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Dragon Quest外伝 ~虹の彼方へ~

作者:読名斉
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Lv22 仲間の決断

   [Ⅰ]


 アーシャさんがマルディラントに戻ってからどのくらい時間が過ぎただろうか。
 俺の感覚では20分程度だとは思うが、周囲は既に暗闇と化す一歩手前であった。
 というか、もう夜と言い切っていい程の暗さである。
 しかもその上、人気のない異様な静けさが漂う空間でもあるので、1人ポツンとこんな所にいるのが寂しくなってきたのだ。おまけにグゥグゥと腹も悲しく鳴るのである。
(はぁ……アーシャさん、早く帰って来ないかな……腹も減ってきたし……)
 そんな事を考えつつ、俺は今も尚、オッサンに質問を続けている最中であった――

「ところで話は戻るけどさ。俺、魔物の話を聞いてから、少し気になってる事があるんだよ」
「気になる事? 何だ一体?」
「さっき、死体の魔物を操る者がいるかもしれないと言ってたけどさ、もし仮にそうだとすると、その操っている者は何が目的なんだと思う?」
「ふむ……何が目的か、か……そうだな、ここは魔鉱石の採掘場所という事を考え!? ま、まさか……ヴァナドリアム……いや、しかし、まさかそんな事は……」
 また耳慣れない単語が聞こえてきた。
「ヴァナドリアム? なんだそれ?」
「い、いや、なんでもない……。今の言葉は忘れてくれ」
 明らかに何かあるような言い方である。
 こう言っちゃなんだが、今の言い方を聞いて忘れろというのが無理な話だ。
「そんな風に言われると、かえって気になるじゃないか。何なんだよ、そのヴァナドリアムってやつは?」
 すると、渋々、オッサンは話し始めた。
「むぅ、仕方ない……。とりあえず、魔力の結晶の事だと思っておけ。今はそれ以上の事は言えん。それと、今の言った名は迂闊に口にするなよ。厄介事を招く恐れがあるからな」
 オッサンの言い方を聞く限り、嫌な予感しかしてこなかった。が、そこでふと、ダイの大冒険に出てきた黒のコアとかいう核兵器モドキの事が脳裏に過ぎる。またそれと共に、ゾゾッと背筋に寒いモノも走ったのだ。
 まぁこうなるのは仕方がないだろう。
 なぜなら、漫画内で描写されている黒のコアの爆発規模を考えると、現実世界でいう水素爆弾クラスの兵器となっているからだ。が、しかし、いくらなんでもそれは無いだろうと俺は考えていた。
 なぜそう思ったのか? と問われたならば、勘としか答えようがないが、今のオッサンの様子を考えると、俺にはもっと別の危険がはらんでいるように感じられたのである。
 だがこれについてはオッサンが口にしない以上、結論は出ないので、今はとりあえず置いておくことにした。 
「魔力の結晶ね……。ま、ラーさんがそう言うって事は、かなり危険な代物のようだな。わかったよ、その名前は口にしないでおこう。俺もこれ以上厄介事は御免だしね」
「すまぬな。少し、込み入った事情があるのだ。だが、その内、話す時も来るかもしれん。その時はお主に説明をしよう。それまでは待ってもらいたい」
「わかったよ。ン?」
 と、その時であった。
 空から一筋の光が舞い降りてきたのである。
 その直後、アーシャさんがフワリと降り立った。
「ただ今戻りましたわ、コータローさん。ごめんなさいね、こんなに暗くなるまで待たせてしまって」
「いや、いいですよ。それよりも、サブリナ様は何も言っておられませんでしたか?」
「いいえ、何も。恐らく、お母様は気付いてないと思いますわ。ですから、コータローさんの所で修行をしていると思ってる筈です」
「そうですか。それは何よりです」
 本当のところはどうかわからないが、これに関してはアーシャさんの言葉を信じるしかない。
 まぁそれはともかく、そろそろ帰るとしよう。
「さて、それじゃ、宿屋に戻りましょうか。もう外も暗くなりましたし、それにサナちゃん達も待ってると思いますんで」
「ですわね。でも、だいぶ遅くなったので、帰ったら、サナさん達に謝らないといけませんわね」
