ソードアート・オンラインーツインズ・リブートー
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SAO:tr6―お人好し―
前書き
クラインは面倒見が良いから良い兄になれそうな気がしますね。そんなこんなで六話目どうぞ。
「私を置いて走り去るなんて……ずいぶんといい度胸しているわね」
「「「ごめんなさい」」」
今、私達は正座をしながらドウセツのお説教を食らっていた。
というのも、私達はボスの恐怖と迫力に負け、精一杯逃げるのに必死だった。そのせいで、常に冷静でいたドウセツを置いてけぼりにしてしまった。
怒っているようには見えないけど、冷えた怒りの瞳をしている。私達が逃げたのは悪いけど、なんとかして宥めないと。
「で、でもさ。ぶ、無事で良かったじゃない。いや~よかったよかった!」
「…………」
「すみません。以後気をつけます」
その淡々とした表情にある、瞳の奥でゴミを見るような冷酷無情に私を見ないでください。本当に反省していますので。
…………。
……でも、ドウセツの説教のおかげで改めて引き締まった気がする。
例えば私達が逃げたことによって、ドウセツが一人になってしまった。もし、ドウセツが逃げ遅れてボスとバトルの流れになったらどうなっていたんだろう。その可能性は完全にないとは言い切れない。
だからそういう最悪な可能性をなくすためにも気をつけないといけないね。うん、本当に気をつけよ。
「ごめん、ドウセツ。次は気をつける。足引っ張らないように頑張る」
「……別にそこまで真剣に謝られても困るのだけど。そこまで気にしていないし」
気にしていないんかーい。
それにちょっと待って。気にしていないのに私のことゴミを見る目をしたってこと?
……いや、今回は真面目に捉えて反省して、今後に生かす様に気をつけることにしよう。
じゃあ、話を切り替えてボスの話でもしよう。
「あのボスさ、第一印象だと大剣の脳筋タイプだと思うけど、兄はどう思う?」
「そうだな。俺もあのボスの攻撃は大剣一つだと思うけど、特殊攻撃ありだろうな」
「んー……それだと前衛に堅い人を集めてどんどんスイッチが有効になる?」
「そうなるな。あと、盾装備の奴が十人は欲しいな……。まぁ、当面は少しずつ、ちょっかいを出して傾向と対策って奴を練るしかないけどな」
「やっぱそうなるよ……」
兄とそんなことを話していると、アスナが意味ありげな視線を兄に向けていた。
それに気がついた兄はアスナに訊ねる。
「な、なんだよアスナ。なんか言いたいことあるのか?」
「……別に、わたしもキリト君とキリカちゃんの意見に賛成よ。ただ……盾装備ねぇ……」
そしてアスナは意を決して兄に問い詰めてきた。
「キリト君、なんか隠しているでしょ?」
「い、いきなり何を?」
「だっておかしいもの。普通、片手を装備できる最大のメリットって盾を持てることじゃない。でもキリト君が盾持っているところ見たことない。わたしの場合は細剣のスピードが落ちるから持たないし、スタイル優先で持たないって人もいるけど、君の場合はどっちでもないよね」
ふむ、言われてみれば……というか兄は最初から盾なしの片手剣一筋だ。昔っからそういうスタイルだったから全然気にすることなかったんだけど……兄の反応がちょっと変な感じがした。
双子故の直感というやつか、なんとなくだけど別の理由もある様な気がしてならない。
「「怪しいなぁ」」
「な、何でお前まで疑うんだよ」
「いや、アスナの言った通りだよ。絶対になんかあるでしょ? 例えば、盾を外して俺カッコイイぜ! 的なわざわざ負担をかけて、モテるためだとか」
「そんなんじゃないからな」
そうだろうね。ゲームに関しては兄は外見に関してはそこまでこだわらないからね。
「それにキリト君、リズに作らせた剣使っていないみたいだけど?」
「そ、それは……」
アスナが言うリズって、前に兄が言っていた鍛冶師だよね。別に剣を作らせてもらうのは普通なこと……って、ちょっと待って。それっておかしくない?
