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ラインハルトを守ります!チート共には負けません!!

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第九十五話 帝都オーディンを急襲します!!

帝国暦487年11月10日――。
自由惑星同盟がシャロンの魔手に侵食されつつあることを、カロリーネ皇女殿下は知らなかった。何しろ旗艦の営倉に閉じ込められ、しかる後に謹慎処分を受けていたからである。当人は降格もありうるかと覚悟していたが、その沙汰は一向に降りなかった。降りないまま、彼女はウィトゲンシュティン中将が予備役になり、第十三艦隊は統合され、ヤン・ウェンリーが新生第十七艦隊の司令官となったことを知った。
「あなたを処罰すればクレアーナ・ウェルクレネード准将も処罰されなくてはなりませんよ。」
そっと見舞いに来たアルフレートはそう言った。
「それはそうだけれど、でも、処罰されないことは私としては気持ちが悪いのよね・・・。やったことは事実なのだから。」
「まぁ、はるか上の階級の方を殴りつける暴挙に出たのはあなたが初めてではないですが。」
アルフレートが苦笑交じりに言う。同じく見舞いに来ていたファーレンハイト、シュタインメッツは揃ってそれぞれの表情を浮かべた。
「ファーレンハイト、シュタインメッツ、ごめんね。こんな破天荒な私でひやひやものでしょう?」
カロリーネ皇女殿下は、未だ自分の正体が既に同盟に知られていることを3人に話したことはない。同じ転生者であるアルフレートにさえもだ。余計な心配をさせたくはないのである。ファーレンハイトは今度は苦笑しなかった。一転して真剣な顔つきになって話し出した。
「小官としては皇女殿下にこれ以上軍務をなされることをおやめいただきたいのです。既にご承知のことと思われますが、シャロン・イーリスなる者が最高評議会議長となり、自由惑星同盟全域を掌握しました。かの者に同調する、いや、狂信的に信奉する人間は後を絶ちません。今や第十七艦隊においてもそれは増える一方で有り、ヤン・ウェンリー提督ですらも部隊を掌握するのに苦心していらっしゃいます。これ以上ここにおとどまりあっては如何なる危険性が御身に及ぶことかわかりません。」
「小官もファーレンハイトの意見に同調します。ここは自由惑星同盟を早急に離脱し、フェザーンに赴かれるか、あるいは辺境の惑星にお隠れあって時期を待つことになされてはいかがかと思いますが。」
「時期というけれど、それがいつ来るかわからないのにそういうことはできないわ。第一まだ私が始末されると決まったわけじゃないし。」
「小官らが憂慮しているのはかの者ではありません。かの者に同調、いや、狂信する信奉者たちが何をしでかすかわからないという事です。」
シュタインメッツのその口ぶりがあまりにも真剣そのものだったので、思わず二人は彼の顔を見つめた。
「今朝のニュースをご覧になられましたか?」
そう言ったファーレンハイトが自ら持ってきた小型端末機を起動させてTVを呼び出した。
『今朝9時頃、ハイネセンエルモント地区2丁目においてフーエン・グリン容疑者32歳他3名が最高評議会議長に対するテロ等準備罪の容疑で逮捕されました。警察によりますと、4人はシャロン・イーリス最高評議会議長の肖像画を破損し、さらに議長公邸への侵入を図ろうとしているところを逮捕されたとのことです。』
「これは――!」
アルフレートが息をのむ。淡々と読み上げる女性アナウンサーの声に比して内容は深刻そのものだった。次々と専門家のコメントや街頭インタビューの様子が映し出されていく。それらに共通していることは、口を極めてシャロンを賛美し、襲撃者を罵っていることだった。
『まったく信じがたいことをする輩ですな、あの国民の母とも呼ばれる最高評議会議長を暗殺せんとするとは――。』
『彼らは卑怯なテロリスト以外の何者でもありません――。』
『厳罰な処置を行うべき――。』
ファーレンハイトはTVを切った。
「テロ等準備罪などとありますが、彼らはシャロン・イーリス議長をただ一言非難すべく集会を開催しようとしただけだとある筋から聞いております。」
「でっち上げにもほどがあるわ・・・・。」
カロリーネ皇女殿下は身を震わせた。シャロンをただ一言でも批判した人間は即刻逮捕され、衆目に罵倒されながら監獄行きである。これはヨブ・トリューニヒト政権と同じ、いや、それ以上の強硬手段だった。
「彼女は表向きは経済の自由化を掲げ、さらに後方ライフラインの人員に予備役を当てて人的資源の供給を行っています。おまけに惑星間航行輸送手段について軍の技術を民間に供与して護衛艦の充実も図っている。公共事業にも着手して就職口を増やし続けていると聞きます。みんな彼女を支持する理由がこれです。おまけに――。」
と、アルフレートが言った。
「おまけに?」
「対フェザーンに対する強硬姿勢も評価されています。フェザーン資本を同盟が接収し、フェザーンからの国債については返済を拒否、無効化すると宣言しているんですよ。」
カロリーネ皇女殿下は仰天した。
「フェザーンの資力がなかったら、同盟はつぶれるじゃないの!?」
「だからフェザーンそのものを切り離したんですよ。同盟は同盟のみで経済を循環させることにしたんです。自由惑星同盟と言ってもその内情は多国連合ですから、それぞれが得意な物を相手に供給する体制を作り上げればいいというわけです。そして彼女は遥か数年前からそれに着手していた。」
「フェザーンが気づかないはずがないじゃない!報復の為にダミー会社を使って乗っ取りをかけてくるんじゃないの?」
原作でもそうあったはずでしょう?という言葉はファーレンハイト、シュタインメッツの顔を見て飲み込んでしまった。
「そのフェザーンに対して逆に乗っ取りをかけていたんですよ。主だった主要企業は悉く彼女の手に落ちています。それを秘密にしておく必要性が皆無になったので、今積極的に放送していますよ。彼女の功績をたたえる番組として、ね。」
「・・・・・・・・。」
信じられなかった。どこかに綻びが生じて破綻するはずだ。絶対に。
「綻びが生じるとお思いなのでしたら、それは間違いです。何故ならかの者の打ち出している政策にはある一つのイレギュラーの要素がある。お分かりですか?」
ファーレンハイトが鋭い眼差しで尋ねた。
「・・・いいえ。」
「狂信、です。」
「キョウシン・・・・。」
「仮に今かの者が号令を発すれば、自由惑星同盟130億人は帝国に特攻を仕掛けることもためらわないでしょう。かの者が発する号令はまさしく『麻薬』そのものなのです。それがどのように常識から外れ、理性のタガが外れたもので有ろうとも、同盟市民は従うでしょう。」
「そんな・・・・。」
もはや息を飲むことしかできなかった。カロリーネ皇女殿下はシャロンの危険性についてウィトゲンシュティン中将らとともに以前マーチ・ラビットでの協議の場にいたこともあるし、アルフレートとも話したことがある。

