転生も転移もしていない私が何故ファンタジーの世界で魔王と呼ばれる事になったのか。
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ネコミミと劣化竜
私は現在研究施設の地下三階へ潜っている。
ネコミミ少女とのある意味衝撃的な邂逅以降、数々の誤解を解く為に朝まで掛かってしまい、他にするべき事が殆どおざなりになっていた現在、漸く現状の把握と生きる為の行動に移れたという訳だ。
で、件のネコミミ少女だが、現在私が寝ていたラボを生活空間として利用出来るよう模様替えをしている真っ最中である。
『結局魔王で押し通す事になっちゃったけどねぇ』
くそっ、仕方なかろう、文明レベルが中世辺りの者に科学や物理を紐解いてみたとしても理解なんてされる筈も無く、更にあの少女は労働階級の者だ、こちらの都合を話してみたとしても理解が追いつく素地が無い、簡単な話から始めても、そもそも学問という存在すら身近に無い環境の者には、私の現状を説明しても逆に浮世離れした存在というイメージが強まるだけだ。
『でも現状は君が魔王と言う事で振舞った方が話は早いし、この先生き延びる為にはその方が都合が良いと思うんだけどなぁ』
「確かにザックリした話だけでも現状は厄介極まりない、取り敢えずこの施設の状態を確認する迄は彼女に無理の無い行動をさせる為に、私は限定的に魔王を名乗る方が良いのかも知れん」
そんな訳でだ、ネコミミ少女を口から出任せで納得させて、問題を先延ばしした今、私が何か使える物が無いかと捜索しているのは別部門のラボ、主に工業系の素材を研究していた場所である。
「流石に二万年も放置状態だと、使える物は殆ど無いな」
『今のとこ回収できたのは布切れ一枚に、セラミック製の器具が数種だけだね』
「それでも何も無いよりはマシ……なのか」
『高密度セラミックの工具は頑丈さは並だけと腐食には強いし、その布は特別製だから、ある意味大きな収穫と言えるんじゃないかな?』
「これは新型宇宙往還機用の断熱素材だったか」
『だね、従来の物より軽量化を求められた結果、メインの断熱材をパッケージングする為の素材として開発されたのがそれって事になってるから、相当強靭な繊維だと言えるかな、ただ一応高圧縮体だから結構な重量があったりするけど』
「むぅ……まぁちょっと厚手の布だと考えればまだ我慢は出来そうだが」
『でも加工する機材が無いからさ、それはそのまま羽織るしかできないよ?』
「それでも機器への取り付けを想定していたんだろう、丁度良い位置に穴が空いているから、そこに紐を通せば外套的な使用は出来そうだ」
『でもそれ羽織ったら余計見た目が怪しくなっちゃうね、魔王様』
「くっ……背に腹は変えられん、取り敢えず現在見れる場所全てを巡っての収穫はドライバーセットと工業用ナイフ、後はこの布だけか」
『流石にメートル級のレンチとか、柄の朽ちた大ハンマーは使い所に困るよね』
「取り敢えず他にいけそうな場所の選定は折を見て探索するしかあるまい」
『だねぇ、他に行けそうなとこに潜るとなると瓦礫を撤去したり、掘削が必要になっちゃうから、その辺りもちゃんと計画しないと』
「ふむ……それでは戻るか、と言っても戻った所で何が劇的に変るでも無いと思うが……」
半日近く探索して判った事だが、この施設はまだ地下に幾つか空間が残っており、そこを探索すれば何かが残っている可能性があると判明した。
しかし人類が絶滅して二万年超、その間に朽ち果てず使用可能な物と考えれば、元々あったと思われる物品も殆ど朽ち果て、今私が回収した布や工具の様に、限定的な物しか無いとも考えられる。
それに問題はそれだけでは無く、ここは現在打ち捨てられた廃墟状態である為、取り敢えず雨露は凌げるがライフラインその物が存在しない。
本来はこんな探索をするよりも食料と水の確保、それと調理と暖を採る為の火の確保を最優先でどうにかすべきであるのだが……
「あ、魔王様お帰りなさいませ」
「うむ、ただいま」
