世界をめぐる、銀白の翼
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第五章 Over World
似て非なる物だと知るがいい
アッパーカットの要領で、蒔風の胸にキュゥべえの拳が突き刺さる。
その衝撃に蒔風が、空気と一緒に声を吐きだして倒れる。
バシャァと、背中から後ろに地面に落ちる蒔風。
呼吸が詰まったのか、胸を押さえてゴホゴホと咳をする。
「え・・・・?」
なのはが間の抜けた声を出す。
そう
たったのそれだけなのである。
殴られた蒔風は、なんの変哲もなくその痛みに胸を押さえ、目には苦しそうに涙が少し溜まる。
ペッ、と口の中に溜まった血を吐きだし、また咳をした。
その蒔風の音中をなのはがさすり、咳も次第に小さくなっていく。
四つん這いになりながらも、蒔風が胸を押さえてキュゥべえにニヤリと笑った。
「ゴホっ・・・どうしたキュゥべえ・・・・エネルギーが落ちているぞ」
「な・・・これは・・・・」
そして、なのはが改めてキュゥべえを見た。
そこには
「これはなんだ!?」
黒く蠢く、泥のようなエネルギーが、キュゥべえの右腕をザワザワと包み込み、その範囲を増やして浸食して行っていた。
疑問しか出てこないキュゥべえ。
その彼に、蒔風が答えを提示してやった。
「たとえエネルギーになったとしても、どれだけの時を経ようとも・・・・・その思いが消えることはないってことだ」
「なに!?」
「お前が手を出したものはな、インキュベーダー。そう言うものなんだよ」
パチャン、と静かに立ち上がる蒔風。
「山」の効果で多少脚も回復させてもらったなのはも、その隣に立つ。
「人の想いは消えはしない――――たとえそんな形にされたって、どれだけの時が経ったって!!彼女たちのそれを都合のいいように扱ったお前を、彼女たち自身がそれを許すはずがないだろう――――!!!」
蒔風がはは、と軽く笑い、くしゃ、と髪をかき上げながら語る。
「彼女たちの希望が、そしてその願いが、たかだかエネルギーにされて消滅するなんて、そんなことなかったんだ。彼女たちは、今だって戦っているんだ。その運命と!!自らをこんな姿にした、その元凶と!!どんなことになっても戦い続けているんだ!!」
蒔風の瞳が、まっすぐにキュゥべえを射抜く。
が、当の本人はその腕の処理に忙しいらしい。
バタバタとうろたえるそれに向け、蒔風がはっきりと言い放った。
「キュゥべえ、それが呪いだ。それが怨嗟だ。お前の知らない、感情の力だ」
「なぜ・・・だ!!」
ボトリと
キュゥべえが自らの腕を切り落とした。
黒いエネルギーはキュゥべえのその腕をボロボロと崩して、やがてちりも残さす消滅させる。
「こんな・・・こんなおぞましいモノ、どうしてそんなに誇らしげに語ることができる!?」
再生して行く腕を抑えながら、キュゥべえが叫ぶ。
そう、確かにこれは呪いだ。
決して光り輝き、先を照らすものではない。
だというのに、それを蒔風は誇らしげに言う。
それは
「それは・・・・それが彼女たちの「生きたい」と叫ぶ声だからだ」
はっきりと
どれよりも生々しく、どんなものよりもおぞましいとされるその「呪い」を見ながら、まるでそれが生きることだと語るように蒔風が語る。
「確かに彼女たちは、この先の人生のすべての幸運を使い果たすような奇跡を願ったのかもしれない。確かに、そんなことをすれば、先に待っているのは絶望だけかもしれない」
「そうだ・・・・彼女たちはそうまでして願った!!僕は叶えた!!そうなれば、あとは自業自得じゃないか!!」
蒔風の言葉に、キュゥべえが乗っかり吐露する。
なぜだと
どうしてだ、と
「その願いを叶えてやったじゃないか。リスクだって話したじゃないか!それを知ってなお、君たちは叶えたいと言ってそのリスクに手を伸ばしたんじゃなかったのか!!それでボクたちが悪いだなんて、そんなことはないだろう!?」
「ああそうだ!!それは彼女たちの因果応報だ。だがお前が犯したミスは、彼女たちのことを考えなかったことだ」
