[Ⅰ]
翌朝、少し早めに朝食を食べた後、俺はウォーレンさんに連れられて、まず、アリシュナの兵士詰所へと向かう事になった。
移動はウォーレンさんが所有する馬車で、御者はミロン君だ。
ちなみにだが、俺達が使っていたショボイ馬車とは違い、結構高級感のあるブルジョワな馬車であった。なので、乗心地も格別なのは言うまでもない。
まぁそれはさておき、兵士詰所に向かった理由だが、ウォーレンさんの話によると、合流する兵士と、とある人物がいるとの事であった。
そんなわけで、俺達はその後、詰所で護衛の兵士数名の他に、イエスキリストみたいな髭を生やした赤く長い髪の男性騎士と合流し、目的の地であるアウルガム湖へと向かう事となったのである。
暖かい朝の日差しが降り注ぐ中、馬車は兵士詰所からゆっくりと動き始めた。
パカパカという馬の蹄鉄音と共に、細かな振動が伝わってくる。
そんな馬車に揺られながら、俺は車窓の向こうに見える外の街並みを暫しぼんやりと眺めた。
窓の向こうには、アリシュナの綺麗な街並みと共に、身なりの良い住民達のノンビリとした姿があった。それはまさに、穏やかな朝の一時といった光景であった。
マイペースに動く住民達を見ていると、時間の流れが緩やかになったかのような錯覚を覚える。
(平和だねぇ……。外に強力な魔物がいる事を忘れてしまいそうな光景だ……ふわぁぁ)
などと考えつつ、俺は欠伸をした。
と、そこで、ウォーレンさんが俺に話しかけてきた。
「眠そうなところ悪いが、今日はよろしく頼むぞ、コータロー」
「でも、あまり期待はしないでくださいよ。俺も出来る事と出来ない事がありますから。なので、今日は出来る範囲内で頑張らせてもらいます」
「ああ、それでいい。俺もそこまで無茶な要求をするつもりはないからな。まぁそれはともかくだ。しかし……今朝はビックリしたぜ。俺がお前の寝室に行ったら、アーシャ様とラミリアンの子に加えて、ラティまでが一緒に寝ていたんだからな」
ウォーレンさんはからかうように、ニヤニヤとした笑みを浮かべた。
そう……実は今朝、少し早い出発だった為、ウォーレンさんが俺を起こしにやって来たのだ。
その時、俺が2人プラス1匹と寝ているところをモロに見られてしまったのである。
ちなみにだが、俺とアーシャさんとサナちゃん達は、ウォーレンさんの配慮により、個室を宛がってもらっている。
そんなわけで、本来なら俺は1人で寝れるのだが、ここ最近の流れもあり、彼女達と一緒に寝るハメになっているのであった。嬉しいやら悲しいやらである。おまけにラティまでいるし。
まぁそれはさておき、誤解されるのもアレなので、一応、弁明はしとこう。
「あの、言っときますけど、俺はやましい事はしてませんよ。ただ、彼女達はどうも、俺と一緒にいると安心して寝れるそうなんです。だから、あんな事になっているわけでして」
「ハッハッハッ、心配するな。やましい事をしているなんて思ってはいない。お前からは、そういう色と欲を好む雰囲気が、あまり感じられんからな」
「とはいっても、俺も男ですからねぇ。流石に、年頃の可愛い女性が隣にいると、悶々とする時だってありますよ。まぁ太守の娘さんなんで、そんな事は絶対に出来ませんけどね。でもその所為で、ゆっくり寝れない日々が続いてましてね、俺も困っているんですよ。ふわわぁぁ」
と言いながら、俺はまた欠伸をした。
「まぁそりゃそうか。だが、『女に頼られる男は、有能な男』という言葉がこの国にはある。だから、そう悲観する事でもないぞ。裏を返せば、お前は有能な男という事かもしれんのだからな」
「だといいんですが……。ところでウォーレンさん、この馬車の後ろにいる、濃い髭を生やした方は一体誰なんですか? 何となく雰囲気的に、只者ではない感があるんですけど」
俺はそこで、この馬車の後方にいる、キリストのような髭を蓄えた男へと視線を向けた。