だが、まさかこれほどとは――。

(酷い・・・・これ、帝国よりも酷いじゃないの・・・・・・。)
呆然としているカロリーネ皇女殿下に、ファーレンハイトの後を引き取ったシュタインメッツがなおも現状の説明を続ける。
「今や軍上層部においてもシャロン派と呼ばれる人間がほぼ主要な地位を占めています。シャロン派でないものと言えば、シトレ大将閣下、ウィトゲンシュティン予備役中将閣下、ヤン・ウェンリー中将閣下他わずかしかおりません。」
「政界においても今や与野党が関係なくほぼすべてが最高評議会議長の信奉者になってしまっています。こんなことは・・・常識ではありえない事です。まるで、彼女が魔力か得体のしれない力を行使でもしなければ、こんなことはありえない・・・・。」
アルフレートが最後を引き取った。ありえない、そう、アルフレートの言う通りだ。こんなことはありえない。あり得るはずがない。
「いったい何が・・・・何がどうなっているわけ・・・・。」
カロリーネ皇女殿下は口の中でそうつぶやくほかなかった。


* * * * *
ラインハルト艦隊は以前にも勝る速度をもって航行している。フォーゲル、エルラッハ、そしてシュターデン、ブリュッヘルらを何としても捕捉撃滅しなくてはならない。彼らが敗北の知らせを帝都に打電すれば如何なる事態が勃発するかわからない。
 そのことを危惧していたローエングラム陣営は艦のエンジンに負荷をかけ続けてでも全速航行を続けさせたのだった。道中急行してきたミュラー艦隊を加え(もっとも急行軍の為に5割ほどだったが)一路帝都オーディンを目指していた。

