の刀の衝突で外れる。
更に俺はその隙に右掌の先に生み出した円形の魔法陣を高速回転させ、刃の代わりとしてアイツの右肩から左腰までの鎧を斬り、服を斬り、皮を斬り、肉を斬った。
舞い上がる鮮血。
「ぐぁっ!?」
それは間違いなく、アイツが食らった刃の中で一番深い一撃だった。
武器としては非常識な、魔法陣によって生まれたダメージだ。
俺は止まらず、足元に落下した刀の柄を蹴り上げ、刃をアイツに向けて放った。
俺は知ってる。
たとえどれだけ大きな武器が相手でも、恐れず踏み込んで放つ光速突きの技を。
たとえ手元に武器がなくても、魔法を生み出す基盤となる魔法陣を武器とする戦法を。
刀の剣術の先がないのなら、違う武器の先を目指せばいい。
それは新たな武器の初心者からのスタートになる。
だからこそ誰も、運命の鎖を超えられなかったんだ。
至った世界を捨てて、登りきった山を降りて、別の山を登ろうとしないから。
だけど俺は楽しい。
新しい世界を歩くことが楽しい。
新しい山を登るのが楽しい。
違う景色を楽しめるからこそ、俺は行ける。
この世に存在し、新たに生まれる無限の武器、無限の魔法。
それを全て極められる可能性は、天才も凡人も関係ない。
好きか嫌いか、それだけだ。
「ぐっ、お……らっ!」
鮮血の飛沫をあげながらも、俺の追撃を防ぐためにアイツは剣を我武者羅に振るい、前方に黒炎の壁を作り出す。
炎の壁は俺が蹴り飛ばした刀をはじき飛ばし、俺はキャッチして後ろに飛ぶ。
《デバイスを蹴飛ばすとは感心しませんね》
キャッチの瞬間、アマネから不満の声が放たれ、苦笑混じりに謝罪する。
「あはは……ごめんなさい」
《いいえ。 次からは私も蹴飛ばされることを想定してマスターと付き合っていくことにします》
「サッカーボールは友達的な?」
《デバイスにも怒りの感情はあるんですよ?》
「ごめんなさい!」
低い声で淡々と言い放つあたり、既にマジギレのご様子。
戦いの高揚感で調子乗っていた俺は即座に謝罪し、頭を冷やす。
「正直、今が一番楽しいんだ。 遊んでるつもりはない。 だけど、刀の剣術だけじゃない。 もっと色んな武器の技ができる……それが楽しんだ」
様々な武器の、様々な技。
仲間や敵、憧れの存在たちが見せてくれた。
俺の持つ見切り、そして模倣は、俺に新たな可能性を紡ぎ出してくれた。
模倣再現。
刀やこの身で、全ての技を再現していく。
その楽しさが生み出す高揚感。
長いこと忘れていた感覚だ。
原点に帰ったような、そんな気持ちだ。
《では、この戦場を存分にご堪能ください》
「そうしよう」
アマネの言葉に頷くと、黒炎の壁が消え、そこからアイツが左手で傷口を押さえながら現れた。
右手で握った剣はまだ真っ直ぐに構えたままだ。
その目の闘志は燃え尽きていない。
「獄炎の世界よ。 災厄の剣に従い、仇なす敵を焼き尽くせ!」
アイツが言い放ったのは、詠唱。
恐らく何かの魔法だ。
俺は何が現れるか警戒していると。
《後ろです!》
アマネの声に反応し、その場から大きく上に飛ぶ。
すると足元を黒炎の鎖が伸びて俺を縛り付け、焼き尽くそうとしていた。
「ま、また鎖かよ……」
もう二度と見たくなかったので、まさかすぐまた見ることになろうとは思わず、苦悶の表情になる。
今日は鎖に狙われる一日になりそうだ。
そう思いながら、視線をアイツに戻す。
そこには不敵な笑みをしたままのアイツがいて、自らの剣をその場で振るう。
「――――グレイプニル」
魔法名をアイツが発したと同時に、黒炎の世界から無数の鎖が俺めがけて迫ってきた。
四方八方、回避の場所は一瞬にして奪われる。
今更だが、この世界はアイツが作り出したものだ。
それを利用した魔法があるのは当然だ。
地の利を活かすとは、まさにこのことだろう。
そして全てを片手の刀一本で対応するのは厳しい。
魔力弾を打ち出しても軌道を逸らすことしかできず、防戦一方だろう。