男は騎士のような格好をしており、今は馬に跨って付いて来ている最中である。
時折吹き突ける風と馬の振動で、肩よりも長い、サラッとした男の赤い髪が風と共に靡く。
男がイケメンな事もあり、かなり絵になる光景であった。
おまけに、男が装備する磨き抜かれた白銀の鎧や、厳かな意匠が凝らされた白い鞘に収まる長剣は、素人の俺が見ても高級装備とわかる代物だった為、かなりやり手の騎士にも見えたのである。
「ん? あ、ああ……あの男か。あれはヴァリアス将軍の側近でな、ハルミアという名の騎士だ」
「へぇ、側近の方なのですか……。では、あの方も、遺跡での実験に参加されるのですね」
「ああ、それで来てもらったのだからな」
「そうですか」
どうやらあの騎士は、遺跡での実験の為に呼ばれたようだ。
(一体何をさせるつもりなのだろうか……。この間の説明だと、魔法を使える者を必要としているように聞こえたが……まぁいい……あまり詮索しないでおこう。俺は自分の出来る範囲の事だけしとけばいいんだし。さて、それよりも問題なのは、ヴァロムさんの次の指示だ。はぁ……頭が痛い)
そうなのである。
実を言うと俺は、遺跡の事よりも、そっちの事で頭を悩ませているのであった。
グランマージで受け取った筒の中に、今後について書かれた指南書のような物が入っていたのだが、それには非常に面倒な事が幾つか書かれていたのだ。
(はぁ……まずは、ラヴァナ・ヴィザーク地区に住む代書屋のルグエンという人物の所に向かうんだったな。ああもう……面倒臭い事ばっか続くなぁ……ン?)
ふとそんな事を考えていると、ウォーレンさんが首を傾げて俺を見ていた。
「どうしたんだ、コータロー。浮かない顔をして?」
ヴァロムさんの指示内容に没頭しすぎて、表情に出てたようだ。
(危ない危ない。気を付けなければ……)
「え? ああ、いや、大したことではないですよ。ただ、これから向かうミュトラの遺跡とはどんな所なんだろうか? って考えていただけです」
「ああ、その事か。なら、そう心配するな。島や湖に魔物はいないから、襲われる心配は殆どない。まぁそのかわりと言っちゃあなんだが、島と湖に生息する生き物もいないがな」
「そういえばそうでしたね。忘れてました。しかし……妙ですねぇ。生き物が全くいなくなるなんて……。ちなみに生き物は、徐々にいなくなっていったんですか? それとも、ある日パッタリと?」
「漁師から聞いた話では、徐々にいなくなっていったらしい」
「へぇ、そうですか……。ところで、そうなりだしたのは、いつ頃からなんですか?」
「う~ん……確か、ゴーザの月に入りだした頃からだって言ってたな。だが、その時はまだ、気持ち少ない程度だったそうだ。顕著になり始めたのは、ヘネスの月に入ってかららしい。実際、漁獲量も、その頃から極端に減り始めているからな。漁師の言葉で間違いないだろう」
「それも、ゴーザの月からなんですか……」
なぜか知らないが、ここ最近の急な異変は、全てゴーザの月辺りから始まっているようだ。
ゴーザの月……今から半年以上前である。
ティレスさんが言っていたが、王様がおかしくなり始めたのもゴーザの月。それから、テト君達と一緒にいた商人も、半年前に来た時は、まだあの辺りの魔物も弱かったと言っていた。
それだけじゃない……昨日、ラッセルさんやバルジさん達とも食事をしながら色々と話をしたのだが、そこでも、ゴーザの月に入り始めた頃から、やたら強い魔物が徘徊し始めたような事を言っていたのだ。
そこに、このアウルガム湖の異変である。これは果たして偶然なのだろうか……。
またそう考える従い、ジュノンの月にあったあの一件が、俺の脳裏に蘇ってくるのであった。
そう……イデア遺跡群での一件だ。
思い返せば、イデア神殿を出た後、俺達はすぐに、強力な魔物共の襲撃にあった。
