三本の矢
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第一章
三本の矢
弓道部部長である山縣正美は悩んでいた。何について悩んでいるかというと。
部活、その弓道部について考え悩んでいた。それで副部長であり彼女の相談である桂景子にこう言ったのである。
「次の部長だけれどね」
「誰にするかよね」
「ええ。とりあえずね」
誰がいるかとだ。山縣はその切れ長の二重の目を悩ましいものにさせて言う。色は白く唇は小さい。顔は面長で顎は三角だ。黒髪を長く伸ばし後ろで束ねている。
その日本の美貌に悩ましさを見せながらだ。こう言ったのである。
「候補はいるけれど」
「そうね。二年生にね」
「それも三人もね」
こう桂に話す。
「いるけれど」
「一人ならいいっていうのかしら」
「ええ。三人いるとね」
困ると。山縣は桂に話す。
「そう思うわ」
「そうね。私も実は」
「人選に困るでしょ」
「児玉さんに乃木さんに黒木さんね」
「三人もいるから」
部を任せられる後継者、それがだというのだ。
「かえって困るわ」
「三人共それぞれかなり凄い娘達だけれど」
「そうそう。凄過ぎるのよ」
過ぎているというのだ。
「三人が三人共ね」
「一人ならよかったのに?」
「三人のうちのね」
本当にだ。誰か一人だったならというのだ。
「そう思うわ、切実にね」
「そうよね。私もね」
「桂さんも思うわよね」
「部長と同じ考えよ」
こちらも和風だった。桂は黒髪を後ろで束ねている。切れ長で睫毛が長い目が印象的だ。控え目な感じで楚々としている。唇は小さく紅である。
高めの鼻にやはり細面の顔だ。だが背は山縣より数センチ低い。その彼女もこう言うのだった。
「本当にね。一人なら」
「児玉さんは切れ者よ」
山縣はまずは児玉について話した。
「頭の回転が早くて動作も機敏でね」
「狙った的は外さないわね」
「そう。まるでコンピューターよ」
「それでいて義侠心もあってね。約束は絶対に守る」
「いい娘よ、性格も」
人格者でもあるというのだ。その児玉という娘は。
「だから部長にするのにはね」
「もってこいよね」
「そう、この娘もなのよ」
『この娘も』というところが問題だった。も、なのだ。
「それで次は乃木さんだけれど」
「あの娘は結構大事なところで的外すのよね」
「それが珠に傷だけれど」
「何をするにも気品があるわ」
これが乃木の長所であった。
「仕草の一つ一つが優雅で」
「華道や茶道もやってるしね」
「努力家で謙虚、友達や後輩への面倒見もいい」
「やっぱり部長にできるのよ」
乃木もそうだというのだ。そして最後の黒木もだった。
「まさに女武士」
「清楚可憐でいて質実剛健」
「その弓の腕も確か」
「立ち居振る舞いも堂々」
「気真面目で秘境未練を卑しむ」
「やっぱりいいのよね」
黒木の評価もかなりのものだった。山縣と桂は茶道部の部室で茶道部の娘が煎れてくれた茶を共に飲みながら畳の上に正座して話していた。制服姿での畳がまた艶やかだった。
その清楚な艶やかさを纏いながらだ。桂はこう山縣に話した。
「それで、だけれど」
「そう。部長は一人だから」
「どうするの?本当に」
「そうね。部長はね」
「誰にするの、本当に」
「児玉さんかしら」
彼女にしようかというのだ。だが、だった。
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