 だが――。

 ローエングラム陣営はフォーゲル、エルラッハ、シュターデン及びブリュッヘル艦隊を捕捉することはできなかった。彼らは忽然と姿を消し、ヴァルキュリアはじめ各艦隊の総旗艦級のレーダーをもってしても捕えることはできなかったのである。ラインハルト艦隊が追撃に移行するまでわずか30分足らずだったが、この30分足らずの間に彼らの姿は消えた。少なくとも帝都オーディンには向かっていないようだという。
「敵の動向は気になるところだが、さしあたっては帝都周辺にいないという事実だけでも判明すればそれでよい。今は一刻も早く元凶を捕えることこそが肝要だ。」
と、ラインハルトは言った。イルーナは残存艦隊索敵及びその防衛任務にフィオーナとミュラーをあてることにした。


* * * * *
ブラウンシュヴァイク邸――。

そのブラウンシュヴァイク公を筆頭とする貴族たちは未だバイエルン候エーバルトの敗北を知ってはいない。

 当初彼らは帝都に帰還したラインハルトを迎え入れ、そこで謀殺するつもりだった。だが、ラインハルト側の計画をベルンシュタインが探知して急報したため――。

彼らは帝国正規艦隊10万余隻を迎撃に向かわせたのであった。

 ラインハルト側の計画の裏をかいたと思っている彼らは、まさかその計画が破たんしたとは夢にも思わなかっただろう。ましてやバイエルン候エーバルトがラインハルトに降伏し、彼と行動を共にしている等とは――。
「彼奴の運命もつきましたぞ、叔父上。」
フレーゲル男爵が赤いワイングラスを掲げながら薄気味悪い笑みを浮かべている。
「おそらく今頃は艦もろともに四散しているかエーバルトが捕虜としていることでしょう。捕虜になったところで帝都に帰り次第すぐに宮廷裁判にかけられ、有罪となり彼奴は姉ともども死罪となるのです。」
クク、という隠し切れない喜びの声がフレーゲル男爵の唇から洩れた。
「さすれば邪魔者はいなくなり、ブラウンシュヴァイク一門が栄華を極めるというわけか。」
コルプト子爵が声を張り上げた。
「そうだ!」
「リッテンハイム亡き今我々が大貴族の長たるべし!」
「金髪の孺子など何ほどかあらん!」
「うむ。」
ブラウンシュヴァイク公爵もさんざんに叫ばれる調子のよい言葉に次第に良い気分になってきた。何もあの孺子のことなどかかわりある必要などないのだ。孺子が処刑されればいよいよ敵はいなくなり、我が一門は繁栄と栄華に包まれるのである。
「叔父上、一つ我が一門の繁栄を願って盃を干しましょうぞ。」
フレーゲル男爵の言葉に大きくうなずいたブラウンシュヴァイク公は秘蔵の420年物のワインを空け、次々に一門のグラスに注いだ。
「では、我が一門の繁栄を願って――。」
グラスが高く掲げられ、暖炉の火が血のようなワインの赤みを強調させた。一同がグラスを掲げ今にも飲み干そうとした時――。
「ブラウンシュヴァイク公!!」
ドアが一杯に開け放たれ、アンスバッハが飛び込んできた。
「騒々しい!何事か?」
「外をご覧くだされたい!」
その様子がただ事ではなかったので、ブラウンシュヴァイク公もフレーゲル男爵も一門の者たちも外に駆け寄って窓を開けた。とたんにものすごい騒音と風圧が鼓膜に突き刺さってきた。
「これは・・・・!!」
ブラウンシュヴァイク公爵が愕然となる。その傍らではフレーゲル男爵が口を半開きにして帝都上空を眺めていた。


 あり得るべからざる光景だった。戦艦群が帝都オーディン上空に、しかも邸すれすれにまで飛来してきたのだった。

 軌道上に展開したフィオーナ、ミュラーの両艦隊は制空・制宙権を確保し、ラインハルトを始め、ミッターマイヤー以下諸提督の艦隊は一路オーディンに強行着陸を敢行した。降下する戦艦群より射出された揚陸部隊が帝都の要所要所を制圧しにかかった。軍務省、宇宙艦隊総司令部、統帥本部、さらには各省、管制局、交通、ライフラインなど帝都の眼と耳はブラウンシュヴァイク公爵たちが窓に駆け寄った時には既にすべてラインハルトの手に陥ったのである。

