ラインハルトを守ります!チート共には負けません!!
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第九十七話 傀儡皇女を即位させます。
帝国暦487年12月3日――。
十二月にしては雨の強い日だった。その降りしきる雨の中、ひっそりと帝都を見下ろす丘に少数の人間が集まっていた。
花を手向けるためにである。
ジェニファー・フォン・ティルレイル 帝国軍上級大将 帝国歴465年―487年
ただそれだけの文字がすべすべした大理石の墓に刻まれていた。特進後の階級がついている他は、名前と年号だけのそっけないものであるが、その下には「己を奢らずして知勇兼備なり。」という銘が刻まれていた。特にラインハルトが彼女の為に立てた墓である。花を置こうとしたフィオーナはふと、すでに花束が備えられているのを見届けた。まだ新しいらしく汚れていない。
「ラインハルトが来たのだわ。」
傍らに立っていたイルーナがつぶやいた。たとえ今朝が即位式などでどれだけ忙しかろうと、部下の事を思いやる気持ちにはいささかも変化がないのだ。それを改めて知り、イルーナは胸がいっぱいになるのを感じていた。
そっとフィオーナが花束を墓石の前に備えた。カサリという紙音が雨の中にかすかに聞こえた。
「・・・・・・・・。」
転生者、そして参列した提督たちは無言で祈りをささげていた。後日正式に慰霊祭などがあるので、そちらに参列すればよいのだが、何名かの転生者以外の提督はここに来ていたのである。
フィオーナにすればジェニファーはイルーナの同期というだけの存在ではなかった。ほんの短期間ではあったけれど、イルーナに代わってジェニファーに指導を受けた時期があり、いわばもう一人の教官というべき存在だった。
「あの人は、君の教官と同い年だったのだね。」
帰り際ミュラーが妻の手を握りながら言った。ついでながらフィオーナとミュラーは帝都に帰還した際に婚姻届出を提出している。もっともこのような時であったから披露宴の予定は当面なかった。少なくとも当人たちはそのつもりであった。フィオーナがイルーナの事を教官教官と呼んでいるので、ミュラーら諸提督も二人の師弟関係を知悉している。
「・・・・・・・。」
フィオーナが黙ってうなずいた。傘を持つ手が白く儚げだった。
「スレイプニルでジェニファー教官・・・ティルレイル中将、違う、上級大将が特攻した時、最後に聞こえた気がしたの。」
フィオーナが不意にぽつりと言った。
「『あの人を頼むわね。』って。」
あの人とはローエングラム元帥に他ならないのであるが、本来であれば中将が呼んでいい呼称ではない。にもかかわらず、その言い草はいかにもジェニファーらしいものだと誰しもが思っていた。戦場で目立つ功績はなかったものの、どんな難局にも屈せず凛として佇むその姿は誰の眼にも焼き付いていたからだ。
「けれど・・・けれど・・・・。」
不意に隣の妻の声が湿っていた。ミュラーが肩を抱くとそれが引き金になったように彼女は頬を湿らせた。
「『頼むわね。』って言われても・・・・私、どうしていいかわからない・・・・。」
「フィオ、こんな時にこんなところで――!」
ティアナが駆け寄ってくるのをミュラーは無言で制した。それが妙に抗しがたく、ティアナは足を止めてしまった。彼は他の提督たちにうなずくと、提督たちはそっとその場を離れていく。後には二人だけが残った。イルーナでさえも例外でなかった。むしろ彼女はミュラーに任せようとしているようだった。少なくともティアナにはそう見えたのだ。
「君は今までと何も変わる必要はないよ。少なくとも、必要以上の重荷を背負う必要はない。何故なら君の中には十分すぎるほどティルレイル上級大将閣下の想いが入っているのだから。」
「でも・・・・。」
「あの人が君にそう言ったのは君に重荷を与えたかったからじゃないと思うよ。そうだとしたらあの人はむしろ悲しく思っただろう。自分のせいで君につらい思いをさせることを。」