この戦いでは攻撃が最大の防御だ。
刀だけでは防御しきれない。
ならば、別の可能性を引き寄せる。
俺は刀を左腰の鞘に収め、右手をガラ空きにさせる。
そしてその場で握りこぶしを作ると、指と指の隙間にCDよりも薄いディスク状の魔法陣が現れる。
それを振り払う動作で投げると、高速回転しながら俺の周囲を周る。
俺という存在を中心に円軌道を描いて公転する惑星のように。
それを右手で何枚も作り、何枚も投げて公転させる。
魔法陣が生み出した公転に迫った黒炎の鎖は、触れたその瞬間に細切れにされて消滅した。
完成したのは、俺に迫る全ての攻撃を切り裂いていく刃の竜巻。
魔法を発動する上で必須の、そして魔法を発動させるほどの絶対的存在故の強固さを持つ魔法陣を利用した投擲武器。
それを防御のために周囲に展開させ、公転させる。
これを魔力弾で行っても、迫る攻撃をぶつけて破壊するかできないかのどちらかだ。
しかし魔法陣を使えば薄い刃となり、迫る攻撃を『斬り裂く』ことができる。
それは消費魔力量に影響されず、放つ際の回転数しか問われない。
俺が生み出した魔法陣の刃を破壊しようと、俺の周囲を埋め尽くすほどの膨大な量の鎖がこちらに迫る。
視界が全てそれに埋め尽くされ、量を見ても防ぎきれないと直ぐに察した。
だけど、慌てる必要はない。
なぜならこの技は、まだ未完成だから。
「天流・第伍翔」
俺は鞘に収まった刀を右手で握り締め、腰を低く落として抜刀術の構えを取る。
上半身を後ろに捻り、抜刀と同時に全身を一気に回転させる。
振り抜いた光速の斬線を、俺の周囲を駆ける魔法陣と接触させ、弾き飛ばす。
それを回転一周分で全ての魔法陣に当てて飛ばすと、魔法陣は黒の魔力光を刃に纏わせてより鋭いものへと進化し、光速の抜刀術との衝突で回転数が増し、小さな黒い竜巻を生み出した。
無数に生まれた黒き竜巻は、俺の周囲を公転しながら全ての鎖を粉々に切り裂く。
――――これは、円月輪を用いて戦う逢沢 柚那の円舞と、俺の刀による剣技の融合から生まれた、新たな天流。
円月輪の要領で生み出した魔法陣の刃に、抜刀術の斬撃を上乗せして放つ剣技。
「風刈龍刃っ!」
天流・第伍翔 風刈龍刃。
黒き刃の竜巻は俺の周囲から徐々に外へ広がっていき、大きくなっていく。
黒炎の鎖が俺のもとへ届かないことを確信した俺は、次の攻撃のために刀を鞘に収めた状態で再び抜刀術の構えを取る。
視界の先には、息が上がって、見るからに疲弊しているイル・スフォルトゥーナがいた。
当然だ。
恐らくアイツの保有魔力量はSランクオーバーで、だからこそ多彩で強力な魔法が発動できた。
神話の剣、神話の鎖、神話の世界。
神話に至るまでの才能を持っているが、それでもやはり限界はくるんだ。
魔力の量に無限はない。
いつかは尽きて、休む時が来る。
なら、そろそろだ。
俺たちの戦いは、もうすぐ終わる。
「ホント、最高だぜ」
それでも、アイツは降参なんてしない。
どれだけ苦しくても、限界でも、アイツは止まらない。
その眼差しは力強く、その表情はこの死闘を楽しんでいる。
まだ、終わりたくない。
まだまだ楽しみたい。
そんな思いすら伝わってくる。
だけど、終わる。
終わらせなきゃいけない。
だから俺は、終わる前に最後の質問をした。
「お前、なんでそんなにも『死』を味合うのが好きなのに、諦めないんだ?」
「あぁ?」
俺の問いの意味が分からないと言った様子のアイツに、俺は言葉を変えて問う。
「お前は前に、死ぬことは快楽だと言った。 死が迫れば迫るほど、生きていることを実感する。 だから死を求め続けるのだと」
「あぁ、その通りだ」
質問の意味を理解したアイツは、笑みで頷く。
上半身から流れる血は、すでに限界量まで流れ出ただろう。
早く治療しなければ死を迎えるというのに、彼は未だに笑みを崩さない。
この戦いを、終わらせたがらない。
なぜだ?
