ソードアートオンライン~戦場で舞う道化師~
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アインクラッド編
第十話 二層の終わり
Side キリト
俺たち攻略組がボス部屋に入って一時間が経過した。
俺やエギル、《レジェンド・ブレイブス》が抑えている【ナト・ザ・カーネルトーラス】、
キバオウ、リンド率いる本隊が戦っている【バラン・ザ・ジェネラルトーラス】にベータからの変更点は見られない。
「この調子ならーーー」
「なあ、ブラッキーさんよ、ひとついいか?」
俺の後ろからバリトンの声が聞こえる。不吉な雰囲気を醸し出して。
「オレはどうも腑に落ちないんだが……」
そのままエギルは続ける。
「第一層のボスは《君主》だったよな……?」
「?なんだよ藪から棒に……!!?」
エギルが苦笑いをしながらただ見つめる先に俺は何があるか分かってしまった。
「それがどうして第二層では《将軍》に格下げされているのか?そう思っていたわけだが……」
部屋全体に響く重い音、全員が否応無く振り向かされ、部屋の中央で何が起きているのか知らされた。
「答えがお出ましだ」
石畳がせりあげられ、その頂点に現れたのはーーーーー
「《アステリオス・ザ・トーラスキング》……!!」
何よりマズイのが出現した位置、この位置は……!
「ジーザス!!!はさみ打ちだッ…!俺たちで新手の足止めを…!」
「待て、エギル!王は本隊とはまだ距離がある!優先順位を間違えるなッ!」
(今優先すべきは敵の数を減らす事!)
「まずは取り巻きだ!G・H隊総攻撃!!!防御不要ッ、回避不要ッ、攻撃あるのみッ」
ボス討伐レイドの中でもトップレベルのプレイヤー達が鬼の形相で仕掛ける、要するにーーーー
「ゴリ押し!!!!!」
俺たちの猛攻に《ナト・ザ・カーネルトーラス》はなす術もなくポリゴン片となった。
「次ッ!本隊が反応圏に入る前にーー」
俺が言い終わる前にボスが動いた。
(あのモーションから繰り出されるのは1つ……!)
「ブレスだ!!」
麻痺属性が付与されているブレスが【バラン・ザ・ジェネラルトーラス】を相手にしている本隊の背後を襲う。
そして、ことごとく身動きが取れなくなってしまうのだ。
俺は声を張り上げた。
「止まるな!H隊は麻痺者を安全圏へ!!ブレイブスはこっちだ!!俺たちで【バラン】を討つ!」
一進一退の攻防。差が生まれたのは俺たちの有限の集中力とBossの無限に動くアルゴリズムだった。
【バラン】の攻撃を防いだ直後俺たちを大きな影が覆った。
振り返った時には【キング】がブレスのモーションには入っていたのだ。
何十回もの攻防を繰り返し、ミスとも呼べぬ小さなもののしわ寄せがここに来た。
(まずい…ッ、間に合わな…)
その刹那、栗色の髪をたなびかせ部屋には入ってくるプレイヤーが一人。
流れるような動作でボスの身体を駆け上ると、正確無比の《リニアー》でボスのブレスを強制キャンセルした。
「アスナ!!!」
SideOut
攻略組の危機を救ったアスナは、たった一人でボスの前に立っていた。
睨み合いの中、先に動いたのは《アステリオス・ザ・トーラスキング》。巨大な手をアスナに向けて全力で振りかぶる。
敏捷性に長けているアスナは難なくかわすが、俊敏型のパラメータ故に一撃でも喰らうとーーー
(HPバーが半分以上吹っ飛ぶ!そうしたら即行動不能!次の攻撃は避けられない…つまり一撃でもまともにもらえば)
終わりなのだ。床を撃ち抜かんとばかりに拳の雨がアスナに降り注ぐ。
持ち前の俊敏さでかわしてはいるがそう長くは保たないだろう。
その光景に一人の声が響くまでその場の全員が視線を奪われていた。
「よそ見をするな!」
その一人とはキリトのことだ。
「来るぞ!総員防御!!」
「ぐッ、だがブラッキー殿このままでは…!!」
「今!そんなこと言っている場合か!!」
そう、この場で一番アスナの事が心配なのは誰でもなくキリトだ。
アスナの作ったこの時間を無駄になどはできない。
しかし、このままでは確実にアスナは死んでしまう。
「……!」
加勢するか、このままか、その葛藤の中ボスと戦い続けている。
キリトは刹那アスナと目が合った。
(馬鹿!!ちゃんと前向きなさいッ!!)
