勇者にならない冒険者の物語 - ドラゴンクエスト10より -
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旅の扉
倉門信は、一流の俳優・声優になると言う夢を持っていたが、酒好き女好きな上にゲーム好きだ。
そんな彼がキャバ嬢にキモいと振られるのは当然だったのかもしれない。
傷心の気持ちを紛らわせようと、マンションの屋上でウィスキーを瓶のまま煽っていた。
月明かりが明るく、東京近郊にしては星がよく見える。
そういえば大きな台風が過ぎて間もないから、空の埃が少ないのかもしれない。
ぐいっとウィスキーを傾けて勢い良く三度飲み込み、ぷはぁっと一息つくと、強いアルコールにびっくりした喉がしゃっくりを上げる。
「キャバ嬢はダメだー!うはーちくしょう!キモオタで悪かったなこのやろー!ちょっと美人だからっていい気になってんじゃねー!」
一息に悔しい気持ちを吐き出すと、あースッキリした、と言わんばかりの薄笑みを浮かべて再びウィスキーを煽る。
ストレートですでに半分以上空けているが、まだまだ足元はしっかりしている。
ふざけ半分で千鳥足風に歩いてはいるが、誰かに見られるわけでもなく気がすむまで屋上を徘徊するつもりでいた。
一人ふざけて3メートルはある墜落防止柵に「ガシャン」と音を立てて正面からぶつかってみる。
おおう、いてぇっと呻いて外をふと見ると、セーラー服姿の女性の姿が目に入ってきた。
150センチ位だろうか。癖のある長い黒髪が強めの風にたなびいている。
(あれ?人?中学生?高校生?・・・え、フェンスの外にいる?)
墜落防止柵の外、屋上の縁にまっすぐ立つその姿に異常を感じ取り、一気に酔いが覚める。
思わず力一杯墜落防止柵の金網を両手で掴むと、「ガシャシャン」と墜落防止柵が大きな音を立てた。
セーラー服姿の彼女が振り向く。
素朴だが魅力的な顔立ちをしている。良い所のお嬢様といった雰囲気から、何故今にも飛び降りそうな場所に立っているのか理解が出来ない。
彼女は、倉門を一瞥すると、何事もなかったかのように月を見上げてぶつぶつと何かを唱え始めた。
(え、厨二病?イヤイヤちょっと待てそれにしたってフェンスの外にいる意味がわからん!何してんだあの娘!)
「おいっ、おいっ、そんな所にいたら危ないぞ、こっち戻ってこい!」
セーラー服姿の彼女が面倒臭そうに振り向く。
「何の用ですか。今忙しいんですが」
「忙しいって、おっこっちまうぞ?危ないから、な?こっちこい」
「屋上で千鳥足でお酒をかっくらう変質者に用はありません」
「変質者でもなんでも良いが厨二病もいい加減にしろ落っこちたら死んじまうぞ!」
セーラー服姿の彼女がは、最早倉門の姿を意識の外に締め出したのか、再びぶつぶつと何かを唱え始めた。
倉門の顔からサーっと血の気が引いていく。
(なんとかしないと・・・)
携帯電話を出そうとズボンのポケットをまさぐる、が、小銭入れしか入っていなかった。
(ケータイ忘れてきたー!)
意を決して酒瓶を地面に置いて墜落防止柵をよじ登っていく。
強くはないが、横殴りの風が墜落防止柵を揺さぶり、思わず地上に視線を落とすと、数十メートル下の駐車場が目に入りヒヤッとする。
(うわぁうわぁ落ちたら絶対死ぬ!どうやってあっちに降りたんだよあの娘!)
ようやく墜落防止柵を乗り越えて彼女の隣に行くと、セーラー服姿の彼女はやっと来たのと言いたげな視線を向けて来た。
「私に興味があるの?それともアレフガルドかしら」
「厨二病もいい加減にしろよ、目の前で落っこちられたらたまらねえよ!」
「見て、月が欠けて行く」
「話聞けよ!」
「こんなつまらない世界に、貴方は満足しているの?」
「絶望してんのか!?お前は絶望してんのか!?だったら何だがな、俺はつい数時間前にキャバ嬢に壮絶に振られた所だ!お前みたいなキモオタと本気で付き合うわけないじゃんバカなの死ねば?ってな!絶望的だろ、超絶望的だろ。だが、明日も生きてかなきゃいけねーんだよだから気晴らしに酒飲んでんだよ!」
「そう、やっぱり貴方も絶望しているのね」
「そこまで人生やめてねーよ!そうだ、酒のもう、酒!ほら、あそこに俺の酒がある。一緒に飲もう。飲んで笑って明日を迎えよう!」
「そうね。貴方には資格があるわ。一緒に行きましょう」
彼女はそう言うと眼下の駐車場を指差した。
「ほら見える?」
「・・・え、何が?」
「旅の扉よ」
「ねーよいい加減にしろよ!」
「貴方・・・」
と、彼女が倉門の頰に両手を添えてくる。
「よく見るとそれなりにいい男ね」
「それ褒めてねーからな!?」
「見て、月が欠けて行く。今日はいい皆既月食だわ」
「あ、ああ、そうなの?」
周囲が急激に暗くさを増す。
星の明かりはあるはずなのに、どんどん暗くなって行き、そして彼女が呟いた。
「時は満ちたわ」
「そ、そうか。じゃあフェンスの向こうに帰ろう?」
「いいえ。旅の扉を潜るのよ。私と一緒にね」
「いや、ねーからな?」
彼女は倉門の声を無視して彼の首筋に両手を絡ませて体重をかけて来た。
彼に対してではなく、「外に向かって」
「は?」
落下。
あとはひたすらに落下。
墜落するって、なんて実感がないんだろう。
恐怖はない。あるのはただ驚き。
何で自分は落ちているんだろう。
そんな彼の耳元に、彼女の声が響いた。
「向こうで、私達は愛し合うんだわ」
「・・・いや何いってんだよ。そんなわけねーだろ」
倉門が突っ込みを入れると、唐突に胸に衝撃が走った。
彼女が両手で突き放したのだ。
あ、どっちにしても終わったな。
彼女の落ちる地面を見ると、光り輝く渦がたゆたっているのが見えた。
自分の落ちる先に視線を移すと、別の光り輝く渦がたゆたっていた。
数秒後、彼らの体は地面に叩きつけられて光り輝く渦はかつて彼らだった物を抱くようにたゆたい、やがて薄れて消えていった。
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