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ヴァンパイアの遊戯(アソビ)

作者:小月
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第一話

満月の夜、その男は立っていた。口元に光る牙が人間ではない事を物語っている。
怖い。
まだ幼い十座は全身が震えるのを感じていた。
「見つけた。」
男は不敵な笑を浮かべて近づいてくる。
「やっ・・・来ない・・・で。」
恐怖で声が掠れ腰を抜かしてしゃがみ込んだ身体をずりずりと引き摺りながら後退する。
「取って食ったりしねえよ。お前はまだガキだからな。だが、覚えていろ。お前は俺のモノだ。そしてこれは、その印だ。」
「つっ・・・。」
首筋に痛みを覚えて見れば、男が噛み付いていた。そのまま恐怖の余りに十座は意識を失う。

「ちっ。奴はどこへ行きやがった。おい、迫田。この辺りを虱潰しに探せ。あの怪我だ。まだ遠くに行っていない。」
「へい、アニキ!!」
古市左京はそこそこに名の知れたヴァンパイアハンターだった。しかし、今回珍しく獲物を逃がしてしまった。

「はぁ・・・はぁ・・・。」
万里は荒い息を吐きながら暗い路地裏に逃げ込む。ハンターに撃たれた傷が疼く。
「血が足りねぇ・・・。」
朦朧とする意識の中、怯えて見上げる少年の姿が浮かぶ。
(アイツ・・・そろそろ見つけねぇとな・・・。)
そう思った時、万里は意識を手放した。

満月になると十座は何時も同じ夢を見る。幼い頃に出会ったヴァンパイアの夢だ。
「お前は俺のモノだ。」
そう言ってヴァンパイアに噛み付かれた痕は不思議な模様を浮かべている。医者にも見せたが、特に身体に異常がある訳でもなく、普通に生活をしていた。
「見つけた。」
学校帰り、突然背後からそう声を掛けられて振り向くと1人の男が立っていた。
「あ?誰だテメェ?」
「摂津万里。」
摂津万里と名乗った男は十座に殴りかかってくる。が、十座は相手を簡単に倒してしまう。
O高最強というのは伊達じゃない。十座は万里に目もくれずそのまま家に帰っていった。

「ちっ。」
一度死にかけたものの最低限の力で何とか人間の姿を保った万里だったが、手に入れたいモノは今の力では到底無理だと思い知らされる。
「やっぱり満月まで待つしかねえか・・・。」
転がされた地面にそのまま仰向けに寝転がると青空を仰ぐ。ヴァンパイアは太陽に弱い等と誰が言ったのだろう。万里はヴァンパイアであるが、普通に太陽の元でも生活が出来る。
「空が青いな・・・。」
慣れない人間の身体を窮屈に感じながらも、万里は痛めた腕を擦る。
「骨、折れてるかもな・・・。」

しつこい奴だと十座は思った。怪我が治った万里は帰りを待ち伏せして喧嘩を挑んでくる。その意図は解らなかったが、喧嘩する価値もないと判断すると無視し続ける。
しかし、万里は十座が入ろうとしている劇団にまで押しかけて来たのだ。その上何故か同室にまでなってしまった。
「最悪だ。」
これから暮らす部屋に入るなり十座は小さく呟いた。その日の夜は満月でまたあの夢を見た。ただ、夢の内容がいつもと違っていた。
ヴァンパイアの前で腰を抜かしているのは幼い頃の自分ではなく、今の自分だったのだ。
逃げようとしても身体が動かない。最初暗くてヴァンパイアの顔は解らなかったが、月の光を浴びて現れた姿に十座は息を呑む。
「・・・摂津・・・。」
確かに発音した筈が声は出なかった。突然首筋に痛みを覚えて目が覚めると、誰かが自分に覆いかぶさっている事に気がつく。
「目が覚めたのかよ。」
十座の首筋にかぶりついていたその男は顔を上げて十座を見下ろす。
「お前・・・。」
「その顔、思い出したみてえだな。」
口についた血を拭う万里の口からはヴァンパイア特有の牙が生えていた。
幼い頃に出会ったあのヴァンパイアだった。
「はあ・・・。やっぱりお前の血は最高だな。力が戻ってくる。」
クククと笑うと、万里はそのまま宙に浮く。自分の身体に異常が無いか確かめるように手足を動かす。十座は動けない身体のまま、視線だけ万里を追っていた。