「ええ」――


   [Ⅱ]


 宿屋に帰ってきた俺達は、そのまま自分達の部屋へと向かった。
 その途中、何人かの宿泊者と擦れ違ったが、全て武具を装備した者達ばかりであった。受付の者が言っていたとおり、宿泊客は冒険者しかいないようである。
 まぁそれはさておき、部屋の前に来た俺は扉をノックした。 
「コータローです。ただ今、戻りました」
 扉の向こうから、サナちゃんの明るい声が聞こえてくる。
「あ、お帰りなさい、コータローさん。待ってくださいね。今、開錠しますから」
 その言葉の後、ガチャという解錠音が聞こえ、扉がゆっくりと開かれた。
 扉の向こうには、優しい笑みを浮かべたサナちゃんが立っていた。
「ごめんね、サナちゃん。ちょっと、話が長引いちゃったから遅くなったんだよ」
「ごめんなさいね、サナさん。こんなに遅くなってしまい」
「いいえ、私達も気楽に寛いでいたところなので、コータローさんもアーシャさんも気にしないでください」
 部屋の中に視線を向けると、レイスさんとシェーラさんが奥のテーブルで寛いでいた。
 テーブルの上には3つのカップと、クッキーのようなお菓子を盛り付けた大きな皿が1つ置かれている。
 この様子を見る限り、3人はまだ夕食は食べてないみたいだ。
 多分、小腹が空いたので、お菓子でも摘まんでいたのだろう。
「どうもお疲れ様でした、コータローさん。これで、この村での用事は済んだのですね?」
「いや、それなんだけどね……ははは」
 俺は少し気まずかったので、とりあえず、後頭部をかきながら微妙な受け答えをしてしまった。
 するとすかさず、アーシャさんが俺の脇腹を肘で突いてきたのである。
「コータローさん……笑ってないで、皆さんに、ちゃんと話さないといけませんわよ」
「ははは……ですよね」
「何かあったんですか?」
 サナちゃんはキョトンとしながら少し首を傾げた。
「うん……まぁ、ちょっとね。でも、部屋の入り口でする話じゃないから、とりあえず、中で話そうか」
「ですわね」――

 部屋の中に入った俺達は、リジャールさんからあった依頼内容を3人に説明した。
 3人は話を聞くにつれ、徐々に微妙な表情へと変化していった。特にレイスさんとシェーラさんは険しい表情であった。まぁ当然だろう。2人はサナちゃんの護衛なのだから、こういう反応をするのは当たり前である。これが逆の立場だったなら、俺も同じような反応をしていたに違いない。
 まぁそれはさておき、俺は一通り説明したところで、とりあえず、どうするかを3人に訊いてみる事にした。
「……とまぁ、以上が依頼の内容なんですが、どうしましょうか? 3人の意見を聞かせてください」
 サナちゃん達3人は互いに顔を見合わせた。
 そして眉間に皺を寄せながら、渋い表情で黙り込んでしまったのである。
 と、そこで、俺は言い忘れていた事を思い出したので、それも伝えておいた。
「あ、それと1つ付け加えておきますと、これに関しては皆に強制はしませんので安心してください。向こうは、俺1人でも構わないと言っているので」
 俺はアーシャさんにも言っておいた。
「アーシャさんも、別に無理はしなくていいですよ。相手は死体の魔物です。女性にとっては、見た目的にちょっとキツイ敵かもしれませんからね。ですから、休んでいてもらっても構いませんよ」
 だが俺の言葉を聞いたアーシャさんは、少しムッとしたように頬を膨らましたのである。
「むぅ、その言い方……私を女だと思って馬鹿にしてますわね。フン、お生憎様ですが、私は行きますわよ。例え、死体の魔物であっても」
 これは少し意外であった。
 向こうで説明を聞いていた時、死体の魔物と聞いて嫌そうな顔をしていたので、てっきり来ないだろうと思ったのだ。
 とはいうものの、怒っているようなので誤解は解いておこう。
「アーシャさん、そんなつもりで言ったんじゃないですよ。だって、敵は死体です。女子供に見せるようなモノではないですからね。だから、変な風に受け取らないでください」
「まぁ貴方の事ですから、私を気遣ってくれたというのはわかりますわ。ですが、知見を広げる為にも私は行きますわよ。それにラウムの採掘場所というのも見てみたいですし」