キュゥべえの言葉、蒔風の反論。
そう
生きて、周囲を呪ったのは彼女たちの心の問題だ。
生きるということは、それほどまでに苦痛に満ちた物だ。
それを、蒔風は嫌というほど見て来た。
その苦しさを、自らもその身で経験しもした。
それを踏まえて、彼は語る。
だからこそそれを越えて生きる「命」は素晴らしいモノであり
それを乗り越える「心」もまた、その命のすべてであると。
「お前はそうして絶望に堕ちていく少女たちを利用した。彼女たちは願いを叶えて希望を得た。その希望は彼女たちの物だ。そうであるならば、その先の絶望ですらも、彼女たちの物であることに変わりはない!!」
「ボクたちが叶えてやったと言うのに・・・・・」
「もしそこで貴様がそこまで言うのであればな、インキュベーダー。貴様だけその絶望を知らないのはあまりにも理に合わない」
指を指し、そして断言する。
「その希望も、絶望ですらも!!すべてその人間の命の結果だ!!それを、命の意味を知りもしない貴様が、好きにしていいはずがない!!」
「く・・・そ・・・!!」
蒔風の言葉に憤り、殴りかかってくるキュゥべえ。
ブンッブンッ、と空を切って振られる拳だが、蒔風はそれを半身を返して回避、そして
「フンッ!!」
「ごぶっ!?」
大振りに攻撃してくるキュゥべえの、拳を振り切った体勢になりむき出しの顔面を、思い切り殴りつけた。
ガクリとキュゥべえの身体が揺れ、それでも蹴りと拳を放ってくる。
それを掌で流し、拳に合わせて一歩踏み込んで、再び顔面にカウンターでパンチをぶち込んだ。
「が・・・・!?」
「なのは、交代!!」
「うん!!」
と、そこでよろけるキュゥべえに背を向け、なのはとタッチして選手を交代する。
相手が変わったことでキュゥべえは勝てると踏んだのか、重い吉振りかぶった拳を一気に突きだし、なのはに向かって飛び掛かって行った。
が
《Reflection》
レイジングハートの張ったバリアで、その表面を滑るように逸らされていってしまう。
そしてその横っ腹にくるりと回して、レイジングハートの先端が突きつけられ――――
《ディバイン》
「バスター!!」
ドンッッ!!!
超至近距離からのディバインバスターがぶち込まれた。
その砲撃は胴体ごとキュゥべえを吹き飛ばし、無様に地面を転がせる。
「な・・・んで・・・・」
「慄くことを知ったか?」
拳を握り、立ち上がろうとするキュゥべえの目の前に、蒔風が仁王立ちする。
後頭部には、レイジングハートが突きつけられている。
先ほどとは全く逆の立ち位置。
キュゥべえを見下ろし、蒔風の口が動く。
「そのエネルギーを一気に使えば、その濃くなった分の呪いがお前の体を蝕む。怖くなったのか?いまさらになって?あれだけ少女たちのすべてを利用して来たくせに、いざそれがこうして自分を脅かすと何もできないのか?身体の強化も、弱まっているぞ」
「ッ・・・・!!」
「怒り、恐怖。お前が最初に知るには、もっともふさわしい感情だな・・・・今は屈辱でも感じているのか?」
エネルギーを使う分には構わない。
だが、それを一定以上チャージすると、そのエネルギーは呪いとなってキュゥべえを蝕む。
それを知ってしまったキュゥべえは、エネルギーをフルに使いこなせなくなってきていた。
身体強化をしすぎれば全身が食われる。
腕にチャージしすぎれば、さっきのように腕を取られる。
無論、実際にはそう簡単にはならない。
さっきまではならなかったのだから、異常に溜め過ぎなければいいだけのこと。
しかし
この胸に湧き起こるモノが、そのセーブを振り切ってしまうかもしれない。
そう想定するだけで、強化も攻撃も、そのエネルギーは一歩引いてしまっているのだ。
「終わりだよ、インキュベーダー」
「ま、まだだよ・・・・キチンと扱えば、このエネルギーもコントロールできる・・・お前さえ潰せば、この胸の物も消えるんだ!!」
「これを無駄だと斬り捨てる貴様にそれは出来ないだろうな」
そう言って、ポンとキュゥべえの頭に手を乗せる蒔風。
