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転生・太陽の子

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閑散とした街ルーベックシティー

バシッ

少年は女性に強く頬を叩かれた。

「私が帰る前に家事は全部終わらせろって言っただろうが、このノロマ!」

女性はアルコールの臭いをさせ、足元も覚束ない様子だが、鋭い目つきで少年を睨みつけている。叩かれた少年はまだ小さく、7、8歳といったところだろう。しかし癇癪を起こすでもなく、泣くこともせず、無表情で「ごめんなさい」と一言だけ話し、洗濯物を畳んでいる。女性は少年のその態度が気に入らなかったのか、少年の髪を無造作に掴み、外に引っ張り出した。

「あんたは外で寝な! 言われたことも碌にできないで、家で寝れると思うんじゃないよ!」

そう言われ、少年は寒空の中、薄着で放り出されてしまった。しかし表情は相変わらず無表情だ。



「…!」

光太郎は飛び上がるようにして起き上がった。動悸が早く、冷や汗もかいている。

…夢、か。
やけに現実感のある夢だった。カーテン越しの窓の外はまだ薄暗い。時間を確認すると未だ日の出前だった。隣のベッドで眠るイヴはまだ夢の中のようで、すやすやと眠っている。

光太郎とイヴは現在小さな町の宿泊施設を利用している。今日中にはそれなりの大きさの街であるルーベックシティーに着くだろう。

それにしても妙な時間に目が覚めてしまったものだ。二度寝する気分でもないし、少し運動でもするかな。

光太郎は身支度し、イヴが心配しないように「その辺りを走ってくるよ」と書置きを残して静かに部屋を出た。

外の空気はひんやりとして気持ちよかった。そんな空気の中、光太郎は軽く準備運動をしてランニングを開始した。ちなみに光太郎は変身せずとも人並み外れた身体能力を身につけている。軽く走っているつもりでいたが、ついつい70キロ先の隣町まで行ってしまい、慌てて戻ってきた頃にはランニングを開始して3時間が経ってしまっていた。空は既に明るくなっている。

光太郎は特に気にしていなかったが、この記録は化け物である。片道70キロ、つまり往復で140キロメートルである。それを走り切る体力もすごいが、その距離を3時間で走り切るには常に時速40キロ後半のスピードを維持しないといけない計算になる。1秒で光太郎は12、3メートルも走ることがてきるのだ。RXのスペックなら25分程度で往復できてしまうのだが…。

その距離を走り切った光太郎も、流石に疲れていた。汗をかき、少し息を切らせている。

朝食前にシャワーでも浴びるかな。

光太郎はそう考え、部屋に入った。すると部屋の奥からイヴがすごい勢いで光太郎の体目掛けて飛び込んできた。

「うわっ!?」

いきなりの行動に状況を理解できていない光太郎。それよりも自分の汗の臭いが気になってしまう。

「イヴ、少し離れてくれないかな? 早朝ランニングしてきたから汗臭いだろう?」

「………………った」

「え?」

「おいて…いかれたとおもった…」

イヴはそう言って抱きついてきた。そんなイヴを見て、光太郎は優しく頭を撫でてやった。

「俺がイヴをひとりぼっちにさせるもんか。ほら、手を離して。俺の目を見てみなよ」

「…ん」

2人は顔を見合わせる。
イヴの目は少し赤くなっていた。置いていかれたと思い、泣いてしまっていたのだろう。

「俺はイヴを不幸にしない、絶対だ! 約束するよ!」

光太郎はそう言って右手の小指を差し出した。

「なに…?」

「これは俺の国での約束の儀式みたいなものさ。ほら、イヴも右手を出して」

イヴは光太郎に言われるまま右手を差し出す。そして絡む小指。

「俺はイヴを置いていかない。不幸にしない。嘘ついたら針千本のーます、指切った!」

そうして離れる小指。
イヴは自分の小指をじっと見つめている。そして突然ハッと顔を上げた。

「はり…そんなにたくさんのんじゃうの?」

「嘘ついたらな!」

「…おなか…こわすよ…?」

「嘘をつかないから大丈夫だ!」

光太郎は爽やかな笑顔でそう言い切る。その笑顔にイヴも安心感を得たのか、ペタリと座り込んだ。そんなイヴに光太郎は微笑ましく頭を撫でてやる。

ふふ、やっぱりイヴは普通の子どもと変わりない。
親の代わりのような俺が少しいないだけで、こんなに寂しがっている。この子は今からでも普通の子として生きていけるんだ。そう思うと、とても嬉しくなってきた。子どもの幸せを願う親はこんな気持ちなのかな。