 よかった。誤解は解けたようだ。が……本当の事を言うと、ここで待機していてほしかったところである。しかし、今更そんな事を言ったところで、もう言う事は聞かないだろう。もはや、諦めるしかない。
 と、そこで、サナちゃんの声が聞こえてきた。
「あのぉ……その坑道から現れるという死体の魔物ですが、コータローさんはどう見ているのでしょうか? それを聞いてから、同行するかどうかを判断しようと思います」
 多分、サナちゃんのこの言い方は、俺が持つ魔物の知識を聞きたいという事なのだろう。賢明な判断だ。
 まぁそれはともかく、俺はドラクエの知識を思い出しながら、腐った死体について話す事にした。
「それなんだけどね。実はこの依頼を聞いた時に、とある不死の魔物の事を思い出したんだよ」
「不死の魔物?」とサナちゃん。
 俺は頷くと続ける。
「実は俺が知っている魔物に、腐った死体という魔物がいるんだけど、それは俺達のような種族の死体が、魔物化したものなんだ。そして厄介な事に、その魔物は毒の霧も吐いてくる化け物なんだよ」
「腐った死体って……そのままですわね。もっと捻りのきいた名前は無いのかしら」
「そう言われてもねぇ、俺もそうとしか言えなわけで……」
 まぁ確かに、アーシャさんが言わんとしてる事もわからんでもない。
 というか、俺も初めてゲームで遭遇した時、『まんまやんか』と突っ込んだ記憶があるくらいだ。
 だが考えてみれば、ドラクエに出てくる魔物の名前は結構そんなのが多いのである。
 大サソリとか、泥人形とか、彷徨う鎧とか、がいこつとか、笑い袋とか、踊る宝石とか……まぁ言い出したらきりがない事ではあるが……。
 まぁそれはさておき、ここで、思案顔のシェーラさんが話に入ってきた。
「そういえば……ラミナスから逃げる途中、そんな魔物に出くわしたわね。確か、肌が群青色になった薄気味悪い死体の魔物だったわ」
「それは多分、どくどくゾンビというやつかも知れないですね。ちなみに、今言った魔物も毒を持ってます」
「ドクドクゾンビ?」
 シェーラさんは首を傾げた。
「この死体の魔物というのは、何種類かいるみたいなんですよ。紛らわしいかもしれませんが、それぞれ性質が違うみたいです。でも、毒を持つという事に限定すると、今言った腐った死体と、どくどくゾンビという2種類の魔物が考えられますね」
 だが、今の説明を聞いたシェーラさんは、何とも言えない微妙な表情で俺を見ていたのである。
「へぇ……そうなの。というか、コータローさんて物知りなのね……。ザルマの時といい、本当によく、魔物の事を知っているわ。ラミナスでもコータローさん程、魔物の知識がある者はいないんじゃないかしら……」
 何となくではあるが、俺の事を探るような口調であった。
 レイスさんもそれに同調する。
「実は私も、そう思っていたところだ。コータローさんは、ラミナスにいたどの学者よりも魔物の事に詳しいなと……。いや、ラミナスだけではない。私が今まで出会ったイシュマリアの誰よりも詳しいように思える」
 2人共、流石に、不審に思っている感じであった。
 仕方ない、この際だ。道中、サナちゃんとアーシャさんに話した内容をレイスさんとシェーラさんにも言っておいた方がいいだろう。この2人は口も堅いだろうから、念押しすれば他言はしない筈だ。
 それに今後、強力な魔物が出てきた時にイチイチ誤魔化すのも疲れるし、場合によっては、それが功を奏して素直に俺の言う事を訊いてくれるかもしれない。
 だがその前に……他言しないように、釘だけは刺しておこう。
「レイスさんとシェーラさんに、言っておかねばならない事があります」
「何かしら?」
「何だろうか?」
「実はここに来るまでの道中、サナちゃんとアーシャさんには他言無用というのを条件に、俺の持っている知識について話したんです。ですから、他言しないと誓って頂けるのであれば、レイスさんとシェーラさんにも、それをお話ししましょう」
 2人は互いに顔を見合わせ、頷いた。
「わかった。他言しないと固く誓おう」
「私も誓うわ」