『私は帝国軍大将ウォルグガング・ミッターマイヤーである。ブラウンシュヴァイク公に告ぐ、降伏せよ。しからざれば突入し、卿等を捕縛することとなろう。繰り返す――。』
帝都上空に護衛艦隊に守られながらミッターマイヤーの旗艦ベイオウルフが姿を現した時、ベルンシュタイン中将はすべてが露見したのを悟らないわけにはいかなかった。
「・・・・・!!」
ベルンシュタインは凄まじい形相で帝都上空を見ていた。敵の裏をかいたはずではなかったか。急行するラインハルト艦隊は多く見積もっても2万余隻。それを10万余の正規艦隊が迎え撃つ以上敗北などはありえないはずではなかったのか。
ブラウンシュヴァイク派閥は慌てふためいていた。早くも公の邸を捨てて逃亡を図ろうとする人間が続出している。だが、ベルンシュタインにはまだ別の手があった。彼は立ち騒ぐ人々をなだめ、ようやく彼自身の腹案を述べることができた。
「こうなればやむを得ませぬ。皇帝陛下を奉戴し、帝都を脱出し、一路ブラウンシュヴァイク星系を目指しましょう。」
「皇帝陛下を人質にするというか!?」
ブラウンシュヴァイク公爵ら居並ぶ一門は驚きのあまり口の機能を失ったかのようだった。奉戴というが、要は人質である。
「左様です。皇帝陛下の御身さえこちらが掌握すれば敵がどのような手段に出ようとも正義は我々にあり。日和見をしている諸侯はおろか軍の大部分は我らに味方するに違いありません。」
「・・・・・・・。」
思い切った手に誰もかれもが色を失っている。一歩間違えればそれこそ反逆者の名を与えられるのは間違いないからだ。あのアンスバッハでさえも色を失っている。
「閣下、ご決断を。」
ベルンシュタインはブラウンシュヴァイク公に迫った。
「・・・・やむを得ん。」
そう声を絞り出したのは60秒が経過しようという時だった。
「事ここに至ってはもはや仕方あるまい。我らがおとなしくしたところであの孺子が引き下がるとも思えぬ。よかろう、ベルンシュタイン、フェルナー、卿等は直ちに宮殿に赴き、皇帝陛下をお連れ申し上げよ!!」
『はっ!!!』
「他の者はただちに帝都の脱出にかかれ!!」
大きくうなずいた一門はあたふたと邸を離脱した。もはやとるものもとりあえず逃げるのを最優先にするという格好になり、ろくに自分の邸に戻らずまっすぐに私設宇宙港を目指した。既に宇宙港はローエングラム陣営の手によって制圧され、そこに向かった貴族の一団がとらえられたという情報が早くも入ってきたからである。その点ブラウンシュヴァイク公の保有する私設宇宙港であれば、いかにローエングラム陣営と言えども直ちには手が出せない。第一その場所はブラウンシュヴァイク公爵他一門のごく限られた人間と宮中のごくわずかな人間しか知らない場所にあるのだ。



