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武装少女マキャヴェリズム~東雲に閃く刃~

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第五話 女王蝶

「……迷った」

 月夜と友になれた次の日、紫雨は早朝から学園を彷徨っていた。 
 この学園に来た理由をすぐに果たすため、まずは学園長室を目指していた。
 しかし、この学園は未だ不慣れである紫雨。
 気づけば良く分からない場所へとやって来ていた。

「一体どこだここは……朝の散歩がてら学園長室へ行こうと思っていたのだが、これはまこと奇っ怪」

 教室、であることは分かっている。しかし何故か微妙に机が小さい。生憎と携帯電話なる物は持ち合わせていな紫雨は誰かに助けを求める事も出来ない。
 とりあえず教室を出て、再び廊下を歩く紫雨。
 ちらほらと人が行き交うようになった。だが、意外や意外。皆、幼い。
 そこでようやく紫雨は気づいた。

「ここはもしや――」
「貴方、見ない顔ですわね」

 振り向くとそこにはまるで外国の人形のような少女が立っていた。ドレスと二つに分けた縦巻の金髪がまこと美しい、そのような美少女である。

「失礼だがどちら様だろうか?」
「知りませんの!? ええ、いいでしょう教えて差し上げますですわ! アタクシこそ麗しいメアリお姉さまの妹分(ソレッラ)、天下五剣の座に最も近いといわれる五剣次席筆頭! 蝶華(ちょうか)・U・薔薇咲(ばらがさき)ですわ! 以降、お見知り置き下さいましね」
「五剣次席筆頭……」

 この学園に君臨する五人の剣客。屈指の実力者達の次席と、目の前の薔薇咲はそう名乗りあげたのだ。

「なるほど、それは失礼申し上げた。私の名は東雲紫雨だ。少々道を――」
「東雲さん、存じ上げておりますわ! 五剣の一人、輪様に楯突いた愚か者ですわね!」
「そのような謂れを受ける覚えはない。だから道を――」
「輪様に楯突くくらいです、いずれはメアリお姉さまにも無礼な態度を取る可能性は無きにしも非ず、と言ったところですわ」
「……薔薇咲殿。私は別に五剣の者達へ刃を向ける気は露ほども無いのだが」

 紫雨の発言は言葉が足りなかった。
 他の者ならばまだ良い。それで終わっていたのだから。
 しかして今紫雨が目の前にしているは、その五剣の一人、亀鶴城メアリを真剣に尊敬し、師事している者である。それだけで終わらないのが、この薔薇咲だったのだ。
 そのような者に今の言葉、火に油であった。

「貴方には少々五剣、メアリお姉さまへの尊敬の念が足りないように思えますわ!」
「待て。待ってくれ薔薇咲殿。私は別に五剣がどうとか、そのメアリお姉さまとやらがどうとかそういうことでは……」
「メアリお姉さまがその五剣の一人、なのですわー!!!」

 完全に何を言っても墓穴を掘る未来しか見えない。荒事など起こさないに越したことはないのだ。だというのに、何故このような事態になるのか、紫雨は不思議で堪らなかった。

「今分かりましたですわ! 貴方、五剣ひいては我が麗しいメアリお姉さまを小馬鹿にしていらっしゃいましね!? もー許せませんわ! いくら同性とはいえ、メアリお姉さまのことだけは見過ごせませんわ!」

 取り出したるは鞭であった。明らかな戦闘態勢。己が本能に刻まれた反射で既に手は竹刀の柄へ。
 だが、すぐに手を離した。

「何のつもりですの!? 貴方も武器を持っていることは分かっていますわ! 早くその竹刀袋に納められた竹刀を抜けばいかがですの!?」

 薔薇咲の最後通告。しかして、紫雨はその言葉に耳貸さず。
 むしろ、返す言葉は決まっていた。


「――抜かぬ」


 薔薇咲は表情が強張った。しかしそれも僅かな事。すぐに廊下へ響き渡るはかんしゃく玉のような小気味いい破裂音。先端へ行くほど細る形状なことにより、手元で発生した運動が最終的に音の壁を越えた速度で空気を打撃することで起こる現象である。
 そしてその速度は鞭の先端を刃物と昇華させることさえ必然。
 リーチもある、攻撃力もある。全てにおいて紫雨劣勢の旗模様。
 その有様を見せつけれてなお、紫雨が口にする言葉は一つ。