なぜ、そんなにも死にたがる?
それも疑問だけど、
「だけどお前は同時に、強さを求めてる。 強敵を前にしても諦めず、立ち向かい、そして限界を超えて更に強くなってる。 それって、死にたい人が持つことのできる精神じゃないはずだ」
ずっと疑問だったんだ。
死にたいなら、方法なんていくらでもあるはずだ。
わざわざ強くなろうとする必要はないはずだ。
戦いの中で死ねるなら本望だ、なんて言う人の類ならまだ理解できる。
自分の限界を追い求め、その果てが死でも構わないと言う人がいるのだって知ってる。
だけどコイツは、死に近づくことを生きがいにしているってタイプの狂者だ。
そこには別に強さも弱さも関係ないはずだ。
最強であることも、神話レベルの魔法を使う必要だってない。
なのに俺との戦いでアイツは何度も打ち合ってみせた。
自分は斬られず、相手を斬るために。
それは間違いなく、生きることを諦めない人間の強い想いだ。
死にたくないから剣を振るう。
死にたくないから相手を斬る。
そんな当たり前の恐怖を乗り越えるための剣戟。
だから、矛盾してるんだ。
納得できないでいた。
「……はっ」
俺の問いに、アイツは馬鹿にした感じに鼻で笑った。
そして傷だらけの身体を無理やり立ち上がらせ、両手でしっかりと剣を握り、残り少ない魔力を持って再び黒炎の剣を生み出す。
「んなもん――――負けるのは死ぬよりも嫌だからに決まってんだろ?」
「……」
その一言で、俺はようやく納得がいった。
ああ、そうだ。
そうだよな。
負けるって、悔しいよな。
腸が煮え返るほど、
喉が裂けるほどの絶叫をしたくなるほど、
枯れるほど涙を流したくなるほど、
もう、二度と思い出したくないって思うほど、
いっそ、死んでしまいたいほど、
敗北って言うのは、悔しくてしょうがないことなんだ。
それはとても当たり前の感情だ。
「なるほど」
だから俺は微笑ながら頷く。
「なんだ気持ち悪ぃ」
「俺よりも笑ってるお前に言われたくないからな!? お前も十分にキモイからな!?」
怒り任せに叫ぶと、アイツは詫びる様子もなくため息を漏らす。
「……で? 聞きてぇのはそれだけかぁ?」
「そうだな」
「なら、そろそろ殺り合おうぜ?」
「ああ!」
そうだ。
終わらせるんだ。
この戦いを。
様々な人の想いや思惑が交錯したこの事件で、恐らく最も重要なこの戦い。
それは終わらせなきゃいけない。
俺の脳裏を、一人の少女の涙が過る。
――――助けて、黒鐘!
独りで多くのものを背負い、傷ついてきた少女の涙を、俺は忘れない。
「あの子がこれから、笑顔で生きていくために!」
俺は抜刀術の構えのまま、走り出す。
足元に生み出した魔法陣を何度も蹴り上げ、その速度をあげる。
「天流・第陸翔」
その途中で俺は神速の抜刀術を放つ。
前方に放たれた半月状の斬撃。
魔力を乗せてより巨大なものにして飛ばす。
けど、それだけでは終わらない。
すぐさま振り切った刀を腰だめに構え、斬撃の後ろを走る。
疾走の中で刀身に魔力を纏わせ、黒夜の刀へ変化させる。
十分な速度と十分な魔力供給ができた所で、俺は倒れるか倒れないかギリギリの前傾姿勢から真っ直ぐ刀を突き出した。
眩い光を持ちながら放たれた刃は、流星のような尾を描きながら半月の斬撃の中心を突き刺す。
しかしそれで斬撃は破壊されず、むしろその一撃を受け入れると言わんばかりに混ざり合い、刀の左右に斬撃の翼が生まれ、羽ばたく。
――――これは細剣を用いて光速突きを繰り出す逢沢 雪鳴の技術と、俺の持つ剣術で最速の抜刀術を組み合わせることで生まれた新たな天流の剣技。
光速で放たれる牙突と、神速で放たれた雷切から生まれた斬撃を合わせて放つ融合剣技。
「牙龍天翔!」
牙を持った龍が翼を羽ばたかせ、相手を喰らうが如く放つ第陸の天流。
「喰らえ、暴食の黒龍!」
対してアイツはその剣の柄を両手で握り締め、前方に突きのように押し出すと、切っ先から前方に魔力が発射された。
それはまるで漆黒の龍。
大きな口を開き、迫る全てを喰らい尽くさんとする邪龍。
「インフェルノ・グラトニーッ!」
漆黒の魔力から生み出された龍と、剣技の組み合わせで生まれた龍は衝突する。
双つの龍は互いを喰らわんとぶつかり合い、何度もぶつかり合う。
「うぉおおおおおおっ!!」
「がぁああああああっ!!」
二人の咆哮が魔力を高め、より激しい衝撃を生み出す。
ムスプルへイムと呼ばれる黒炎の空間が揺れるほど、俺たちは強大な魔力のぶつけ合いをしていた。
均衡する力と技。
恐らく威力は同等なのだろう。
だけど、俺は自信を持っていた。
この技は、アイツの魔法なんかよりずっと優れていると!