神聖なるノイエ・サンスーシにおいて銃声が響き渡ることはありえない事であるが、この時ばかりは違っていた。宮廷内部においてエネルギーが飛び交い、片っ端から穴をあけていく。人間も、陶器も、家具も含めてすべてを。
「いたぞ、あそこだ!!」
「逃がすな!!」
「乱の首魁を捕えろ!!」
 ベルンシュタインとフェルナー大佐が地下通路から宮中に突入した時、すでに宮殿は兵士たちで満ち満ちていた。
「駄目だ、とても皇帝陛下の元に行きつくことなど出来ん。」
フェルナー大佐が音を上げた。大佐と中将は壁に潜み、廊下を隔てて向かい合い、ブラスターを構えていた。
「ここは退却するのが最善手でしょう。」
「退却だと?いや、駄目だ。それでは事態を一層悪くするだけではないか。」
「では、あなた一人でおやりなさい。私は降ろさせてもらう。こんなところで犬死をするほど愚かではないつもりなのでね。」
そう言い捨てると、ベルンシュタイン中将が止める暇もなく、フェルナーは身をひるがえしてかけ去っていった。
「おのれ・・・!!」
やはりフェルナーは裏切るか!!ベルンシュタイン中将は唇をかんだが、まだそばに部下たちが残っていることに気が付いて冷静さを取り戻した。
「正面突破が無理であれば側面から回り込むという事もできる。ついてこい。」
部下たちを叱咤し、ベルンシュタイン中将は端末地図を頼りに突き進んだ。風のごとく現れる兵団を相手にするうちに部下たちはみるみるうちに四散、あるいは屍をさらしていく。
「いたぞ!!」
「撃て、構わん!!」
階上に現れた多数の兵士たちが放ったブラスターにベルンシュタイン中将も怯んだ。
「駄目です!とてものこと、ここを突破することはかないません!」
「駄目か・・・・。」
流石のベルンシュタイン中将もあきらめざるを得なかった。彼は無念の叫びを飲み込んで、退却していったが、その途中で「思わぬ拾い物」をした。前後から挟み撃ちにされ、急した挙句に飛び込んだ部屋にまだほんの数歳ばかりの子供がいたのだ。
 はっとしたベルンシュタイン中将の脳裏にひらめくものがあった。喚こうとする子供の口を持参したクロロフォルムを浸した布で覆い、失神させる。それを肩に担がせると、彼は部下たちと共に地下に姿を消したのである。


 ヴァルキュリア艦上ではラインハルトが諸提督からの報告を待っていた。ブリュンヒルトは部下たちに任せ、自身はイルーナの旗艦に搭乗してここまでやってきたのだ。帝都の制圧は概ねうまくいったものの、ブラウンシュヴァイク公爵の身柄は逃がしたという。ブラウンシュヴァイク公爵の私設艦隊がどこからともなく現れて公とともに消えたのだった。これはベルンシュタイン中将らがラインハルトが抵抗した場合に備えてあらかじめ私設艦隊を付近に待機させるという献策をした結果だったが、それが別の結果に功を奏した形になった。衛星軌道上に展開していたフィオーナ、ミュラーの二艦隊に関しては数千隻でしかなく、1万隻を超えるブラウンシュヴァイク公爵の艦隊を強襲したものの、ついに取のがしてしまったのだった。
「百の目標を立て、どのように綿密な策を立てたとして、そのすべてが達成できるとは限らぬ。心配はない。既にガイエスブルグを始めとする主要要塞は我々の手で掌握してある。また、ブラウンシュヴァイク星系には既に討伐軍が向かっている。奴らが帰る場所など、この帝国本土にはありはせぬのだ。」
ラインハルトそう言うとともに、両者をねぎらった。ガイエスブルグにはアイゼナッハを派遣し、レンテンベルク要塞にはミッターマイヤー艦隊四天王であるジンツァー、ドロイゼンの両名を差し向け、ガルミッシュ要塞にはビューロー、ベルゲングリューンの両名を、さらに周辺星系にはロイエンタールを主将とし、ワーレンを補佐として差し向けている。
 ヴァルキュリアの艦橋で総指揮を執り続けているラインハルトの下に本隊到着の知らせが届いた。メックリンガー以下も急報を聞いて強行軍を重ね、やってきたのである。
また、ジークフリード・キルヒアイスは未だこの時には少将であったが、ラインハルトは先の戦いの武功と合わせ、このたびの戦いでブラウンシュヴァイク派拠点制圧の功績と合わせ、近々彼を一気に大将に昇進させようとしていたのだった。なお、イゼルローン要塞には当初の予定通りケンプが留守役となっていた。
 ラインハルトはヴァルキュリアから総旗艦ブリュンヒルトに歩を移し、そこで自分の旗艦からシャトルでやってきたキルヒアイスと再会を果たした。無言で親友の手を握りしめるラインハルトの手には力が込められていた。
「・・・イルーナ姉上、アレーナ姉上。」
ラインハルトは「姉」二人を振り返った。彼の瞳にはある強い決意が宿っていた。そしてそれは幼少の頃から彼女たちが十分すぎるほど知り尽くしていた一つの目的に向かおうとしている眼であった。
やむを得ないか、という目を一瞬「姉」二人は交わした。ラインハルトの胸には噴火寸前のマグマのように激情が湧き上がってきている。それを吐き出させてやらなければ、いつかは身を亡ぼすかもしれない。だとしたら――。
「わかっているわ。目指すは、ノイエ・サンスーシね。」
イルーナたちの言葉に、ラインハルトはうなずいた。それだけでここにいる4人の間にはもう相通ずるものができていたのである。