だが、あの時の襲撃は裏を返すと、魔物達がイデア神殿を監視していたという事の証でもあるのだ。
しかも、それを裏付けるかのように、俺達が試練を終えた後、ラーのオッサンは確か、こんな事を言っていたのである。イデア神殿の封印が解かれたのを、何者かが察知したのかもしれない、というような事を……。
これが事実ならば、イデア神殿の封印が解かれた事は、魔物達にとって脅威という事になる。
そして、ゴーザの月辺りから急に始まりだしたこれらの異変は、偶然ではなく、必然な流れとも考えられるのだ。
ここから連想できる事柄は1つである。それは、魔物達が焦っているという事だ。
ではなぜ、魔物達は焦っているのか……そう仮定して考えると、ある事が見えてくるようになる。
それは勿論、神殿の中に封印されていたモノが何なのか、魔物達は知っていたという事に他ならない。
そう……ラーの鏡の存在である。これが魔物達にとって、かなり都合が悪いに違いないのだ。
実際、ラーの鏡の能力は、人々を惑わす魔物にとって脅威である。
そう考えると、魔物達が急いで何かを成し遂げようとするのも、理解できる話なのである。
とはいえ、これはあくまでも俺の想像なので、本当のところはどうなのかわからない。が、しかし……そう考えると、全ての辻褄が合う気がするのも、また事実なのである。
そこで俺は考える。
ヴァロムさんは一体何をするつもりなのだろうか。そして、俺に何をさせるつもりなのだろうか、と……。
しかし、幾ら考えたところで、今はまだヴァロムさんの思惑が見えてこない。が、1つだけわかった事もあるのだ。
それは……十中八九、ヴァロムさんは既に、真相を見破っているという事である。でなければ、ここまで細かい指示を出す事は出来ないからだ。
どんな真相なのかはわからないが、とりあえず、今の段階でハッキリしてるのは、ここまで面倒な指示をしないといけないほど、事態は複雑化しているという事である。
恐らく、俺が考える以上に、ややこしい事態になっているのだろう。
(ヴァロムさんは手紙で、王都で大きな波紋を起こすとか書いてたけど、一体何をするつもりなんだか……)
ふとそんな事を考えていると、ウォーレンさんの声が聞こえてきた。
「まぁ何れにせよ、だ。上手くいくかどうかはともかく、今日、コイツを使って試す事で、何かがわかるかもしれない」
ウォーレンさんはそこで、小さな木箱を懐から取り出した。
「何ですか、それは?」
「今はまだ言えん。まぁとりあえず、着いてからのお楽しみってやつだな」
大事そうに持っているので、恐らく、今回の実験の要になる何かなのだろう。
「そうですか。じゃあ、楽しみにしときます。ところでウォーレンさん、話は変わるんですけど……実は昨日ですね、アーウェン商業区に行った際、オヴェール湿原でウォーレンさんと俺が治療した、あの冒険者達と出会ったんですよ」
「らしいな。ミロンから昨日聞いたよ。しかも、ゼーレ洞窟に棲みついた魔物の討伐隊に誘われたんだってな」
ミロン君から簡単な報告は受けているようだ。
なら、話は早い。ウォーレンさんの意見を訊いてみるか。
「ええ、そうなんですよ。まぁ断ろうとは思っているんですがね。でも……その魔物討伐の件で、少し気になる事があるんです……」
「気になる事? 何だ一体?」
「魔物討伐の依頼主はイシュラナ神殿らしいのですが、そこまでの経緯がですね、俺にはどうも腑に落ちないんですよ」
「経緯? ミロンの話では確か、生きて帰ってきた冒険者の1人が、魔物の親玉を見たとかなんとか言ってたが、それの事か?」
「いや、まぁ……それも気にはなるのですが、俺が今引っ掛かっているのは、なぜイシュラナ神殿側は、こんなにも早く討伐依頼を決断できたのかって事なんです」
「討伐依頼の決断? どういう意味だ?」