「なぁっ!?」
「終わりだっ!!」
均衡は崩れ、俺は今一度力強く右足で踏み込み、右腕を引き絞り、前に突き出した。
こうして夜黒の龍は漆黒の龍を喰らいながら黒炎の少年に迫り、喰らった。
イル・スフォルトゥーナは確かに天才だ。
恐らくこれから先、今の何倍も強くなることができるだろう。
まだ果て無き頂きを登り、いつか誰も届かない先へ至れるだろう。
だけど、アイツには俺とは違う決定的なものがある。
アイツの剣は、何も背負っていないのだ。
誰かの想いも、自分の理想も、何もない。
力だけで何もかも一人で突破できるほど、この世界は甘くない。
俺だって今までにたくさんの壁にぶちあたった。
きっと、これからもたくさんの壁を目の前にするだろう。
だけど恐れはない。
だって俺には、その壁を一緒に突破してくれる仲間がいるから。
第伍の天流と第陸の天流だって、柚那と雪鳴がいなければ生まれない剣技だった。
それがなければこの戦いを勝利することはできなかった。
これがアイツと俺の差だ。
背負うものがあるから、人は強くなれる。
その重みがあるから浮つかず、真っ直ぐ大地を踏みしめることができる。
何も背負っていない、個人だけの戦いしかできないアイツに負ける道理はない!
今度こそ、終わりだ。
アイツを貫いたと言う確かな手応えを感じながら、俺はアイツの背を通り過ぎた先で着地する。
刀身の熱と魔力を振り払い、鞘に収めて一息つく。
「まだ……だぁっ!!」
「っ!?」
掠れながらもハッキリと聞こえた怒声に、俺は驚きながら振り向く。
俺は間違いなくアイツを倒したはずだ。
最強最高の一撃を持って……それなのに、アイツは全身が深い切り傷だらけでなのに、全身から溢れんばかりの鮮血を流しているのに、ふらつきながらも立っていた。
そして右手で剣を握り締めていた。
「最後の一滴まで振り絞って、絞りきって、てめぇをぶっ殺すまで、負けられねぇんだよぉ!!」
悲痛なまでの叫び声に応えるように、ムスプルへイムの黒炎が糸のように伸びて、アイツの全身を包み込む。
まるで炎は、彼に力を授けようとするかのようだ。
そしてアイツの全身は頭から足の先まで、漆黒の炎に包まれた。
まるで自身すらも、神話に登場した炎の化身に至ったかのように、彼はその姿に名をつける。
「――――スルト。 レーヴァテインを握り、世界を焼き尽くした巨人の名だぁ!!」
「っ!?」
それはまさに今の彼を表すに最も相応しい名前だと思った。
すでにムスプルへイムの熱がこの空間を支配しているのに、アイツの全身から溢れる炎の熱が更に空間の光景を歪める。
超至近距離ですら蜃気楼が起こって見えるほどの温度。
そして灰や塵を引き寄せる、引力を生み出すほどの磁場の乱れを生み出す火力。
それは間違いなく、アイツが死の淵で生み出した最高にして最強の魔法だ。
さすがは天才、持ってる物が違う。
一回殺した程度じゃ到底振り切れない。
底無しの才能だ。
そしてアイツはいま、自身が持ってる全ての才能にその身を委ねた。
「磁場すら乱れるほどの熱量を持って、俺の刃が触れた瞬間に消し飛ばすつもりだな?」
「そういうこったぁ!」
単純にして、厄介な力だ。
もはやアイツに自分から突撃するような体力は残されていないだろう。
それだけのダメージを与えた自負がある。
なら、アイツが狙っているのは俺の自滅だ。
ムスプルへイムからの脱出はアイツの撃破以外に方法がない。
ならば俺はどのみち、アイツに攻撃しないといけない。
銃に変えて砲撃を試みてもいいが、恐らくあれは魔力すらも消し尽くしてしまうだろう。
ならば俺に残されたのは、やはりこの刀一本だ。
生半可な剣戟ではアイツの炎で刀ごと燃やされてしまう。
ならどうする?