今私の目の前にはラボを出て少し開けた位置で食事の用意をしているネコミミ少女の姿があった。
ラボの奥に転がっていた金属製の洗面器を焚き火に掛け、何やら食材を煮るというそれは正しくサバイバルと言った趣である。
先ず生きる為の最低限確保すべき諸々だが、この近くには農耕用に引き込まれた小川が流れており、水の確保という最重要課題はあっけなくクリアされていた。
次いで食材だが、この辺りは大型の物は皆無だったが小動物は割りと存在しており、二人分の胃袋を満たす程度の食材は確保が可能であった。
と言うか私自体狩猟経験なんぞ無かったのだが、その辺りはこの少女の得意分野らしく、ちょっと一狩りと言う感じで表に出ると、小一時間程で鳥的な何かと、トカゲ的な何かを仕留めて帰って来た、中々やるじゃないか少女よ。
最後に火は原始的であるが、幾らか確保する方法に心当たりはあった。
多少体力は使うがまぁそれは生きる為なので仕方なし、と思ったが、その考えは結局無駄という結論に至った。
「……ちょっと火力が足りないかな、ん……んん」
ネコミミ少女がンーンー言いつつ焚き火に手をかざしている、その様は何と言うか微笑ましい光景とも見えるが、そんな物をのんびり見ている場合では無い。
「ん、これくらいかなぁ」
彼女がうんうん唸って火に手をかざすと、紅い燐光が発生し、次いで焚き火が一回り程大きくなった。
「火の魔法か……べ、便利な物だ」
「へぅっ、あ、あの、アリィが使える物はお料理に使ったりする程度の初歩的な魔法でしかありませんから……」
魔法、そう今この地球上ではそんなファンタジーな技術が蔓延していた。
ネコミミ少女が使った物の様に、または水を生み出したり、風を起こしたり、物を凍らせたりと、現在地球を支配している生物達は物理的法則を捻じ曲げる手段を以って、この地上を支配していた。
その原因を手繰れば元々は人類を滅亡させた例の病原体が原因ではとフォルテは予想していた。
元々自然環境へ致命的な汚染を拡大させず、人間のみを殺すという目的で調整をされていたバイオ兵器研究は中途な形で終焉を迎えた。
それは本来意図した形で地球へ蔓延し、人に寄生した上で脳細胞を食い散らかして破壊するという形で被害の拡大を防ぐ仕組みになっていた。
しかしそれは人に近い動物を死滅させたが、ある意味エサが無くなった為にその病原体の殆どは死滅、僅かに残った物は変異する事で環境に溶け込み、進化というべき形で今はこの地球に蔓延している。
「魔素……と言ったか」
「はい、アリィは魔王様と違ってちょっとした種火を起こしたりしか出来ませんが……」
細菌は他の動植物へ寄生し、食い殺すのでは無く宿主と同化、生きる為に便利な形で進化を促し、この世界に同居する道を選んだ。
多くは空気に蔓延し、元素と見紛う程に変質した。
他には生物に寄生し、宿主をより強い生物として変質させ生存競争に生き残る特質を持たせた。
魔法とは、寄生したそれらが空気中、若しくは物質に溶け込んだ細菌だった物へ働き掛け、反応する事で物理現象を引き起こし、道具も使わずに生物の暮らしの水準を上げる事に寄与していた。
「少女はその……、先天的に火が使えるのであったか」
「はい、ですのでアリィは邑では料理を担当する事が多かったんです」
「他にはその、水を生み出す者もいたのであったな」
「ですね、邑の半分以上は魔法の素養がありましたけど、お役人様みたいに凄い魔法を使える人は居ませんでした」
「役人とはそれ程凄い魔法を使うのか?」
「私は見た事が無いんですが、人を包んでしまう程の火を使ったり、家を流してしまう程の水を呼ぶ方もいらっしゃるとお聞きした事があります」
「それは……凄いな」
「でもでも、魔王様程の凄い魔法ならお役人様の使う魔法よりももっと凄いと思います!」
そう、今私に降りかかっている数々の中で、最も問題となっているのは魔法と言う存在である。
それは間違いなく体に寄生した細菌と、元々細菌であった元素が反応して物理法則を発生させるのは間違いないらしい。