「・・・・・・。」
「君は誓ったんだろう?あの方を、ローエングラム元帥を守り抜くと。」
フィオーナはミュラーを愕然と見つめていた。
「どうしてそれを・・・・。」
「イゼルローン回廊を出立する前に、あの人が話をしてくれたんだよ。僕たちの結婚の事を聞いて、一言だけ話をしたいと。」
ミュラーはその時の光景を思い返していた。ジェニファー・フォン・ティルレイルが語ったことはにわかには信じがたい事だったが、これまでの数々の事を思い返したミュラーは最後には納得せざるを得なかった。
『夫婦の間には隠し事はできないでしょう?特にそれが人生を左右するほどの秘密であればなおさらです。だからこそミュラー中将、あなたには彼女を支えていく夫としてこの秘密を知る権利、そして義務があると判断しました。』
驚きが冷めやらぬミュラーに、ジェニファーはそう言ったのである。
『あの子は優しい子です。ですが必要以上に抱え込む性質があります。私はそれを前世からずっと見てきていた。だからこそあなたにお願いするのです。もしこの先あの子が悩み、そして苦しんでいたならば、解決しなくてもいい、一緒にそれを分かち合ってください。私自身このようなことを言う資格も権利もありはしないとあなたは思うかもしれないけれど、一言言っておきたかったのです。どうか・・・・。』
ジェニファーは一礼した。
『あの子の事、よろしくお願いします。』
だからこそ、とミュラーは思う。この人の事をずっとそばで支えていくのだと。
この日――。
ペグニッツ子爵の娘である幼女カザリン・ケートヘンがフリードリヒ4世の後を継いで、女帝として即位した。
「傀儡皇女即位について、あなたも色々と思うところはあるかもしれない。そしてそれは私たちも同じ。でも、これは避けては通れない選択肢よ。何故ならあなたがいきなり皇帝になろうとしても誰もついてこないから。」
即位に先立ってイルーナがラインハルトに言った。歯に衣着せぬ物言いだったが、彼はその意を汲み取ってうなずいて見せたのである。そしてこの「姉」が傀儡皇女で有ろうともその末路についてもきちんと配慮する意識を持っていることを彼は知っていた。
だが、肝心の輔弼する人間が不在だった。ミュッケンベルガー元帥は重傷、リヒテンラーデ侯爵は意識不明の重体であり、政務及び軍事を皇帝に代わって代行する人間が不在であった。
乱の首魁であったブラウンシュヴァイク公爵以下貴族連合は逃亡を図り、その半ばは捕えられたものの半ばはブラウンシュヴァイク星系に逃げ込んだのである。その中にはシュタインホフ元帥、エーレンベルク元帥ら軍の上層部、さらにブランデンブルク選定侯、ホルヴェルク宮内尚書、クナイゼナウ典礼尚書、アーヴェン内務省書等と言った政治の枢要にいた人物が多数含まれていた。これらが軒並み宮中を去ったため、帝都オーディンがむしろがら空きの様相を呈していた。残ったのは中級、下級官吏、そしてローエングラム陣営に所属した一握りの貴族たちだけである。
そんな中でラインハルト・フォン・ローエングラムの存在は一等身どころか遥か天空にまでその存在が抜きんでていたことは言うまでもなく、彼は一挙に公爵になり、イルーナ、アレーナ、オーベルシュタインらの宮廷工作により国務尚書代行及び主席元帥帝国軍最高司令官として政治軍事両面で幼帝を補佐することとなった。
同時に彼の麾下に所属していた主な将星の地位待遇は以下の通りに代わった。●は転生者を示し、【】内は役職を示す。
●イルーナ・フォン・ヴァンクラフト元帥 【軍務尚書】
オスカー・フォン・ロイエンタール上級大将 【統帥本部総長】
●フィオーナ・フォン・エリーセル上級大将 【宇宙艦隊司令長官】
ヴォルグガング・ミッターマイヤー上級大将 【宇宙艦隊副司令長官(イゼルローン方面軍)】
●ティアナ・フォン・ローメルド上級大将 【宇宙艦隊副司令長官(フェザーン方面軍)】
ジークフリード・キルヒアイス大将 【ローエングラム総司令部参謀総長】
ナイトハルト・ミュラー大将 【軍務省次長】