当時気にしていなかったことだけど、今になって疑問に思う事があった。
今現在、兄が使っている片手剣、エリシュダータは五十層のボスのラストアタックで手に入れたドロップアイテム。それはかなり強力な物なのか今現在も兄のメインウェポンとして愛用している。
サブウェポンとして兄が鍛冶師に剣を作らせるというのもあるのかもしれないけど、口ごもる兄を見る限り別の理由があるに違いない。
「まあ、いいわ。スキルの詮索はマナー違反だもんね」
けど、問い詰めるのはここまでだね。アスナが言う様に、これ以上はマナー違反だ。スキル情報って結構大事なことだからそれで人間関係とかこじれることもあれば命を失う可能性もなくはないだろう。
……それに。
私も兄に隠しているからお互いさまなんだよね。
ふと視線をアスナに移すと、彼女は時計を見て目を丸くしていた。
「わ、もう三時だ。遅くなっちゃったけどお昼にしましょうか」
「なにっ」
兄は途端に色めき立つ。
あーあれか、手作り料理と言うお弁当タイムね。人のこと言えないけどうちの兄は結構食い意地を張っていてSAOの食に関することはゲームの知識と同等に高い。おまけに料理スキルをコンプリートしたアスナの料理を食べられるのだから嬉しいわけがないでしょうね。
ただ……アスナの手作りお弁当を食べられるなんてずるい。
「兄の畜生め、こうなったら私達もお弁当食べよっか?」
「正確には私が作ったお弁当よ。貴女はパンだけでしょ?」
「細かいこと気にしない! それにストロングスの件もあるし食べてもいいじゃない」
「小さい女ね」
「だったら巻き込んだ件に謝罪を要求するけど」
「なんのことかしら? ストロングスの件については思っていた通りのことを私に言わせたのでしょ?」
「思ってもないし、自分は何も関係ないような言い方するな」
私の発言を聞いたドウセツはあからさまにため息を吐く。
「……仕方ないわね」
「なんで私がわがまま言っているような感じになっているの」
ドウセツは渋々とメニューを開いて小さいバスケットを出現させた。だからなんで私がわがまま言っている様な感じでやっているのよ。
でも、ドウセツが作ったお弁当を食べられるのは非常に嬉しい。朝食のスクランブルエッグが美味しかったから、昼食の時間楽しみにしていたんだよね。
しかも……。
「はい」
「ありがとう。いただきます」
ドウセツから手渡せたのは、角が丸くなった三角系の形にしたおにぎり。
このファンタジーな世界でお米と言うものは大変貴重な食料で滅多に手に入らないようになっている。ドウセツはなんと、貴重なお米をたくさん持っているのだ。
なんでも、一時期お米の大量生産されていた時にほぼ全財産を払って衝動買いしたそうだ。ドウセツがそんなに米が好きだったのは意外だったけど、とてもありがたいことである。だってこの世界、日本食がほとんどないもの。
こうして米を食べられることを感謝して、おにぎりにかぶりついた。
「うん、美味しい!」
懐かしい米の食感、噛むことによって素材の甘さ、そして具は粒々していてちょっとピリッとくる辛さ。まるで明太子の似た味が口に広がる!