フォルテが長年観測し、結論付けたのは、寄生された生物と細菌の親和性が、空気中の元素に及ぼす精度、範囲に繋がっているのではという予想を立てていた。
それはつまり、個体によってはネコミミ少女が言っていた様に、ちょっとした家事の小道具程度にしか利用出来ない者も居れば、軍事兵器並みの現象を発現させる事も可能な者も存在する事になる。
そして私は、脳細胞と言うか、脳自体量子電脳化していた事により病原体に頭の中身を食われる事なく生き残った、だけでは無く……
「あんな大きな火の魔法は、アリィ初めて見ました!」
フォルテの予想した論理と、目の前で火を発生させる少女に興味を惹かれ、取り敢えず私は彼女に火の魔法とやらの使い方を聞いた。
それは単純に『力一杯』火を点けるイメージをしつつ指パッチンという、何とも表現に困る物であったが、それで少女は火を発生させているのは確かだと、私もそれに習い試してみた訳だ。
で、結局それはどうなったかと言うと、一瞬だが確かに火は発生した。
しかしそれで出た物は少女が点した種火レベルの小さな火では無く、一瞬で目の前の草むらを数メートル単位で灰にする程の火球であった。
少女は爆発的に発生した空気の層に吹き飛ばされてしまい、私には着ていた白衣が燃え尽き再びネイキッド状態になるという被害を出し、マッパのままその非現実的な光景に唖然としてしまったというのが昨夜の出来事であった。
「う……うむ、焼けどや怪我が無くて何よりだった」
「はい、魔王様の後ろに控えさせて頂いたお陰でアリィは無事でした」
「しかし私の白衣は燃え尽きたのに、体に影響が無いとは……」
魔法というこの世界で最大の化学反応、それは宿主が反応させた物理法則は、原則的に本人には影響しない物であるという。
切っ掛けを与えて後は反応を連鎖させる類の化学反応か何かと予想した私の考えは、この時点で何か致命的に抜けている事が判明した。
元々医療工学系の知識しか持ち合わせていない私にはこの辺りの物理的反応は門外漢だ、故に原理に思い当たる節は無く、この先魔法という物を使用する際は細心の注意を払いつつ、色々試していくしか無いのだろう。
「あ……あの魔王様」
「うむ、何だ少女よ」
「お食事が出来ました」
「そうか、何から何まで任せてすまないな」
「へうっ、そ……そんな勿体無いお言葉、アリィには身に余る光栄です」
『便宜上魔王って事で誤魔化したけど、あんな光景目の前で起こしたらそりゃ誰だって平伏しちゃうよねぇ』
くっ、仕方なかろう、私もまさかあんな事になるとは思ってなかったのだからな。
『よっぽど君は細菌との親和性が高いんだろうね、まぁ元々人を喰らうのを目的とした細菌だし、変異した後でも君という人間に惹かれて集まってくると考えれば不自然な事じゃないと思うんだけど?』
冗談ではないぞ、では私は魔法という便利な手段があったとしても、反応が強過ぎて使えないという事になってしまうではないか。
『まぁさっき手に入れた布は耐火性能はある事だし、服は心配しなくてもいいんじゃない?』
外套が無事でも、中身が無事じゃなければ私はいつまで経ってもマントのマッパのままでは無いか。
『白衣のマッパって特殊な状態時よりも、ある意味世間で良くイメージされる正道な変態に近付いた感じ?』
「変態と言うな!」
「へうっっ!?」
「あ、ああすまん少女よ、君に言った訳では無く、その……そう、独り言というか、遠く離れた者に対して言ったのであってだな……」
「遠く離れた者……、それって魔界に居る魔王様の配下の方とお喋りになられていると言う事でしょうか」
「配下!? いやそんな大それた者では、と言うかアレが配下と言えばそうなのかも知れんが、ううむ……なんと説明した物か……」
いかん、何やら致命的な誤解が連鎖的に生まれ続けている気がしてならない。
取り敢えず滅多な事は口にせず、様子を見つつ誤解を解いていかねば……
「それよりも少女よ、折角食事が出来上がったのだろう? 冷めない内に食事にしたいのだが」
「あっ、はい失礼しました、それではすぐにご用意致します」
