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Dragon Quest外伝 ~虹の彼方へ~

作者:読名斉
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Lv2  イシュラナの洗礼

   [Ⅰ]


 翌日、俺はイシュラナの洗礼を受ける為、付近にある別の洞穴へと案内された。
 そこは俺達が生活する洞穴よりも、やや小さめの空間であった。
 床の真ん中に丸い魔法陣が描かれている以外、ただの洞穴といった感じで、他に特筆すべきものはない所である。
 これを見る限りだと、恐らく、ヴァロムさんも初めて使う場所なのかもしれない。
 魔法陣の両脇には金属製の燭台が2つあり、そこには炎が揺らめく松明が置かれていた。
 この不規則に揺れる明かりの所為か、洞穴内部が不気味で陰鬱な世界のように俺には見える。
 多分、松明から発せられる焦げた嫌な臭いがこの空洞内に充満しているので、余計にそう見えるのだろう。
 まぁそれはともかくだ。
 洞穴に入った俺は、ヴァロムさんに魔法陣の前へと案内される。
 俺はそこで一旦立ち止まり、岩の床に描かれた魔法陣に目を凝らした。
 魔法陣は、大きな円の内側に奇妙な文字や模様があるという様式で、ファンタジー系のアニメや映画に出てきそうな代物であった。
 それらは全て白い色で描かれており、この薄暗い洞穴の中では、一際、存在感を放っている。
 また見たところ、かなり複雑な魔法陣に見えるので、これを描いたヴァロムさんも結構大変だったに違いない。
 ふとそんな事を考えていると、ヴァロムさんの声が聞こえてきた。
「ではコータローよ。今よりイシュラナ第一の洗礼を始める。この魔法陣の中に入り、静かに腰を下ろすのだ」
「はい」
 俺は言われた通り、魔法陣の中に入る。
 そして魔法陣の中心で腰を下ろし、禅を組んだ。
 俺は次の指示を待つ。
「コータローよ。背筋を伸ばして目を閉じよ。そして深呼吸を静かに繰り返し、まず心を穏やかにするのじゃ」
「はい」
 俺は言われた通りに目を閉じて深呼吸をして、心を落ち着かせる。
 何回か深呼吸を繰り返したところで、ヴァロムさんの声が聞こえてきた。
「ふむ、そろそろ始めようかの。では今から魔法陣を発動させる。じゃが、その前に一つ言っておくことがある。……昨晩も言うたが、この洗礼は肉体的な事ではなく、魂の目覚めを促すものじゃ。言うなれば、これは魂の洗礼。まずはそれをしっかりと認識するのじゃぞ。上手くゆけば、お主は呪文を得られるであろう。ではゆくぞ」
 俺は目を閉じたまま無言で頷く。
 するとその直後、「ムン!」というヴァロムさんの掛け声が聞こえてきたのであった。

 掛け声が聞こえてから10秒程経過したところで、俺の中に変化が現れた。
 なんと、身体が宙に浮かんだような感覚が突如現れたのである。
 それはまるで無重力を体験しているような感じであった。
 いや、それだけじゃない。
 浮遊感と共に、俺の周囲は、神々しいほどの白く美しい光で埋め尽くされたのである。
 これは不思議な現象であった。
 現実の俺は目を閉じている筈なのに、目の前には白い光の世界が広がっているのだ。 
 今までの人生でなかった経験である。
 そういえばヴァロムさんは言っていた。
 この洗礼は魂の目覚めを促すモノと……。
 ならば、これは俺の魂が見ている光景なのかもしれない。
 そう考えると、この現象にも少し納得が行くのだ。
 不思議だが、とりあえず、そう思う事にしよう。

 俺は光の世界を見回す。
 周囲を埋め尽くしたこの白い光は、穏やかな海のように静かに波うっていた。
 その為、俺自身が光の海の中をユラユラと漂っているかのようであった。
 しかも、何故か分からないが、妙なリラクゼーション効果もあるのだ。
 というわけで、あまりにも気持ちが落ち着くことから、俺はこの浮遊感と光の海を少し堪能する事にしたのである。
 日々の疲れが癒される気がする。ああ~気持ちいい。
 もういっその事、このまま寝てしまおうか?
 などと考えた、その時だった。
 優しそうな女性の声が脳内に響き渡ったのである。

 ――頭上に見える光に向かって進みなさい。
 
 光?
 俺は頭上に視線を向ける。
 すると、眩いばかりの光源がそこにあった。
 あそこから光が発せられているのは分かるが、この光の正体は一体何なのだろう?
 まさか照明器具で照らしているなんてことはないとは思うが……。
 気になった俺は、声の指示通りに、頭上の光源へと向かって進む事にした。
 水の中を泳ぐように、俺は手と足を使って浮上する。
 そして光源の付近に来たところで、またさっきの声が聞こえてきたのである。

