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Dragon Quest外伝 ~虹の彼方へ~

作者:読名斉
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Lv16 黒き魔獣

   [Ⅰ]


 目の前に現れた10体の凶悪な魔物達……。
 その姿はゲームの様なアニメ風ではなく、非常にリアルな質感を持つ、野獣といっても差支えない化け物達であった。
 手足の鋭利な爪に、口が開く度に見える大きな白い牙。そして人間よりも一回り大きい体躯と、俺達を威嚇する唸り声や射抜くような眼つき。これらの外見からは、某有名漫画家が描くキャラデザインのような可愛らしさは微塵も感じられない。感じるのは、肉食獣が狩りをする時に見せる獰猛な雰囲気だけなのである。
 その為、俺の中に『死』という文字が、否が応にも浮かび上がってくるのだ。
 そう……死である。これがもしゲームならば、例え死んだとしても仲間が生き延びさえすれば、教会や世界樹の葉といったアイテム、または蘇生魔法で復活できることもあるだろう。
 だがしかし……このドラクエ世界における死は、文字通りの死なのである。
 理由は簡単だ。現状、蘇生できる施設や魔法がないからである。
 一応、この国にある施設でゲームの教会に当たる役目をするのはイシュラナ神殿だが、ここの神官はそんな魔法や道具は使えない。
 つまり、死んだ場合は死として扱い、現実世界の日本と同じく、埋葬や火葬を行って故人を偲ぶのである。
 ゲームの様なわけにはいかないのだ。 
 とはいうものの、俺は一応、世界樹の葉を持ってはいる。が、あれはあまり人に知られたくはないアイテムな上、魔法で保管している状態なので、俺が死んだ場合はどうにもならない。
 前もってアーシャさんに渡しておけばよかったのかもしれないが、今となってはもう遅いのである。
 だからだろうか……。
 この時の俺は戦いに勝つ事よりも、どうやって生きる伸びるかを模索し始めていた。そう、生きる為の道を……。
 こんな魔物達を前にしても俺は冷静であった。
 恐らく、毎日繰り返してきた魔物との戦闘のお蔭だろう。
 そこで経験した死の恐怖や戦いの思考というものが、今の俺を冷静にしてくれるのだ。

 俺はザルマとロランさん達のやり取りを注視しながらも、現状を把握する為に思考を巡らせていた。
 魔物の構成とその能力、魔物と俺達の出来る事と出来ない事、敵の指揮系統、俺達との位置関係、周囲の地形の確認等を。
 特に、旅が始まる前に教えてもらったサナちゃんの使える魔法や、過去にプレイしたゲームの知識などは必死になって思い返した。
 そしてそれらを元に、俺は生き延びる為の策を考え始めたのである。
 そんな中、ザルマは不気味な黒い水晶球を掲げ、声高に告げたのであった。

【イメリア様……私は素晴らしい力を得られたのですよ。その力を使って、貴方がたを八つ裂きにして差し上げましょう。クククククッ】

 その直後、なんと水晶球から黒い霧が一斉に吹き出し、ザルマの全身を覆い始めたのだ。
 この突然の変化に俺達は身構える。
【では準備が整うまで間、暫しお待ちください。どうせ逃げられはしないんです。僅かばかりの時ですが、最後のお祈りでも捧げていて下さい。私からのささやかな贈り物です。ククククッ】
 だがそれを聞いた瞬間、俺の脳裏にある考えが過ぎった。
 それは……やるなら今しかないという事だ。
 今の奴は、完全に勝った気でおり、尚且つ、これ以上ないほどに油断している。
 ここを突く以外、俺達が生き残る道はないと思ったのである。
 俺は短い時間の中で必死に考えてみたが、どう考えても俺達の方が分が悪い。
 もしこれらの魔物がゲームと同様の強さだった場合、物理的な攻撃力と機動力、そして体力と手数の多さは、向こうが1枚も2枚も上なのは間違いないからだ。
 勿論、ゲームと同じなどという証拠は何もない。が、今まで出遭った魔物達が概ねそんな感じだったので、恐らく、こいつ等もそれ程の違いというものは無い気がするのである。
 だがそうなると、魔物達の数が大きな問題だ。
 2、3体ならまだしも、このレベルの魔物が10体となると、こちらも相当の被害を覚悟しなければならない。
 その為、今の俺達がまともにやりあえば、下手をすると全滅か、もしくは大打撃を受ける可能性が十分にあるのである。
 おまけに、ザルマがこれから何をするのか未知数なのもある。
 いや、奴の自信とこの屈強な魔物達を統率している事実を考えれば、かなりの力を持っていると見て間違いないだろう。
 だからこそだ。今の内に、他の魔物達の脅威を取り除かなければならないのである。
 そして、その為の手段を一刻も早く講じなければならないのだ。