うむ、一生懸命は良いのだがあれだな、ネコミミの少女が白衣を羽織って食事の用意をしているという絵面はシュールと言うか、色々特殊過ぎる見た目で何とも表現に困ると言うか……
「魔王様」
「う、うむ、何だろうか」
「鳥とトカゲのお肉は大丈夫なのですよね?」
「う、うむ、大丈夫だ、問題ない」
「調味料が碌に用意出来なかったので、丸焼きとスープ仕立ての物しかご用意できませんでしたが……」
「充分だ、取り敢えず空腹が過ぎて辛いからな、腹に入れば何でもいいぞ」
て言うかこの妙な動物は鳥とトカゲと呼ぶのか、何やら既視感と言うか、名称が人類の称した物と酷似しているのも何か違和感が……
『あ、それはね、今の生命体の使用言語と人類の言語は繋がりが全く無いから、こっちにあるデータを編纂した物をそっちの電脳にダウンロードして、都度修正しつつアップデートしてるからね、イメージ的な翻訳が絡んでる物は、君の持つイメージが彼らの言葉と剥離しない程度に調整した結果が出るのはしょうがないって事で理解して貰えるかな』
なる程、確かに人類が滅んだ後に発生した文化圏で日本語が通用する筈が無いな、そんな基本的な物にさえ気が回らない程私は焦っていたのか、しかしそれすら何とかなるとか、この電脳は万能過ぎだろう。
『いやいやいや、それはこっちで情報の取捨選択を行ってサポートした結果だから、そっちはただデータの受け取りと処理しているだけだから』
そう言われればそうなのだが、何かそれを肯定するのは癪に障るな。
『酷いなぁ、僕はこんなにも一生懸命なのに』
取り敢えず右も左も判らない状態なので、電脳通話をずっと繋げたままだが、このままだと思考がダダ漏れと同じだからな、追々と脳波通信の頻度は少なくしていった方がいいかも知れんな。
「では食事にしようか」
「はい、どうぞお召し上がり下さい」
「頂こう……ん? どうした少女よ、そんな所に突っ立って」
「へうっ、え……えっと、お邪魔でしたでしょうか、もしやアリィは部屋の外で控えていた方が宜しいですか?」
「うん? 何を言っているのだ少女よ、部屋の外って……君は食べないのか?」
「え!? いえアリィは魔王様がお食事をなされた後にでも」
「……それでは二度手間になるのではないか? もし君が空腹では無いというのなら仕方が無いが」
「そんな!? 魔王様と同じ食卓にアリィが着くなんて恐れ多い!?」
「待て、待つのだ少女よ、何と言うかアレだ、そんなに気を使われると罪悪感が半端無いと言うか、私的に納得いかないと言うか」
「でもアリィの様に卑しい者が魔王様の側女として働かせて頂いてる事自体恐れ多いのに、それ以上は……」
「卑しい者? いや君は一体何を言っているのだ?」
「へぅぅ……それは……、アリィは奴隷階級の者ですので……その……」
「ど、奴隷?」
「……はぃ」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「しかし文化レベルも中世的なら、モラルや価値感も中世のそれだったとはな」
『だから言ったでしょ、この世界はバリバリの封権社会がまかり通ってるって』
「そして労働階級の者は支配者階級の者から所有物として扱われ、奴隷制度は当たり前の様に社会に組み込まれていると」
『だから今回の様に人身御供に差し出されるのは、彼女の様な奴隷階級の者になるのは当然なんだよ』
結局あれから少女を説得し、同じ食卓に着く迄には冷えた食事を暖め直す必要がある程には時間が掛かった。
取り敢えず彼女が居た邑と言うのは、フォルテ曰く、この世界では極一般的な規模の集落であり、そこには邑長と呼ばれる代表者を筆頭に、元々そこで暮らす邑人と、足りない労働力を補う形で国、若しくは商人より購入した奴隷という存在が邑社会を形作っているコロニーなのだという。
「聞く所によると彼女は戦争の賠償として国に売られたと言っていたが……」
『この世界は争いが頻繁に起こっているけど、互いに滅ぼす程の戦争は滅多とないからね、ある程度の勝敗が着けば、賠償という形で後始末が行われ、国同士の争いは終結するんだよ』
