武装少女マキャヴェリズム~東雲に閃く刃~
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第二話 必殺剣、仕る
「東雲、と言ったな」
「紫雨とまで名乗りを上げた」
鬼瓦の眼光が紫雨を射貫く。この学園の者達ならば、一部を除き、皆その畏れに震えあがっているところだろう。
クラスの武装女子達は内心真っ青も良い所であった。
天下五剣は名の通り、学園の最高戦力である。その実力、人格、そのどれもを兼ね備えた者にしかなれぬ誉れ高き称号。その高名持ちの中でもまとめ役と言われている鬼瓦輪に対して、ここまでの啖呵を切った。
それは最早、“女子のよしみ”という言葉だけでは片の付けられぬものであって。
「東雲。このままではそこにいる男と共に“矯正対象”になるぞ。それでも良いのか?」
「別に仔細なし」
――ニヤリとした微笑み。
鬼瓦以外の女子達が後ずさる。
笑んだのだ。既に警棒を向けられているは納村と紫雨自身だというのに。それでも笑んでみせたのだ。鬼瓦以外の実戦経験が薄い者達は皆、その紫雨の笑みに酷く揺さぶられた。
動揺しかける精神を呼吸で整え、鬼瓦は納村の方へと目をやった。
「貴様は? 歯向かう意思無き者を斬る気はない。我々と共生するか、さもなくばこの学園から去るか。さっさと選べ」
「そういう事なら答えは決まってるさ」
紫雨は納村の次の言葉に注視する。ここで折れるならばそれまで。だが、万が一。この戦力差を突きつけられてもなお、その軽薄な唇から紡がれる言葉があるのなら――その時は。
「嫌だね。俺の自由だろ? どっちも断る」
直後、紫雨は笑った。大いに笑いあげた。
ここで笑わぬ者はいるのだろうか。否、そんな者は存在しまい。はっきりと、きっぱりと納村は言ってのけたのだ。否定の言葉を明瞭に言ったのだ。
蛮勇とも言えるその言動を、何故否定出来るのだろうか。命を差し置いて重視したその心意気こそ東雲一刀流の根源に通ずる魂。なれば、その言霊を存分に生かすことこそがこの東雲紫雨の任とすら言えるだろう。
「……私の心は決まった」
納村の隣に立ち、竹刀を構える紫雨。
戦い貫く。このような理不尽に耐えるなどという道はあり得ない。戦い貫くことこそが東雲一刀流を振るう者の心意気。
「おたくもハラハラドキドキ好きだねぇ」
「この身は常に戦いに身を置いている故」
「そういう古風な所、俺は好きだぜ」
「それが東雲の心意気。恐れ入る」
「だけどまあ、俺はとりあえずお暇させてもらうぜ」
その言葉に、鬼瓦が反応する。
「いいや。この朝のホームルームまでだ。つまり、次のチャイムが鳴るその前に――貴様は鬼瓦輪が矯正してやる!」
「本当に? 次のチャイムが鳴る前に? 女に二言はないだろうね?」
「無論――」
「へぇ。じゃあさっさと……」
一瞬、廊下へ視線を向けた納村。実力者である鬼瓦ですら目を流された。そして紫雨までも。
次の瞬間、納村が“消えて”いた。気配すらも感じさせずに。見事な視線誘導であった。気配を掴んだ時にはなんと、明るい髪色のツインテール女子のスカートの下に潜り込んでいた。次の瞬きには窓際へ。
「待て貴様! どこへ行くつもりだ!?」
鬼瓦がそう問うと、納村は不敵な笑みを崩さずに返す。
「俺の自由だろ? ま、次のチャイムが鳴ったら戻ってくるさ。あ、そうそう――」
先ほど、スカートの下へ潜り込んだ女子を指さし、納村は一言。
「――紫」
「ちょ、ちょっとぉ!?」
大人しそうなイメージからかけ離れた“派手さ”に、一瞬呆気に取られる一同。
紫雨でさえ、少しばかり集中を取り戻すのに時間が掛かってしまった。
「あーばよ!」