「3日前の晩……洞窟から帰ってきた冒険者はイシュラナ神殿で治療を受けたらしいのですが、そこで冒険者は、魔物の親玉の事を神官達に語ったそうです。ですが、その翌日の晩にはもう、イシュラナ神殿側は、ルイーダの酒場に討伐依頼を出しているんですよ。しかも、かなりの高額依頼で、です。討伐に参加したパーティ1組につき、10000ゴールドの報酬で、尚且つ、討伐した暁には追加で10000ゴールドの報酬ですからね。おまけに、何組ものパーティが討伐に参加可能らしいですし……。ちょっとおかしいと思いませんか?」
するとウォーレンさんは、アメリカ人がよくやる、お手上げジェスチャーをした。
「おいおい……報酬、10000ゴールドかよ。第1級宮廷魔導師の2か月分の給金くらいあるじゃないか。しかも、討伐に成功したら更に10000ゴールドって事は、合計で20000ゴールドって事だろ。破格の報酬だな。その上、何組ものパーティが参加出来るんなら、場合によっては、イシュラナ神殿側の支払いは凄い額になるぞ。確かに、ちょっとおかしな報酬だな。俺も参加したくなってきたじゃないか」
どうやらこの様子だと、ミロン君は報酬の事を言ってなかったようだ。
多分、簡単な報告だけをしたのだろう。
まぁいいや、話を進めよう。
「いや、まぁ報酬の額もそうなんですが……それよりもですね、帰ってきた冒険者1人の言葉を信じて、これだけの出費が伴う依頼を1日で決断するのは、少々……いや、だいぶ勇み足な気がするんですよ」
「勇み足?」
俺は頷くと続ける。
「冒険者が帰ってきたのが、3日前の晩……そして、ルイーダの酒場に依頼が出されたのは2日前の晩……つまり、冒険者の証言の裏付けをとる時間がですね、たった1日しか……いえ、魔物が旺盛を極める夜に調査する事は考えにくいので、実質、半日程度しかないんですよ。そう考えますとですね、王都から半日近くかかるオヴェール湿原に行って、冒険者の話の裏付けをとるのは至難の業だと俺は思うんです。実際問題、その親玉がいるとされるゼーレ洞窟という所は、何組ものパーティが消息を絶っている、いわくつきの洞窟ですからね。なので、その辺が俺にはどうも納得ができないんですよ。ウォーレンさんはどう思いますかね?」
ウォーレンさんは俺の話を聞き、暫し黙り込んだ。
腕を組んで視線を落としているので、多分、何かを考えているのだろう。
「……確かに、コータローの言うとおりだな。それだけの報酬を払う依頼ならば、普通はしっかりとした確証を得てからだ。もし調査をしていないのならば、安易に決断しすぎという事になる。イシュラナ大神殿がそんな事をするとは思えんが……ちょっと妙だな」
「でしょ。それとですね、昨日会ったバルジという冒険者の口振りからすると、逃げ帰ってきた冒険者が、本当に洞窟から帰ってきたのかどうかという確証もないようでした。なので、なんか釈然としない話だなぁと思って、俺は昨日聞いていたんですよ」
「ン? て事は、何か良くない事があると考えているのか?」
「ええ、まぁ……そうなりますかね」
「そうか……ちなみに、どんな良くない事が起きると考えているんだ?」
「それは流石にまだ分かりません。ですが、この世の中、美味い話なんてそう簡単にないですからねぇ……。美味い話には、ちゃんと理由があると思いますし」
そう……美味い話には何か裏があるのが世の常なのだ。
これは日本でも痛いほど経験しているので、俺はよくわかるのである。
なので、バルジさんが言っていたバスティアンの財宝伝説も、俺からすると胡散臭い話に聞こえてしょうがないのであった。
だがまぁ、バスティアンの財宝については、誰にも言わないでくれとバルジさんに念を押されているので、ここでは言わないでおくとしよう。
「確かに、コータローの言う事も一理あるな。美味い話なんて、そうそう転がってるもんじゃない」