コルネリアス・ルッツ大将 【イゼルローン要塞司令官】
エルネスト・メックリンガー大将 【統帥本部次長】
エルンスト・フォン・アイゼナッハ大将 【補給部総司令官】
カール・グスタフ・ケンプ大将 【航空航宙部隊総司令官】
アウグスト・ザムエル・ワーレン大将 【ガイエスブルグ要塞司令官】
フリッツ・ヨーゼフ・ビッテンフェルト大将 【陸戦部隊総司令】
ウルリッヒ・ケスラー大将 【科学技術総監】
ヘルムート・レンネンカンプ大将 【帝都憲兵隊総監】
●バーバラ・フォン・パディントン大将 【帝都防衛司令官兼帝都陸軍司令】
ルグニカ・ウェーゼル中将 【ローエングラム艦隊前衛司令】
●レイン・フェリル中将 【ローエングラム総司令部参謀副長】
●ヴァリエ・ル・シャリエ・フォン・エルマーシュ中将【帝都憲兵隊副総監】
●アリシア・フォン・ファーレンハイト准将 【ローエングラム主席元帥親衛隊隊長】
ギュンター・キスリング大佐 【同副隊長】
サビーネ・フォン・リッテンハイム大尉 【エリーセル副官】
エステル・フォン・グリンメルスハウゼン中佐【エリーセル主席副官】
これらはローエングラム陣営のほんの一部の人間である。
フィオーナが宇宙艦隊司令長官になったと言っても、それは一時的な物であり、すぐにミッターマイヤーに引き継ぐことを予定していた。また、アレーナは国務尚書代行として宮廷でのラインハルトの政務を輔弼する任務に就き、ヴァリエ・ル・シャリエ・フォン・エルマーシュは中将待遇として憲兵副総監兼情報部統括として帝都における情報網を総覧することとなった。ケスラーと共にいわゆる影の憲兵隊を指揮することとなったのである。
アンネローゼ・フォン・グリューネワルト伯爵夫人はラインハルトが引き取り、彼の館で暮らすこととなったが、そのそばには常にキルヒアイスがいることとなった。また、ヒルデガルド・フォン・マリーンドルフはラインハルトの主席秘書官として軍務政務両方での彼の補佐役となって充実した日々を過ごしていた。一時ラインハルトの叱責を受けたものの「友達」のフィオーナらの尽力もあって彼女はラインハルトの側で懸命に働いていたのである。
また、忘れてはならない人物として、ウィリバルト・ヨアヒム・フォン・メルカッツ上級大将がいる。彼は負傷が癒えてからも中央から遠ざかって静養の日々を送っていたが、ラインハルトの幾度にもわたる訪問を受け、宇宙艦隊総参謀長兼副司令長官補佐役として非常勤の身でありながら若き提督たちにアドヴァイスをすることとなった。この古参の提督に対してはローエングラム元帥府の誰もが敬意を払ったのだった。
ラインハルトは貴族財産を没収し、数百兆マルクに及ぶ財産を一気に国庫に入れたが、それを公共福祉、公共事業、そして教育の育成と惑星間のインフラ整備、開発に当てることとした。それに伴う各種の事業着手、資金、予算繰り、それに伴う膨大な決済はラインハルトのもとに回ることとなる。各省庁とも目の回る忙しさであったが、その忙しさは新たな風を吹き込んでおり、各官僚ともに目の色が変わったと揶揄されるほどだった。それまで賄賂が横行していた売官制度を廃止し、登用試験と昇進によってすべての官を管理する制度ができた。(一部宮廷の官職を除いてであるが。)
さらに基幹産業を除く国営企業を解体あるいは民間に売却する意向を決定し、経済の自由化を図ろうとする。急速な自由化は弊害を伴うことをラインハルト、そしてローエングラム陣営の転生者たちはよく知っていたのである。
「まずは衣食住制度を整えることが先決で有り、しかる後に教育を施すことだ。帝国はあまりにも民衆をないがしろにしすぎた。」
ラインハルトはヒルダに政務の傍らの小休止の際にそう言ったものである。
そして、目下ラインハルトの関心はそれにとどまらず、多忙な中にあってブラウンシュヴァイク公とその一党を殲滅すべく、また、対自由惑星同盟における情報収集に余念がなかった。