 俺はザルマ達に聞こえないよう注意しながら、仲間の4人に話しかけた。
「皆、そのままの体勢で、俺の話を聞いてもらえますか?」
 そこで4人は俺をチラッと見た。
「何だ、言ってくれ」と、レイスさん。
 俺は話を進めた。
「皆もわかってるとは思いますが、ハッキリ言って、俺達はあまりにも不利な状況です。下手を打つと全滅の可能性もあります。そこでお聞きしたいのですが、4人の中で、この魔物達について多少なりとも知っている方はおられますか?」
 まずレイスさんが答えてくれた。
「数年前……ラミナスが魔物の大群に襲撃された時、何回か見た事はあるが……どんな魔物かまではわからない。逃げるので精一杯だったのでな」
「私もだわ」
「……私もです」
「私も初めて見ますわ。恐らく……近頃噂に聞く、新種の魔物だと思いますの」
 どうやら誰も知らないみたいだ。
 予想してた事だが、皆が知らない以上、ここは俺の判断で切り抜けるしかないようだ。
 あまりこんな事はしたくないが、ゲームでいう『命令させろ』を俺がやるしかない。
 しかし、目の前の魔物がゲームと同じという確証はないので、これは俺も、ある意味賭けなのである。
 だが、やらなければ非常に不味い事態になるのは明白だ。
 おまけに俺が持つドラクエ知識を使うので、4人はそこに突っ込んでくる可能性も大いにある。が、今は生きるか死ぬかの選択に近い状況なので、この際、止むを得んだろう。言い訳は後で考えるしかない。今はこの状況を打破する事が先なのだ。
「どうやら、知っているのは俺だけのようですね。では、皆にお願いがあります。今から俺の指示通りに動いて頂きたいのですが、いいですか?」
【え!?】
 すると驚いたのか、4人は俺に視線を向けた。
「コータローさん、こいつ等を知ってるの?」と、シェーラさん。
「はい、知ってますよ。でも、俺に振り向かないでください。皆の視線は魔物へ向けたままでお願いします。それと、ここからは対応を間違えると、大変な目に遭うと覚悟してください。全滅する可能性も十分ありますので」
「とは言っても……」
「シェーラよ……私の見る限り、コータローさんは信用できる方だ。だから、この場は彼に従おう」
「レイスがそこまで言うのなら……」
 と言って、シェーラさんはそこでサナちゃんに視線を向けた。
 サナちゃんはそれに頷く。
「シェーラ、ここはコータローさんに従いましょう。どうぞ続けてください、コータローさん」
 と、そこで、アーシャさんがジロリと流し目を送りながら、口を開いた。
「……訊きたい事が幾つかありますが、この戦闘が終わった後にしますわ。どうぞ、続けてください」
 やはり、そうきたか……とりあえず、後で言い訳を考えておこう。
 それはともかく、俺は話を続けた。
「では時間がないので簡単に説明します。少々卑怯ではありますが、今から不意打ちをします。魔物達を叩くには、力に酔った馬鹿な指揮官の指示を待っている今が狙い目だからです。それで、ですが……俺とアーシャさんがこれから攻撃魔法を使いますので、その後、レイスさんとシェーラさんは、右端にいる赤い魔物2体を剣で攻撃して、止めを刺してください」
「え、あんな弱そうなのを先に攻撃するの?」
 シェーラさんはベホマスライムに視線を向け、微妙な反応を示した。
 仕方ない、簡単に説明しておこう。
「あの魔物はベホマスライムといって、どんなに深い傷も完全に回復させるベホマという呪文を使います。ちなみに言っておきますが、ベホマはベホイミよりも更に上の高位魔法ですから強力ですよ。だから、あれを真っ先に倒さないと後々面倒な事になるんです。というわけなので、お願いしますね」
「わ、わかったわ」
「先程のロランさんの事もある。君の言うとおりにしよう」とレイスさん。
「ではお願いします」
 俺はそこでチラッとザルマの様子を確認した。
 ザルマは黒い霧に覆われたままだったが、中から不気味な赤い光を発しているところであった。
 嫌な予感がした俺は、急いでサナちゃんに指示をした。
「それからサナちゃんは、ピオリムで俺達の素早さを上げてほしい」
「はい、わかりました」
「それとアーシャさんは、俺がイオラを使うのと同時にヒャダルコをあの赤いベホマスライム2体に放ってください」
「ヒャダルコですわね。わかりましたわ」
 俺は次に、怯えるロランさん一家に忠告をしておいた。
「ロランさん……貴方には言いたい事もありますが、後にしましょう。それはともかく、今から戦闘を始めますので、俺達の後に下がってもらえますか? でないと巻き込まれますよ」
「わ、わ、分かった。行くぞ、お前達」
 ロランさんは妻子共々、慌てて後ろの岩壁に移動する。
 それから付近にある馬車の裏に身を隠した。
 俺はそれを確認したところで、アーシャさんに攻撃開始の合図を送ったのである。
「行きますよ、アーシャさん」
 アーシャさんは無言で頷く。
 そして、俺とアーシャさんは杖を魔物達に向け、それぞれが同時に呪文を唱えたのだ。