「奴隷という未成熟な制度を導入してる割には、戦争のシステム自体は近代的なのだな」
『お互いとことん殺し合いをしてる場合じゃないからね、どちらも国力が傾く程戦争しちゃうと、外敵から国を守る事が出来なくなっちゃうから……』
「外敵? それは……どういう事だ?」
『君が想像しているよりもこの世界はもっと混沌としてるって事さ、その辺りも含めて、見聞を広げる為に近隣の様子を確認してみたらどうだい?』
「実際に見て来いという事か」
『どっちにしても現状じゃここで生活していくには何もかも足りなさ過ぎるし、外界と無縁で生きていくというのは無理があると思うんだ』
「それはそうか……しかし」
『だーいじょうぶ、その辺りの知識……周辺情報とか、常識的な部分は僕が都度知らせるとかサポートするからさ』
「ならこの少女の件にしても、魔法の事にしても最初に情報を寄越せば良かったでは無いか」
『んー……君は誤解しているけど、僕はあくまでナビゲーターだからね、君が求めれば情報を検索したり周囲の観測はするけど、基本自主的に行動する事は出来ないから、君が命じたり、何か行動してくんなきゃ僕には何も出来ないよ』
「あくまで情報提供アプリという事か……」
『高度に進化した、ある程度ユーザーの情報を鑑みて予測を行うコンシェルジュ、それが僕さ』
物は言い様だな、結局は人間臭い物言いや出してきた情報も、こちらの行動と会話から次に必要とされる物を予想して提供した結果という訳だ。
何と言うのか中途に人格がある風に見せるのは、そういう風に接するという製品仕様が集めた情報の中に紛れ込んでいたのか? どちらにしてもこれから先はその辺りの事も考慮して動く必要がありそうだな……
「ここで出来る事はそう多くないのは確かだな、最低限の情報があるなら周囲の事も知っておく必要は確かにあるかも知れん……」
『周辺情と言う事なら近隣に邑は二つ、後は街道も一本通ってるね』
「街道? ふむ、確かに集落があるなら道が通っているのは道理だが、交通量はどの程度の物になるんだ?」
『君のイメージし易い言い方をすると、ド田舎のバス停に書いてる時刻表程度の交通量みたいな状態かなぁ』
「微妙に判断し辛い表現はするな、ちゃんとした数字を出せ」
『数字? えーっとここ10日の平均で出すと、徒歩での移動者は五組程度、馬車なら十台辺りかなぁ』
「馬車……中世なら移動手段はそうなるか」
『厳密的には馬じゃないけどね、まぁイメージ的には馬車で合ってるよ』
「またファンタジー変換か、ふぅむ、いきなり集落に行くというのもアレだし、一度街道を行く者達の様子を伺って色々判断するのも良いのかも知れん」
『ならそれに適した場所へのナビと、地形データは送っておこうか?』
「そうしてくれ、では明日その場所へ行ってみる事にしよう」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「しかし幾らファンタジー変換されているとは言え、"アレ"が馬とか無理があり過ぎだろう?」
草むらの中に未舗装の道、まぁ石畳すら無いのは郊外だからか、そもそもそんな技術は無いのか、まぁそれはいいんだが……問題はそこを行く"アレ"だな。
確かにあれは幌馬車と言える形状をしているが、それを引く生物は二足歩行のトカゲと言うか、どう見てもアレは馬という哺乳類ではなく爬虫類にしか見えんのだが、アレを馬車と変換するには聊か無理が過ぎるんじゃないかおい、それに馬車(仮)が後ろに引き連れている爬虫類の親玉……アレもちょっとおかしくはないか?。
「ま……ままま魔王様ぁ~」
「ん? どうした少女よ、そんなにプルプルして」
「はは早く逃げましょう、アレはリントヴルムですぅ!」
「リントヴルムぅ?」
『説明しよう、リンドブルムとは巨大な肉食トカゲと言える生物である、口中には魔素と反応する器官が備わっており火炎を吐き出し、走行するスピードは時速60kmにも及ぶ、判り易いイメージとしては翼の無い劣化ドラゴンといった生物と言えるだろう!』