それを腕で払うキュゥべえだが、蒔風はそのままキュゥべえの背後に歩いていく。
なのはの隣に立ち、再び語る。
「確かに、人間は感情を持つがゆえにメチャクチャなことをする。決して賢いとは言えない決断をし、無駄だとわかっていてもついそれをやってしまうこともある。だけどな、キュゥべえ」
ザッ
「だからこそ、それだけ扱いが難しいからこそ。感情を持つ生物というのは何より先に進める物なんじゃないか?」
「な・・・・に・・・・」
「確かに今はそうかもしれない。でも俺たちは、いずれこの感情もコントロールしきることができる。そうすれば、これなによりも心強いモノになるんだ」
お前たちは自分が高度で、感情は無駄だから持たないと思っているのかもしれないが、それは違う。
俺たちが感情を持っているのは、まだ生物として完成していないからじゃない。
それだけ強大なものを得てもなお、いずれそれを越えて行ける強さがあるからこそ、我々はこの力を得たんだ。
そう、そうだ。
彼等はそれを扱うだけの、理解するだけの物がなかった。
我々には、それを扱い、時に理解することができるだけの許容があった。
その違い。
どちらが優れているかなど、今更問うべきものではない。
正しいだけなら、機械が出来る。
間違わないだけなら、教科書を見ればいい。
でも、それだけで最善にはならないのが現実だ。
最も最善に至る道こそ、我々の持つそれが導き出してくれるのだ。
「インキュベーダー。心や感情がいらないという考えは間違いだ。お前たちがどれだけ高度な知性や技術を持っていても、それだけは絶対に違う。そんなものよりも、心はずっとずっと素晴らしいものだ。なぜならば――――」
息を吸い
溜め
そして、心から誇らしげに、空を仰いで断言する。
「お前らの言うとおり、心や感情は、この宇宙を救うほどの力を秘めているんだからな――――!!行くぞ!!なのは!!」
「うん!!」
「クッ・・・・!!」
バシャッ!!と、キュゥべえが水を跳ね上げ、蒔風達の視界を逸らせる。
その隙に距離を取り構えるが、なのはが構え、蒔風が走り出してきた。
それに対してキュゥべえは、まだ心の整理がついていない。
(くっ・・・身体のコンディションが定まらない・・・このままでは戦えない!!こんなもの・・・・こんな不確定なものを抱え、どうして彼等は平然と立ち向かえるんだ!!!)
キュゥべえの動きを越え、蒔風の連続攻撃がその全身を叩く。
身体を支える器官が砕け、そこを即座に再生させて立ち上がるもそこにぶち込まれるのはなのはの砲撃だ。
地面にばしゃりと倒れ込み、目を見開くとそこには拳を振り上げた蒔風が。
「打 滅 星!!」
「がっバァ・・・ッ!!!」
拳は見事に突き降ろされ、その腹のど真ん中に命中する。
口内から体液が吹き出し、それが地面の水に溶けて流れていく。
「ぐっ・・・ゴホゴホっ・・・このォッ!!」
だが、そうはいってもやはり再生能力は健在なのだ。
いくらその体を損傷させても、再生するだけのエネルギーはある。
さらに言うなら、そのエネルギーを使い切るよりも早く、蒔風たちの方が力尽きるだけの量がある。
だが、たった30分にも満たないこの攻防の中で、キュゥべえの精神は追い込まれていっていた。
戦闘面で
確かにキュゥべえは蒔風達を圧倒していた。
攻撃は回避できたし、喰らっても即時再生だ。
戦闘技能でいくら劣ろうとも、いずれこの人間をつぶすことは出来る。
こうして考えても、彼が負ける要素など何一つとしてありはしない。
肉体の痛覚は、いっそのこと無視できるから苦しいなんてこともない。
だというのに
この男は
否
この人間という生物は、一体何度立ち上がって来るというのか――――!!!
「この・・・・!!」
「落ち着けよ、インキュベーダー。お前の方が勝率は高いんだろう?」
「そ、そうだ!!お前に勝てる要素は・・・ないんだ!!なのになんで・・・・」
「そうだ。ステータスを見れば、勝てる要素はない。お前の勝ちだよインキュベーダー。だがな」
ドゴッ!!