* * * * *
黒真珠の間にはラインハルト、キルヒアイス、そしてその麾下の提督たちが一斉になだれ込むのに、そう時間はかからなかった。すでに、先発した陸戦隊が敵兵を掃討し、あるいは捕虜としていたからである。
だが、ラインハルトの合図により、彼らは退出し、残ったのはキルヒアイス、イルーナ、アレーナ、そしてフィオーナとティアナだけだった。フィオーナとティアナは背後に下がって油断なく目を配っている。宮廷は制圧できたものの、いつどこからか護衛の兵が現れるかわからなかったからだ。
「・・・・ローエングラム伯か。思ったよりもずっと遅かったの。」
ラインハルトは部下たちと共に黒真珠の間に乱入し、皇帝フリードリヒ4世にブラスターを突きつけていた。わずか2名の近侍に挟まれるようにしてフリードリヒは玉座に、泰然と腰を下ろしていた。
 その言葉を聞いた瞬間、転生者たちは悟った。フリードリヒ4世はやはりラインハルトの台頭を予期していた。ここまで来ることを予期していた。
(なのに、どうして?どうして放置しておいたの?)
空気さえも動くことをためらうほどの張り詰めた緊張感の中、フィオーナは脳裏に疑問を呈していた。この問いかけに応えられるのはフリードリヒ4世自身だけだろう。
「10年・・・・。」
フィオーナは我に返った。ラインハルトが絞り出すように声を出していた。
「俺にとっては長い10年だった。だが・・・貴様を討つことは片時も、一分一秒たりとも忘れたことなどない!!!」
ラインハルトの憎悪の声が黒真珠の間に響き渡ったが、フリードリヒ4世は顔色一つ変えず、身じろぎ一つしなかった。
「そうか。それほど余が憎いか。」
その声は平素の従順な臣下に言葉を賜るときの調子そのものであった。
「憎い!!!」
ラインハルトはブラスターを振った。今すぐにでもその老いさらばえた頭を粉々に吹き飛ばしてやりたい衝動を抑えかねていた。
「姉上を・・・・姉上を・・・・貴様は、慰み者にしたではないか!!!大勢の寵姫がありながら、何故、姉上をさらった!?なぜ俺たちをそっとしておいてくれなかったんだ!?」
「なぜかと申すか?それはの、そちの姉が余の眼をひいた、ただそれだけじゃ。」
「黙れ!!!!」
汚らわしいことを平然と、いや、むしろ淡々という皇帝にラインハルトの怒りは頂点に達しようとしていた。
「貴様は・・・貴様にはどのような罰をくれてやろうかとずっと考えていた。この10年間ずっとな!!!一個人の恨みとしては、俺にとっては最大最悪のトラウマを植え付けてくれた罪が貴様にはある。そして、公に罪を弾劾すれば、銀河帝国開闢以来何十億の人民を踏み台にしてのさばってきた罪がある。ゴールデンバウム王朝存続することそのものが罪なのだ!!!」
「これは意外なことを言う。」
皇帝は穏やかに言った。
「ゴールデンバウム王朝とはすなわち何を指すのか、言ってみよ、ローエングラム伯。」
「なに!?」
ラインハルトの顔に、初めて怒り以外の物が浮かんだ。だが、それは瞬時に消え去った。
「ゴールデンバウム王朝とは、貴様ら皇族の衣を着た鼠の汚らわしい巣の事だ!!!」
「ほう、そうか。では貴族は関係ないとそちはそう申すのだな?」
「それは・・・・。」
ラインハルトの顔に狼狽、そして焦りの色があらわれた。鼻の先に蜘蛛の巣があることに気が付かず、うっかりそこに踏み込んでしまった獲物のように。
(なぜだ?何故皇帝の言葉にこの期に及んで戸惑わなくてはならない?俺の望んでいることはこんな場面ではなかった!奴が頭を下げて俺に命乞いをする姿を、みじめに玉座から引きずりおろされる姿を見たかったというのに!!!何故だ!?!?)
だが、それにもましてラインハルトの心を乱していたのは、自分もまたゴールデンバウム王朝を構成する一員ではないかと突きつけられたことだった。もっとも汚らわしいと思っているものと同類?!だが、己の大望のために利用してきたとはいえ、それに与していたのは事実だった。