「……何故いきなり解説口調になっているんだお前は、しかしドラゴン? 肉食? と言うかアレはなんだ、もしやあのリントヴルムというのは馬車(仮)の関係する生物では無く、獲物とか餌とかそんな感じて馬車(仮)を追っているという事なのか?」
『うん、むっちゃ追われてるね』
「もしかしてかなり危険と言う状況かこれは?」
「はっ、早く逃げないと食べられちゃいますぅ」
「それはいかん、早く避難しなければ! ってぬおっ!? 馬車(仮)が横転したぞ!?」
「あ……あれはまさか邑長!?」
邑長ぁ? アレがこの少女にいらぬ知識を教え込んだ元凶か! と言うか邑長と聞いていたからいけ好かん中年オヤジかジジイかと思ったらネコミミの女ではないか、と言うかワラワラと馬車(仮)からネコミミの集団が脱出してるが大丈夫なのかアレは!?
「あ……騎士様が」
「騎士? またぞろ新キャラが登場なのか、どいつが騎士なのだ? あれか? う……うむ? 確かに一人だけ格好の違う者が混じっているが、あの女が騎士なのか? 騎士が居ればあのトカゲはどうにかなるのか?」
「無理です」
「あっさりと言ったな少女よ!? そんなにあのトカゲはつよe……ってデカッ!? こう見るとかなりデカいな、て言うか気のせいでなければあの騎士はこっちに向って走ってきてないか?」
「そこのお前ーーーーーーーー逃げろぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」
「逃げっ……待たんかっ! 何故こっちに走ってくるのだ!?」
「そっちに走らねば邑人が狙われるだろうがぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
「だからと言って我々を巻き込むのはどうなのだぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
「煩いぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ! そんな所に居る方が悪いんだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
何と言う理不尽な事を言うのだこの女は!? 良く見れば大層な鎧を着込んでいるにも関わらず凄まじいスピードで走ってくる!? それだけ動けるならもっとトカゲを引き付けるなりなんなり出来るだろぅ!? 何故わざわざこっちに走ってくるのだ!?
「魔王様ぁぁぁぁぁぁぁぁお慈悲をーーーー!」
「無理を言うなっ! 私に何をしろと言うのだ少女よっ!」
「まっ、魔法でっ、魔王様の魔法でぇーーーーー!」
『メインモニター、戦闘モードを機動します』
「こんな時にゲーム染みたセリフを吐くんじゃなぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!」
『いやそこは雰囲気と言うか、言っとかないといけないかなぁって、で、取り敢えず戦闘に必要なデータを適当に視界へ表示をさせて貰ったから』
「この変な枠とか数字はお前の仕業かっ! 何だこれはーーーー!」
『君の電脳が感知している周辺魔素の濃度に、そこから逆算した現在物理干渉可能な予測範囲、後は君のマントの強度を数値化してみたよ』
「マント強度って何だ!? 何でそんな無駄な数値を表示してるんだっ! って言うか物理干渉ぅ!? それは何だぁぁぁぁ!」
『そこの女の子が言ってる魔法、要するに君が魔素に干渉可能な範囲だね、昨日試したアレから予想したデータだから多少ズレはあるだろうけど、最低その範囲は物理干渉は可能という予測をそこに映し出してみたんだ』
昨日のアレ? それはあの火球の事か? アレが使えるのか? て待て待て……アレはどうやった? 確か……そう、指パッチン! 指パッチンだ!
「ぬぉぉぉぉぉぉぉぉ! 指パッチンんんんんんんん!」
出た! 火球! って言うかおいぃ昨日のよりもデカくはないかこれぇ!? 表示の予想範囲を遙かに越えてるではないかっ、ぬぉぉぉ熱で下半身を覆う白衣が燃え尽きるぅ!?