そう言い、納村は窓から飛び降りた。着地するは今紫雨達がいる本館校舎と講堂を結ぶ渡り廊下。高さは三階相当。受け身に心得があれば大怪我をすることはない高さである。
抜け目のなさに紫雨は舌を巻く。校舎に入る前に、外から下調べをしていたからこそ出来る芸当だということは理解できていた。
「三十六計逃げるに如かず。貴方の為にあるような言葉だ」
なれば自分は他の女子、とりわけ鬼瓦を外へ出さないように殿を務める。竹刀を構え、紫雨は鬼瓦の前へと立ち塞がる。
「警告はもう済んでいるぞ東雲ッ!」
刀を上段に構える鬼瓦。丁度柄頭だけしか見えず、間合いが掴めない。
――その瞬間、紫雨に電撃走る。
刃挽きしてあるのは分かるが、それでも竹刀で防ぐという手段は既に紫雨の頭から消えていた。
同時に脳内に警報がけたたましく鳴り響く。この打ち込みだけは絶対に受けてはならないと。
「ほぅ。受けずに避けるか」
空を切る刀。この打ち込みは少々、許容範囲を逸脱している。
「竹刀ごと腕をへし折らんばかりのその鋭く重い打ち。鹿島神傳直心流が一太刀――『刃隠の剣』とお見受けする」
「然り。たった一度で良く見切ったな」
「相対すべき相手へ辿り着くために、色々と研鑽を積み重ねたので」
「それは誰だ? 五剣の誰かか?」
「否。その“先”にいる者なり」
「……まさか『女帝』?」
「それも否。私が求めるは“雷神”」
珍しく話し込んでしまった。鬼瓦と紫雨の間に割って入るは先ほどの紫女子と短髪の女子。
「行ってください! ここは私達が!」
「早く追いかけた方が良いような」
「すまない!」
納村と同様に窓から飛び降り、物凄い速度で走り去っていった。
追いかけるのは不可能。変に邪魔されて着地をしくじる可能性があるので、飛び降りるという選択肢は消えた。
しかしてそれで終了する紫雨ではない。
「あの! 東雲さん! 今、鬼瓦さんに謝ればまだ許してくれるはずですよ!」
「素直に頭を下げる者に酷い仕打ちをする鬼瓦さんじゃないような」
これは紫女子『倉崎佐々』とその友人である『右井右井』のせめてもの優しさであった。
自分達だって鬼ではない。ここで紫雨が折れてくれるのなら、出来うる限りの便宜を図るつもりである。
紫雨とてその意図は良く理解出来ていた。しかし、あの時にはもう答えは固まっているのだ。なれば、返す答えはもはや動かぬ。
「正しい道を歩いている者が頭を下げるなど、それすなわち全面降伏。そのようなもの言語道断。私は往く。行って納村に助太刀する」
「も、もう! ういちゃん! こうなったら武器を取り上げて大人しくしててもらいましょう!」
「あんまり抵抗しないでね。痛めつけたくないような」
警棒を構える倉崎と右井。他のクラスメイトは手を出さずに見守るだけ。否、二対一という圧倒的な状況なのだ。手を出す必要さえないという判断である。
紫雨はふとその状況に疑問を感じ取る。先ほどは二人以上で来たというのに、この倉崎と右井が前に出ただけで戦意が薄まったのが不可解。
――その紫雨の問いへすぐに回答が出された。
「行くよ、ういちゃん!」
「りょーかい」
上段の構えから打ち出される警棒を上部水平に構えた竹刀で防御する紫雨。
そこから一息に抜き胴を決める腹積もりであったが、真横からぬるりと仕掛けて来た右井を視界の端に捉え、それを断念。一拍距離を開けることにした。
「階段を下るがごとく流麗な連撃、見事。あのまま欲を張っていればそこのウイとやらに一本取られる所であった」
「それは素直に嬉しいような」
「ういちゃん! もう一回いきましょう! 今度はもっと速く!」
「おっけー」