 ――さぁここで貴方自身の瞼を開くのです。
 ――その先に見えるものが貴方の進む道標。
 ――それが貴方と我等の希望。
 ――さぁ立ち上がりなさい。
 ――そして恐れず前に進むのです。

 貴方自身の瞼を開く?
 どういう意味だ、一体……。
 もしかして、現実世界にいる俺自身の瞼を開けという事なのだろうか。
 まぁ俺自身の瞼と言っているから、多分そうなのだろう。
 というわけで、俺は言葉にしたがい瞼を開く事にした。
 ゆっくりと、俺は瞼を開いてゆく。
 そして、完全に瞼が上がった、次の瞬間!
 俺の目の前が弾けたように、閃光の如く光輝いたのである。
 またそれと共に、俺の中にも異変が現れたのだ。
 それはまるで、頭の中に、何かがドッと流れ込んでくるような感じであった。
 上手く言えないが、それは決して嫌な感じのモノではなかった。
 それどころか、どこか懐かしい感じがするモノであった。
 何だろう……これは一体。
 俺はその異変に身を任せようとした。
 だが、その直後、周囲は突如真っ暗になり、俺はフッと意識を手放したのであった。


   [Ⅱ]


 どれくらい時間が経過しただろうか……。
 次に俺が目を覚ました場所は、魔法陣のあった洞穴ではなく、ヴァロムさんの住処であった。
(いつの間に、ここへ移動したのだろう? それに、なんか頭の中がはっきりとしない……)
 俺はモヤモヤとした脳内を少し整理する事にした。
 すると時間が経つにつれ、あのイシュラナの洗礼の事が次第に蘇ってきたのである。
 もしかすると、俺はあの洗礼の後、気を失ったのかもしれない。
 なぜなら、洗礼の途中で意識が薄れてゆく感覚があったのを少し覚えているからだ。
 恐らく、俺が気を失ったので、ヴァロムさんが運んでくれたのだろう。
 またヴァロムさんに迷惑をかけてしまったようである。とりあえず、後で謝るとしよう。
 目が覚めた俺は、とりあえず、体を起こす事にした。
 即席で作った固いベッドで寝ていた所為か、その時、ズキンと背中に少し痛みが走る。
(いたたた……岩の上に木の板を敷いただけのベッドだから、そりゃ、こうなるわな……)
 できれば柔らかくてクッション性のあるベッドや布団で寝たいが、ヴァロムさんの話を聞いた感じじゃ、この世界の文明レベルはかなり低いようだ。
 要するに、ドラクエの世界観の根幹をなす、中世的な文明社会なのである。
 この地で、現代日本のような生活を期待する方がおかしいのだ。
 貴族でもないと、それに近い生活は出来ないに違いない。
 まぁそれはさておき、起き上がった俺は背中をさすりながら、周囲を見回した。
 すると、壁際に置かれた机に向かうヴァロムさんの姿が、視界に入ってきた。
 どうやらヴァロムさんは今、本を読んでいる最中のようだ。
 読書中で悪いが、俺はヴァロムさんに声を掛ける事にした。
「あ、あのヴァロムさん。ちょっといいですか?」
 ヴァロムさんは俺に振り返り、穏やかな笑顔を浮かべた。
「お、気が付いたようじゃな。心配したぞ。洗礼の途中で、お主が突然倒れたのだからの」
 予想通りであった。
 やはり俺はあの時、気を失ったのだ。
「そうだったのですか……。実は俺もそうじゃないかとは思ったんです。洗礼の途中で意識が薄れてゆくのを感じたもんですから」
「実はな、儂も驚いたのだ。今までイシュラナの洗礼に立ち会う事は何回もあったが、気を失う者なぞ誰一人としていなかったからの」
 気を失う者がいなかったという事は、どうやら俺はかなり駄目な部類に入るのかもしれない。
 今のヴァロムさんの言葉を聞いて、俺は少し残念な気分になった。
「と、という事は……洗礼は失敗したという事なんでしょうか?」
 だがヴァロムさんは頭を振る。
「いや、それはまだ分からぬ。肝心なのは、先程の洗礼で、初歩の呪文を得られたかどうかなのじゃ。で、どうじゃった? 上手くいったならば、得られた呪文が思い浮かぶはずじゃ」
「ちょ、ちょっと待ってください。今、頭の中を整理します」
 俺はそこで洗礼の時の事を深く思い返す。
 あの時聞こえた女性の声……。
 瞼を開いた直後に起きた、あの出来事。
 そう……あの時、懐かしいモノが俺の脳内に流れ込んできたのだ。
 するとその懐かしいモノが、次第に何かの言葉に変わってゆく。
 そして次の瞬間。
(こ、これは……もしかして……呪文か?)
 なんと、思い返してゆくうちに、俺のよく知っている二つ呪文と知らない呪文が一つ、合計三つの呪文が俺の頭の中に浮かび上がってきたのである。
 それは不思議な感じであった。
 何故かはわからないが、俺の中に、呪文が刻み込まれているかのように感じられたのである。
「あの、ヴァロムさん……不思議なんですけど、俺の中に刻み込まれたような言葉が三つあるんです。もしかして、これが使える呪文なのですか?」
 するとヴァロムさんは微笑んだ。
「ほう、第一の洗礼で複数の魔法を得られたのか。もしそれが本当ならば、お主には魔法を扱う才があるかもしれぬの」
「え? そうなんですか?」
「うむ。魔法の才に恵まれた者は、複数の呪文を授かる事が多いからの。まぁそれはそうと、まずは本当に使えるかどうかの確認をせねばならぬ。というわけでコータローよ、早速じゃが、外へ行き、儂に見せてみよ」
「は、はい」――