「ええ。ですから俺は、彼等に忠告だけして、その件は断ろうと思っているんです。君子危うきに近寄らず、ってやつですね」
「くんしあやうき? なんだそりゃ?」
つい日本の諺が出てしまった。が、出てしまったもんは仕方ない。
とりあえず、適当に解説しとこう。
「旅の途中で聞いた諺なんですが、優れた人格者は、むやみに危険な事へ近づかない、という意味だそうですよ」
「ははは、中々、良い言葉じゃないか。全く持って、その通りだ」――
とまぁこんなやり取りをしながら、俺達は目的地へと向かい進んで行くのである。
[Ⅱ]
アウルガム湖は王都の東側にある為、アルカイム街道を一時的に進まねばならないが、ラヴァナの城塞東門を抜けて10分程の所にある十字路を右に進めばすぐなので、それほど時間を要しなかった。
まぁそんなわけで、屋敷を出てから30分程すれば、朝日に照らされて光り輝く、広大なアウルガム湖の美しい姿が見えるようになるのだ。そして、更に進んで行くと、今度は道の終点である木の桟橋の姿も視界に入ってくるのである。
前方の桟橋に目を向けると、ボートのような小型の舟が一艘だけ停泊しているのが見えた。
真っ白な美しい小舟で、見た感じだと、定員10名程度といったところだろうか。
オールと思わしき棒も見えるので、どうやら手漕ぎ系の舟みたいだ。
(へぇ、ちょっと小さいけど綺麗な舟だな。あれで島に向かうのだろうか? ……ン?)
と、そこで、桟橋の入口付近に3名の人影が見えたのである。
(誰かいるな……あれも今日の同行者だろうか? まぁいいや、ウォーレンさんに訊いてみよう)
つーわけで訊いてみた。
「ウォーレンさん、桟橋の所に誰かいますけど?」
「あれは、多分、俺達と同行する事になっているイシュラナの神官だろう」
「そういえば、遺跡の管理をしてる神官と一緒じゃないと、中に入れないって言ってましたね」
「ああ。だが、今日は遺跡の管理官じゃなくて、代理の神官だがな……」
「代理?」
「ああ、代理さ」
するとウォーレンさんは溜息を吐き、面白くなさそうに話し始めたのである。
「なんでも……遺跡を管理するエイブラ管理官は急用が出来たらしくてな。それでだよ。しかも派遣されるのは、遺跡に入った事すらない神官だそうだ。……ったく、遺跡に足を踏み入れた事ない神官を同行させるなんて、イシュラナ神殿側も何考えてんだか。俺達の事を馬鹿にしてんのか……っと、これは言い過ぎだな。まぁ今のは聞かなかったことにしてくれ」
「大丈夫ですよ。俺は口が堅いですから。でも、遺跡に入った事ない者を派遣するなんて、確かに変ですね……」
「ああ、全く何考えてんだか……おっと、そろそろ到着だ。お喋りはこの辺にしとくか。忘れもんの無いようにな」
「ええ」――
程なくして桟橋へと辿り着いた俺達は、そこで馬車を降り、入口で佇む3人の元へと向かった。
近くに来た分かったが、3人の内2人は、王家の紋章が描かれた灰色のマントと青い鎧、そして破邪の剣を装備した男達であった。城塞門にいる魔導騎士と同じ格好をしているので、多分、魔導騎士で間違いないだろう。歳は2人共、俺の少し上といったところだ。
ちなみにだが、髪がショートヘアということ以外、特にこれといった特徴がない騎士達であった。
で、もう1人の方だが、こちらは緑の神官服を着て、右手に祝福の杖を持つという出で立ちのイシュラナの神官であった。
普通の神官は白色の神官服だった気がするので、位が高い神官なのかもしれない。
歳は50代くらいだろうか。体型は中肉中背で、頭が光り輝くくらいツルッパゲの方であった。その為、今は朝日に照らされて発光体と化していた。早い話が、見た目は、禿げた中年のオッサンという容姿である。
他に神官の姿がないところを見ると、どうやらこの人が、代理で派遣されたという神官なのだろう。