朝万里は今まで以上に体調がよかった。人間の姿を保ってはいるが、昨日十座の血を飲んだ事でヴァンパイアの力を取り戻したのだ。その一方十座はぐったりとしてまだ布団の中にいた。
「ちと吸いすぎたか。」
そのまま宙に浮くと十座の顔を覗き込む。十座は貧血を起こして辛そうな表情を浮かべていた。
万里が十座の頭に手を置くとそこから暖かい何かが十座の身体を包み込む。
「悪いな。この間ハンターにやられた傷が結構深かったからよ。ちと吸いすぎたわ。」
「っ・・・。」
十座は顔を背ける。
「なんだよ。怒ってんのか?」
「どういうつもりだ。」
「これの事か?」
つんつんと昔付けた跡を万里はつつく。
「これはお前が俺のモノだって言う印だ。これがある限り、お前は他のヴァンパイアから目を付けられる事も無い。」
守ってやってんだぞと万里はニヤニヤ笑って言う。
「そういう事じゃねえ。」
聞きたい事は沢山あるが、十座は言葉を飲み込む。
「これからはお前の傍にいる事にしたから。」
「はあ?」
意味が解らず聞き返そうと身体を起こすと、万里はひらひらと手を振って部屋から出ていった。

「へえ。やっぱり生きてたんだ。」
「至さん。」
廊下に出た時に声を掛けられて振り返ると同じヴァンパイアの至が立っていた。
「でも、気をつけた方がいいよ。秋組には二人もハンターが迷い込んでいるからね。俺達がヴァンパイアだってバレたら大変な事になる。」
「解ってますよ。けど、何でアンタがここに?」
「嫁を追ってたらここに来た感じ?」
「なる。てか俺と同じかよ。」
ウケるとクスクス笑う。
「まぁ、所詮ヴァンパイアってそんなもんでしょ。嫁を手に入れた者は一人前とか、言ってるけどさ。俺が今の嫁見つけるまで1000年はかかったからね。それに、万里にハンター差し向けたのってヴァンパイアだって話だし?」
「どういう事だ?」
万里の顔が険しくなる。
「俺も詳しくはまだ解らないけど、同じヴァンパイアだからって信用しない方が身のためって事は覚えていた方がいいよ。俺もそうしてるし。」
不穏な事を告げられて万里はその場に立ち尽くす。万里はヴァンパイアの中でも1握りと言われている貴重な純血の血を引く一族だった。その力は他のヴァンパイアより強く、同じヴァンパイアを自分の支配下に置くことも出来る。ヴァンパイアの中のヴァンパイアだった。そして、この至とはかれこれ800年ほどの付き合いだった。同じヴァンパイアの中でも唯一万里が信用出来る男。それが至でもあった。
(そういや、前に嫁を見つけた時、ヴァンパイアがその村で暴れて嫁候補が死んだ事もあったな。)
300年ほど前の事を思い出す。
「ちっ。」
小さく舌打ちして、万里は朝食が用意されているリビングに向かう。至の情報は恐らく正しいと確信している。
(俺も探り入れてみっか。)
今は幸いすぐ近くに嫁がいる。何かあれば嫁の血を吸えばいい。