【イオラ】
【ヒャダルコ】

 次の瞬間、俺達の杖から2つの魔法が放たれる。
 俺の杖からは、サッカーボール大の白く発光する魔力の塊が魔物達のど真ん中に飛んでゆき、アーシャさんの杖からは青く冷たい霧が発生し、そこから生み出された無数の氷の矢がベホマスライムに目掛けて飛んでいった。
 俺が放った魔力の塊は、強烈な閃光と共に大きな爆発を起こし、ザルマ以外の魔物達全てを吹き飛ばしてゆく。
【グギャア!】
 魔物達の悲鳴が聞こえてくる。
 巨体のアームライオンやキラーエイプは、一瞬宙に浮いた後、後方の地面をゴロゴロと勢いよく転がっていった。
 人間に近い体型のオークや似たような大きさのベホマスライムは、それらよりも更に後方へと吹っ飛んでゆく。
 そして、ベホマスライムには更に、アーシャさんの放った氷の矢が、容赦なく襲い掛かったのである。
 ベホマスライムの赤く柔らかい体に、氷の矢が何本も突き刺さる。
 だがこれで終わりではない。
 レイスさんとシェーラさんが既に間合いを詰めており、間髪入れず、ベホマスライムにとどめの一撃を繰り出したのだ。
 2人はまるで豆腐でも斬るかのように、弱りきったベホマスライムの身体をスパッと両断した。
 そして、断末魔の悲鳴を上げる間もなく、ベホマスライムはこの場で息絶えたのである。
 丁度そこでサナちゃんの魔法詠唱が聞こえてきた。
【ピオリム】
 その直後、緑色に発光する霧状のモノが俺達を覆い始め、身体がフワリと軽くなった。素早さが上がった証拠である。
 とりあえず、ここまでは指示通りだ。が、ここからは手を緩めることなく、一気畳み掛けなければならない。
 そう考えた俺は、次の指示をだそうとアーシャさんとサナちゃんに視線を向ける。
 と、その時であった。
 なんと、黒い霧に覆われていたザルマから、赤い閃光が迸ったのである。
 またそれと同時に、周囲を覆っていた黒い霧は、霧散するかのように消え去ったのだ。
 俺は恐る恐るザルマに視線を向けた。
「なッ!」
 そして俺は驚愕したのである。
 なぜなら、そこにいたのは黒き魔獣と化したザルマだったからだ。4本の腕と4本の脚、ライオンを思わせる頭……そう、ザルマはアームライオンと見紛うばかりの魔獣になっていたのである。
 全体的な見た目は黒いアームライオン……それが俺の第一印象であった。が、しかし、色はアームライオンと全く違っていた。
 ザルマの全身はどす黒い体毛で覆われており、頭部には周囲を縁取る真っ白な鬣が生えていた。またその首には、ソフトボール大の黄色い玉が付いた、首輪のような物がぶら下がっているのである。
 そんな外見の所為か、俺は一瞬、八つ裂きアニマルかとも思ったが、よくよく考えてみれば、八つ裂きアニマルは灰色の体色に赤い鬣だった気がする。なので、今のザルマは、それとはまた別の存在のようだ。が、そう考えた次の瞬間、俺は嫌な記憶が蘇ってきたのである。
 それは、ドラクエⅣに出てきたキングレオという中ボスモンスターの事である。
 キングレオもアームライオンの色違いモンスターだった上に、元は人間だったように俺は記憶している。となると、今のザルマはそれと同種の可能性もあるのだ。
 だからだろうか……俺の目には、今のザルマが、得体の知れない強力な魔物に見えて仕方がないのである。