「では、お話ししましょう……これは以前住んでいた所での話なんですが、俺はそこで、数々の魔物や魔法について書かれた書物を読んだ事があるんです。なので、その書物に記されていた魔物や魔法の知識はそれなりに記憶しているんですよ。ですが、それらはイシュマリアとかではあまり知られていない書物らしいので、俺は面倒を避ける為に、今までずっと内緒にしてきたんです」
「そういう事だったの……。確かに、その理由ならば、他言はしない方がいいわね」
 どうやら納得してくれたようだ。
 そこで、レイスさんが訊いてくる。
「では、ザルマが従えていたあの魔物達も、その書物に記されていたということなのか?」
「ええ、そうですよ。その書物には姿形も描かれていたので、魔物を見た時、すぐにわかったのです」
「そうだったのか……。すまない、コータローさん。言いにくい事を話してくれて」
 そしてレイスさんは俺に向かい、深く丁寧に頭を下げたのであった。
 だが、俺はそんなレイスさんを見た途端、少し罪悪感が湧いてきた。なぜなら、今言った内容も嘘だからである。
 自分で言っといてなんだが、嘘を吐くというのはあまり気分がいいものではない。
 しかし、だからと言って、『ここはドラゴンクエストというTVゲームのような世界なので、それに出てくる魔物の事は大体知ってますよ』などとは口が裂けても言えないのだ。
 その為、今はこう告げる以外、俺が取れる方法は無いのである。
「コータローさん、話を戻しますが、その死体の魔物というのは、毒以外の危険はないのですか?」と、サナちゃん。
「毒以外にか……。そういえば、地味なんだけど、他にも厄介な特徴が書いてあったね」
「厄介な特徴ですか」
「そう……これはうろ覚えなんだけど、毒の他に、眠りを誘う甘い息を吐いてくるという事や、集団で現れた場合は、1つの対象に向かって集中攻撃をしてくるような事が記述してあった気がするんだよ」
 確かゲームだと、そんな設定だった気がする。
 しかも、集団で現れた場合は、それが地味に効いてくるのだ。特に集団戦闘時の甘い息は要注意である。
 考えてみれば、腐った死体やどくどくゾンビは攻撃力は弱いくせに、それを補う手段をもっているので、決して侮れない魔物なのである。
 と、そこで、シェーラさんがやや険しい表情で呟いた。
「眠りを誘う甘い息と、1つの対象に集中攻撃ねぇ。おまけに毒も持っている……確かに、それは厄介な魔物だわ」
「ああ、シェーラの言うとおりだ。もしそれが本当ならば、厄介な魔物と言わざるを得ない。しかも、死体という事を考えると、痛みを受ける事に対する恐怖心もないだろうからな」
 確かに、レイスさんの言う事も一理ある。
 よくよく考えてみれば、既に死んでいる死体に、痛覚なんぞは存在しないのだ。
 レイスさんが訊いてくる。
「コータローさん、その他に何か特徴はあるだろうか?」
「そうですねぇ、後は眠りや幻覚系の魔法に耐性を持っているのと、結構打たれ強いってとこですかね。まぁ元が死体なんで、その辺は当たり前といえば当たり前なのかもしれませんが……。でも、それらの魔物には弱点もあって、物理的な攻撃や、メラ系やヒャド系の攻撃魔法には、耐性が全くないという事が書かれてましたね。まぁとりあえず、今思い出せるのは大体こんなところでしょうか」
「どんな魔物なのかは大体わかりました。そこでお聞きしますが、コータローさんから見て、その魔物は強敵に思われますか?」と、サナちゃん。
「さぁ、どうだろうね……」
 ゲームだと弱いくせに面倒臭い敵というイメージしかないので、俺は少し返答に困ってしまった。
 しかし、この世界の腐った死体がゲームと同じかどうかはわからない。
 おまけに、実際に確認したわけでもないので、その辺は未知数なのだ。
 というわけで、俺は正直に言っておいた。
「実を言うと、その辺はよくわからないというのが、今の俺の見解かな。実際に坑道で見たわけじゃないからね……」
「そうですか……」
 サナちゃんはそう言うと、目を閉じて沈黙した。
 シーンとした静かな時間が過ぎてゆく。
 多分、色々と考えているのだろう。
 あまり悩ませるのも悪いので、俺は無理しないよう言っておいた。