 外に出た俺達は、洞穴の入口付近にある、やや開けた場所へと移動した。
 そこは岩以外何もないところで、思う存分魔法を使っても問題なさそうなところであった。
「ではコータローよ。まず、あの岩に向かって利き腕を伸ばすのじゃ。そして指先に意識を向かわせよ」
 ヴァロムさんはそう言って、適当な大きさの岩を指さした。
「はい、ではやってみます」
 俺は右手を真っ直ぐ前に伸ばして、指先に意識を集中させる。
 すると不思議な事に、俺の中の何かが指先に向かって流れる感じがしたのだ。
(なんだこの感じ……もしかして、これが魔力の流れというやつなんだろうか?)
 とりあえず、訊いてみる事にした。
「あの、ヴァロムさん。指先へと向かって何かが流れてゆく感じがします……これは一体……」
「ほう、もうそこまで感じられるのか……。儂が思ったよりも、お主は優秀かもしれぬな。今から魔力の流れについて簡単に説明しようかと思ったが、そこまでわかるのなら、もういいじゃろう」
 ヴァロムさんは顎鬚を撫でながら、少し感心していた。
(もしかすると、俺は魔法使い系の才能があるのかも……大魔導師コータロー or 賢者コータロー……なんて甘美な響き……)
 などとアホな妄想を考える中、ヴァロムさんは続ける。
「よし、ならば後は、その状態で授かった呪文を唱えるのじゃ。洗礼が上手くいったのならば、魔法が発動する筈じゃからの」
「は、はい」
 現実に戻った俺は、とりあえず、よく知っている呪文から唱えることにした。
「え~と、では行きます」
 大きく深呼吸をした後、俺は右手を前方にある岩へ向ける。
 そして、あの有名な呪文を唱えたのである。

【メラ!】

 その直後、俺の手の前に20cm程の小さな火の玉が出現し、対象物目掛けて飛んで行ったのだ。
 火の玉は目の前の岩に衝突して弾け飛び、炎の花を一瞬咲かせた後、霧散するように消えていった。
 俺は素で驚いていた。
 自慢するわけではないが、結構な威力があるように俺には見えたからだ。
 ゲームでは序盤を過ぎたら使わなくなる呪文だが、これを見る限り、人に大火傷させることは十分可能なように思えたのである。とはいえ、あくまでも一般人ならばだが……。
 と、そこで、ヴァロムさんの唸るような声が聞こえてきた。
「むぅ……一度目で魔法をちゃんと発動させたか。やるのう……。よし、では次の呪文を唱えよ」
 俺は無言で頷くと、先程と同じように右手を前に出して、もう一つのよく知る呪文を唱えた。

【ホイミ!】

 しかし……効果は現れなかった。突き出した手の前に、優しい光が出現した以外、特に変化が無かったのだ。
 まぁ怪我をしているわけでもないから、この結果は当然といえば当然である。
 俺の知る限り、ゲームにおけるこの呪文の効能はHPの回復だからだ。
 だが、とはいうものの、成功したのかどうかがよく分からないので、判断が難しいところであった。
 ヴァロムさんの声が聞こえてくる。
「ふむ。まぁその呪文は、今の光を見る限り成功じゃな。多分、大丈夫じゃろう。本当は怪我でもしているところにやってみるのが一番なんじゃが、わざわざ確認の為に、怪我するのも馬鹿げておるからの」
「ほ、本当ですか? 良かった」
 それを聞いて俺は少しホッとした。
 実は効果を確認する為に、体に傷をつけろと言われるかが内心不安だったのである。
「ではコータローよ。三つ目の呪文を唱えて見よ」
「はい」
 俺は少しドキドキしていた。
 なんせ初めて知る名前の呪文なので、一体どんな効果があるんだろうと、さっきから気になっていたからである。
 というわけで、俺は早速、その呪文を唱えてみる事にした。
 俺は大きく深呼吸をして心を落ち着かせる。
 そして、先程と同じように右手を前に出して、呪文を唱えたのである。