「グァッ!!」
「お前と俺という二人の存在を見たとしたら、お前の方が負ける」
「なに・・・・」
「俺たちはな、そうして負ける奴のことを――――未熟者、って言うのさ」
キュゥべえが、その言葉に打ちひしがれた。
宇宙にまだ一歩踏み出すのが精いっぱいの
こんな宇宙の辺境の星の
意思の統一もできないこんな生物の
こんなたった一言に
なぜ何も言い返せないのだ――――!!!
「言い訳も弁解も聞こう。反論されなきゃそれが正論になる。だがその未熟な心でそれが出来るかな?言っとくが、俺はガキの戯言に付き合うほど暇じゃないんで」
「この・・・・・・・・」
蒔風の言葉にブルブルと震えて怒りを殺そうとするキュゥべえ。
だが、いまさらこの生物に、それをコントロールするだけの精神力はない。
だが
「わかったよ」
そう、短く一言だけ発した。
その声は異様に落ち着いており、不気味な響きを醸し出す・・・・・
「わかった。確かに、さすがに今のコンディションで君に勝てるとは思わないよ」
「・・・・何をする気だ」
「撤退さ。でもね、何もしないでこのまま逃げるなんて―――――そんな無駄なことはしないさ」
「なにを・・・・ぐっ!?」
「舜君!?あっ・・・くっ・・・・ぅ?」
キュゥべえの撤退宣言。
だが、最後の最後でキュゥべえは攻撃を仕掛けてきた。
その攻撃に、蒔風となのはが息が詰まったように体をこわばらせる。
「ふふふふふふ・・・・」
キュゥべえの攻撃。
それはエネルギーによるものでも、肉体的なダメージを与える物でもない。
それは、彼がもともと持つ能力の一つだ。
蒔風となのはの胸元が、薄く光っていた。
その光はだんだんと輝きをまし、その光源が外に出てこようとしているようだ。
それなりに苦しいのか、二人は身動きをとれなくなっており、その光がゆっくりと、自分の胸から出ていくをの見ていることしかできない。
「貰うよ。その魂」
「クッ・・・はっぁ!!」
「あグゥ・・・」
その光が胸から出きった瞬間、その全身の硬直も収まった。
蒔風はとっさにその光を掴むが、なのはは膝から崩れてしまい座り込む。
なのはの光は、魔力光に準じたのか桜色。
それがキュゥべえの手のひらに向かい、抓まれて実体化した。
「これは・・・・!!!」
それは、蒔風の物も同じだ。
違うのは色。
蒔風のは銀白色をしている。
それは、魔法少女の証。
魂の実体。
「ソウルジェム――――!?」
「そうさ。本来ならば少女の願いと共に生成され、その魔力のもとにするんだけど・・・魂の加工だけでも十分にできる」
キュゥべえの契約は、少女の願いを叶えてソウルジェムを作り出すことだ。
願いをかなえる理由として、その希望をもとに魔力とするためだ。
そうすることで、願い如何で強力な魔法少女になれるし、その結果強力な魔女になる。
そして、それによって大きなエネルギーを得ることができるのだ。
最も、ソウルジェムへの魂の加工はその人物の「因果」も必要だ。
それを彼らは「魔法少女の資質」と言い、これ次第では願いがどうであれ強力な魔法少女になれる。
つまり
「願いをかなえるのはエネルギーを効率よく集めるためだから、願いは叶えなくてもソウルジェム化はできるのさ」
「く・・・これじゃサギだ・・・・クーリングオフはないのか?」
「残念ながらね。それに君の魂は取り損なってしまったし」
そう言って、なのはのソウルジェムを見せつけるようにして指で上下を挟み持つキュゥべえ。
それに対し、蒔風となのはが取り返そうと動くが
「動かない方がいいよ!!今の僕は、彼女にどんなことだってできるんだ――――!!」
ソウルジェムは、その者の魂全てだ。
使いようによっては、どのような激痛をも与えることができるし、砕けばその人間は死ぬ。
「てめぇ・・・・・」
「ふふふふふふ・・・・君がその女性を見捨てられないのは知っているよ。これで君は動けないだろう?」
自らの優位性を語るキュゥべえ。
確かに、こうなっては完全に手が出せない。
「だからと言って、今これで戦っても僕は勝てないからね。これは預かっておいて、次の戦いのときに優位に使わせてもらうとするさ」
「待てよ」
「待たないさ。ああ、その間その彼女の身体は活動を止めてしまうから、それが嫌なら防腐処理でもしておくんだね」
「だから待てって」
優位であることを、大いに語り聞かせるキュゥべえを、蒔風が短く断つ。
そして、頷きながら静かに語った。
「確かに、今のお前は優位だろう。その意思一つでなのはをどうすることもできるんだからな」
「ああ、わかってるじゃないか」