「でも、サナちゃん達は無理はしなくていいよ。向こうも最悪、俺だけで構わないとは言ってくれているしね。それに、この村には冒険者の数も多いから、その辺は何とかなると思うよ」
 と、そこで、サナちゃんは目を開き、レイスさんとシェーラさんに何かを耳打ちしたのである。
 レイスさんとシェーラさんは互いに顔を見合わせ、少し険しい表情になった。
 明らかに2人の様子は、サナちゃんの言葉に驚いている風であった。
 しかし2人は納得したのか、暫しの沈黙の後、サナちゃんに向かって静かに頷いたのである。
 サナちゃんはそこで、俺に視線を向けた。
「決まりました。私達もコータローさんに同行します」
「え? 本当に? でも、毒のある魔物だよ」
「わかっております。ですが、私もキアリーを使えますので、きっと力になれる筈です。それに、コータローさんには大変ご迷惑をおかけしましたので、そのお詫びも兼ねて同行する事にします」
 サナちゃんは、昨日のザルマの事をまだ気にしているのだろう。
 無理もないか……俺も逆の立場ならそうするかもしれないし。
 まぁそれはともかく、サナちゃん達が来てくれるのは確かに心強い。
 なので、この申し出はありがたく受け取る事にした。
「本当に? 断られると思っていたから、それはありがたい。じゃあ明日は、全員同行してくれるという事でいいんだね?」
 4人は俺にコクリと頷く。
 とまぁそういうわけで、明日は皆と共に、ラウム鉱採掘跡へ向かう事となったのである。


   [Ⅲ]


 翌日、俺はいつも通り、夜が明け始める頃に目を覚ました。
 だが頭の中が覚醒するに従い、なぜか知らないが、少し窮屈な感じがしてきたのである。そう、何かに圧迫されるかのような……。
 それが気になったので、俺は圧迫を感じる左手に意識を向かわせた。
 すると左手に、妙に弾力のある柔らかい物体があったのである。
 何だ、この物体は? と思った俺は、眠い目を右手でこすりながら、そこに視線を向ける。
 そして、その物体を見るや否や、俺は驚きのあまり目を見開いたのであった。
 そこにあったモノ……それはなんとアーシャさんであった。
 アーシャさんが俺の隣で、今まさに、スースーと寝息を立てているのである。それはまるで、昨日の朝の再現のようでもあった。
(な、なんでここにアーシャさんがいるんだ……)
 事態が飲み込めない俺は、そこで、昨夜の就寝前の事をじっくりと思い返すことにした。

 昨晩、夕食を食べた後に、ここの宿の者が簡易ベッドを1つ運び込んでくれた。
 それによって5人全員分のベッドが揃ったので、話し合いの結果、各自が好きなベッドで寝る事になったのである。
 ちなみに俺は、運び込まれた簡易ベッドを使う事にした。理由はまぁ単純な事だ。皆に遠慮したのと、ヴァロムさんの所ではこれ以上に酷いベッドを使っていたので、こういった寝床に慣れていたからである。
 まぁそんな感じで、俺達は床に就いたわけだが……今の状況はどう考えておかしい。
 就寝の時は、アーシャさんも別のベッドで寝ていたからだ。
(アーシャさんはいつの間に、ここに入ってきたんだろう……)
 勿論、俺は覚えていない。という事は、俺が爆睡している時に、このベッドに入ってきたという事なのだろう。まぁだからといって、別に嫌というわけではないが……。
 しかし、アーシャさんがこんな行動をとるという事は、まだザルマの事が頭から離れないのに違いない。
 だがとはいうものの、これはあまりいい傾向ではない。
 なぜなら、この先アーシャさんは、俺に依存する可能性があるからだ。
 可愛い子が隣で寝てくれるので俺も悪い気はしないが、やはりそこは、心身ともに健全な状態での関係が一番望ましい。
 心に傷を負ったが故のスキンシップだと、やはり、道中危ういのである。
 特にこの先は、魔物との戦闘も増える事が予想される。つまり、依存する事が常態化すると、非常時に正常な判断を下せなくなる為、更に危険が迫る事になるのだ。
(はぁ……これから先、アーシャさんの心のケアについても考えないといけないか……でも、最悪の場合は……マルディラントへと帰ってもらう事も、視野に入れなければならないかもな……)