――――答えは最初から決まっている。
炎が俺を焼き尽くすよりも先に、俺の刃がアイツを斬ればいい。
熱が追いつかないほどの速度を持って斬り裂く。
今までやってきたことと、何も変わらないじゃないか。
むしろ多彩で複雑な技を使う必要はなく、ただ最速のひと振りを放つだけでいいのだ。
なんて単純明快だろう。
全ては原点に尽きるんだ。
斬る。
ただそれだけだ。
この局面で、それ以外の何を信じることができるだろうか。
だから俺は語りかける。
俺と共に駆け抜ける、最高の相棒に。
「さぁ、行こうか――――アマネ」
《了解、マスター》
最高の相棒は、ここに来てもいつもと何ら変わらない機械的な返事をする。
そのことに不思議な安堵感を抱きながら、俺は走り出した。
足元に魔法陣を生み出し、それを最大の力で蹴る。
それを全ての踏み切りで使う。
一歩よりも速く、二歩よりも更に速く。
加速は繰り返され、俺の駆け抜けた道筋は夜黒の残像を描く。
全魔力を身体機能上昇に、特に脚力に費やす。
放つは俺の持つ最速の抜刀術。
天流・第壱翔 雷切。
それを炎が焼き尽くすより速く斬り裂く。
対してアイツは両足を左右に広げ、剣を天に振り上げていた。
重量がある剣が一番力を出せるのは、やはり上段からの振り下ろした。
単純明快の、王道の一撃に彼は全てをかけたわけだ。
己の持つ最強の一手に全てを込める。
お互いに、己が誇れる結末のために。
勝敗は予測不可能。
すでにお互いに満身創痍。
もはや何の罠もない。
この一撃が正真正銘、最後だ。
速度と力のぶつけ合い。
そこに優劣をつけるとすれば、その刃に込めた想いの強さだろうか。
この戦いにかけた想い。
今までの人生にかけた想い。
誰かの痛みを背負う想い。
そして、この戦いを勝ちたいと言う強い想い。
その全てが、己が最も信じ、死線をともに駆け抜けた刃へ託し、
「はぁあああああああああああああっ!!」
「おっらぁあああああああああああっ!!」
二人の魔導師は渾身の想い込めて、その一撃を振るう。
振り下ろされる、世界をも燃やし尽くす黒炎の刃。
互いに最短距離で迫る一撃は――――黒炎の熱量が一番速い。
そもそもアイツはその能力上、剣が当たらずともその熱量で相手を燃やし尽くすことができる。
そこに剣を振り下ろして熱を前方に飛ばすことができたのだ。
(――――ダメだ、足りない!)
俺は悟る。
(これじゃ、足りない!)
目の前から迫る、真っ黒な炎
肌を焼き、燃やし尽くさんとする圧倒的な熱量を前に、
俺は、敗北を悟った。
振り抜かれた黒炎の刃に迷いはない。
あれは間違いなく俺の頭からつま先を燃やし尽くす。
やはり、アイツは強い。
(――――だからどうした!?)
そんなことは最初から分かってる。
自分が凡人で、相手が天才だってことくらい最初から分かってる。
相手が強く、自分には劣っているものだらけで、誰かの力を借りないと挑むことすらできない弱者であることくらい、分かりきってる。
だけど、俺はその事実から目を背けたことは一度もない。
むしろずっと向き合ってきたんだ。
自分の弱さとずっと、ずっと向き合ってきた。
家族一人守ることのできない弱さを、
大切な人との約束一つすら守れない弱さを、
自分の命を大切にできない弱さを、
でも、それと向き合って、挑み続けていたからこそ今があるんだ。
ならば知ってるはずだ。
この状況で何を選ぶべきか、本能でわかるはずだ。
何が足りない?