「そうだな。だが、お前はそのせいで決定的な敗因を作った」
「なに?」
蒔風の言葉に、キュゥべえの声が少し上がる。
この男は、何をし出すのか全く分からない。
「翼人・・・って知ってるか?その翼には人の感情を司り、それを受けて力として戦う者だ」
「?」
「そしてさまざまな世界を越えるとされる翼人は、どの世界でも困らないように強いモノが二つある。一つは言葉だ。これでどんな席あの人ともコミュニケーションをとることができる」
「だからなんだい?」
「二つ目は、その凡庸性の高い「翼力」だ。世界には魔力だとか気力だとかのさまざまな力があるからな。それにその力を変換できるんだ」
そう言って、蒔風が開翼する。
翼の色は銀白。
それが今、輝き、煌めき、新たな力を生み出していた。
「お前はいったな?「ソウルジェムを生成する際のきっかけは因果」だと」
「・・・まさか舜君!?」
「言っただろう。お前だけ蚊帳の外は、理に合わないと」
ゴゥッ!!!
「な・・・ぐっ!?」
「見せてみろよ。お前の魂とやら!!!」
蒔風の翼が輝き、キュゥべえの身体に変化が起こる。
それを察知し、キュゥべえがなのはのソウルジェムを思い切り突き出してきた。
まるで「これがどうなってもいいのか」とでも言うかのようだ。
「これが―――」
「遅い」
斬ッ!!
バヒュンと
蒔風の抜刀が、キュゥべえの右腕を斬り飛ばした。
なのはのソウルジェムはすでに蒔風の手の中にあり、切り落とされた腕が宙を舞って地面に落ちる。
後退するキュゥべえ。
「な・・・・!?」
「翼人に人質は効かねェんだよ」
クルクルと剣を回してから、ビッ!と一振りして体液を払う。
そして鞘に納め、剣を消す。
「そも貴様の脅迫なんざ、哺乳瓶投げつける赤ん坊よりも迫力に欠けるぞ」
「グゥぅぅぅううう!?」
その一撃に、キュゥべえがついに追い込まれる。
蒔風の翼が再び輝き、キュゥべえの身体が硬直した。
輝きだすキュゥべえの胸元から、徐々にそのソウルジェムが生成されていく。
「バカな・・・・・!!!!」
「名づけるならば「因果力」というべきか。翼人として覚醒し、その理解力をもってすれば、その力を使うことは容易い」
そうして、キュゥべえのソウルジェムが生成されていく。
その光景に、キュゥべえが少しだけ意識を逸らす。
(まずい・・・このままじゃ・・・・ボクに残された一手は・・・・あれしかない―――!!!)
そして、それを行った。
「その行為」をしなければ、自分という存在は完全に抹消されてしまうからだ。
そうしているうちに、蒔風の手にキュゥべえのソウルジェムが生成された。
色は、少し淀んだ白。
「ヨーグルト」と言われて思い出す色に近いかもしれない。
「がっ・・・・」
「さて、これが最後だ。途中から倒すのは無理だと思ったが・・・・まあ、すべての敗因はお前にあったな」
「な、ぜだ!!」
上半身がだらんと下がったキュゥべえが、起き上がりながら蒔風に向かって叫ぶ。
それは、命ある物の最後の叫びと、何一つ変わらない。
「今の話なら、君も―――翼人も他人の感情を利用するんじゃないか!!ボクたちと何が違う!!その感情エネルギーを得て、自分の力のように使う。その何が違う!!君もボクたちと、所詮は同じじゃないか!!」
確かに
キュゥべえは少女たちの感情エネルギーを搾取して利用してきた。
翼人もまた、他者の感情を翼に集めることで、自分のエネルギーにすることができる。
では、その翼人が彼等を糾弾するのは間違いじゃないのか。
しかし、その反論はすぐに飛んで来た。
「違うよ」
その声は、なのはのものだった。
そう、彼女は知っている。
彼は違う。
そう言える。間違いなく、キュゥべえとは違うと。
「舜君は・・・・翼人は、あなたとは絶対に違う」
彼女は確信を持って言った。
なぜならば、彼女は今まで見てきたからだ。
一番彼を見てきたからだ。
初めて会った、十余年前。
次に会った、半年後。
その十年後に会った時も。
そして、その後に再会した時も。
その後も、どの戦いも
ずっとずっと見てきた。
世界の仕打ちに涙して
人の惨さに憤怒して
命の輝きに歓喜する
そんな彼を、誰よりも見てきた。
彼は、彼ら翼人は
「一度だって。ただの一度も!!私たちを見捨てたことはなかったもの―――――!!!!」
レイジングハートの先端に、魔力が一気に込められていく。
それに対し、蒔風の持つ彼女のソウルジェムも同じ輝きを発し始めた。
しかし、その宝石は濁ることがなく
それどころか、更に輝きを増して美しく煌いているではないか――――!!