 俺はそこでアーシャさんの寝顔に目を向けた。
 昨日と同様、アーシャさんはすっかり安心しきった表情で眠っている。
 小さく胸を上下させながら、時折、口元をムニュムニュと動かす可愛らしい仕草をしていた。見ているこっちも幸せになるような、無邪気な寝顔だ。
(安眠て感じだな……幸せな寝顔だ。まぁそれはともかく、そろそろ起きるとするか……)
 俺は半身を起こして大きく背伸びをすると、そこで室内を見回した。
 他の3人はベッドでまだ寝ているようであった。時折、寝返りを打ち、上にかかった毛布がモゾモゾと動く。それはまるで、いつか見た修学旅行での朝の光景のようであった。
 まぁそんな事はさておき、静まり返った室内を見たところで、俺はソッとベッドを降りた。
 と、その時である。
 丁度そこで、アーシャさんも目を覚ましたのだ。
「あ、おはようございます、コータローさん」
 アーシャさんは小声で朝の挨拶をすると、瞼を擦りながら起き上がってきた。
 それから俺に、ニコリと可愛らしく微笑むのである。
 俺もつられて小声で挨拶をした。
「おはようございます、アーシャさん。って……それよりもビックリしましたよ。起きたらアーシャさんが横に寝てたので」
「だって……夜中に突然目が覚めて、またアレを思い出したんですもの……」
 アーシャさんはそう告げると表情を落とした。
 やはり、ザルマの事が脳裏に蘇ってきたみたいである。
「そうだったんですか。でも、この部屋はアーシャさん1人じゃないので大丈夫だと思いますよ」
「コータローさん、確か一昨日の晩、こんな事を言いましたわよね。何かあった時は身を挺してでも私を守ってくれるって……私、あの言葉が嬉しかった。ですから私、コータローさんといると凄く安心できるんですの」
「そ、そうですか。ははは……」
 これは良くない兆候だ。思った通り、アーシャさんは俺に依存しかけている……。
 原因は俺にもあるので、何か改善の策を考えないといけないようである。
「ところで、コータローさん。どこに行くんですの?」
「そうですね……とりあえず外で顔や口を洗ってサッパリしてから、村の中を少し散歩でもしようかと思ってますけど」
「じゃあ、私も行きますわ。準備しますので待っててください」
 アーシャさんそう言うや否や、体を起こしてベッドから降りる。
 そして、いそいそと準備に取り掛かったのである。


  [Ⅳ]


 宿を出た俺とアーシャさんは、外にある井戸で顔や口を洗った後、朝の澄んだ新鮮な空気を体内に取り込みながら、村の中を見てまわった。
 まだ日が昇り始めた頃なので、村内は若干薄暗く、そして静かであった。聞えてくるのは、周囲の森から聞こえてくる鳥の鳴き声くらいだ。
 そんな村内ではあったが、村人たちの姿もチラホラと目に留まった。畑で農作業をする者や、井戸の水を汲みに来る者等である。
 この光景を見る限りでは、モロに長閑な山の集落といった感じだ。が、しかし……村の守衛を務める冒険者達の姿が視界に入ると、一気に物々しい雰囲気に変わるのであった。
 とはいえ、村の警備は抜かりなく行われているという事なので、この村に住む人達からするとありがたい光景なのだろう。
 それから暫く村の中を歩いて回り、俺達は宿屋へと帰ってきた。
 宿屋の玄関を潜ると、出掛ける時は誰もいなかった正面の受付カウンターに、初老の男が1人立っていた。
 この男の顔には見覚えがあった。昨日、宿泊の交渉をした相手である。多分、この宿屋の主人だろう。
 まぁそれはさてき、男は俺達を視界に収めると、ニコリと微笑み挨拶をしてきた。
「お客様、おはようございます。昨晩はよく眠れましたかな?」
 俺とアーシャさんは立ち止まり、挨拶を返した。
「ええ、お蔭様で、ゆっくりと休むことが出来ましたわ」
「良い香りのする部屋だったので、気分よく休めましたよ」
 俺達の反応を見て、男は満足そうな笑みを浮かべた。
「それは良かった。ところで、外から来られましたが、村の中でも散歩されてたのですかな?」
「ええ、ちょっとその辺を見て回ってきました。朝の散歩は心地いいですからね。それにここは澄んだ空気をしてますので、心身ともに充実した気分になりましたよ」