「ヴァンパイアの嫁?」
談話室で何故かヴァンパイアの話になった時、何も知らない太一が首を傾げて聞いた。
「そ。ヴァンパイア達は嫁って言ってる。言葉の意味はこの印が付けられた人間が20歳になるとそのヴァンパイアと生死を共にするからだって。」
幸が自分の首筋にある印を指さす。
「じゃあ、幸ちゃんもその嫁なの?」
心配そうな顔で太一が見る。
「まあね。」
「こ、怖くないの?」
「あず姉はいい人・・・あ、いやいいヴァンパイアだよ。と言うかヴァンパイアは皆悪い奴って考え自体古いからね。」
解ってる?と幸にすごめられて太一は頷く。
「幸はそのヴァンパイアと会ってるのか?」
黙って聞いていた十座が尋ねる。
「週に1回は会ってる。オレがここに入った事言ったら興味もってくれて、ヴァンパイアでも入れたらなってこの間言ってたくらいだし。」
「ヴァンパイアもいるだろ。」
「はあ?」
「摂津も・・・ヴァンパイアだ。」
「マジ!!てかそれやばいんじゃない?」
幸の言葉に十座は首を傾げる。
「なんだ、知らないの?あの銭ゲバヤクザ、裏では有名なヴァンパイアハンターだよ。」
「なっ・・・!?」
「え、マジ!!」
十座と太一は同時に驚く。
「はぁ・・・。本当に何にも知らないんだね・・・。」
幸が思わず頭を抱えていると至が入ってくる。
「何、何かあった。」
重たい空気に包まれる三人に至が声をかける。
「今ヴァンパイアについて話してた所なんすよ。」
「へえ。それは俺も興味あるな。で、どんな話?」
空いていた椅子に腰を降ろすと話を促すように至が言う。
「えっと・・・。」
太一が話そうとするのを幸が遮る。
「ヴァンパイアがこの劇団にいるって話。」
至は一瞬眉に皺を寄せるが、直ぐに爽やかな表情に戻る。
「へえ。で、誰?」
「万ちゃんっす。」
「万里が?でも何で解ったの?」
「解ったのは・・・。」
太一と幸の視線が十座に行く。
「まさか血を吸われちゃった系?」
至が尋ねると十座は小さく「っす。」と応える。
「ふうん。で三人はヴァンパイアについてどう思ってるの?」
「お、俺はやっぱり・・・こ、怖いっす。」
太一が声を震えさせながら言う。
「俺は別に・・・。」
十座は解らないと返す。
「ヴァンパイアにもよるんじゃない。オレが知ってるのは万里入れて二人だけど。」
「へえ。もう一人は?」
「言っても解らないでしょ。あの人ほとんど外出しないし、他のヴァンパイアと会ってるのかも謎。」
幸の言葉に至は興味津々に耳を傾ける。
「幸はそのヴァンパイアが好きなんだ。」
至が言うと幸は顔を真っ赤にする。
「でも、ヴァンパイアと結ばれる事は滅多に無いからね。」
「それが至さん。幸ちゃんはヴァンパイアの嫁らしいんす。」
「マジか。キタコレ。やっぱり相手教えて。」
「・・・それより、至はヴァンパイアの事どう思ってるのか聞いてない。変にハンターとか雇われたら嫌だからね。オレ。」
キッと睨んで言う幸に参ったと至が頭をかく。
「君達には話しても良いかな。俺も実はヴァンパイアなんだ。万里とはかれこれ800年の付き合いかな。」
三人は目を丸くてし至を見る。
「な、何でここにいるんすか?」
太一が警戒するように尋ねる。
「太一は本当にヴァンパイアが怖いんだ。昔何かあった?」
「そ、それは・・・。」
「俺がここに来たのはたまたま嫁を見つけて印を付けに来た時に、本当に偶然かな?監督さんにスカウトされちゃってね。俺がヴァンパイアだって知らないみたいだから黙っていただけだよ。」
「じゃあ、至の嫁もここにいるんだ。あず姉も誘うかな。」
少しはにかんだように幸が呟く。どうやら幸はそのあず姉と呼んでるヴァンパイアにかなりのご執心だとそこにいる誰もが理解した。
「あず姉・・・あず・・・。」
至が考えていると幸が「雪白東。知ってる?」と尋ねる。
「ああ。東さんか。何回か会ってるけど、余り話した事は無いな。」
至はそう言うと、ふと力を失っていた万里がヴァンパイアの力を取り戻した事を思い出す。
「十座ってもしかして万里の嫁だったりする?」
至の唐突な質問に幸と太一の視線が十座に行く。
「首に跡とかある?」
「・・・あるっす・・・。」
それは聞き取れるか聞き取れないくらいの小さな声だった。人間より聴力がいい至は「マジか。」と驚いたように言う。
「でも、これで万里も安心かもね。」
「それってあず姉が言ってたヴァンパイア同士の戦いと関係あるの。」
幸の質問に驚いたのは至だった。
「幸、それはどういう事かな?」
「知らないなら・・・。」
「教えてくれるよね?」
言えと命令するように一瞬至の瞳が赤く光る。その目に太一は背筋が凍りつくが、幸は動じない。
「あず姉は身の危険を感じてヴァンパイアと余り関わらないようにしてるけど、ヴァンパイアの上層部だか偉い人達が他のヴァンパイアを管理しようとしてるって話。オレも余り詳しく知らない。」
「幸、東を紹介してくれないかな?」
「手出したりしないって約束してくれるなら。」
「約束する。多分俺が調べてる事と関係してるはずなんだ。十座、君もおいで。」
「は?何で俺が?」
「この件に関して君にも知って欲しいからね。勿論万里も連れて行くよ。君に何かあっても俺じゃ守りきれないからね。」
「あず姉はそんな事しないし。」
幸が憤慨だと言うように至を睨む。
「けど、十座が万里の嫁なら、片方だけ呼ぶのはまずいかもね。解った。あず姉にはオレから伝えとく。」
「よろ。」
「あと、この事は左京には秘密だからね。」
太一に向かって睨みを聞かせて幸が言う。
「ええ。何で俺?」
「アンタが一番喋りそうだからに決まってるじゃん。バカ犬。」
「あはは。幸は左京さんの正体も知ってたんだ。」
頼もしいと言うふうに至は言うと、そろそろイベント始まるからと部屋に帰っていった。