対ブラウンシュヴァイク陣営策として、まずは彼らを正式に「賊軍」として認定し、フィオーナ・フォン・エリーセル上級大将を宇宙艦隊司令長官として反乱軍討伐に向けさせることとなった。ラインハルト自身赴きたかったのだが、政務がそうはさせなかったし、もはや政治軍事の枢要にいる以上彼自身が動くことは帝国軍の鼎の軽重を問われることになるとイルーナ、そしてヒルダたちに諭されたためである。
敵はブラウンシュヴァイク星系に集結しつつある。総計で約8万余隻になるという。そしてラインハルトの戦略により立てこもるべき要塞は軒並みローエングラム陣営が奪取あるいはシステムロックにより使用不能にしており、敵がそちらに赴く可能性は低くなった。仮に敵がそちらに赴こうとすれば各所に配置してある偵察艦隊からすぐに報告が来ることとなっている。
対ブラウンシュヴァイク遠征軍の総数は10万余隻である。フィオーナの下にはティアナ、キルヒアイス、そしてビッテンフェルトが付く。また、補給艦隊の護衛艦隊としてアイゼナッハが参加することとなるほかに、一人の特筆すべき人物が加わることとなった。
バイエルン候エーバルトである。
この人物についてはジェニファーを殺した本人であるため、ローエングラム陣営、特に転生者たちは複雑な感情を抱いていた。まったく平静でいられるわけはないのである。だが、バイエルン候エーバルトもまた近親者を多く戦死させており、それを一言も言わなかったことを知るや否やローエングラム陣営側の気持ちは氷解した。もっとも感情としてはなおわだかまりがあるが、それを敢えて口に出そうとするほどの者はローエングラム陣営にはいなかった。少なくとも今回彼に同行する人間の中には、であるが。
彼の処遇についてラインハルトの決断は素早かった。中将として麾下の提督の列に加えたのである。
* * * * *
対ブラウンシュヴァイク遠征軍の派遣に当たっては先にローエングラム元帥府で会議が行われている。
「ブラウンシュヴァイクを野放しにすれば、星系を侵食し、我が帝国に混乱をもたらすのは必定である。これを討伐することは内乱の早期終結、そして国力回復に資することとなるであろう。」
討伐軍派遣に反対する者はいなかったが、財政面で多少意見が割れた。カール・ブラッケが財政面で苦言を呈したことをラインハルトは知っている。ここ数か月の間に10万余隻の大艦隊の連続出動は帝国経済に少なからぬ打撃を与えている。だが、彼としては戦いが長引けば長引くほど経済面により深刻なダメージがあることを知悉していた。
「そのブラウンシュヴァイクに関して、一つ気になる情報があります。」
情報部を統括しているミュラーが報告した。
「ベルンシュタイン中将が局長を務めておりました憲兵局において、彼のPCを把握いたしましたところ、このようなものが見受けられました。」
ミュラーが差し出したものを見たローエングラム陣営の面々の顔色が変わった。
「地球教!?」
「地球教がブラウンシュヴァイク公と!?」
「いや、これはベルンシュタインめと地球教との記録で有ろうが――。」
「だが、ベルンシュタインはブラウンシュヴァイク陣営に属する人間だ。その者が地球教と通じていた以上、ブラウンシュヴァイクもあるいは――。」
ローエングラム陣営の提督たちはざわめいていた。地球教の恐ろしさについては、既にイルーナがラインハルトに、そしてそのラインハルトを通じて提督たちに話をしてある。
(ベルンシュタインめ・・・・。)
ラインハルトは唇をかんだ。実はこれ以外にもベルンシュタインのPC及びその周辺書類を捜索したところ、エーレンベルク元帥の手元にあったある書類の原本が出てきたのである。正確にはねつ造の原稿であった。
アンネローゼ・フォン・グリューネワルトは後宮に上がる前に既にほかの人間の手がついていた、処女ではなかったというのである。それを目にしたラインハルトの激怒ぶりはイルーナでさえもたじろぐほどだった。彼は硬く秘していたが、彼奴を捕まえ次第極刑に処することを誓っていたのである。そしてそれは討伐に赴くキルヒアイスも同じ思いだった。