 姿を現したザルマは不敵な笑みを浮かべる。
 と、そこで、イオラを喰らった他の魔物達も、のっそりと起き上がってきた。
【クククッ、不意打ちとは卑怯ですね。ですが、貴方がたの判断は間違って――】
 まだ話している途中だったが、俺はザルマを無視して構わず魔法を唱えた。
【イオラ】
 さっきと同じように爆発が発生する。
【グボァァ!】
 ザルマは踏ん張って耐えていたが、他の魔物達は更に吹っ飛んだ。
(これで魔物達が死んでくれるといいが……)
 俺はそう考えたが、暫くすると、アームライオンはヨレヨレとだが起き上がってきたのである。
 予想してた事だが、やはり、イオラ2発程度では仕留めきれなかったようだ。
 しかし、オークとキラーエイプはまったく動く気配を見せなかった。
 どうやらこの2種類の魔物には止めを刺せたようだ。
 少しホッとしたが、悪い状況には変わりない。
 俺は更に奴らを追い込むべく、アーシャさんとサナちゃんに次の指示を出した。
「アーシャさんはレイスさんにスカラを。それとサナちゃんもシェーラさんにスカラをかけてほしい。急いで!」
 2人は頷くと同時に呪文を唱えた。
【スカラ】
 レイスさんとシェーラさんに青く光る霧状のものが纏わりつく。
 これで2人の防御力はかなり上がったはずだ。
 俺はそれを確認すると、アームライオンを指差し、レイスさん達に指示を出した。
「レイスさんとシェーラさんは今の内に、残った魔物2体の止めを刺してください。そして、攻撃を終えたら、俺達の前に戻って守りを固めてください。急いで!」
「了解した」
「わかったわ」
 俺の指示を受けた2人は、ヨロヨロと弱っているアームライオン目掛けて駆けてゆき、容赦なく斬りかかった。
 その刹那、アームライオンの断末魔がこの場に響き渡る。
【ヴァギャァァァ!】
 まるで積み木が崩れるかのように、アームライオンはバタリと地面に横たわった。
 レイスさんとシェーラさんはアームライオンの死を確認すると、指示通りに俺達3人の前へと戻ってきた。
 そして剣と盾を構えてザルマと対峙し、奴の出方を窺ったのである。

