色を無くしたこの世界で
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ハジマリ編
第29話 協力要請
無機質な自動ドアの開閉音を背にサッカー棟へと足を踏み入れると、広々としたサロンがあり。そこにはすでに天馬とフェイを除いた部員全員が揃っていた。
「やっぱり、皆もう来てた」
「ここが、サッカー部……」
「あ、天馬ー!」
「遅いぞ、天馬!」
「!」
恐らく初めて見るのだろう。物珍しそうに部室内を見回すアステリの呟きに覆いかぶさるように、二つの声が響いた。
声の方に視線をやると、そこには水色のバンダナを付けた小さな少年と、ウェーブのかかった髪を携えた少年が立っていた。
「すみません、神童先輩!」
そう、天馬はウェーブの髪の少年に謝罪の言葉を返す。
端麗な顔立ちを持った彼は、ここ雷門中サッカー部の元キャプテンであり『神のタクト』の異名を持つ天才ゲームメーカー、神童拓人だ。
神童は天馬の様子に「まったく」と半分呆れ気味に唱える。
ここでは日常的な光景なのか、誰一人としてその状況を気にする者は無く。アステリだけがその光景をジッと見詰めていた。
「あんまり遅いから、今日は来ないのかと思ったよー」
「ごめん。信助」
「…………天馬。アイツは……?」
訝し気な態度でそう天馬に尋ねたのは、色白の肌に特徴的な髪型をした少年、剣城京介だった。
彼の切れ長の目が、入口付近で立ち尽くしているアステリに向けられる。怪訝な顔をする剣城に傍にいたフェイが言う。
「この子は、昨日友達になったアステリって言うんだ。サッカー、好きなんだって」
「おぉ、そうか! もしかして、サッカー部を見学しに来たのか?」
「あ、いや、そうじゃなくて……」
「天馬」
「! アステリ……」
フェイの言葉を聞き三年生の三国がハツラツとした声を上げる。慌てて否定しようとした天馬を止めると、アステリは他の部員に向け一つお辞儀をし、口を開いた。
「雷門中学サッカー部の皆さん、始めまして。アステリと言います。……突然ですが、今日は皆さんにお願いがあって来ました。難しいお話だとは思いますが、よく聞いていてください」
その言葉を皮切りに、アステリの顔から笑顔が消えた。
そして、真剣な面持で昨夜天馬とフェイに話した内容を説明してみせる。
何も知らないメンバー達にも分かりやすいように細かな部分はカットして、所々例え話等を加えながら、アステリは皆に『この世界の危機』を伝えていった。
そんなアステリの話を、部員達は困惑した顔で黙って聞くしかなかった。
「……と言う事なんです」
「い、一体どう言う事ですかぁ……? モノクロ世界だとかイレギュラーだとか……」
「僕、頭がこんがらがって来ちゃった……」
「何がなんだか、さっぱりぜよ」
速水、信助、錦の順番でそう言葉を並べる。
他の部員も、各々眉間にシワを寄せ困惑したような、怪訝そうな表情を浮かばせていた。
「すみません、いきなりこんなお話をしてしまって……。でも、今話した内容は嘘でも、冗談でもありません。この世界に今、危機が訪れようとしている……お願いです、ボクに力を貸してくださいっ」
そうアステリが頭を下げるも、やはり皆、急の事に信じられないのか……誰一人として頷く者はいない。
アステリは下げた頭をゆっくり上げると、周りの状況をぐるりと見回し「やっぱり……」と諦めたように一つ呟いた。