「太陽系に派遣したゼークト艦隊はどうなったか?」
動揺を押し殺しながらラインハルトは報告を求めた。
「ゼークト提督は重傷を負いましたが、一命はとりとめました。制圧完了の報告が宇宙艦隊司令長官、統帥本部に届いております。地球制圧作戦は終了したようです。」
主席副官のディッケル准将が報告するが、そのニュアンスに混ざる微妙な色の違いをラインハルトは目ざとくとらえていた。
「では、なぜゼークト艦隊は帰還しないのか?そもそもゼークト艦隊は今どこにいるのか?」
「それが・・・。」
ディッケル准将は言いにくそうにしていたが、事実を伝えるに限ると思ったのだろう。
「行方不明であります。フリードリヒ4世の崩御をいずこからか知ったようなのですが・・・・。」
ディッケル准将の言葉は諸提督の作り出した囂々たる喧騒の渦の中に消えていった。1万5000余隻の大艦隊が行方不明になるなど、あり得ないことだ!艦隊運用を預かる司令部、作戦を司る統帥本部は何をしていたのか!?ミュッケンベルガー主席元帥はこれを知っていたのか?いや、そもそも先のブリュッヘル、シュターデン、エルラッハ、フォーゲル艦隊も行方をくらましている、これは何かあるに違いない!!
「ロイエンタール、卿はどう思うか?」
ラインハルトは統帥本部総長に意見を求めた。
「可能性としては四つあると思われます。」
ロイエンタールが発言をした。
「一つ目はブラウンシュヴァイク率いる賊軍に合流したか。二つ目はブラウンシュヴァイクに加担しながらもこの帝都を狙おうとどこかに潜伏しているか。三つ目は我々でもゴールデンバウム王朝でも賊軍にでもなく、どこか別の勢力の下に移動したか。そして四つ目は独自に第三勢力を築き上げること、この四つのいずれかであると小官には思えますが。」
「可能性がもっともあるとすれば、一でしょうか。」
素直に考えればですが、という保留付きでフィオーナが言った。それを受けて、いや、この帝都を狙おうと陽動を展開するのではないか、いやいや、自由惑星同盟の新体制派とやらがこちらを揺さぶりにかけているのではないか、という意見も続出した。最後には諸提督たちの意見もまばらになり、皆の視線は自然とラインハルトの方を向いた。彼は一つうなずくと、
「レンネンカンプ。」
「はっ!」
「卿は憲兵隊総監として帝都の秩序維持及び情報収集に専念せよ。」
「ははっ!」
「フロイレイン・バーバラ。」
「はい!」
「帝都防衛司令官として、レンネンカンプと協力し、帝都の防備を固めよ。こと衛星軌道上の宙域についても警戒を厳にし、常に監視の目を怠らせるな。」
「了解です!」
「なお、帝都にはロイエンタール、メックリンガー、アイゼナッハ、ミュラー、ケスラー、フロイレイン・イルーナを残す。ルッツ、ワーレンは各々イゼルローン要塞、ガイエスブルグ要塞を守備し、ミッターマイヤー、ケンプはフェザーン方面の警戒に当たれ。」
また、先のイゼルローン要塞攻防戦において捕虜となった自由惑星同盟の将兵と帝国側将兵の交換については、先送りとなった。これはシャロンの「魔力」によって人形同然となった工作員の潜入を防ぐ目的である。その結果、シェーンコップはじめローゼンリッターの面々の自由惑星同盟への帰還も先送りとなったのであった。
* * * * *
「卿はどう思うか?」
ラインハルトが会議席場において発した言葉をミッターマイヤーは僚友にぶつけたのは、会議が終了して後の自身の私邸でのことだった。ロイエンタールを自身の邸に誘ってワインを傾けながら尋ねたのである。ほどなくして彼自身はフェザーン方面に出向かなくてはならないため、こうして二人で過ごすこともしばらくなくなるであろう。
「ブラウンシュヴァイクの動向か?」
ヘテロクロミアの青年提督はワイングラスを揺らしながらその血のように赤い液体を眺めている。