 今の攻撃は流石にザルマも頭に来たのか、ワナワナと体を震わせていた。
【やってくれますね、虫けら共……。こっちが大人しくしていればいい気になりやがって! だが、調子に乗るのもそこまでだ!】
 するとその直後、ザルマは大きく息を吸い込み、なんと、口から炎を吐きだしたのである。
 それはまるでベギラマを思わせる火炎放射であった。
 その炎が俺達に襲いかかる。
 だがその瞬間、レイスさんとシェーラさんが鉄の盾を前に掲げ、俺達の前に立ち塞がってくれたのである。
 そのお蔭もあって、俺達3人にまでは炎が届かなかった。
 しかし、レイスさん達の苦悶の声が聞こえてくる。 
「グッ!」
「こ、これはキツイわね」
 かなり強烈なブレス攻撃なので、流石に鉄の盾では防ぎきれないに違いない。
 それから程なくして、ザルマのブレス攻撃は終了する。
 俺はそこで一瞬、肩の力が抜けた。
(もしかすると……今のがゲームでよくやられた火炎の息とかいう攻撃か……リアルでやられると、たまったもんじゃないぞ……ン?)
 だがホッとしたのも束の間であった。
 ザルマが次の行動を開始したからである。
【ベホイミ】
 奴の身体が白く光り輝くと共に、イオラの焦げ跡がみるみる消えていった。
 そして傷が回復したところで、ザルマは俺達に言い放ったのだ。
【ククククッ、愚か者共め、なぶり殺しにしてあげましょう。そちらの魔法使いは中々の使い手のようですが、貴様らの装備で私を倒す事など不可能ですからね。覚悟しなさい】
(チッ……ベホイミまで使えるのか。なんて厄介な敵だ……)
 だが怯んでる暇はない。
「大丈夫ですか、2人共」
「ああ、盾で身を守っていたので大丈夫だ。だが……あの炎は強力だ。連続でやられると不味い」
「確かに……。それはともかく、レイスさんとシェーラさんに次の指示をします。効くかどうかわかりませんが、俺が今から奴にルカニを使います。その直後に奴に攻撃をして下さい」
「了解した」
 俺は続いて、他の2人にも指示をした。
「それと、サナちゃんとアーシャさんは、自分にスカラを掛けて守備力の強化してください」
 2人はコクリと頷くとすぐに実行する。
【スカラ】
 そして俺は魔導士の杖を奴に向け、呪文を唱えたのである。
【ルカニ】
 その直後、杖から紫色に光り輝く魔力の塊が出現し、ザルマに向かって放たれた。
 魔力の塊は、ザルマに命中すると、弾けて紫色の霧へと変化し、奴を覆い始めたのだ。
 しかし、それを見てザルマは嘲笑った。
【クククッ、無駄な事です。私にこのような呪文は効きませんよ。フンッ!】
 なんとザルマは全身から魔力を放ち、紫色の霧を振り払ったのである。
(クッ……ルカニが効かないとは……)
 と、そこで、レイスさんとシェーラさんがザルマに斬り掛かった。
 2人の振るう鋭い鋼の刃が、ザルマの身体を切り刻む。が、しかし……ザルマは平然としながら、不敵な笑みを浮かべていた。
【勇ましい事です。ですが、その程度の武器で、今の私に深手を負わせることは無理ですよ。とりあえず、邪魔ですから向こうへ行っていてください】
 ザルマは素早く4本の腕を伸ばし、レイスさんとシェーラさんの腕を掴む。
 そして、2人を俺の背後にある岩壁へと投げつけたのであった。
「ウワァ!」
「キャァァ!」
 ドガッという衝突音がすると2人は地面に落ちてくる。
 サナちゃんは2人に慌てて駆け寄った。
「大丈夫ですかッ! レイスにシェーラ!」
「だ、大丈夫です、イメリア様……スカラの効果がありますので、なんとか耐えることが出来ました」
「私も……大丈夫です、イメリア様」
 レイスさんとシェーラさんは、ヨロヨロと何とか立ち上がった。
 だがその痛々しい姿は、幾らスカラが掛かっているとはいえ、かなりダメージを受けている感じであった。
(相当なダメージを受けたはずだ……早く回復しないと……)
 俺は他の2人に指示を出した。
「サナちゃんはレイスさんにベホイミを。アーシャさんはシェーラさんに祝福の杖で回復お願いします」
 2人は無言で頷くと、早速、行動を開始する。
 そして俺はというと、ザルマを窺いながら、魔力の流れを2つに分ける作業に取り掛かったのである。
 俺が今から使う呪文……それはメラミだ。が、しかし、普通に使うのではない。
 両手に魔力の流れを分散させて、2つ同時にメラミを行使するのである。
 同じ魔法ならば、魔力制御をしっかり行う事でそれが可能なのだ。
 とはいえ、メラミのような中級魔法になると必要な魔力量も多くなるので、当然、身体にも負担が掛かってくる。
 それを避ける為にも、しっかりとした魔力の分散作業が必要なのだ。
 と、そこで、ザルマの嘲笑う声が聞こえてきた。
【ククククククッ……さて、これで私の傷は全て治癒できました。ではイメリア様、そろそろ貴方の命を貰い受けるとしましょうか。私の任務はラトゥーナの末裔を始末することですからね。他の者達はその後、私がジワジワとなぶり殺しにして差し上げます。待ってなさい】
 そう告げるや、ザルマは俺達に向かいズンズンと向かってきた。
 だが、丁度そこで、俺の方も準備が整ったのである。
(よし……いくぞ)
 俺は杖を地面に突き立て、両手をザルマに向ける。
 そして呪文を唱えた。