まぁそれはさておき、俺達が彼等の前に来たところで、まず、中年の神官がニコヤカに挨拶してきた。
「これはこれは、ウォーレン殿、お勤めご苦労様でございます」
「お初御目にかかります。失礼ですが、貴方様が此度の案内をしてくださるロダス管理官であらせられますか?」
神官は頷く。
「はい、私がロダスにございます。ですが、今日の私はエイブラ管理官の代理として派遣されましたので、普通にロダス神官とお呼び下さって結構ですよ」
「わかりました。ではそうさせて頂きます。ところで……ロダス神官とは初対面だと思うのですが、私がウォーレンだと、よくお分かりになられましたね」
「貴殿の事は良く存じておりますよ。ヴァリアス将軍の元に配属されている、数少ない第1級宮廷魔導師の方ですからな」
「という事は、悪評ばかり耳に入ってそうですね。お恥ずかしい限りです……」
ウォーレンさんはそう言って、恥ずかしそうに後頭部をポリポリとかいた。
この様子だと、ウォーレンさんは結構無茶をする事が多いのかもしれない。
「いやいや、そのような事はございませぬぞ。仕事熱心な方だと、私は思っておりますのでな」
「そう言って頂けると、私も救われた気がします。さて、それではロダス神官、今日はご迷惑を掛けるかもしれませぬが、よろしくお願い致します」
「いやいや、こちらこそ、よろしくお願いしますぞ。私は今から向かう遺跡には、一度も行った事がございませんのでな。さて……」
と、そこで言葉を切ると、ロダス神官はチラッと舟の方に視線を向けた。
「ではウォーレン殿、もうそろそろ向かわれますかな?」
「ええ、時間も惜しいので」――
[Ⅲ]
2人の魔導騎士にオールを漕いでもらいながら、俺達は湖を進んで行く。
周囲の湖面に目を向けると、この舟が作りだす波紋が幾重にも広がっており、静かに波打っていた。それはあたかも、湖が俺達の侵入に対して、騒いでいるかのようであった。
そんな湖面を暫し眺めた後、俺は舟に乗り込んだ面々に目を向ける。
乗り込んだのは桟橋にいた3人と、ウォーレンさんにミロン君、そしてハルミアという騎士と俺の計7名であった。
詰所で合流した兵士達は、ウォーレンさんの馬車を見張ってもらっているので、ここにはいない。
そんなわけで、思ったよりも少ない人数での移動となったのだが、舟に乗り込んでからというもの、皆、無言であった。
なんとなくだが、皆の表情を見ていると、少し緊張をしているようにも見える。特にミロン君は不安なのか、元気がない表情であった。
今から向かう遺跡のある島は、いわくつきの所なので、こうなるのも無理はないのかもしれない。流石に、和気藹々という空気にはならないようだ。
ちなみにだが、俺自身はいつもと同じであった。
まぁ俺の場合は、皆と育った環境が違う上に、ラーのオッサンから色々と話も聞かされているので、それほど恐怖というものを感じない。
それよりも、ヴァロムさんの指示の方が気になるので、俺は舟に乗り込んだ後も、そればかり考えていたのである。
(ヴァロムさんは、俺に何をさせるつもりなんだろう……ああ、もう、気になるなぁ……)
と、そこで、不意に話しかける者がいた。
「初めまして、コータローさん」
俺は声のした方向に振り向く。
すると、話しかけてきたのはハルミアという騎士であった。
というわけで、俺もスマイリーに挨拶を返しておいた。
「いえ、こちらこそ、初めまして」
続いて騎士は、自己紹介をしてきた。
「私はハルミアと申しまして、ウォーレン殿と同じく、ヴァリアス将軍の配下の者です。今日はよろしくお願いしますね」
「お役にたてるかどうかわかりませんが、私の出来る範囲内で、尽力させて頂こうと思います」
「ええ、それで構いませんよ」
ハルミアという騎士はそう言って、爽やかに微笑んだ。
俺も微笑み返す。
(ん?)