明太子風オニギリを二口目で口の中にいれた。
「はい、これ」
「あ、うん。ありがとう」
続いて、二個目のオニギリを一口で中に入れようと、大きく口を開けてかぶりついた。
「んふっ!?」
口から吹き出しそうになったが、何とか口の中だけで爆発を止まらせた。失敗すれば、口から勢い良く米を吹き飛ばしていたに違いない。
で、どういうことですかドウセツさん。お、美味しいけど、何か生臭くて目に染みるような酸味が強すぎて……つ、辛い。おにぎりの具材……食感は間違いなく、おにぎりに入れるべき具材ではない。そもそも食い物なのかすら怪しい物を口にしてしまった気がするんだけど……ほんと、これなに? 口の中がものすごくすっぱいんだけど……。
「当たりよ」
「当たり?」
ドウセツは肉巻きオニギリを食べ終え、お茶を飲む前に具材の種明かしをした。あ、その、肉巻きオニギリ、私も食べたい。
「その具材は、『スカイング・レイ』の燻製よ」
「そんなものオニギリの具材にするな!!」
『スカイング・レイ』とは五十七層と五十八層に生息する、空を飛ぶエイ型のモンスター。酒のつまみにとてもよく、燻製が一番合うが酸味が強すぎる。下手をしたら麻痺になりかねない刺激的な食材。しかし、その独特な匂い好きには好まれるので、一部のプレイヤーからは絶賛の美味として賞される。
これを嫌う人達からはドリアンに近いらしい。
「今日のために作ってあげたんだから、ありがたく思いなさい」
「う、うん、あ、ありがとう。でも次からは、オニギリに合う具材で十分だからいれないでね」
と言うか、オニギリの具材じゃなくても出さないでよ。初めて食べたけど、ちょっとトラウマになりそう。うぇ……まだすっぱいよ……。
口直しとして、マヨネーズシーチキン風のオニギリをほおばりついた。
そんでもってか甘味が欲しかったので、兄とアスナの甘い会話を聞くことにした。
「……すごい。完璧だ! アスナ、これ売り出したらすっごく儲かるぞ」
「そ、そうかな」
「いや、やっぱ、駄目だ」
「な、なんで?」
「俺の分が無くなったら困る」
「意地汚いなー、もう! 気が向いたらまた作ってあげるわよ」
…………。
……一応、ここが死地の真っ只中だということも忘れてしまうような穏やかで甘ったるい沈黙が周囲に満ちていた。
その様子を見て私達は、
「無駄以上に甘過ぎるわね。他所でやってほしい」
「うん。ラブコメの如く甘ったるいね……私達も」
「しません」
とりあえず、しょっぱさ欲しさに今度は塩おにぎりを一口入れ、再び口直しをした。……ドウセツのケチ。
「ん?」
不意に下層側の入り口からプレイヤーの一団が鎧をガチャガチャ言わせながら入ってきたみたいで、兄はアスナから瞬間的にパッと離れて座りなおした。
「あれ?」
現れた六人パーティーの野武士のような雰囲気がるリーダーは私の知り合いであり、兄の知り合いでもあり、よく知る私と同じカタナ使いだった。
そして 彼は私達に気がつき笑顔で近寄り挨拶をした。
「おお、キリトにキリカ! 珍しいじゃないかボス戦以外で二人一緒だなんて」
「まだ生きていたか、クライン」
「ちーす、クライン元気だねー」
「相変わらず愛想のねぇ野郎と軽い奴だな。二人共珍しく連れがいるの……か……」
アスナとドウセツ見た途端に、思考が一時停止したみたいだ。初めて会った時もそうだけど、女に対する執着心というやつが半端ないよね。
そしてクラインは明様に完全停止していた。気持ちはわからなくはないけど、明様過ぎではありませんかね。
「おい、急にどうしたんだ」
「おーい、大丈夫ー?」
兄が肘でわき腹をつつき、私はクラインをペチペチ触ると、ようやく口を閉じ、凄い勢いで最敬礼気味に頭をさげてきた。
「こ、こんにちわ! くくく、クラ、クラインという者です! 二十四歳独身」
まるで初めて参加する合コンの自己紹介っぽくするクライン。合コンなんて知識不足過ぎるけどそんな感じがした。数少ない美少女二人を目の前にいて、クラインみたいな独身男性が緊張気味で好意を受けようとするのも、ギャルゲー主人公の友人にありがちだからわからなくもない。
「と、特技はぶほっ!?」
そんな二十四歳独身さんの自己紹介を強制終了させる、兄の腹パンを与えられた。
「「「「「リーダー!!!!!」」」」」
後ろに下がっていた五人のパーティーメンバーがガシャガシャ駆け寄ってきて、クラインを助けると思ったら、全員我先にと口を開いてアスナに自己紹介を始めた。
風林火山は全員独身で餓えているのね。一人くらいはまとめ役で冷静な人いれなさいよ。または彼女持ちの人でもいいからさ。
「餓えているわね……」
一人冷静にと言うかマイペースで、お茶を飲み呟くドウセツ。
「でも悪い人じゃないから安心して」
むしろ精神的に頼れる人。男子プレイヤーの中では一番仲が良いって断言出来るし、いろいろと素直に話せる相手でもある。その証拠としては、人付き合いが苦手な兄が遠慮なしに腹パンができる相手は信頼している証拠だ。普段の兄だったら考えられない行動だもの。
でも兄は未だに、二年前……デスゲームが始まった日から兄がクラインを見捨てたことに自己嫌悪を抱いている。
クラインは強くなったよ。クラインは他のゲームで知り合った仲間達をここまで誰一人も失わずに生きてきたんだ。今ではクライン率いる『風林火山』というギルドは攻略組の一角を占めるまでに登り上がってきたんだよ。
だから兄はもう自分を許してもいいんじゃないの?