苦悩するラインハルトをよそに、皇帝は淡々と言葉を並べていく。
「貴族だけではない。軍人も、帝国官僚も、いや、そこに住んでいる民衆もゴールデンバウム王朝とは無縁だと、そう汝は言うのだな?」
「存在することそれ自体と、罪科があるかどうかは、別物です。」
キルヒアイスがラインハルトに変わって、反駁した。
「そして陛下、あなたはその罪を一身に負うべき人。組織の長が部下たちの罪を負うのと同様のことが、あなたにできないはずはない。」
皇帝は軽い笑い声を上げた。
「はっはっは。なるほど、そちの申すことは正論にかなっているやもしれぬな。そなたの名はなんと申すか?」
「・・・ジークフリード・キルヒアイス少将。」
動じない皇帝にやや気圧されたように、それでも眼差しをそらすことをせず、キルヒアイスは答えた。
「そうか、ではキルヒアイス少将、確かにゴールデンバウム王朝存続における最大の罪は帝室そのものであり、またそれはすべての頂点に君臨する余が負うべきであろう。が、しかし、その帝室のために働いた帝室官僚、軍人は共犯者ということにはならぬのかな?」
「共犯者だとしても、その罪科の大きさはあなた方とは比較にならない。」
キルヒアイスはきっぱりという。
「そうか、そう思うか。」
「ゴールデンバウム王朝を淘汰し、新たな組織を一から作り直すことができれば、少なくとも数十年はこの帝国は新鮮な体のままでいられるでしょう。」
「・・・・・・・・。」
「確かに―――。」
体制を立て直したラインハルトが進み出た。その眼には怒りの色はほぼないが、代わりに冷徹な秋霜烈日さが宿っていた。
「私もキルヒアイスも、イルーナ姉上もアレーナ姉上も、フロイレイン・フィオーナ、フロイレイン・ティアナも、皆帝国の軍属であり、貴族であった。ゴールデンバウム王朝を支える一翼の中に入っていたことは否定できない。あなたが共犯者と言うのであればそれもそうなのだろう。だが!!!」
ラインハルトが目をカッと見開いた。
「たとえそうだとしても、貴様らが犯した罪がそんな論法で消えるなどと思いあがるな!!!」
皇帝が一瞬だけだが気圧された様に体を後退させた。
「いいかよく聞け!!俺が貴様に言うべきことはこれで最後だ!!!ゴールデンバウム王朝の腐り切った血は、今のうのうと生きている貴様らによって滅びるべきものだ!!!一人たりとも残さん!!!ルドルフ大帝はかつて自分の身を守るべく共和主義者共を殺戮した。その時の殺戮される側の気持ちを貴様らは今まで味わってきたことはなかったな。だが、それも終わりだ!!!」
ブラスターが構えられた。ラインハルトが殺気を全開にして皇帝をはったとねめつけている。右腕はまっすぐに向けられ、ブラスターは正確に皇帝の額を狙っていた。侍従たちがかばおうと前に出ようとするのを、皇帝は軽く手を上げて制した。所作は短かったが、威厳がこもっていた。
「血によって自らの玉座への絨毯を染め上げるか。よかろう、汝がそうしたいのであれば、そうするがいい。ゴールデンバウム王朝など、もはやこの銀河にとって必要不可欠なものでもあるまい。いずれローエングラム王朝もそうなる日が来るやもしれぬが・・・。」
フリードリヒ4世はそう言うと、静かに目を閉じ、玉座にもたれかかった。
「くっ・・・・・!!!」
ラインハルトのブラスターがかすかにふるえる。額には汗が流れ、歯は食いしばられ、目はカッと目の前の老いた老人に向けられている。そんな自分を恥じたのだろう。ラインハルトは目の前の老人にというよりも己を奮い立たせるように口を開いた。
「あなたも帝室の血を受けた人間だ、せめて最後は潔くお覚悟をお決めありたい。」
ラインハルトの眼が細まり、次いでブラスターの引き金がひかれた。
「覚悟!!!!」
レーザーのほとばしる音がした。誰もがその場で動けず硬直していた。撃った本人であるラインハルトさえも。
 何かが切れる様な音がし、ついで重いものが絨毯にぶつかる音がした。


