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第六章

 その空虚な中にそれを見せながらだ。言っていくのだった。
「その女房がわしに言っているんだよ。指が欲しいって」
 こんなことを言っていく。虚ろな顔で抑揚のない声で。
 宮里の老人への診察は続いていた。それは役と本郷も見ていた。
 その二人にだ。診察を終えた宮里はこう言った。
「明らかに精神が破綻しています」
「そうですね。私も聞いていてそう思いました」
「俺もです」
 そのことは二人もわかった。見ていて。そのうえでの言葉である。
「何か精神的に統一を欠いている」
「そんな感じですね」
「その中で、です」
 宮里は二人に語っていく。
「どうやら奥さんをなくしたことが」
「大きいですね」
「そこがポイントになりますね」
「それでは。奥さんのことを調べましょう」
 そこに原因があると思われるからこそだった。宮里はここでも冷静に述べた。
「そうしましょう」
「ええ。じゃあその五年前になくなった奥さんのことも」
「調べましょう」
 二人も頷いてだ。そのうえでだった。
 その五年前になくなった老人の妻のことを調べた。その結果わかったことは。
「糖尿病でなくなったのですね」
「それも結構重かったんですね」
「その結果ですか」
 死因は糖尿病だった。しかもだ。
「死ぬ直前に指が壊死して」
「全て切り取ることになったのですか」
「犯人、患者でもありますが」
 こう前置きしてだ。宮里はここでもそうしてから話した。
「奥さんを非常に深く愛していたそうです」
「愛妻家だったんですね」
「それ自体は美徳ですね」
「はい、お子さんもなくそれは奥さんを深く愛していたそうです」
 かけがえのないもの、まさにそれだったというのだ。
「とりわけいつも奥さんの指を褒めておられたそうです」
「その指ですか」
「それを」
「はい、身体の中で一番奇麗だと」
 いつもだ。そう言っていたというのだ。
「そうされていたそうです」
「それでも奥さんが糖尿病でなくなって」
「それで指が死ぬ直前に」
「壊死でしたから」
 それはどいったことかとも話される。
「腐って。そうして」
「形が崩れてですね」
「切り取らざるを得なくなった」
「それで切り取られ。やがては」
 糖尿病が悪化して死んだというのだ。
「犯人の嘆きはかなりのものだったそうです」
「かけがえのない人を失った」
「それ故に」
「そう言われていますね」
「ええ、俺達も調べてみましたが」
「その様ですね」
 二人もここで自分達の捜査のことを話す。
「とにかく有名なおしどり夫婦で」
「片時も離れない感じだったとか」
「ですが奥さんが死んでからは」
「殆ど呆けた様だったとか」
「全てはそれからですね」
 宮里はこう話す。
「ああなったのは」
「ええ。心はひょんなことから壊れますからね」 
 本郷も真剣な顔で話す。
「ましてやそれがかけがえのない人がいなくなったことだと」
「余計にですね」
「そうです。ああなっても不思議じゃないですね」
「はい。ただ」
「ただ?」
「一介の老人が何故あんなことができたのでしょうか」
 首を捻ってだ。宮里は事件そのもののことを話した。 
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