それを言ったら……私も人のこと全然言えないんだけどね。
むしろ、私にそれを言う資格なんてないのかもしれない。
……駄目だね。私まで自分を追い込んでしまったら、いろいろと申し訳ないよね。ちゃんと生きるって決めたんだ。
「クライン。ちょっとこっち来てー」
「お、おい! なにすんだよ! おい、キリト覚えておけよ!」
短いやり取りに何があったのだろう。兄に対して何かしらの嫉妬心を抱いていたような殺気を感じたんだけど、まぁいいや。
とりあえずクラインのバンダナの尻尾を引っ張り、兄に聞こえないところまで連れていった。
「なにすんだよ! 俺は一発、いや五発ぐらいキリトに殴らないと気がすまねぇ!」
「一体何があったの? なんとなくわかりそうだけど……」
クラインは歯ぎしりに乗せて殺気をこもった声で答えた。
「くそ、キリトのやろっ……いつの間にあのアスナさんとパーティー組みやがって……」
「要は羨ましいと」
「ああそうだ! 羨ましいんだよ!」
開き直るように声を上げ、「チクショー」っと唸った。それはまるで夢が覚めた瞬間だったように全身を表して悔しがる。
えっと、その……うん、ドンマイ。
「仕方ないよ。兄とアスナは一層のボス攻略の時からの知り合いだったから仲良いんだよ。しかも今回はアスナから兄に誘ってきたの」
「何ィ!? あ、アスナさんから誘ったのか!?」
「……兄が積極的に美人さんを誘えると思う?」
「あ、いや……それもそうだな」
そこを納得できるあたり、クラインも兄のことわかっているようだ。
「おまけにアスナの方が脈ありな感じがするんだよね。兄といる時、結構良い笑顔になること多いんだもん。だからクラインに恋人フラグは立たないと思ったほうがいいよ。というか諦めたほうがクラインのためになるって、どうせ頑張ってもごめんなさいの一言で玉砕されるのがオチだから」
「容赦ないな、俺にも可能性をだな!」
「ないってば」
「ほんと、容赦ねぇなぁ……」
だって、私が望んでいることでもあるんだもん。兄の恋路にクラインを割り込んでアスナを奪ってその恋が実る展開はクラインしか望んでいない。それに割り込んだとしても今更クラインにアスナが惚れるって全く想像出来ないんだよね。想像できないってことは、現実にするのは無理に等しいことでもあるよね。
「とりあえず、クラインは変に邪魔しないことね」
「じゃあ、じゃあド」
「駄目」
「まだ言い終わってないだろ!」
「駄目だって! ドウセツは私と組んでいるし、あとドウセツが他のプレイヤーと一緒にいるのが嫌」
「自分の物みたいに言っているけどよ、ドウセツさんはおめぇのものじゃないんだろ!?」
「私の物だよ」
「自身満々に言うなよ!」
「だって、そうでも言わないとクラインに取られるんだもん」
「たく、お前ってやつはたまに怖いこと言うよな……」
何で怖いと思うのさ。健全な女の子だったら彼氏に出来たら嫌に思うでしょ?