【メラミ】

 俺の両手から直径1mはある2つの火球が出現する。
 その刹那、火球はザルマに向かい、物凄いスピードで放たれたのであった。
 ザルマは目を見開く。
【何ィッ! 2つ同時に繰り出しただとッ!】
 火球はモロに命中し、ザルマを火達磨にした。
【ウギャァァァァァ】
 ザルマは叫び声を上げながら、のたうち回る。
(よし……これならいけるかもしれない……)
 と思った、その時であった。
【グォォォォォォ】
 ザルマは雄叫びを上げると共に、全身から黒い煙のようなモノを噴き出したのである。
 俺は我が目を疑った。
「そんな馬鹿な! 火が消えてゆくッ」
 そう……ザルマの身体から黒い煙が現れるや否や、炎が鎮火し始めたのだ。
 そして、炎が完全に消えたところでザルマは俺を睨みつけ、息を荒くしながら言葉を発したのであった。
【ハァ……ハァ……油断しましたよ。貴方がここまでの魔法の使い手とは思いませんでした。……予定変更です。まずは貴方を無力化するところから始めましょう。あまり使いたくはありませんでしたが、止むを得ません】
 ザルマはそこで、黄色い玉が付いている首輪を取り外した。
(あの首輪をどうするつもりだ……あまり使いたくないと言ってたが……)
 何をするつもりなのか分からないが、とりあえず、俺は用心の為に、自分の守備力を強化することにした。
【スカラ】
 俺の身体に青く光る霧が纏わりつく。
 と、そこで、ザルマは口を開いた。
【ほう……ここでスカラですか。何者か知りませんが、良い判断です。では私も貴方に習って、これを使う前に、私自身の回復をしておきましょうかね。ベホイミ!】
 ザルマの身体が白く輝き、メラミで出来た火傷が小さくなってゆく。
 俺は脳内で愚痴をこぼした。
(回復魔法を使うボスキャラは反則だろ……)
 身体が回復したところで、ザルマは独り言ちた。
【クククッ、さて、それでは始めましょうかね。フン!】
 ザルマは黄色い玉に握り、魔力を籠める。
 その直後、黄色い霧のようなモノが玉から発生し、辺りに漂い始めたのである。
 俺は毒ガスかと思い、袖で咄嗟に口と鼻を塞いだ。
 と、そこで、ザルマの不愉快な笑い声が聞こえてきたのである。
【ククククッ……心配しなくても毒ではありませんよ。いや、魔法使いにとっては毒かもしれませんがね。クククククッ】
(どういう意味だ、一体……しかし、ここは攻撃の手を緩めてはいけない……)
 そう思った俺は、アーシャさんとサナちゃんに指示をだした。
「アーシャさん、奴にマホトーンをお願いします。それからサナちゃんは、ピオリムをもう一度かけてください」
 2人は頷くと呪文を唱えた。
【マホトーン】
【ピオリム】
 だがしかし……何も起こらなかった。
 訝しげに思った2人は、もう一度、呪文を唱える。
【マホトーン】
【ピオリム】
 しかし、何も起こらない。
 なぜかわからないが、彼女達の声が虚しく響き渡るだけだったのだ。
 ザルマの嘲笑う声が聞こえてくる。
【クハハハハッ……言い忘れましたが、今使ったのは呪文を無効化する道具ですので、マホトーンなど使わなくても大丈夫ですよ。なぜなら、この場で魔法はもう使えないのですから。ククククッ。まぁ私も魔法を使えなくなりましたが、今の私にとって、手負いの戦士や魔法が使えない魔法使いなど恐るるに足りませんのでね。ああ、それともう1つ言っておきましょう。この無効化は私が死ぬまで解除されませんので、そのつもりでいて下さい。ククククッ】
「な、なんですって……」
「そんな……」
 アーシャさんとサナちゃんは青褪めた表情になった。
 勿論、俺もである。
 もしそれが本当ならば、俺達の唯一のアドバンテージが無くなったということなのだ。
(ヤバい……万事休すか……)
 俺は逃げ道を探そうと、周囲を見回した。
 だがそんな俺を見たザルマは、そこで少し後ろへ下がり、俺達の退路を断つかのように4本の腕を広げたのである。
【クククッ、逃がしませんよ。貴方がたの旅はここで終わりです。観念しなさい】
 と、そこで、レイスさんの声が聞こえてきた。
「コータローさん……我々が奴の気を引き、逃げ道を切り開く。だからイメリア様を連れてここから逃げてくれ!」
 そう告げるや否や、レイスさんとシェーラさんは、奴に突進したのである。 
「ちょ、ちょっと待ってッ! 2人とも先走らないで!」
 2人は間合いを詰めると、勢いを殺さずに奴に斬りかかる。
「でやぁ!」
「セァ!」
 ザルマの身体に2人の剣が鋭く食い込む。が、しかし……やはり、先程と結果は同じであった。
 奴に深手を負わせるまではいかなかったのだ。
 ザルマはニヤリと笑みを浮かべると、2人の手足を掴む。
【貴方がたも凝りませんねぇ。鋼の剣程度では無理だとさっき言ったでしょう。後で殺して差し上げますから、向こうで待ってなさい。フンッ】
「ウワァ」
「キャァ」
 先程と同じように、レイスさんとシェーラさんは、俺の背後にある岩壁に投げつけられ激突する。
 そして2人は落下し、地面に伏したのであった。