「聞け、虚無の偶像よ」
それに対し、蒔風が語った。
静かに、そして雄大に。
一つ上位の存在として、キュゥべえを見下ろすかのように語りかける。
「人の想いを手にして扱うその愚行と、その想いを背に纏い、全身で支え抱える我ら。その二つ、似て非なるものだと知るがいい」
ポイッ、と
キュゥべえのソウルジェムを放り上げ、キュゥべえとなのはの延長線上から外れる蒔風。
それが、最上部に揚がり
「汝のそれは、我に敗れたのとは異なることを知れ」
ゆっくりと落ちてきて
「やめ・・・・!!」
キュゥべえが手を伸ばして、それをキャッチしようとする。
「汝が敗れたのは、そう。ほかでもない人の心という物だ。それと――――」
ソウルジェムが、レイジングハートの目の前に到達し
「それと、俺の一番大切な人に―――――俺の大切な人に、薄汚い手で触れるんじゃねぇよ!!」
ゴォゥッッッ!!!
その一言に、もうすでに最高に輝いていたと思われていたなのはのソウルジェムが、さらに二倍にも輝きを増す!!
「スターライト―――――ブレイカー!!!」
ゴッ、ヴッッ!!!
放たれたるは、桜の砲撃。
その輝きは、今宵に限って星と異なる。
その星は、天に瞬く輝きでなく
星となりえども、輝きを失わぬ人の魂
「ありがとう、なのは」
蒔風が礼を言う。
そうして砕け散るのも、また命の星。
その命、願わくばこの空に輝かんことを
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「ん・・・んん・・・・」
時間は巻き戻る。
そう、それはほむらがまだ古手梨花と出会っていない時間。
蒔風がキュゥべえを相手に、作戦を実行し始めて語っている時間。
時計の上で、長針が正反対の方向へと巻き戻る。
「あれ・・・・」
鹿目まどかは、見慣れない部屋で目覚めた。
自分はどうやら眠っていたようだ。
周囲を見渡すと、学校のカバンがあった。
ちょっとしか見たことがなかったが、間違いなくそれはほむらの物だ。
そして、思い出す。
映司と杏子と共に、さやかを止めに行ったこと。
それが失敗してしまったこと。
杏子がさやかと共に、果ててしまったこと。
そして、外を見る。
とんでもない嵐だ。
机の上を見ると、いろいろな資料があった。
よくわからないが、この嵐は巨大な魔女によるものらしい。
そして、ここに誰もいないということは―――――
「ほむらちゃん!!!」
部屋を飛び出す。
扉を二回ほど間違え、玄関を見つけて飛びつく。
靴を履き、爪先を地面で叩きながらそのドアノブを回す。
そして、扉が開いたとき
「・・・・どこに行かれるつもり・・・・ですか?」
「にゃー?」
「にゃ~ぉ」
男の声に、呼び止められた。
飛び出した彼女が振り返ると、玄関の両脇には二人の男性がいた。
一人はコートのようなものを羽織っており「ドラマに出てくる現場の刑事」というのが一番似合う格好だ。
まどかから見て玄関の左側に立っており、それはまるで門番のようだった。
もう一人は、地面に座り込んでいた。
パーカーを着ており、下はゆったりとした長ズボン。
黒猫を膝の上に乗せながら、今はそれを抱えてにゃーにゃー言い合っていた。
「だ、だれですか・・・・」
「映司さんや・・・・翼刀さんの仲間・・・・です」
「え!?」
その言葉に驚くが、それでもまだ警戒はするまどか。
だが、次の言葉からはだんだんと警戒も解けいていく。
「この嵐は・・・・魔女によるものです」
「!!・・・はい・・・・」
「行く先には・・・・あなたの友がいる・・・・そうですね?」
「はい・・・・」
「行くの?危ないよ?」
「・・・・・」