えっ、違う? あっそう……。
「なぁ、キリカ……お前は俺のことどう思っていんだよ」
「どう思うって……」
私は少し悩み始めた。というのも私とクラインの関係は難しくないんだけど、そう簡単に表す様なものじゃない気がするんだよね。
私が昔、自暴自棄になっていた頃は必死になって私を案じていたこともあったし、兄のことも連れていかなった事に負い目があると気づいて案じていた。女好きなところは……ちょっとどうかとは思うけど、私はクラインの人柄に惹かれているんだよね。クラインとお喋りするって結構楽しいんだよね。
だからそういう意味では……。
「……兄とは違う、お兄ちゃん的な存在?」
私が思うクラインの印象はこれだろう。兄とは違う、呆れるところは多いけど頼れる血がつながらないお兄ちゃん。
「キリカが妹ねぇ……」
「なんか不満なの?」
「そうじゃねぇって、俺もキリカは妹みたいだと思い始めたんだよ。なんつうか、お前は良い意味で俺の好みじゃねぇんだよな」
「……私、クラインと付き合うんだったらピラニアとキスした方がマシ」
「その比較対象はどうなんだよ」
別にクラインに異性として見られて欲しいとは思わないけど、お前はもう俺の好みじゃねぇって言われるとそれはそれで腹立たしい。つうか、クラインからどう思っているのかって聞いたくせに私のことを妹にしか見えていないっていうのはどうなのよ。
「なんかあれだね。クラインは一生未婚のまま生涯を終えそうだね」
「お前、満面の笑みで残酷なこというなよ! キリトに先を越されそうだけど、お、俺にだってチャンスはある!」
「あったらいいね」
「ぜってぇあるに決まっているだろ!」
「絶対に未婚のままだってあるかもしれないじゃん」
「俺のこと兄だと思ってくれているのなら、もう少し優しくしてもいいんじゃないか?」
別にクラインのことは血のつながらないお兄ちゃんだと思ってもイコールとして優しくするとは限らないんだよね。実の兄に対しても全部肯定する様なことなんかしていないもんね。クラインに恋人ができた時には素直にお祝いの言葉を送るよ。
「頑張れ、クライン。未婚のまま終わらない様に祈っとくね」
「おうって、祈るだけかよ!」
クラインの勢いあるツッコミに私は爆笑した。いやぁ……最高だわ。
クラインはため息つきながら頭をぼりぼりと掻きながら話を変え始めた。
「……にしても、お前さんもキリトも、結構進歩したんだな」
「そんなことないよ」
「いいや、そんなことあるって。キリトもキリカも、また誰かと組んでいることが俺は嬉しいんだぜ」
クラインは私達兄妹がいろいろあった時期に心配をかけてしまったことがある。それを振り返って今の私達を見て喜んでいるのだろう。
でもそれは私もだ。
「それは私もかな。ちょっとアスナが強引だったけども、兄とアスナがパーティーとして組んでくれるのが嬉しかった。私は多くはないけど、ドウセツとは何回かちょくちょく一緒に行動することはあるんだよ。でも兄はさ……私達双子なのにさ、私よりもコミュ障気味だし、変なところは一人で背負いがちだし、周りに迷惑かけたくない想いが強いせいだからさ、素直に一緒に行こうぜみたいなこと言えなかったと思うんだよね」
でも、兄をそうさせてしまったのは私にも原因がある。
私が虚勢を張っていたせいで、兄を追いつめる結果となってしまった。
……なんて言ったらクラインに怒られるね。このことでは何度も怒られているから、言わないようにしないと。それに自分でそんなこと言ったところで、今すぐに兄が変わるわけがないんだもんね。
「だからさ、その……わがまま招致でお願いするんだけどさ…………クラインはいつも通り、兄を接してくれると嬉しい、かな」
かっこ悪いところもあるけど、弱音を吐いても大丈夫だと思われる頼れるお兄ちゃんに、私は頭を下げてお願いした。
「……たく、しょうがねぇな」
めんどくさそうな口調で言いながらも、クラインは私の頭をクシャクシャに優しく撫でてきた。
「ちょっと、クライン!」
「そう照れるなって。俺のこと兄だと思っているのなら、俺もキリトがやっている様に妹の頭を撫でる権利ぐらいあるってもんだろ。ほんとしょうがねぇ兄妹だよ、お前らは」
それとこれとは違う気がするが……まあ、いいでしょう。許す。
「その変わり、ぜってぇ死ぬんじゃねぇぞ」
「そこは大丈夫だから安心してよ」
「ほんとかよ」
大丈夫。
もう……ちゃんと罪を抱えて生きるって、決めたんだ。生きることが過ちを犯した唯一の償いだからね。
「ん? あれは……」
ふと、目線を兄の方へ向けると、重装備をした一団が上層部へ続く出口へと消えて行くのを捉えた。
「って、おい! あれは『軍』じゃねぇのか!?」
確かにクラインの言った通り、あれは数時間前に見た『軍』の部隊だ。私達の知らない間にやって来たんだろ。
ここには兄達がいる。なら『軍』は兄達をスルーするだけで先へと進んでしまったのか?