「そうだ、何もブラウンシュヴァイクを脅威と思っているわけではない。だが、フォーゲル、エルラッハ、シュターデンと言った能力的にはさほど脅威とみなされない手合いの行方が分からぬうえ、ゼークトまでもが消息不明とあっては気にならないという方がどうかしているではないか?むろん、ブリュッヘルの動向も気になるところではあるが。」
「うむ、仮に卿がブラウンシュヴァイク陣営に属し、全軍を動かしえる立場にいるとする。卿はどう挑む?」
「嫌な質問をするな。」
ミッターマイヤーは苦笑してワインを飲み干し、親友のグラスと自分のグラスに注いだ。
「一つ手があるとすれば、戦力をうまく分散させ、各個撃破をもくろむことだろう。大艦隊同士の決戦は一見すると勝ち目はありそうな風に見えるが、実際のところ烏合の衆の貴族連合と正規艦隊とでは練度に差がありすぎる。ならば一個艦隊の精鋭を選出し、同時に陽動部隊をもって各方面に戦力を散らす。後は手近な敵を逐次各個撃破していけば――。」
ミッターマイヤーの手が止まった。
「まさか――。」
「そうだ、卿の考えているように、敵もその手を思いつかなかったとは考えにくい。ましてブラウンシュヴァイク陣営にはフロイレイン・フィオーナらが警告しているベルンシュタインが所属している。可能性はあるとみていいだろう。」
ロイエンタールはワインを飲み干し、今度は自分で自分のグラスとミッターマイヤーのグラスに注ぐ。黒ビールの時でないにしても二人の酒量はこの程度の物で乱れるものではない。
「そのフロイレイン・フィオーナだが、いよいよミュラーと結婚をするらしいな。」
ミッターマイヤーの言葉にロイエンタールはかすかに眉を上げた。
「そうか。」
「何も卿をけしかけているわけではないぞ。フロイレイン・ティアナとは相変わらずの付き合いなのだろう?」
「俺は奴に対してどうこう思うところはない。奴の方が俺に付きまとっているのだ。まるで死神のようにな。」
「誰が死神ですって?!」
元気な声が戸口でした。二人が振り返ると、困ったような笑みを浮かべているエヴァンゼリンとその傍らに立つティアナの姿が見えた。
「あなた、ヴォルフ。フロイレイン・ティアナがお見えですわ。」
「何の用だ?」
いささかも動揺を見せずにロイエンタールが平然とワイングラスを傾ける。
「ここにいると聞いてやってきたのよ。フィオの結婚式、あなたたちも招待されているのでしょう?」
「結婚式か、片やブラウンシュヴァイクが蠢動しているというのにのんびりとしたものだな。」
「はいはい、そうでしょうとも。」
ロイエンタールの皮肉にすっかり慣れっこになっているティアナは軽く受け流した。
「こんな時だからよ。平和な時代の到来を待っていたならば、いつまでたっても結婚なんてできやしないわよ。まぁ・・・いつまでたっても、は言い過ぎたわね。」
二人の微妙な表情を見たティアナは語尾を訂正した。
「ま、とにかく二人とも出席してくれるでしょ?ブラウンシュヴァイクの陽動なんて結婚式が終わるまでは放っておきなさいよ。」
何気ない一言だったが、二人は軽く顔色を変えていた。
「お前も知っていたのか?」
「何が?」
「あなたは今『陽動』だと言ったが。」
あぁ、とティアナは声を上げた。
「フォーゲル、エルラッハ、シュターデン、そしてブリュッヘルにゼークト、共通項はラインハルトを憎んでいること、そうでしょう?」
だとすればブラウンシュヴァイク側につくことは想定内のはずよ、とティアナは言葉を続ける。
「分派したように見せて実は分派していない、と私は思っているわ。」
「果たしてそうかな?」
ロイエンタールが皮肉交じりの笑みを浮かべた。
「な、何よ?何か間違ってる?」
「お前が間違っているか否かは奴らに話を聞き出せばすぐにわかる。」
ロイエンタールはワイングラスを置いた。
「だが、一つだけ補足するとするならば、我々の敵はブラウンシュヴァイクだけとは限らんのだぞ。」
ヘテロクロミアの瞳は皮肉さを消して真剣そのものの眼差しでティアナを見つめていた。
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