アスナの脳裏に浮かんだのは今までキリトに助けられてきた場面だった。
(もう助けられたりしない、見返してやるって決めたんだから!!)
【キング】の殴打をバックステップでかわし、背後に回るとアスナは足を駆け上った。
(体術スキルだってあなたと同じ三日でとった。ボスの足止めくらい私一人でーーーーー)
衝撃が体を貫きアスナの自由を奪う。
どの角度からの攻撃も見える、はずだった。
アスナは下から跳ね上げられていたのだ。
(まさか…!尻尾……!?)
無防備な体勢、しかも空中。
【キング】の振り下ろされた拳がアスナを捉えた。
数十メートル吹き飛ばされ、体力ゲージは残り数ミリ、さらにスタンまで付いている。
回避もできず絶望的な状況。
無慈悲にも【キング】はブレスのモーションに入った。
その状況をキリトは視界の端で見えたしまったのだ。
「……ッ」
体が震える、思考が止まる。
気付いた時にはもう動いていた。
(間に合うか……ッ!いや、間に合わせろ!)
キリトは全速力でアスナを射程外に出そうとした。
ブレスの発動前には間に合ったのだが、一人を連れて抜け出すのは簡単ではなかった。
バチィィィィィィッと背中にブレスが直撃し、キリトとアスナは吹き飛ぶ。
何度か地面を跳ねながら入り口近くまで飛ばされていた。
アスナはもちろんキリトもHPが危険域まで落ち、麻痺状態になっている。
ピッ、ピッと危険域を示す無機質な音が鳴り、ズシンズシンと【キング】の足音が響く。
いろんな想いの中アスナは聞いた。
「…どうしてきたの」
キリトも一言、
「わからない…」
会話はそこで終わった。
【キング】はもう一度ブレスのモーションに入っている。
「放せ!放すのだ!」
《ブレイブス》のメンバー達にガッチリ掴まれているオルランドは顔に焦りと恐れを浮かべていた。
「もう手遅れです!バカなことはやめてください!」
「馬鹿で何が悪い!戦友や姫君の盾となって斃れるのは騎士の本望…!
真の勇者であるならば!!いま征かんで何とする!!!」
悲痛な叫びがボス部屋に響く。
ボスはついにブレスを吐き出した。
その場の全員はまるでコマ撮りのように床に倒れた二人ブレスが近づいていくのを見た。
その部屋の誰もが助からないと確信した。
『その部屋』の誰もが。
刹那、大きな影がふたりの前に立ちはだかった。
バチィィィィィィィィィィィィと、ブレスが直撃した音がする。
「フンッ!」
ブレスの余韻がやむ間も無く大型の投げナイフが二本【キング】の顔に突き刺さっている。
突然現れた男から誰も目が離せなかった。
二人の避けようがない死を跳ね返し、何よりブレスを受け切って麻痺状態になっていないのである。
男はアスナキリトに向き直ると「二へッ」と薄ら笑いを見せた。
サイガである。
「悪い遅れた」
二人の口にポーションを押し込む。
「何時もならなんか言ってるけど今回は助かったよ」
「…その…ありがと…」
「…アスナに言われると…なんか変な感じだな」
「何によ!じゃあもう言わない!」
「あ〜ゴメンゴメン、いまのなし。それより回復しとけ」
サイガ達後ろでボスが再び別の攻撃モーションに入っていた。
「サイガ!後ろだ!」
焦るキリトと裏腹にサイガはのんびりしたままだった。
「…大丈夫だ。あとは、二人がうまくやる」
ガィィィィィン。
この世界ではかなり珍しい遠距離武器が綺麗にボスにあたり攻撃をキャンセルさせた。
ボスが体勢を崩した瞬間もう一つ影が現れた。その影は凄まじいスピードでボスに迫り、無数の突きを繰り広げる。
「総員!!!!いまのうちに体勢を立て直せ!!!!!!」
思わず身をかがめしまうほど大きな声がキリトとアスナの隣から発せられる。
ほとんどの者が体力を回復し終え、一度は傾いた攻略組は息を吹き返した。
《アステリオス・ザ・トーラスキング》と渡り合っていた二人はサイガ達の近くにきた。
「アスナ大丈夫だった?」
「うん、何とかね。それにしてもナギすごいのね!」
「俺がちょこっと教えたんだ。これほどとは予想外だったけど」
「ネズハのチャクラムもボスと相性バッチリだったしな」
「あ、ありがとうございます」
えっへん、胸を張るサイガ、キリトはネズハの武器をしげしげと見ている。
「それにしてもよくあのクエストをクリアできたな」