だがその時、俺はこの男に少し違和感を覚えたのである。
なぜなら、これだけ濃い髭を蓄えているにも拘らず、女性的な素肌といった方がいいだろうか……とにかく、すべすべとしたきめ細かな素肌であったからだ。
その為、肌と髭がミスマッチしてるように思えたのである。
(なんか違和感あるな。もしかして……付け髭か? う~ん、わからん。まぁいいや、余計な事は言わないでおこう)
ふとそんな事を考えていると、またハルミアという騎士が話しかけてきた。
「ところでコータローさん。ご出身はアマツクニですか?」
あまり触れてほしくない話題だが、仕方ない。適当に答えておこう。
「いえ、私はマール地方の出にございますが、生まれが何処かは自分でもわからないのです。なにぶん、拾われた身の上ですので」
「余計な事を訊いてしまったようですね。……申し訳ない」
ハルミアという騎士は罰の悪そうな表情を浮かべた。
「ああ、お気になさらないでください。私自身、それほど気にもしてませんので」
「なら、いいのですが……おや? 見えてきましたね」
ハルミアさんはそこで前方を指さした。
俺もそこに視線を向ける。
すると俺達の前方に、木々が生い茂る大きめの島が見えてきたのだ。
「あれが、古代の遺跡があるという島ですか?」
「ええ、あれがそうです。ここでは魔の島と呼ばれ、民達に恐れられている島であります」
「魔の島というんですか。へぇ」
なんつーか、『モロだな、おい!』とツッコミを入れたくなる名前だ。
「小さな島だと聞いていたんですが、思っていたよりも大きいんですね」
「そうですね。ちなみにあの島は、円を描いたような地形ですので、今見えているのが、そのまま島の幅と思ってもらって結構ですよ」
「へぇ、円形の島なんですか」
離れた位置なので凡その検討しかつかないが、俺の見た感じだと、島の端から端まで200mはありそうに見えた。という事は、直径200m程の円形の島と思っていいのかもしれない。
まぁとりあえず、そういう事にしとこう。
それから程なくして、島に上陸した俺達は、魔導騎士の案内で移動を開始した。
桟橋から続く砂利道を、俺達は徒歩で進んで行く。
その際、俺は周囲の雑木林を見回しながら、耳を澄ましてみた。
すると、鳥や虫の鳴き声というものが全く聞こえてこなかったのである。
島に生き物がいないというのも、どうやら本当なのかもしれない。
おまけに、今は風も吹いていないので、木々のざわめきも聞こえてこないのだ。
それだけじゃない。青々とした葉をつけてはいるものの、木々の枝がやや垂れ下がっている為、少し元気が無いように見えるのである。しかも、地面に生えた雑草までもが、そんな風に見えるのだ。
目に見えておかしいわけではないが、これはある意味、不気味な光景であった。
その為、理解できない怖さのようなモノが、島全体からヒシヒシと感じられるのである。
(ウォーレンさんの言っていたとおり、生き物の気配がまるでないな。それになぜか知らんが、島全体が病気にかかってるかのように感じる。ウォーレンさんじゃないが、一体全体、何が起きているのやら……)
と、そこで、先頭を進む魔導騎士の声が聞こえてきた。
「ロダス神官、前方に境界壁と境界門が見えてまいりました。魔の神殿は、あの壁の向こうになります」
「おお、あれがそうですか」
前方に目を向けると、城塞を思わせる高さ20mはあろうかという石造りの巨大な壁と、アーチ状の門が見えてきた。
そして、その門の両脇には、魔導騎士と思われる者達が十数名おり、こちらの方をジッと窺っているのである。
やはり、かなりの厳戒態勢を敷いてるみたいだ。
こんな巨大な壁を造るくらいなので、他にも色々とセキュリティ系の仕掛けが施してあるに違いない。
境界門の前に来たところで、先程の魔導騎士がロダス神官に言った。
「ではロダス神官、我々が案内できるのは、ここまでとなります。この境界門から先は、アズライル猊下の許可を得た者のみとなりますので」
「案内、ご苦労様でした。助かりましたよ」
騎士に労いの言葉を掛けた後、ロダス神官はウォーレンさんに視線を向けた。
「ではウォーレン殿、ここからは貴殿が先に行ってくれますかな。私は初めてですので、貴殿の後に付いて行くとしましょう」
「わかりました。では」
ウォーレンさんは前に出る。
そして俺達は、更に少ない面子で、移動を再開する事となったのである。