「この嵐、そもそも嵐じゃないし普通じゃない。地面とか浮き上がってるし、普通の人間の君が言っても足手まといにしかならないよ」
「・・・・我らの主や・・・・仲間たちが戦っても勝てるかどうか・・・・です」
「多分、さらわれた唯っち助けるので精いっぱいだと思うなー。それでも、今回のみんなの力全部使わないとダメだし。にゃー」
二人の言葉にまどかは一切の反論ができない。
その言葉を持ち合わせない。
むしろその通りだ。
彼女が向かったところで、何もできない。
それどころか、邪魔になるだけだろう。
恐怖に足は竦むし、喉がカラカラだ。
口の中の唾液がいちいち気になり、それを飲みこむのにも肩から力を使う。
そんな状態なのに
普通なら、家に閉じこもって嵐が過ぎるのを待つだろうに
それでも。
たとえ、そうだとしても。
その答え合わせに、まどかはしっかりと答えて見せた。
「友達が・・・・・私の友達が、あそこにいるんです!!!」
胸の前に両手を握って、全身の力を振り絞ってそれを言う。
恐怖が襲い、不安が募って圧し掛かる。
だというのに、この心は、身体は、先に進むことを止めようとしない。
その返答に、二人の男はにやりと笑う。
まるでその答えを、最初から知っていたかのように。
「では行きましょうか」
「だね。ほい、ネコちゃん」
「え?え?」
ポン、と抱えていた猫を渡され、ワタワタとしてしまうまどか。
そして二人の男―――青龍と白虎は、彼女の背中を叩いて先に進む。
「行きましょう・・・・あなたは・・・・見届けたいんでしょう?」
「友達ががんばっているところ。そんな友達が、一人ぼっちにならないように、ね?」
「――――うん!!!」
黒猫を部屋の中に置き、帰って来るからね、と声をかける。
それに応えるかのごとく、黒い子猫は「な~」と返事をする。
そうして
二人と共に、鹿目まどかは走り出した。
雨が降る、その街の中を。
その姿は魔法少女ではなく
街並みもきれいなものではないが
その行き先は、晴れ渡る空だと信じて
to be continued
後書き
とりあえずキュゥべえ撃破。
でもまだ彼には策があるようで?
まあ彼にはまだ役割があるのでねぇ・・・・
でも蒔風、最後にかっこよく決めてますけど、結局〆たのはなのはさんですよ
翼力の汎用性すげぇです。
まあ因果力と言ってもソウルジェムに変えるだけですし、以後一切彼は使うつもりはないでしょうが
蒔風
「でも俺らこんな宝石になっちまったぞ」
なのは
「これ指輪にできるの!?ねえねえ!!交換して左の薬指に――――!!!」
そうだな。
うまくやれば身体交換できるかもな。
なのは
「是非!!!」
蒔風
「今の自分の身体の状況わかってる!?」
まあなのはの世界には戦闘機人とかクローンとかもいますし、そこらへんでへこまないのだろうな
蒔風
「分析してないで助けてくれぇ・・・・」
うるさい爆ぜろ
まあ最終的には戻します。
「EARTH」には便利なキャンセラーいますしね。
稲妻型の短刀宝具とか、そげぶな右手とか。
キュゥべえ
「わけが分からないよ・・・・」
お、なかなか正しい使い方。
そしてまどか、走り出す。
あるシーンと比較してますが、わかる人はどんなシーンかわかるかなぁ
目覚めた心が走り出すのも、未来を描き出すのも、全部乾巧ってやつのせいなんだ・・・・
白虎
「何だって!?それは本当かい!?」
なにはともあれ、VSキュゥべえはいったん終了。
次回は――――
梨花
「次回、カケラ紡ぎ」
ほむら
「私は・・・・未来を紡げるの・・・・・?」
ではまた次回
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