「アルゴがトレインしてきてな、それが上手く作用してクリアできたんだ。
そして、その間俺は別のクエストをクリアしてこれを手に入れた」
キリトはサイガの装備に見慣れないものがあった。
「それは…作務衣かなんかか?」
「見た目はぼろっちいが性能は高いぞ。防御力もそうだがこれの真骨頂はデバフへの耐性の高さだ」
「へ〜、ベータではなかった仕様だな」
大柄のスキンヘッドの男がサイガ達を呼んだ。
「あんた達、そろそろ加勢してくれるとありがたいんだがな」
「ああ、今行く。キリトいけるか?」
「よし、もう大丈夫だ。アスナ行くぞ」
「わかったわ」
キリトは体力が満タンになるのを見るとアスナと共に加勢に入った。
「じゃあ俺たちも行くか」
「あ、うん」
「初めてのボス戦でよくあそこまで動けたな、ナギ、才能あるぜ」
サイガは、グッとガッツポーズをとる。
「そ、そうかなぁ。取り敢えず必死にやってたら何とかなっちゃった」
「よし、残りもその才能を遺憾なく発揮してくれ、ネズハは後方支援適当によろしく」
「任せてください!」
ここからの戦いは先の苦労に疑問を持たせるほどの一方的な展開だった。
【キング】の厄介なブレスは、全てチャクラムで無効化され、その他の攻撃はタンクが抑える。
「ラスト一本だ!」
誰かが叫んだ。
あれだけ大量にあったHPも残りわずか、攻略組は総攻撃を仕掛ける。
中でも暴れまわっているのは、黒ずくめの片手剣使い、ブレス無効の大剣使い、正確無比な二人の細剣使い。
キリトとアスナは空中に飛び出すと、突進系のソードスキルを発動し更にうえへ。
一方サイガはつまらなそうな顔をしている。
(このままじゃ、またラストアタックを持ってかれる…)
何かを思いついたのか戦闘中のナギを肩に担ぎ上げ外に連れ出した。
「とりあえずここに乗れ」
いきなり外に出された驚きが、顔に残ったまま言われた通りに、サイガが指す大剣へと移動する。
そして素早く軌道を計算しサイガはナギを投げた。
更に使った大剣も後を追わせる。
「キャアアアアアアアァァァァァァ!!」
「足場は作ったから安心しろ」
キリト達の攻撃の後にナギの無数の剣筋が光る。
「そう言う問題じゃないよ!!」
なんだかんだ言いながらきっちり仕事を済ませ【キング】の首あたりに刺さった大剣の上に着地する。
ナギは、その場を軸に攻撃を回避しながら次々に刺突を浴びせる。
圧倒的な火力の前に【アステリオス・トーラス・キング】はその巨体をポリゴン片へと変えた。
「よっしゃー!!」
「勝ったぞーー!」
「犠牲者はゼロ、いけるッ!!」
攻略組の口から安堵の言葉が漏れる。そして、勝利の歓声が部屋に響く。
サイガはボスの体が無くなった為、落ちてくる三人を回収に動いた。
はじめに、アスナとキリトを空中でキャッチ。
「ふぐッ」
「キャッ!」
着地したと同時に、二人を手放す。
その後、ナギに向かう。
「イタタタ……」
「……危なかった…」
ギリギリのスライディングキャッチ、なんとか体を滑りこますことに成功した。
ナギはサイガの上に乗っかっていることに気づくと慌てて降りた。
「ごめんねサイガ君!大丈夫だった?」
「いやいや、気にすんな……ってか、投げたの俺だし」
ハッ、と思い出しサイガに詰め寄る。
「あー!!そうだった、全くなんてことするのよ!!」
「い、いやあの二人に負けたくなかったと言いますか…その…」
そういえば前にアスナにやった時も怒られたな、と思い出しながら言い訳を必死に考える。
「もうっ!!……ま、いいわ」
なぜかナギは表情を緩めた。当然サイガは許されたと思う、ナギの一言を聞くまでは
「いや〜ナギ様の寛大なる判断に「ケーキ」……え?」
ナギは、小悪魔のような笑みを浮かべる。
「アスナから聞いたのよ、サイガ君にケーキを奢ってもらったって。美味しかったって言ってたな〜」
目を合わせないようにしているサイガに寄ってきて、ナギは下から覗き込んだ。
「それで許してあげる(ニッコリ)」
「……はい」
再び超高いケーキを買うことになってしまった。
(ま、まあ無事に終わった祝いということで……)
なんとか自分に言い聞かせ自我を保つことに成功した。
しかし、これでめでたしとわならなかった。
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