そんな状況に居ても立ってもいられなくなったのか、天馬は困惑している部員達に向かい声を上げる。
「皆、アステリの言葉を信じてください! 確かに混乱しちゃいますけど、このまま何もしないでいると、俺達のサッカーに対する気持ちが全部なくなっちゃうんです!」
「信じろって……んな話、急にされてもよ……」
天馬の言葉に、倉間が困った様に言葉を返す。それでも尚、言葉をかけようとした天馬に傍にいた神童が口を挟んだ。
「天馬。俺達も信じたいが、突然の事でみんな頭が追い付かないんだ。少し、理解する時間をくれないか……?」
「神童先輩……」
「……皆は、ボク達とは違って実際にモノクロ世界の奴等に会った訳じゃ無いから……仕方無いよ」
そう小さく零したフェイの言う事はもっともだった。
昨夜の自分達も、あのカオスと言う男に会ってさえいなければ全く同じ反応をしていたはずだ。
だから「時間をくれ」と言った神童や他の部員達の事を責める訳にはいかず、部屋には沈黙が残った。
「どうしたら、みんなに分かってもらえるのか」……静まり返った部屋の中で、天馬の頭は必死でその方法を模索していた。
いつもは賑やかな部室の、慣れない重苦しい空気。
そんな沈黙を打ち破ったのは……マネージャー、葵の悲鳴だった。
「きゃあ!!」
「!?」
突然の悲鳴に、その場にいた全員が声の主の方向を向く。
傍にいたマネージャー仲間の水鳥や茜、幼馴染の天馬が慌てて葵の傍へと駆け寄ると、その身が微かに震えているのに気が付いた。
「葵、どうしたの!?」
「天馬……。か……壁が…………」
「壁?」
震える声でそう唱える葵の指さす先を見る。瞬間、その場の全員の表情がゾッとした驚愕の色に染まる。
全員が見詰める先。震える葵の視線の先には――――色の抜けた黒色の壁があった。
「これって……!」
予想外の出来事に驚き戸惑う一同をよそに、アステリ、フェイ、ワンダバだけはそう声を上げた。
壁から始まり、天井や床、設置されていた観葉植物やソファ等、その場にある全て物から徐々に色が抜け落ちていく。
瞬く間に様変わりしていくその異様な光景が、つい何時間前に自分達が見た光景と酷似していて、アステリはギリと奥歯を軋ませる。
「みんな! とにかく外に逃げるぞ!!」
混乱でどよめきだしたメンバー達にサッカー部監督である円堂が声を上げた。
どう考えても異常なこの光景に、身の危険を感じたメンバー達は円堂に誘導されるがまま、サッカー棟の外へと急ぐ。
だが……。
「なんだ……これは……」
サッカー棟の外へと出たメンバー達を待っていたのは、色の抜けた、モノクロ色で統一された雷門中の校庭だった。
自分達が良く知る学校も、グラウンドも、空も、見る物全てが生気の無いモノクロ色で染め上げられている。そもそもサッカー棟から出て雷門中の校庭に直接繋がっていると言う事自体、おかしな話だ。
今まで様々な出来事に出会ってきた雷門メンバーも、世界から色が消えるだなんて摩訶不思議な体験はした事が無く、目の前に広がる異様な世界にただ唖然とした表情を浮かべる事しか出来ないでいる。
「どうなっているんだ……」
困惑した様子で呟いた神童がある事に気付いた。
今、自分達はなぜだか知らないが校舎前の校庭にいる。そのハズなのに
――どうして、誰もいないんだ……?