 2人が行った無謀な攻撃で、俺達が最悪な事態になりつつあった。
 そう……全滅という二文字が思い浮かぶところまできているのである。
 だがしかし、俺は今の攻防を見たことにより、まだ試していなかった攻撃方法が脳裏に過ぎったのだ。
 そしてソレならば、奴の身体を切り裂く事が可能かもしれないと考えたのである。
 とはいえ、それは著しく魔法力を消耗してしまう方法でもあった。
 その為、俺の中に迷いも同時に生れてきた。
 しかし、今はどの道、魔法が使えない状況なのを考えると、もはや選択の余地はないのかもしれない。
 使うべきか否か……俺はそれを悩みつつ、投げ飛ばされたレイスさん達に視線を向けた。
 地に伏せる2人の額や腕からは、真っ赤な血がドクドクと流れ、そして滴っていた。
 満身創痍……これが今の2人を表す言葉であった。
 恐らく、立つことも敵わないくらいにダメージを負っているに違いない。早く治療をしないといけない状態だ。
 その為、俺は急いでレイスさん達に駆け寄り、道具袋に入れておいた薬草を手渡したのである。
「レイスさんにシェーラさん、今はこれを使ってください。多少は効果がある筈です」
「す、すまない」
「ありがとう、コータローさん」
 と、その時であった。
 地の底から響いてくるような物凄い雄叫びが、辺りに響き渡ったのである。

【ガウォォォォォォォォォン! ガウォォォォン!】

 森の中にいた鳥たちは今の雄叫びに驚き、木から一斉に飛び立っていった。
 また、雄叫びを聞いたサナちゃんとアーシャさんは、ブルブルと震えながらその場に立ち竦んだのである。
 俺は直観的に思った。
 これは獣系の魔物がゲームでよく使う、雄叫びというやつだと。
 立ち竦む2人を見たザルマは、ニヤリと笑みを浮かべ、愉快そうに話し始めた。
【おやおや、身が竦むほどに驚かせてしまいましたか。ククククッ、これは失礼しました、イメリア様。では折角なので、すぐに楽にして差し上げましょう】
 ザルマは2人に向かって悠々と歩みだした。
(こ、このままでは2人が危ない!)
 俺はそう思うや否や、反射的に駆け出していた。
 そしてあの攻撃方法を試すしかないと、俺はこの瞬間、決心したのである。

 俺は立ち竦むサナちゃんとアーシャさんの前に来ると、こちらに向かってくるザルマと対峙した。
 そこでザルマは、大きな口を開ける。
【魔法の使えぬ魔法使いが何をするというのです。お前諸共、その娘達を切り裂いてくれるわ!】
 ザルマは油断していた。
 魔法を封じた事で、俺を完全に無力化できたと思っていたのだろう。
 だがしかし、俺には魔法を封じられても攻撃できる手段があるのだ。
 そして俺はそれを実行するべく、腰にある魔光の剣を手に取り、青白く輝く光の刃を出現させたのであった。
 俺は魔光の剣を中段に構える。
 すると魔光の剣を見たザルマは、不敵な笑みを浮かべ、声高に言ったのである。
【ククククッ、何をするのかと思えば。下らない……そんな下らない武器で私が倒せるかァァァ。死ねェェェ!】
 ザルマはその直後、俺に向かって2本の右手を振るってきた。
 鋭利な爪が迫ってくるのが俺の目に映りこむ。
 だが俺は冷静であった。そして上手くいく自信もあったのだ。
 なぜなら、レイスさん達が斬りつけた傷の深さを見て、この魔光の剣ならばできると思ったからである。
 俺は自分を信じた。今までこの魔光の剣を使って修行を積み重ねてきた自分を……。

 剣を振るう瞬間、俺は魔光の剣に籠める魔力を最大出力まで高めた。
 出力が上がるに従い、魔光の剣は眩いほどの輝きを放つ。
 そして俺は迫り来る2本の腕に向かい、最大出力の光の刃を真っ直ぐ縦に振り下ろしたのだ。
 その刹那、襲い掛かる2本の腕が綺麗に切断される。
 俺はそこから更に踏み込むと、今度は胴を左から右へと横に薙いだ。
【ぐふッ……】
 ザルマの腹が裂け、黒い血が噴き出す。
 これで終わりではない。
 俺はここから三段目の攻撃を繰り出すべく、柄を握る手を逆手に持ち変え、そこから燕が翻るような軌道で逆袈裟に斬りあげたのである。
 そう、燕返しだ!
 光の刃はザルマの腰から肩口に向かって一閃する。
 次の瞬間……支えるモノが無くなったザルマの胴体は、重力に従って斜めにずり落ち、地面にドサリと横たわったのだ。
 しかし、相手は魔物……まだ安心はできない。
 その為、俺は地面に転がるザルマの半身に刃の切先を向け、奴の様子を窺ったのであった。