「当方に戦闘の意思無し。速やかにその鞭の収納を希望する」
「ならばここで土下座の一つでもなさいまし! メアリお姉さまを侮辱したのです! それくらいやって当然ですわ!」
「それは拒否する。私は薔薇咲殿とのやり取りで一切悪意ある言葉を言った覚えはない。そして、今振り返ってみても、私の言動に、薔薇咲殿がそれほどに激昂する所は無かったと考える。故に――」

 紫雨が一歩踏み出ると、薔薇咲は一歩下がってしまった。
 リーチはこちらの方が上、そして場所は室内。自分にとってこれ以上にない戦場のはずなのだ。それでも、薔薇咲は“下がらされた”。

「うー!!」

 今度は振るった。その音速の扉を叩ける鞭を。肩に走る痛み。少しだけ生地が裂けてしまったが、紫雨は眉一つ動かさない。

「どうですの!? 今ならまだ謝れば許して差し上げますわよ!」

 流石の薔薇咲も、無抵抗の相手をいたぶる気はなかったが故の譲歩。そんな事が敬愛すべき亀鶴城メアリに知られてしまえば何と言われるか分からない。
 ここで納めることにより、全てが円満に終わる。


 その意図を十二分に理解していた紫雨は、それでも首を縦に振るような人間ではなかった。


「断る。先ほども言った通りだ。薔薇咲殿は誤解をしている。故に、誤解を解くまで頭を下げる訳にはいかぬのだ」
「もう! こうなったら泣いて謝るまで許しませんわー!」

 再び振るわれる鞭。音速の刃は一目散に紫雨を切り裂くべく飛翔する。
 しかして、それが彼女に当たることは無かった。

「えっ!?」

 手元でも狂ったか。そう考え、一歩踏み出した紫雨へ再度鞭撃。今度は身体を半身に逸らすことで紫雨の眼前を横切る。
 今度こそは当てる。明確な着弾を目標に、薔薇咲は鞭を振るう。それも、緩急をつけた連撃。
 これならば、と勝利を確信する薔薇咲。


 そんな彼女の自信を覆すのは、刀を握らぬ幽鬼。


「あ、当たらない……ただの、一撃も……!?」
「東雲一刀流は風を読む」

 人の身を考慮しない訓練から培われた超感覚は微細な空気の流れから討つべき相手を索敵すること可能。それを応用する事で攻めの予備動作を感知し、音速の鞭の軌道を“読み”、避けることさえ不可能ではない。
 明確な敵意が伴えば、その精度は更に高まる。

「私はまず、話し合いをしたい。そこで決裂するというのなら私はようやく剣を抜くつもりだ」
「ならまずは、アタクシの手から鞭を離させてごらんなさいですわぁ!!!」
「了解した」

 ついに竹刀袋から抜き、構えた紫雨。
 両手で持ち、上段に構える。しかし切っ先は異様とも言える高さ。“二の太刀要らず”と謳われた彼の『示現流』を連想させる大上段である。
 自然と鞭を握る手に力が入る薔薇咲。
 あの高さから生み出される速度はいくら竹刀と言えど、当たり所が悪ければ命に関わるというのは良く理解している。
 竹刀に目がいっていた薔薇咲へ、紫雨は語り掛ける。


「薔薇咲殿。心して、全霊で打って来い。私の剣はそれを畳み返す」


 ゾッとした。背筋が凍りつくかのような気迫。戦闘中、初めて薔薇咲は“恐怖”した。ピタリと止められた竹刀。打たれる痛みを知ってもなお、微塵も臆さない紫雨から発せられる強き眼光。
 ようやく薔薇咲は“識る”。
 この目の前に立つは、自分達が尊敬し、目指す五剣達と同じ領域にいるのだと。
 だが、逃げられない。怖い、と思った。東雲紫雨から滲み出ているのが“殺気”だと、誰からも教えられずとも本能レベルで理解してしまった。