「あっつぅ!? アチチチチチチ何ーーーーー!? 何なのぉぉぉぉこれぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!?」
ヤバい! 勢いがあり過ぎて女騎士が吹っ飛んでったぞ!! てか爆発した!? トカゲが爆発したぁっ!?
『あー、リントヴルムが干渉しようと魔素を集中させたトコに君が干渉を被せた事で誘爆した形になっちゃったね、本来リントヴルムって熱に耐性がある生き物なんだけど、流石に内部から弾けちゃ一たまりも無いよねぇ』
「事前にその程度の予測は出来なかったのかぁぁぁぁぁぁぁぁ! げふっ!? い、痛っ、くそ、また白衣が燃えて……む? お……おぅ、トカゲが……燃え……燃えてる、トカゲが丸焼きに……」
「へ……へぅぅ、痛いですぅ……」
「ぬ、すまん君まで吹き飛ばしてしまったか、大丈夫か、怪我はしていないか?」
「は、はい、大丈夫ですぅ……って、え? えぇぇ~!? リントヴルムが……」
「……うむ、やり過ぎてしまった様だ」
恐らく爆ぜてしまったのだろう、首から上の無いトカゲが轟々と炎を上げて燃え続けている、生物が可燃性物体も無しにこれだけ燃え続けるのは不自然だ、もしやこれは魔素とやらが関係しているのだろうか?
『一心不乱だったから無意識にやったんだだろうけど、それ永続的に魔素を供給し続ける形で物理干渉をしたみたいだね、この状態だと対象が燃え尽きるか、周囲の魔素濃度が下がるまで鎮火しないよ』
「お……おぅ、そうなのか?」
「爆裂火炎魔法だと……」
どうやら女騎士も無事だったみたいだな、まぁ鎧が多少損傷したみたいだが、怪我はしていない様だから心配はあるまい、と言うかこの女騎士もネコミミだとぉ!? どれだれこの辺りはネコミミが横行しているというのだ?
「おい貴様……何者だ? どこの国の魔道師だ」
「うむ? どこのと言われてもと言うか待て、何故剣を構える、私が何かしたと言うのか?」
「爆裂火炎魔法と火炎地獄を同時発動、しかもそれを無詠唱で行う炎使いなど、私の記憶に合致する魔道師には無い、ならば他国の魔道師しか考えられんだろう」
何だか聞いていてこう、耳の後ろが痒くなりそうな名称の単語が色々出た気がするが、あれが物理干渉の種別名称なのだろうか、というか言っている事が良く理解できんな、一旦データをダウンロードしてその辺りの事情も把握せねば話が進まん。
「だんまりか、しかしお前も知っているだろう? 魔道師は単体戦力が高い為に、許可無く国家間の移動を厳しく制限されているのを、その禁を破った場合、最悪国家賠償案件に発展するか、その者は処分される事になる、しかし今ならまだリンドブルム討伐の補助という事で情状酌量の余地が無い訳でも無い、素直に所属国を明かせ、でなければ……」
「お……お待ち下さいっ、この方は魔道師ではありませんっ!」
「む……何だお前は、この者の関係者か?」
「関係者と言うか、私はこの方の贄として捧げられた者です」
「何……贄だと?」
「ちょっと待つのだ少女よ、それ以上はいけない、主にこれからの私の身の振り方と言うか、人生ののっぴきならない事情に於いて」
「この方は"草原の魔王"様ですっ!」
「そ……草原の魔王だと!? まさか、そんな……」
どんどん話が致命的な方向に流れていってる気がするのは気のせいか? ネコミミ少女の言葉にネコミミ女騎士が驚愕の表情で固まっているこの状況は何だ? むしろ今気付いたのだが、さっきの指パッチンでマントの下に装備していた着衣(白衣)が燃え尽きてしまって、現在私はマント一枚のマッパだ、良く考えれば色んな意味でこれはマズくないか?