「そうでございましょう。特にこのガルテナは、木々に囲まれた集落ですので、空気も下界とは一味違いますからな。外から来られたお客様は、皆、そう仰います……とはいうものの……それも平穏があってのものですがな……」
 男はそう言って、少し曇った表情になった。
 恐らく、坑道に棲みついた魔物の事を言っているのだろう。
「そのようですね。昨晩、この村の方から、奥にある坑道に魔物が棲みついたと聞きました。そして、村の中にいる冒険者は、その為に、ここにいるとも……」
 男は頷くと、大きな溜息を吐いた。
「フゥゥ……ええ、まったくです。なんで突然、魔物が棲みつきだしたのかわかりませんが、私共もホトホト困っているのですよ。あんな醜い魔物が棲みついたとあっては、この平穏なガルテナの評判も地に落ちてしまいますからな。早いところ何とかしてもらわないと、商売に差支えてかないません……」
「でしょうねぇ。その辺にいる魔物ならいざ知らず、よりにもよって死体の魔物ですもんね。心中お察ししますよ」
 俺は今の話を聞き、昨日あったリジャールさんとのやり取りを思い出した。
 実は昨日、棲みついた魔物の事は他言しないよう冒険者達に念押ししてあると、リジャールさんは言っていたのだ。
 やはり、死体の魔物がうろつくなんて事が知れ渡ると、ガルテナの長閑なイメージに傷がつくからだそうである。まぁこれはもっともな話だ。
 またリジャールさんの話によると、この村の主な収入源は、山菜や山の畑で収穫した農産品と民芸品であるらしい。そういったことから、それらを求めてやってくる商人もいるので、今のこの現状を知られると色々と都合が悪いそうなのだ。まぁ要するに、風評被害を気にしているのである。
(腐った死体がうろつく村なんて、まんまバイ〇ハザードだもんな……そんな噂が蔓延したら、誰も来なくなるわ……)
 ふとそんな事を考えていると、男が訊いてきた。
「ところでお客様は、これからどちらに向かわれるのですかな。山を降りてフィンド方面へですか? それともこの先にあるモルドの谷を抜けて王都の方角へ?」
 どう答えようか迷ったが、誤魔化す事でもないので俺は正直に言った。
「実はですね。私達はこの後、リジャールさんという、この村の方と共に、坑道の中を調べる事になっているのですよ」
「え!? それは本当ですか? リジャールさんと?」
 男はそう言って目を見開いた。
「ええ、本当です。リジャールさんから直々に頼まれたものですからね」
「そうだったのですか……リジャールさんに。ですが、この村にいる冒険者達の話だと、中々に敵は手強いそうです。なので、十分な準備をしてから向かわれた方がいいでしょう。特に毒を持っているらしく、かなり面倒な魔物だと聞きましたからね」
 確かに、色々と準備は必要だ。
 話のついでなので、道具屋の場所も訊くことにした。
「あ、そうだ。話は変わりますが、この村に薬草や松明等を売る道具屋はあるのですか?」
「ああ、それでしたら、私共の方で副業として営んでおりますが」
「本当ですか。それは助かる」
 まさか目の前に道具屋があったとは……。
 これぞ正しく、灯台下暗しというやつだ。
 まぁそれはともかく、仕切り直しとばかりに、男は営業スマイルになった。
「それではお客様、何をお探しでございますかな?」
「明かりを灯す道具が欲しいのですけど、何かありますかね」
 するとアーシャさんが首を傾げたのである。
「コータローさん、レミーラがあるではないですか。明かりを得る道具は必要ないんじゃありませんの?」
「まぁ確かにそうなんですが、魔力切れを起こす可能性も否定できませんので、一応用意した方がいい気がするんですよ。それに俺の故郷では、備えあれば憂いなしという(ことわざ)もあるのでね」
「ソナエアレバ? ま、まぁその辺の事情はよく分かりませんが、貴方が必要だと思うのなら、私はもう何も言いませんわ」
 というわけで、俺は交渉を再開した。
「何かありますかね? できれば長く使える物がいいです」
「でしたら、ちょっと待ってくださいね……ええっと、どこに仕舞ったかな……ああ、あったこれだ」