何をすればいい?
アイツの一撃よりも速く打ち込むには、あと一歩足りない。
そこに踏み込めさえすれば、俺の一閃がアイツを斬り裂くことができる。
だけど踏み込めば、磁場を狂わすほどの熱量に焼かれ死んでしまう。
まさに肉を切って骨を断つ行為。
命を捨てて命を斬る。
だけどそれしかないならやるしかない。
(――――怖いな)
挑もうとして、抱いたのは恐怖だった。
この一歩を踏み出せば、俺は死んでしまうだろう。
アイツを倒した代償はとても大きい。
だけど、誇って死ねるだろう。
限界を突破したのだから、恥はない。
だけど、もう二度と会えなくなるんだよな。
なのは。
フェイト。
雪鳴。
柚那。
ユーノ。
アルフ。
クロノ。
リンディさん。
ケイジさん。
エイミィさん。
リンシアさん。
そして――――姉さん。
せめて死ぬ前に、みんなの笑顔が見たかった。
そう思いながら、俺は別れの一歩を踏み出す。
――――生きる理由が分からないなら、私のために生きて。 私じゃ足りないなら、お姉ちゃんのために、なのはさんのために、他の仲間のために……。 お願いだから、生きてよ……いなくならないでよぉ……お兄ちゃん!!
(――――そうだ、違うじゃないか!)
ふと過ぎったのは、柚那が俺にぶつけた願いだった。
そうだ。
俺はあの時、誓ったじゃないか。
生きるって。
みんなを幸せにするって。
その幸せの輪の中に入りたいって。
その約束、今こそ守るべきじゃないか。
(諦めるな! できることが、まだあるはずだ!)
自らの言葉で自らを奮い立たせる。
ここで死ぬことは、誰も許してくれない。
それがどれだけ誇れる死であっても、誰も受け入れてはくれない。
むしろ誰もが悲しんでしまう。
俺は、みんなに笑っていて欲しいんだ。
そのために戦うんだ。
そのために勝つんだ。
ならば勝て。
勝って、あの子達を守り続けろ!
自分がどれだけ凡人でも、愚かな存在でも、そんなことは関係ない。
さぁ、魂を研ぎ澄ませ!
嗅覚や聴覚は捨てろ。
視覚は色彩を理解する必要すらない。
リンカーコアに存在する全ての魔力を振り絞って両脚と右腕に捧げろ。
足りないものはかき集めろ。
あるもの全部振り絞れ。
駆け抜けろ!
斬り裂け!
死ぬための一歩ではない。
生きるための一歩を踏み出せ。
そして放て。
極限の一撃を!
「天流奥義・龍刃修羅っ!!」
神速の一歩を踏み込み放った神速の抜刀術。
雷切すらスローモーションに見えるほどの、人はもはやたどり着けない、修羅の領域。
ただひたすらに斬ることを集約させた一閃がレーヴァテインを、スルトを、ムスプルへイムを、イル・スフォルトゥーナを、そして死と言う運命を、上下真っ二つに斬り裂いた。
「が――――」
短い声を最後に、アイツの剣は砕け散り、倒れ伏したその身は炎の世界とともに、海へと落下していった。
「……」
俺は海へ沈み、その波すら失ったことを……戦いが終わったこと確信し、刀を鞘に収めた。
(勝ったん……だよ、な?)
右手に確かな手応えを感じつつも、勝利の実感が沸かない違和感に、実はまだ戦いが終わっていないのではないかとすら思ってしまう。
肌をなでる風音が、建物にぶつかる波の音が、全て遠く聞こえる。
自分の意識が、現実から離れようとしているようだ。
なんとかその場で浮いていることができるが、気を緩めれば一瞬で意識を失って落ちてしまうだろう。
ああ、そういえば、もう倒れていいんだ。
倒すべき敵は倒した。
あとは他のみんなに全部任せて、俺は休もう。
そう思い、俺は力を抜いて、目を閉じた。
「黒鐘君ッ!」
あれ、なのはの声が聞こえる。
「黒鐘ッ!」
フェイトの声も聞こえる。
「黒鐘ッ!」
これは雪鳴。
「お兄ちゃんッ!」
柚那の声も。
なんで、みんなの声がこんなにハッキリ聞こえるんだ?
あ……もしかして俺、死んじゃう?