……まあ、何があったかは兄に聞いてみるのが一番いいだろう。
私とクラインはさっそく兄達の傍へ戻ることにした。
「たく……二人共やっと戻ってきたか」
「おい、キリの字。今さっき『軍』が出て行っただろ」
「あぁ、実はな……」
兄が言うには、やはり森で見かけた重装部隊の『軍』であった。その『軍』リーダー格である、コーバッツ中佐が当然と言わんばかりマップデータを提供しろと迫られてきたそうだ。アスナはコーバッツの態度が傲慢過ぎたせいもあった様で反対はしたものの、兄はすんなりとマップデータを渡したらしい。兄のことだからトラブルを防ぐつもりで渡したんだろう。
そして出て行く『軍』に、兄はボス戦に挑むのは駄目だと忠告したそうだ。ただ、コーバッツはどこか無謀さを予期させるものがあるとのこと。コーバッツが言うのは私の部下はこの程度で音をあげるような軟弱者ではないと……。
「キリトの話を聞いて思ったんだが……あの連中、大丈夫なのかよ」
「いくらなんでも、ぶっつけ本番でボスに挑んだりしないと思うけど……」
クラインとアスナがやや心配する中、さっきからずっと黙っていたドウセツが口を開いた。
「放っておけばいいじゃない。心配しても無駄だと思うわ」
そしてそれはどう言う意味なのかをこの場にいるみんなに伝えた。
「理由はどうあれ、あの軍のリーダーである彼は目的のみしか見えていない。だから誰かの声も聞く耳を持たなければ、自分の部下の披露も見る事ができない。おまけに彼の発言からして余裕もなさそうであからさまにボス討伐に慣れていないみたいだし、そう考えると彼らは必ず目的を達成できないのは明確ね」
「……つまり、ドウセツが言う意味って、私達が何を言おうとしても無駄ってことになるよね?」
「キリカはあの場に聞いていなかったからイマイチわからないでしょうけど、その通りよ」
兄の説明も含めれば『軍』は……コーバッツの指示によりボスに挑むつもりだろう。でもドウセツはコーバッツの発言をおおよそ読み取った結果は失敗することになるらしい。
だからこれから起こることはコーバッツの自業自得であり私達には何も関係ない。ドウセツが言う本当の意味はこれなんだろうな。そして心配して止めようとしてもコーバッツは耳を傾けてはくれない。兄とのやり取りでほぼ証明されたんだろう。
でも……。
「だったら尚更だよ。一応様子だけでも見ようよ」
ドウセツの話が通るなら、何が起こる前にどうにかして説得するべきだ。
人は変われる。それが良くも悪くても変わることは確かなこと。
ここで諦めるより、なんとか説得して良い方法へと変われることに私は信じてみたい。
「兄もいいかな?」
「そうだな……様子だけでも見に行くか。まったく、お前はお人好し過ぎるな」
いや、兄も相当でしょ。
ただ、兄が言うと、私達だけではなくクラインの五人の仲間を相次いで肯定してくれた。クラインもしょうがねぇなと言いつつもついて来てくれて、結局みんなで行くことになった。
ただ一人、ドウセツを除いて。
「お人好しばかりで呆れるわね」
プイっと顔を背けてしまい、自分は関係ないと、その場で座り込む。
ドウセツは助ける気はない感じなのか……まあ、ドウセツは自ら進んで助けに行かないもんね。
「悪いんだけど、兄達は先に行ってて。私は後からドウセツと一緒に行くから」
「わかった」
兄達は安全エリアを出て『軍』の後を追いかけた。
「私は行かないわよ」
説得する前に拒否してきたか……。
そう簡単に諦めるものですか。
「ドウセツ言っていたよね、好きにしてって。なら、私がドウセツを連れて行くのだって、好きにすることなんだから問題ないよね」
「それは貴女と組む時のことであって『軍』を助けることと関係ないわ。それくらいもわからない都合の良い頭をしているのね」