(つかまつ)りませい。さもなくば、東雲の剣から(つかまつ)るぞ」
「メアリお姉さま、アタクシに……力をッ!」

 その瞬間を傍から見ていた者がするならば、一瞬紫雨が二人いたかのように見えていただろう。
 その残像の正体は完全な“静”から一息で移り変わる“動”により生み出された目の錯覚。
 驚くべきはその初動である。必殺の鞭を繰り出すため、腕を上げた時には既に紫雨は薔薇咲を己が間合いに捉えていた。
 薔薇咲の視界に大きく映る紫雨。先ほどまで見ていた紫雨よりも遥かに大きく見えた。距離感と、そして十二分に蓄えられた殺気で練り上げた虚像。その姿、閻魔とすら見紛う形相。
 閻魔が槌を振り下ろす。

 ――死んだ、と思った。

 スローモーションのように見える紫雨の振り下ろしを、どこか他人事のようにただ見ていた薔薇咲。
 竹刀の刃部が徐々に迫る。逃げられない。頭に触れた。もう逃げられない。めり込む。諦めた。そして、己の死が確定し――――。

「…………え?」

 生きて、いた。目の前には寸でのところで止められた竹刀。

「な、ん……で、アタク、死ん……」
「東雲一刀流単式一の型――『霞雲』」

 直撃の瞬間まで明確な“殺意”を維持し、命を奪わん寸前に“止め”る。一手狂えばそのまま殺めてしまうという活人剣にして殺人刀。東雲の剣を修めようとする者が最初に学ぶ型である。
 廊下に僅かな物音。その音の正体を見やり、紫雨は留めていた竹刀をまるで鞘のようにした左手へ納め、ただの一言。

「鞭を落としたな。約束だ。話を聞いてもらおう」
「ぅ――――」

 ようやく竹刀が視界から消え去り、生を実感した薔薇咲は全身の力が抜け、そして――意識を手放す。

「中等部の者相手に、なんと大人げない事をしたのだ私は……」

 やりようはいくらでもあったはずなのに。それでも招くはこの体たらく。月夜ならばともかく。死合いの心得も無いような少女を相手に、これは些かやりすぎた。
 目を覚ましたら謝ろうと、まずはそう思った紫雨。


「ののっ!? ウーチョカちゃん!?」

 
 これまた中等部の生徒であろうか。明るい髪色の少女が倒れている薔薇咲と自分を見比べていた。
 不可抗力とはいえ、この絵面を見ればいくら抜けている者でもこう見えてしまうであろう。

「ちょ、ちょっと! これは一体どういうことなのです!?」
「……見ての通りだ。私がやった」

 もっと言い方があった。
 ここでしっかりと言葉を選んだ上で、慎重に状況を説明していればまだ穏便に済んだはずである。
 経緯を知っている者でない者が聞く紫雨の言い方ならばまるで、“一方的に薔薇咲を痛めつけた”と受け取られても、何ら文句を言う筋合いはなかった。

「どうしてウーチョカちゃんにこんな事をしたのですか!? 見ない顔のようですけど、まさか貴方が輪お姉さまに逆らった東雲紫雨さん!?」
「……どのような説明をすれば良いのか分からんな」

 今、目の前の彼女が酷い思い違いをしていることは分かる。しかして、如何な説明でこの場を収められるか、およそ人付き合いは不得手な紫雨からすれば、この状況は詰みも詰み。
 だがはっきりと分かることがある。

「輪お姉さまへの無礼だけでなくウーチョカちゃんにまで……! ここで見過ごすわけにはいかないのです! この私、百舌鳥野(もずのの)ののが手ずから成敗しますのですッ!!」


 どうやら火に燃料が注がれすぎて、大火となってしまったようだ。 
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