純血
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第三章
考えている顔でだ。彼は正面を向いたまま僕にこう答えてくれた。
「いいよ」
「行っていいんだね、君の村に」
「うん。ただね」
「ただ?」
「君なら大丈夫だけれど」
僕を信頼してくれている。そのうえでの言葉だった。
「誰にも言わないでね」
「村の場所を?」
「いや、それはもう地図にあるから」
それはもういいというのだ。
「そういうことじゃなくてね」
「あれっ、違うんだ」
「うん。そういうことじゃなくてね」
ではどういうことかをだ。彼は僕に言ってきた。
「僕の村で見たこと、いや気付いたらね」
「気付く?」
「そう。そのことは誰にも言わないで欲しいんだ」
「ええと。それは一体」
「来ればわかると思うよ」
彼の村、そこにだというのだ。
「けれど気付いてもね」
「言わないで欲しいんだね」
「そう。そうしてくれると有り難いんだ」
「わかったよ。僕が村で見たことをだね」
「そして気付いたことをね」
そういったものを。全てだというのだ。
「言わないで欲しいんだ」
「うん、約束するよ」
彼の言葉に何か底知れぬ違和感、無気味ですらあるそれを感じながらもだった。僕は彼の言葉に頷いた。約束したからにはそれは破る訳にはいかない。
僕はそのことを誓ってそのうえで夏休みに舞鶴の近くにあるという彼の村に行くことになった。まずは夏休みになり祇園祭りの修羅場を乗り切った。
それから家族に行って京都の暑い夏を避ける為にもまずは舞鶴に出た。けれどこの軍港はすぐに後にしてそれからだった。
彼に教えてもらった通り同じ京都府にあるとは思えない苦労をして何とか彼の村に辿り着いた。一体山をどれだけ越えたのかわからない。
歩いてバス、何とワンマンバスではなかった。何十年使っているかわからないバスを使って。
そのうえで彼の村に辿り着いた。そこは山の間にある小さな村だった。
その村の入り口に来るとだ。彼が迎えてくれた。
「待ってたよ」
「うん、話には聞いたけれど」
「ここまで来るのは大変だったね」
「ちょっと、って言えば嘘になるね」
ちょっとどころではなかった。本当に。
「平家の隠れ里だっただけはあるね」
「そうだね。けれどこの村は高校までちゃんとあるよ」
「ふうん、そうなんだ」
入り口からざっと見たところ校舎らしきものが遠くに一つ見える。あまり大きくはない。
「あれかな」
「うん。幼稚園からね」
「全部一緒なんだ」
「そうなんだ。村人の数は少ないけれど」
この村から外に行くことは難しい。過疎地の話そのままだった。
「他に場所がなくてね」
「それでなんだね」
「そうなんだ。じゃあまずはね」
「まずは?」
「宿代わりにしていいから。僕の家に来てくれるかな」
彼は微笑んで僕にこう言ってきた。
「そうしてくれるかな」
「うん、実はこの村で宿屋に入ろうと思ってたけれど」
「この村にはないよ」
彼は僕にだ。このことも言ってくれた。
「そうしたものはないんだ」
「そうなんだ」
「お店はあるにはあるけれどね」
だがそれでもだと。彼の言葉はその後の言葉が明らかになっているものだった。
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