「ア……アリィ? まさかそこに居るのはアリィなの?」
「ぁ……邑……長」
む、さっき馬車(仮)から逃げ出した邑長まで来てしまった、て言うかネコミミ騎士の詰問に対してネコミミ少女が答え、そこにネコミミの邑長が現れる横にはマント一枚のマッパな私というコレは、今一どういう事なのか情報の咀嚼が追いつかん……
『ちょっと混乱し過ぎじゃない? まぁこの状況は色々と問題はあるけどさ、結果として君は彼女達を救った立場なんだから、そんな卑屈になる事は無いと思うよ?』
「貴女生きて……どうして」
「邑長、これは……その」
「リーン殿、この者は?」
「はい騎士様、この子は先日魔王様との約定の元、五年目の贄として遺跡へ捧げられた者です」
「何と、それは真か?」
「はい、間違い御座いません」
いかん、やはりここはちゃんと誤解を解いておかねば手遅れになってしまうっ!
「ちょっ、ちょっと待つのだネコミミの騎士よ」
「我が国エイリースを建国した国父、偉大なるホルン・デラ・ギースと共に神獣ファフニールを屠り、我等が安寧の地を齎した伝説の魔王、御伽噺の中にしか存在しなかった魔王が……まさか実在していたというのか……」
「いや何を言っているのだネコミミの騎士よ、ちょっと落ち着のだ、な? ほら深呼吸でもしてだな」
「低位と言えど神獣に名を連ねるリンドヴルムを一凪ぎで炭へとしてしまうお力……確かに魔王様は炎の呪文を好んで使われていたとお聞きしています」
「そこの邑長もちょっと私の話を聞くのだ、おい、聞こえているか?」
何だこのネコミミの一団は、自分達の話に没頭して人の話を聞こうともしない、そう言えばネコミミの少女もビクビクとしつつもやたらとマイペースな所があった様な……これはネコミミ種族の特徴なのか? その辺りどうなんだフォルテ。
『どうなんだろうね、でもこれはいい傾向だと僕は思うんだけど』
いい傾向? 何かどういい傾向だというのだ。
『今君は自分の身を証明する術を持ってないし、更に言えば彼女達とは違う生命体だよ? そんな状態でこの先生きていくのはかなり難易度が高いとは思わない?』
む……それは確かにそうかも知れんが。
『なら今は周りの話に乗っかってさ、取り敢えずでも自分の居場所を確保しておくってのはどうかな、で、暫く様子見してる間に彼女達が言う魔王ってどういう存在なのかという伝記を僕が検索しておくから、それまで話を合わせてみれば?』
いやしかし魔王だぞ? 魔王とはあれだ、魔の王様という事では無いか? ただの人間の私がそんな存在として振舞うのは無理があるのでは無いか?
『もし無理と判断したらその時は改めて逃亡するなりなんなりすればいいさ、何せ僕がサポートするんだ、その辺りは大丈夫でしょ』
……ぬ、ぬぅ、しかしだな……
『て言うかここで君が魔王じゃ無いって言ったとすると、逆にマズいんじゃないのかなって思うんだけど?』
!? そうだった……確かネコミミ騎士は魔道師がどうのこうのと言っていたな、ぐぬぬ、それも何だか不味い気がする、何だこの八方ふさがりな状況は。
「……そこの御仁よ」
「う、うむ? 私の事か?」
「改めて問おう、貴方はこの者達が言う様に、"草原の魔王"その人なのだろうか」
「い……いやそれはだな、ぐぬぬ」
『ほらほら、そこで詰まってちゃどうしようもないよ、ここはパパっと言っちゃいなよ、ほら、その子に言った時と同じ言葉をさ』
「ぬっ……くっ……わ我は……」
またあの狂人染みた言葉を口にしなければならんのか、何の罰ゲームというのだこれは……
「我は魔王である、我を崇めよ」
こうして取り敢えず私は魔王(仮)として振舞いつつも、この世界での居場所を確保する為に虚無の情報を口にする事になったのだが、まさかこの安易な行動がこの先己へ苦難を呼び込む事になろうとは、ついぞ思ってもいなかったのである。
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