「それにしても、書置き残しておいたけど見なかったのかい?」

「…もじ…よめない…」

「…あ」

光太郎はうっかりしていた。トルネオの元ではまともな教育はされていなかったろうし、文字が読めないことは予め予想できたはずだ。このことは完全に光太郎の落ち度だった。

「ごめんよ、イヴ。今度から文字の勉強も一緒にしようか」

「…うん!」

嬉しそうに頷くイヴ。そんなイヴを見て安心した光太郎は、改めてシャワーを浴びようと準備をする。

「ごめんな、汗臭かっただろ? すぐにさっぱりしてくるよ」

「こうたろうのあせのにおい…きらいじゃないよ?」

「俺が気にするんだよ」

光太郎は苦笑してバスルームに飛び込んだ。
部屋に1人残ったイヴは自分の服のにおいを嗅いだ。先ほど抱きついた時についた光太郎のにおいが残っている。そのにおいを嗅いで、イヴはそっと目を閉じた。

「こうたろうのにおい…すき…」







男は更なる快楽を求め、女子供を手にかける。
この強靭な力で細い手足を掴み、少し力を込めるだけで簡単に小枝のように折れる感触は味わい深かった。涙を流しながらの悲鳴を聴くと、体がゾクゾクするようにそれが快感に変わる。
今日も遊びを堪能した犯罪者、ギャンザ=レジックは盛り上がった肉体を震わせながら下卑た笑みを浮かべる。

そしておもちゃの細い首を掴み、最後に一握りする。おもちゃはもう泣くことも叫ぶこともなかった。

ルーベックシティーの人通りの少ない場所では、殺人鬼に狙われるとして勧告されていた。ギャンザは既に何人もの女子供をその手にかけている。そして未だ逮捕されていない犯人のせいで、この街の住人は昼でも家に閉じこもってしまい、街は閑散としていた。無論、この街の市長も無抵抗でいた訳でもない。警官のパトロールを強化し、市民の安全を図った。しかしそれでも被害は収まらず、警官の死傷者も出始めた。その場に立ち会った警官によると、犯人の体は銃弾を弾き、力も強いため取り押えることもできないという。

「これ以上…犠牲者は出せんな。あいつに助けを求めるか…」

市長はそう決断した。




市長がそう行動していた頃、光太郎とイヴはこの街に辿り着いていた。しかし光太郎は人通りの無さに驚いている。店も殆ど閉まっているし、街全体の活気が全く感じられなかったのだ。

「ひと…いないね」

「そうだな。何か嫌な予感がする。そこの酒場で話を聞いてみるとしよう」

運良く酒場は開かれていた。2人は酒場に入り、マスターらしきヒゲを蓄えた老齢の男と目が合った。店内には客は誰もいない。

「コーヒー1つ、オレンジジュース1つ下さい」

「わたしはこうたろうとおなじのでいい」

「コーヒーだよ? イヴに飲めるかい?」

「へいきだよ」

「う〜ん、まぁいいか。コーヒー2つ下さい」

「あいよ」

マスターは手慣れた動きでコーヒーを淹れ始めた。
光太郎とイヴはカウンター席に腰を下ろす。

「マスター、この街っていつもこんなに人が少ないんですか?」

「あんたら、旅行者かい?」

「え、ええ。そうです」

「だったら、すぐにこの街を出るこったな。命が惜しくなきゃ話は別だがよ」

マスターはそう言ってコーヒーを光太郎とイヴの前に出した。光太郎は普通にコーヒーに口をつけて飲んでいるが、イヴは一口飲んで固まってしまっている。そんなイヴを見て、マスターは何も言わずオレンジジュースを出してくれた。

マスターの言葉に光太郎の表情が真剣なものとなる。

「教えてください。この街に何があるんですか?」

「…女子供を狙う殺人鬼がいやがるんだよ。この店の常連客の娘さんも被害に遭っている。いい子だったのによ…!」

眉をひそめ歯を食い縛るマスターを見て、光太郎は思わず悲しい表情になった。

「警官が束になっても捕まえられねぇときた。俺らのような力の無い市民はただ堪えるしかねぇんだよ。だからあんたらはすぐに街を出な。この街は今は子連れで楽しめる場所じゃねえ」

マスターは深いため息をついて「今日は奢りにしておいてやる」と目を閉じた。


ここで素直に街を出る光太郎ではない。
光太郎はコーヒーを2杯飲み干し、すっと立ち上がった。

「美味しいコーヒー、ごちそうさまでした。次回はちゃんと代金を払いますよ」

「おじいさん、ごちそうさまでした」

2人はそう言って店を出て行った。




殺人鬼ギャンザ=レジックは、太陽の子を怒らせた! 
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