この時間帯はいつも、部活動に勤しむ雷門中の生徒達で賑わっている。
それ以前にこんな出来事が起こっているのに、騒ぎが起こっていない所か誰一人としてここにいないなんて……
「一体、どう言う事だ……」
「アステリ! これってまさか……」
未だ状況を飲みこめないメンバーをしり目に、天馬は状況を知り得るだろうアステリに尋ねる。
すると、アステリが青ざめた顔で目の前の……グラウンドの中心を見ている事に気が付いた。
「? アステ……」
「天馬、アレ!」
「!」
突然声を上げたフェイにつられ、天馬は二人の視線の先にあるグラウンドを見た。
色が抜け、暗い灰色に染まった芝生のグラウンドの中心。
そこに『ソイツ』はいた。
「おやおや……皆様、お揃いで……。これはお迎えにあがる手間が省けましたねぇ」
獣の耳の様にハネ上がった髪。
体に比べ巨大な頭部に比例するように見開かれた、大きな単眼。
黒一色に染め上げられたその異形の姿は、ソイツが"人間では無い何か"である事を嫌でもその場の全員の脳に焼き付けた。
「やっぱり、お前の仕業か……スキア」
再度現れた敵を前に目を鋭く光らせ、アステリはそう言葉を吐き捨てた。
怒気を含んだその言葉に、目の前の異形__スキアは目を細め、嘲るように笑って見せる。
「嫌ですよ、アステリさん。言ったではありませんか……『近々、お会いする機会がある』と……」
瞬間、スキアの背後に10人の男女が姿を現す。現れた男女は全員人間の形を成してはいるが、目や口等、顔を形成する為の部位がことごとく欠如していた。そしてリーダーのスキア同様、皆色が無い。
「前回のはただのゲーム…………試合はこれからですよ、アステリさん」
「ッ……!」
微笑みを浮かべるスキアに対し、より一層睨みを鋭くするアステリ。
その様子を隣で見ていた天馬は必然的に、先程フェイやアステリを襲った敵もこのスキアと言う男なんだと言う事に気が付く。
状況を察知するや否や、天馬は何が起きても瞬時に対応出来るよう、全身に力を込め、警戒体制をとる。
――こいつもモノクロ世界のイレギュラーなら……
――昨日のカオスみたいに、直接攻撃を仕掛けてくるかも知れない……
そう思考を巡らす天馬の脳裏には、昨夜自分とアステリが河川敷で味わった苦痛が場面として蘇っていた。
そんな天馬の心情等つゆ知らず。スキアは目線をアステリから周囲の雷門メンバーへと投げ、口を開いた。
「雷門中学サッカー部の皆様、始めまして。私の名前はスキアと申します。そこの裏切りさんからもうご説明があったと思いますが、色の無き世界【モノクロ世界】からやって参りました、イレギュラーでございます」
両手を広げ、高らかに声を上げたスキアに天馬、フェイ、アステリを除いた全員が驚いた様に目を見開いた。
「モノクロ世界だと……」
戸惑いを隠しきれず神童が呟く。
口では「信じたい」なんて事を言っていた彼だが、今日会ったばかりの少年から告げられる聞いた事も無い単語や存在に、内心は疑いの眼差しを持っていた。
それは他の部員達も同様であり、中にはアステリ自身を疑う者もいた事だろう。
だが、目の前に存在する男の存在が、今自分達の目に映る光景全てが、アステリの告げた話が真実だと嫌でも証明していた。
「お前達の目的はなんだ」
目の前の異形に向かい、比較的冷静に言葉を投げかけたのは監督の円堂だった。
彼は態度こそ冷静だったが、その言葉には自分の大切な学校をこんな風にしたスキア達に対しての怒りの感情が感じ取れた。
そんな彼の怒気を確かに感じながら、スキアはにっこりと笑顔を浮かべ言葉を返す。
「私達の目的ですか、そうですねぇ……。強いて言えば、そこの裏切りさんを連れ戻す事。それにアナタ方、雷門メンバーを潰す事……ですかね」
「なんだと……」
飄々と返された言葉に、円堂の顔つきがさらに険しくなっていく。
それと同時に傍で二人のやり取りを聞いていた雷門メンバーも、強張り、緊張した面持へと変わる。
「私達の邪魔となり得る存在は早めに潰しておく。例えそれが、どんなに小さな芽であろうと……」
「ッ……!」
「……と言う訳でして。もちろん試合……お受けしていただけますよね?」
ニヤリと不敵な笑みを浮かべ、その場の全員にそう告げるスキア。
柔らかな言い回しで放たれたその言葉には、天馬達、雷門メンバーに拒否権等存在しない事を知らしめていた。
円堂は拳を強く握ると、自身の後ろにいるメンバー達の方へと振り返る。
振り返ったその先には困惑や不安の色を隠せずにいるものの、それでも目の前の異形と戦う覚悟を決めた。真っすぐで真剣な瞳を持った少年少女達がいた。
「試合を受ける」……皆の表情から汲み取った決意に強く頷くと、円堂はスキアの方へと視線を戻し……
「……分かった。その勝負、受けて立つ」
真っすぐ、言葉を返した。
「それでは、準備と行きましょうか」
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