 男は後ろにある棚の扉を開き、そこから、西洋風のランタンみたいな物を取り出したのである。
「これなんかどうでしょう? 以前、この村に来た行商人から手に入れたグローという手明かりです」
 見た感じオイル式のようである。
「これは、何を燃料にするんですか?」
「それはですね、この灯り油を使うんですよ」
 男はそう言って、500mlのペットボトルサイズのガラス瓶をカウンターの上に置いた。
 ちなみにだが、その中にはドロっとした薄茶色の液体が入っていた。このイシュマリアでは原油を精製するプラントもないので、俺達が日頃使う灯油とかではないだろう。多分、この色と粘りからすると、植物か動物由来の油かもしれない。
「へぇ~なるほど。じゃあ、これにするかな。ところでおいくらですかね?」
「こちらは量産品の松明と比べると少し値が張りまして、灯り油とグローで80ゴールドになります。それでもよいでしょうか?」
「ええ、構いませんよ」――


   [Ⅴ]


 朝食を済ませた俺達は、暫し部屋で寛いだ後、リジャールさんの家へと向かった。
 そして、家に到着したところで、俺は玄関の扉を開き、中に向かって呼びかけたのである。
「御免下さい。コータローですが、リジャールさんはおられますか?」
 奥から声が聞こえてくる。
「おお、来たか。少し待っておれ」
 程なくしてリジャールさんは玄関へとやってきた。
 それから外に出て、俺達の顔を順に見ていったのである。
 リジャールさんは顎に手を当て、感心したように頷いていた。
「ほほぉ……これはまた面白い構成の仲間達じゃな。アマツの民にラミナスの民、そしてイシュマリアの民か。しかも皆、中々の手練れのようじゃ」
「昨晩、皆に依頼の内容を話しましたら同行してくれるという事になりましたので、来てもらいました」
 それを聞き、リジャールさんはサナちゃん達に頭を下げた。
「儂が此度の依頼をお願いしたリジャールという者じゃ。すまぬな、無理を言って。事が終わり次第、報酬の方はしっかり弾むつもりじゃ。よろしく頼むぞい」
「いや、気になさらないでください。それにコータローさんとアーシャさんは、私達の大事な仲間ですから」
 サナちゃんは中々嬉しい事を言ってくれる。少しジーンときてしまった。
 まぁそれはさておき、俺はそこでリジャールさんに確認した。
「あの、リジャールさん。坑道へはもう向かわれるのですかね?」
「いや、まだじゃ。実はお主達以外にも数名頼んでおいたのでな。もうそろそろ来るはずじゃが……お!? どうやら向こうも来たようじゃな」
 俺はリジャールさんの見ている方向に視線を向けた。
 するとそこには、こちらへと向かう、5人の冒険者の姿があったのである。
 見た感じだと、かなりゴツイ感じの冒険者に見えた。が、しかし……冒険者達が近づくにつれ、俺は思わず目を見開いたのだ。
 なぜなら、前方からやってきたのは、このガルテナに来る途中の山道で出会った冒険者達だったからである。
 向こうも俺達の事が分かったようで、少し驚いた表情を浮かべていた。
「おや、貴方がたは昨日の……」
 ダンディな戦士はそう言って、俺達を見た。
 と、そこで、レイスさんがその戦士に挨拶をした。
「昨日はどうも。色々と縁がございますな」
「なんじゃ、紹介しようと思ったのに、カディスはもうこの者達を知っておるのか?」とリジャールさん。
 カディスと呼ばれた男は頭を振る。
「いえ、リジャールさん、そうではないです。昨日、たまたま街道で出会っただけですよ」
「まぁええわい。では紹介するが、ここにいる5名は、儂の古い友人の知り合いでな、その腕を見込んで、儂が坑道の調査に加わってくれるようお願いした者達じゃ。じゃから、よろしく頼むわい」
 この流れだと、一応、自己紹介はしておいた方がよさそうだ。
 というわけで、まず俺からすることにした。
「コータローと申します。これから暫くの間、よろしくお願いしますね」
「私はカディスと言う。こちらこそ、よろしく頼む」
 そして、俺達を皮切りに、他の皆も簡単に、自己紹介をしていったのである。 
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