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首に噛まれ

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第四章

「その首に噛まれたらしいぞ」
「首にか」
「うむ、そうらしい」
 このことをだ。顔を顰めさせながら与平に話したのである。
「噂じゃがな」
「そうか。首にか」
「それでああなったらしい」
 このことをだ。与平に話した。
「もっとも噛まれただけしか聞いておらんがな、わしは」
「人に噛まれると腫れるのか」
 与平は首を捻って述べた。
「蝮でもあるまいし」
「そんなことはないと思うがな」
「そうじゃな。しかし噛まれたのは確かじゃな」
「らしいのう」
 とはいっても太平が聞いたのは噛まれたことだけだ。それで腫れたのではないかというのは彼の予想だ。それも与平に話したのである。
「まあ腫れたのはわしがそうではないかと思うだけじゃがな」
「しかし実際にああなったおるな」
「うむ」
 腫れていること自体は間違いがなかった。そのことは。
「奇怪な腫れ方じゃな」
「全くじゃな」
「あれはどうなるのじゃ」
 雪吉のその腫れを思いながらだ。太平はまた言う。
「指から腕全体に及んでおるが」
「わからぬ。しかし痛みはないようじゃが」
「痛みはないとはいってもな」
「うむ、あれはどう考えてもおかしい」
「全くじゃな」
 彼等は首を傾げさせながら話す。とにかく雪吉のその奇妙な腫れは目立った。それがだ。
 右腕だけでなく次第に身体にも及びどす黒くなっていく。そして。 
 その腫れが全身に及びだ。彼は動けなくなった。その奥からだ。
 腐りはじめていた。その腐りが出て来てだった。
 膿が出て腐った臭いすら出していた。その膿と臭いに女は逃げ出した。
 全身が腐る中でだ。彼は言うのだった。
「水、水・・・・・・」
 見舞いに来た坊主への言葉だ。
「水をくれ」
「水ですか」
「苦しいんだよ」
 腐る中でだ。喘いでいた。
「本当にな。だからな」
「お水をですか」
「喉が渇いて仕方がないんだ」
 こうも言ったのだった。
「だからくれ。水を」
「お水の他には」
「いらん、それだけでいい」
 まさにだ。水だけでだというのだ。
「もうそれだけしか受け付けないからな」
「大変ですね。では」
「わからねえ。どうしてなんだ」
 息も絶え絶えの様子でだ。雪吉は布団の中で言った。顔までどす黒くなり腐っていた。それはまるで花柳病の様であった。死に至るその病の。
「わしがどうしてそうなるんだ」
「女ではないですね」
「あいつは何もなっちゃいねえ」
 一所に住んでいてもだ。うつってもいないというのだ。
「わしだけだ。ただ首に噛まれただけだってのに」
「首ですか」
「勝手に取った首に噛まれてな。それでな」
 このことをだ。彼は坊主に話したのである。
「そこからなんだけれでどな」
「そうか」
「ああ、そうだ」
 こう言ったのである。
「そこから腐ったんだ。どういうことなんだ」
「それは罪故にですな」
「罪?」
「はい。戦であっても首は人の命です」
 坊主は落ち着いた声で雪吉に述べた。 
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