それは人間の身体ではなかった。


フリードリヒ4世の身体は微動だにしていなかった。ラインハルトが狙ったのは、そのうえ、すなわち頑丈な硬質ガラス繊維の糸で吊られていた帝冠だったのである。
「ラインハルト様・・・・。」
キルヒアイスが駆け寄り、ラインハルトの傍らに立った。
「すまない・・・姉上・・・・キルヒアイス・・・・。」
ラインハルトがブラスターを投げ捨て、目をきつく閉じ、体を震わせている。
「だが俺には撃てない・・・。無抵抗の老人を殺すことなど・・・唾棄すべき貴族やルドルフがやることと同じではないか・・・・。それに今気が付いたのだ・・・・・。」
「ラインハルト様!」
キルヒアイスの顔が明るくなる。ラインハルトはほっと息を吐き、ついで軽蔑の眼で床に転がっている帝冠を見やった。
「だからこそ、代わりに打ち抜いたのだ。唾棄すべき象徴をな。」
「ラインハルト・・・・。」
かすれた声がした。振り向くと、イルーナ・フォン・ヴァンクラフトとアレーナ・フォン・ランディールが意外そうな顔をしている。だがそれは次第に感嘆と尊敬の色で染まっていった。
「イルーナ姉上、アレーナ姉上、すみませんでした。このような復讐に付き合わせてしまい、さぞご心痛だったことでしょう。ですが、もうこんな真似はしません。けりが付いたのです。」
「いいのよ、いいの。ラインハルト・・・。」
アレーナが珍しく湿った声を出した。イルーナが驚きの目をする。
「わ、私だって・・・泣くときはあるのよ。」
「そうか、そうね。むしろこの場で泣けもしない私はドライだということかしら。」
「いや、いいのです。泣きたい人は泣けばいい。だが、私は泣くことはできない。イルーナ姉上たちもおっしゃっていたでしょう?これからが私の本当の道なのだと。姉上を取り戻しただけでは終わらない。その代償を支払わなければならない。何十億という民衆を幸福に導くように歩み続けるのが、私の役目なのだと。」
イルーナとアレーナが声にならないと息を吐いた時だ。
「陛下!!!!」
近侍のうろたえた声がした。すわ、敵か!?と一同が振り向き、フィオーナとティアナが近侍を押さえつけにかかった。
「は、離せ!陛下が、皇帝陛下のご容体が!!」
「何!?」
ラインハルトとキルヒアイスがかけよった。キルヒアイスがすばやく皇帝の腕を取り、脈を図っていたが、手を離し、静かに首を振った。
「亡くなっています。」
ラインハルトたちは驚愕の眼でキルヒアイスを見た。
「心臓発作。」
イルーナが両腕を体にまくようにしてつぶやいた。
「原作と同じね。ただタイミングはずれていたけれど、こうなった方がよかったのかもしれないわね。」
「キルヒアイス、イルーナ姉上、アレーナ姉上、フロイレイン・フィオーナ、フロイレイン・ティアナ。」
ラインハルトが声をかける。
「皇帝陛下の死因をなんとすべきだと思うか?」
「私たちが皇帝打倒の兵をあげたことはもう周知の事実だわ。今更取り繕っても仕方がないわよ。むしろラインハルト、堂々としていなさい。あなたは義によって皇帝を討った。殺したのではないわ。義によって討ったのよ。あらたな秩序を構築し、最大多数の最大幸福を目指すことを掲げて。そうでしょう?」
ラインハルトは躊躇いもなく強くうなずいた。
「そのことだけを念頭に置いて。あなた自身の手は皇帝を殺してはいないけれど、あなたの思いが皇帝を退位させたのだわ。」
誰も何も言わなかったが、イルーナ・フォン・ヴァンクラフトの言葉が一番ふさわしいのだとみんな思っていた。
 
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