前方には倉崎。横には右井。十字砲火に似たこの立ち位置はいくら紫雨とて捌き切るのは難しい。それも、呼吸がぴたりと合う二人を相手にするのならばなお至難の業。
正面を受ければ側面から取られ、側面に気を取られれば正面から打ち込まれる。一歩下がれば、倉崎と右井がそれに合わせてにじり動く。
このままじわじわと打ち込まれ続ければ消耗戦必至。
そうなる前に決める。
(必殺剣、抜き所か……)
今度は同時に仕掛けてきた倉崎と右井。下がることで倉崎の突きをやり過ごし、牽制に振るった横一閃で右井を縫いとめる。
距離を保つことは容易い。そして、そこからもう一歩を踏み出すことが出来れば。
深呼吸を一度。そして紫雨は必殺の構えを取る。
「東雲さんの構えが変わった?」
「“突き”の構えのような……」
右手で顔の高さまで上げた竹刀の切っ先を倉崎に向け、左手は刃部に添える。
今から行うは東雲一刀流が絶技の一つ。
腰を深く落とし、心を水面の如く平静にする。そこから蓄えた力を爆発させるその瞬間こそ――。
「倉崎殿、右井殿。心して、全霊で打って来い。私の剣はそれを畳み返す」
勝負所。倉崎と右井の交わしたアイコンタクトは一瞬、だが情報量は膨大。
基本は変わらず、倉崎が動き、右井が仕留める。
必殺剣と紫雨は言った。なればどちらかが受ければ、その隙は度し難いものとなる。そこを一息に撃滅する。
倉崎と右井の腹は決まった。あとは実行する時を伺うことだけ。
対する紫雨の意思も既に不退転。
その瞬間は、示し合わせた訳ではなく、自然と訪れた。
「ぃやぁぁ!!!」
倉崎が突撃した一拍後に突撃する右井。隙の無い二段構え。
だが、その隙さえこじ開けるのが東雲一刀流の務め。
放たれる絶技、その名は――。
「――東雲一刀流奥義、仕る」
風が吹いた。その風は暴風なのかもしれない、もしくはそよ風なのかもしれない。受けた者だけが知る風なのだ。
感じた手応えは確かなもので。溜めた呼気を吐いた次の瞬間には、二人は地に伏した。
「見事なり」
紫雨は瞠目し、一礼していた。どれほど拗れた関係になろうが、その相手に対する敬意だけは忘れてはならない。これ、東雲一刀流の心意気。
だが、生憎まだ二人を沈めただけ。邪魔立てする残りに眠ってもらおうと“次”へ意識を向けると、紫雨は少しばかり安堵した。
「力の差、理解して頂けたようで。なれば私はこの剣を納めよう」
戦意を喪失していた。もはや道を塞ぐ者は誰もいないのだろう。ようやく納村の助太刀に行けると、そう思っていた時に外が妙に騒がしい。
窓から様子を見ると、納村が鬼瓦輪を倒していた。刀を持っていた鬼瓦に対し、納村は徒手空拳。如何様な技を使ったのかは分からぬが、それでもあの手練れを倒したということはその技量も相当なもの。
――今日を以て、“二人”が目を付けられた。
一人は自由をこよなく愛する男子、そしてもう一人は竹刀を振るう女子。
この二人へ降りかかるは艱難辛苦。しかしてそれにただひれ伏す東雲紫雨ではない。
狼煙が上がった。理不尽に対する狼煙を上げてのけたのだ。
そんな東雲を見る眼光一つ。
「……東雲紫雨。滅びた剣術流派とされる東雲一刀流の正統後継者……」
あの返し技はまさしく絶妙の域。あれは“届きうる”のか。それだけが今の疑問。
「お嬢様に伝えておくべきかどうか……。それにもう一人、納村不道のことも」
逡巡し、しばしの様子見を選択する。緊急を要するようならば手ずから――その大前提があるからこその選択。
「様子見けってーい、ということで……」
視ていた者――藤林祥乃は溶けるように消えていた。
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