 俺が剣を突きつける中、ザルマは吐血しながら弱々しく言葉を発した。
【ゴフッ……まさか……こんな奴を仲間にしていたとは……。く……あと一歩というところで……ゴフッ……クククッ……だが、私を倒しても終わりではありませんよ……イメリア様には次の追っ手が差し向けられるでしょうからね……ラトゥーナの……末裔には死あるのみです……ゴフッ】
 この言葉を最後にザルマは息絶えた。
 シンとした静寂が辺りに漂い始める。
 俺はそこで身体の力を抜き、大きく息を吐くと魔光の剣を仕舞った。
 そして俺は、今の攻撃について暫し考えたのである。

 最高出力での魔光の剣は、一時的にだが、恐ろしいほどの切れ味を得ることが出来る。
 しかしその代償に、とんでもない量の魔力を消費してしまう諸刃の剣であった。
 お蔭で今の俺の魔力はスッカラカン状態である。
 しかも、一度に多量の魔力を使うので、肉体的な疲労も当然やってくるのだ。
 出来れば使いたくはない攻撃方法であったが、今回ばかりはこれを使う以外に方法がなかった。
 だが、結果的に魔物達を倒せたので、俺の判断は間違ってなかったということだろう。
 それともう1つ……止めの燕返しである。
 これは俺が魔光の剣を使った訓練をしてた時に、以前プレイした某無双ゲームのムービーを思い出したのが切っ掛けで練習してきた技である。
 ちなみにだが、佐々木小次郎のムービーで「跳ねるかいそこで」とかいうセリフがでてくるやつだ。
 話を戻そう。
 で、この燕返しだが、真剣では重すぎて俺には無理だ。
 しかし、この300g程度の魔光の剣ならば可能だと思えたので、モノにしようと練習を始めたのである。
 そんなわけで俺は今、燕返しの練習をしておいてよかったと、少しホッとしているところでもあるのだった。
 まぁとりあえず、戦いの余韻に浸るのはこの辺にしておこう。

 俺は後ろにいるサナちゃんとアーシャさんの様子を確認する事にした。
 するとサナちゃんとアーシャさんは、呆然とした表情で、俺とザルマの亡骸を交互に見ていたのである。
 サナちゃんはボソリと言った。
「コータローさん……あなた一体何者……」
「貴方……腕を上げたと思ってましたけど、まさかこんな魔物まで倒せるなんて……というか倒せるなら、もっと早くにそれを使えばよかったのですわッ」
 アーシャさんはそう言うや否や、頬を膨らませた。
 出し惜しみをしていたと思われるのは俺も心外なので、弁明はしておこう。
「これを使わなかったのは、使いたくなかったからですよ。さっきのは全魔力と引き換えに得た切断力なんです。だから、今の俺の魔力は底をついた状態なんでスッカラカンなんですよ。ホイミすら使えないくらいです」
 俺はそう言うと両手をヒラヒラさせた。
 アーシャさんはそれを聞き、少し罰の悪そうな顔をした。
「そ、そうでしたの……ごめんなさい。知りませんでしたわ」
 どうやら納得してくれたようだ。
 と、そこで、やや離れたところにいるレイスさんとシェーラさんがヨロヨロと立ち上がり、こちらへと歩き出したのである
 この様子を見る限りだと、薬草ではそこまで回復出来なかったのだろう。
 だがザルマの死んだ今なら魔法も使える筈……。
 そう思った俺は、サナちゃんとアーシャさんに最後の指示を出したのであった。
「それはそうと2人共、もう魔法は使える筈なんで、レイスさん達を治療してもらえますか。かなり傷ついているみたいなのでお願いします」
「は、はい」
「わかりましたわ」
 2人は頷くと、足早にレイスさん達に駆け寄る。
 それからすぐに魔法治療に取り掛かったのである。
 そして俺はというと、治療が終わるまでの間、今あった一連の出来事を色々と考える事にしたのだ。 
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