これって女神様が俺の魂のお迎えに上がりましたみたいな、そんな感じのやつですか?
もう疲れたよパトラ○シュ的な最終回ですか?
生きて帰る予定だったのに、失敗したかな。
「ごフッ!?」
なんて思っていた俺の前方、後方、左右から同時に何かが物凄い勢いで突撃してきたようで、耐えようのない激痛が襲いかかる。
いや、ホントにもう耐えられるほどのHPはありません、はい。
「って……みんな?」
目を開けると、そこには本当になのは、フェイト、雪鳴、柚那がいて、四方向から俺を抱きしめていた。
どうやら落下するのを止めてくれたようだ。
「お疲れ様、黒鐘君!」
正面から、涙を流しながら、なのはは俺を労ってくれた。
「かっこよかったよ、黒鐘!」
右隣で、同じくフェイトも泣きじゃくりながら、俺を褒めてくれた。
「黒鐘のこと、惚れ直した」
左隣で、いつもは淡々とクールに話す雪鳴も、今回ばかりは泣きじゃくりながら思いの丈をぶつけてくれた。
「やっぱりお兄ちゃんは、アタシの目標です!」
背後で、涙で掠れながらも、誇らしげに声を張る柚那に、俺も素直に嬉しいと感じた。
みんな、俺のことを想ってくれていたんだと改めて実感する。
俺も溢れ出る想いを込めて四人を抱きしめる。
残された力じゃギュッと抱きしめることはしてあげられないけど、四人は胸の中で嬉しそうに微笑んでくれた。
ああ、これだ。
この笑顔を見るために、俺は戦ったんだ。
この笑顔を守るために、俺は勝利を掴みとったんだ。
この笑顔のためだけに、俺は生きようと思えたんだ。
五年前、家族を失ってから俺の中で欠けてしまったものを埋めてくれた少女たち。
彼女たちがいたから、俺はあの時、死の世界を超えるための一歩を踏み出すことができたんだ。
これまで、きっとこれからも、彼女たちの存在は、俺を更に先へ突き進めてくれるだろう。
だから俺は、万感の想いを込めて、四人に言った。
「みんな、ありがとう」
そう言ったら、四人とも満開に咲いた桜のような笑顔で頷いてくれた。
「僕ら、やっぱり邪魔かな?」
「いんや、このままフェイトたちが暴走してイチャイチャしすぎたら大変だからね~。 ストッパーがいたほうがいいでしょ?」
「あはは……そうだね」
少し離れた所で呆れながらも、優しい笑顔でこちらを見つめるユーノとアルフ。
本当は、四人の笑顔をずっと見つめていたい。
回復しつつある体力を総動員して、更にギュッと抱きしめたい。
だけど、限界だったのだろう。
――――俺たちの足元に、紫色の巨大な魔法陣が現れた。
「えっ」
「これって!?」
なのはとフェイト、そして雪鳴と柚那から驚愕の声があがる。
「まさか!?」
「プレシアか!」
ユーノの予測を、アルフは答えで返す。
この魔法陣は間違いなく、プレシア・テスタロッサのものだろう。
そして魔法陣に描かれた術式文字を見るに、転移魔法だ。
恐らく我慢の限界だったのだろう。
あの人からしたら、俺とアイツの戦いすら、茶番でしかなかったのだから。
「忘れてたよ」
俺は戦いが終わって気が抜けていたようだ。
今一度、しっかりと気合を、改めて。
会わなきゃいけない人に、会いに行こう。
「さぁ、みんな行くぞ。 ラスボスのとこへ」
俺は四人をギュッと抱きしめ、魔法陣の中に入ってきたユーノとアルフも一緒にプレシアの発動された転移魔法の光に包まれた。
そしてその世界から俺たちは消え、プレシアが用意した場所へ飛ばされた。
この事件の、最後の終着点――――時の庭園へ。
後書き
文字数が約13000に達していました。
……長いっすね(^_^;)
ということで黒鐘とイルの長い戦いに決着がつきました。
ご都合主義が過ぎた感がありましたが、反省はしません。
新技出しすぎな気がしますが、反省しません。
文字通り死力を尽くした戦いを描きたかったのですが、できたかは皆様の評価で知ることとします。
では次回、戦いが終わって休むまもなくプレシア・テスタロッサのもとへ!
物語はいよいよ最終局面へ。
……やっと無印の終わりが見えたよ(;´д`)
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