「いいえ、好きにしてって言ったからには何でも好きにさせてもらいますから」
「これだからバカ……どうなったらそのおめでたい頭になるのか逆に羨ましいわ」
「おい」
「とにかく私は行かないって言っているの。そもそも『軍』の様子を見るために私が必要なのかしら」
様子を見るだけなら、ドウセツはいてもいなくても大丈夫な気がする。
「必要だから行こうよって言っているんだよ」
でも、私はそんなの納得いきません。なので、ドウセツも一緒についてもらう。
それに今、私とドウセツはパーティーを組んでいるんだ。置いて行くなんて、できるわけないじゃないか。
「それに私は知っているんだよ。ドウセツは口悪いし可愛いところも見せないし、常にドライだよ。それでもさ、ドウセツは優しいじゃない」
「違う」
「違わない」
「違う」
「違わない」
「バカ」
「バカで結構」
「変態」
「今関係ないじゃん!?」
ドウセツは未だにその場から離れずに顔を背けている。不機嫌オーラが半端なく伝わってくる。
それでも引くわけにはいかない。
「やっぱり、ドウセツは優しいんだと思うよ」
「まだ言うの?」
「言うよ。優しくない人ってさ、相手のことなんてなにも想わないんだと思うんだ。例えば、相手が嫌な想いをさせたり、人を悲しませたり、嘲笑う人が優しくない人。ドウセツは……冷たいけどさ、相手のことを想ってくれるじゃんか」
「……別に、事実と結末を推測しただけよ」
「それでも相手のことを考えたことは間違ってはいないし、何よりも私に教えてくれたじゃない。ドウセツは私の性格、知っているよね」
「バカで変態」
「バカでも変態は違う! ……いや、バカかもしれない。賢いやり方なんて私にはわからないから、効率の良い方法があるのかもしれない。私はただ行動に移さないと後悔してしまう恐れがあるから、そういう意味では私はバカかな」
自分が本当に正しいのかなんて言えない。でも間違っているとは思いたくはない。だから、がむしゃらに頑張るしかない。
行動せずに立ち止まったまま後悔はしたくない。助けられる方法があったはずなのに、気づいた時には手遅れになってしまった後悔の辛さを私は知っている。
そうだ。これは人のためでもないんだ。
「私は……コーバッツに後悔した想いをさせたくない。そして何よりも自分が後悔したくないだけに『軍』を助けようとしているだけなの」
ここからは私のわがままになってしまう。
でも、自分のために言わないといけない。
「だからさ、ドウセツには悪いんだけど……私のために手助けをしてくれると助かるの。お願い、手伝ってもらえるかな?」
「…………」
ドウセツは何も言い返しては来なかった。それこそ人の話を聞いたのか、無視されたような態度をとっていた。でも、無表情ながらも多少なり怪訝を表す顔をこちらに向けてきた。
「反論しないの?」
「反論させてくれないのよ」
ドウセツはため息をつくと、私に睨みつけながらも不機嫌オーラが漂うものは収まったようだ。
「……好きにして」
そう言うと。立ち上がって兄達の後を追うように歩き出した。
ドウセツこそがお人好しと言うべき人なのよね。私のわがままを無視することだってできたんだから。
「好きにする」
その気になれば一人で帰ることもできたのにその場に居続けてくれた。
ドウセツに追いついた途端に、ちらっと一瞥してから口にする。
「勘違いしないでよね」
その言葉に思わず、唇が吊り上がってしまう。
「勘違いしないよ」
ドウセツが優しいってこと知っているから、勘違いなんてしないよ。
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