「へえ。ここが東さんの家か。」
小さなアパートの前で万里が言う。
「あの、至さん。僕も来てよかったんですか?」
咲也が自分は場違いだと言うように至を見ると、至はポンポンと咲也の頭を叩く。
「咲也は俺の大事な嫁だからね。俺の傍にいるだけでいいんだよ。」
至の言葉に咲也はパッと嬉しそうな笑顔になる。
「ほら、ボサッとしてないで行くよ。」
幸に言われて4人は後に続く。

東は玄関で皆を迎えいれると、紅茶の用意をする。
「それで、ボクに聞きたい事って何かな?」
皆に紅茶を出しながら東が尋ねる。
「東さんの知ってる事全部話してくれませんか?俺達も話すんで。」
「ボクの知ってる事?ああ、もしかしてハンターの事かな?」
ハンターと聞いて万里と至の表情が変わる。
「やっぱり何か知ってるんだな。」
万里は目をギラつかせて聞く。その様子に十座は幼い頃に初めて万里と出会った時の事を思い出し背筋がゾクッとした。
「万里がこの間ハンターの標的されてね。ハンターに依頼した人物を俺ら捜索中なわけ。何か知ってるなら教えて欲しいんだよね。」
爽やかな表情だが、目はヴァンパイア特有の鋭い眼光を放っていた。
「ボクも詳しくは知らないんだ。だけど、ボクも幸にはじめて会った時にハンターに追われててね。幸と出会わなかったら死んでたんじゃないかな。ボクは万里みたいに純血の濃い血は引いてないからね。同じヴァンパイアと戦う事になったら間違い無く殺されると思うと怖くなって、ヴァンパイアが集まる所には眷属や使い魔を送ってるだけなんだ。」
東も被害者だと知ると至と万里は普段の様子に戻る。
「結局振り出しに戻るっと。」
あーあと言うふうに至が言うと「ごめんね。」と東が申し訳なさそうに言う。
「けど、相手は確実にハンターを使ってて、恐らく上層部のヤツらって事は解ってるだけでもいいんじゃねぇの?」
ふつふつと湧き上がる怒りを抑えながら万里は言う。
「昨日俺の使い魔にハンター協会探らせたらハンター協会自体が上層部と繋がってたからな。」
「じゃあ、ヴァンパイアハンターを動かしているのはやっぱりヴァンパイアって事か。」
「間違いねえな。」
重い沈黙が流れる。幸はぎゅっと東の服を掴む。
「あず姉、オレ達の劇団に来て。」
幸ははじめて東と出会った時の事を思い出し俯いていた。
「あず姉に傍にいて欲しい。」
「うん。ボクも幸と一緒にいたいよ。」
東は優しく幸の頭を撫でた。

「っし。帰っか。」
東の家を出ると万里は大きく伸びをする。
「ボクが劇団に行くまで、幸をよろしくね。」
「ああ。ちゃんと俺と万里で守るよ。劇団にはハンターもいるからね。」
「幸から聞いてるよ。けど、相手がヴァンパイアなら、十座と咲也も気をつけた方がいいかもね。特に十座は万里の嫁だからね。」
「その、嫁ってあんまり良く解らないんすけど・・・。」
「嫁はね。その主となるヴァンパイアの力の源であるのと同時にそのヴァンパイアの弱点にもなるんだ。ボクは幸と出会う前にも嫁がいたんだけどね。皆20歳になる前に死んじゃったんだ。20歳になるとそういう心配は無くなるんだけどね。」
だから気をつけるんだよと東は念を押す。
「っす。」
十座は小さく返事を返す。
「まあ、万里はそう簡単に死ぬようなヤワじゃないから心配はいらないけど、十座は人間だからね。いくら嫁の印が他のヴァンパイア避けだとしても、相手が人間を使ってきたら意味が無いって事。俺も過去に何度か嫁候補殺されちゃってるし。だからこうして咲也は守ろうって決めてるんだけど。」
至は咲也の頭を撫でて言う。
「至さん。」
咲也は少し照れたように顔を赤らめる。
「ヴァンパイアを殺すのも人間、人間を殺すのも人間。本当最悪。」
幸はうんざりしたように言う。
「ま、兵頭は大丈夫だろ。前に俺と喧嘩で勝った訳だし?」
「そういう油断が命取りになるんだよ、万里。」
東が窘めるように言うと「へいへい。」と万里は軽く返事を返す。 
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