【デイン!】

 と、その直後であった。
 俺の右手がスパークし、前方の岩に向かって電撃が一直線に走ったのだ。
 それはまるで、スターウ○ーズにでてきたシスの暗黒卿が使うフォースの電撃のようであった。
(こ、これは……電撃の呪文か……)
 どうやらこれを見る限り、そう言う事なんだろう。要するに攻撃用の呪文という事だ。
 とりあえず、俺は意見を聞く為に、ヴァロムさんに視線を向けた。
 するとヴァロムさんは信じられないモノを見るかのように大きく目を見開き、電撃で焼け焦げた岩へと視線を向けていたのである。
 ヴァロムさんは小さな声でボソリと呟いた。
「ま、まさか……そんな馬鹿な……こ、この呪文は……」と。
 明らかにヴァロムさんは動揺している感じだった。
(この反応はどういう事なのだろう……珍しい呪文なのだろうか?)
 ヴァロムさんの様子が気になるが、俺はとりあえず、今の呪文の評価を訊くことにした。
「あの、ヴァロムさん……この魔法はこれでいいんですかね?」
「ン? あ、ああ。恐らく……問題ない筈だ」
 どことなく歯切れの悪い返事であった。
 この様子を見る限り、今の呪文に何かあるのは容易に想像できた。
(ヤバい呪文なのだろうか? しかし、電撃が走った以外、別段特筆すべきものが無い気もするが……。でも、デインて名前が引っかかるんだよな。もしかすると、ライデインとかギガデイン系列の初歩呪文なのだろうか?)
 などと考えていた、その時であった。
 突然、眩暈のような症状があらわれ、足元が覚束なくなったのである。
「あ、あれ……か、身体が」
 立っていられなくなった俺は、ヘナヘナと地面に座り込んでしまった。
 すると慌てて、ヴァロムさんが俺の傍に駆け寄ってきた。
「大丈夫か、コータロー。どうやら魔力を使いすぎたようじゃな。無理もない。お主は魔法を使える様になったというだけで、魔力はごく僅かじゃからな」
「や、やっぱり、それが原因ですか」
 実を言うと、多分そうじゃないかなとは思っていたのである。
 この症状は肉体的な疲労とは少し違うような気がしていたのだ。
「コータローよ。とりあえず、一旦、中へ戻ってから今の事を話そうかの」
「は、はい」


   [Ⅲ]


 洞穴に戻った俺は、空洞の中心にあるテーブルへとヴァロムさんに案内された。
 俺が席に着いたところで、ヴァロムさんは空洞の片隅にある水瓶の所へと向かった。
 そして、木製のコップに水を満たし、それを俺の前に置いたのである。
「コータローよ。とりあえず、水でも飲んで心身を落ち着かせよ」
「はい、では頂きます」
 俺はコップを手に取り、ゴクゴクと喉に流し込んだ。
 清らかな感じの水が、俺の体内を潤してゆく。
 一息入れたところでヴァロムさんは静かに話し始めた。
「……お主が得た魔法については大体わかった。じゃがの、魔法というのは、充実した魔力と強い精神力があって初めて使いこなすことができるのじゃ。じゃから、お主はこれから、その為の修練をせねばならぬな」
「ですよね」
 まぁそうだろうとは思う。
 今の俺は、ドラクエで言うならレベル1なのは間違いない。戦闘なんか一回もしてないし。
 もしこれがゲームなら「つよさ」で見れるステータスも底辺の筈だ。
 因みに俺の予想では、HP・MP共に一桁じゃないだろうかと思っている。
 初歩の魔法を3回使っただけで眩暈がきたのだ。大体こんなもんだろう。
 だがそれよりも俺は、今の【修練】という言葉を聞いて、非常に嫌な予感がしていたのである。
 なぜなら、そこから連想するモノは、ドラクエを始めたら誰もがやるあの作業だからだ。
 そう……レベルを上げる為の戦闘である。
 ゲームをしていた時は、遠慮なく戦闘してレベル上げをしていたが、実際にそれをするとなると流石に抵抗がある。
 しかもこのベルナ峡谷には、リカントという、ドラクエシリーズでは中盤に出てきそうな魔物までいるのである。溜息しか出てこない。
(はぁ……異世界に迷い込ませるなら、せめてスライムとかみたいな序盤の敵がいる場所にしてくれよ……こんな場所でレベル1からは無理ゲーだろ……)
 俺は自分をこんな目に遭わせた何かに、そう言いたい気分であった。
 考えれば考えるほど、ナーバスになってゆく。
(それはともかく……やっぱり、レベル上げの戦闘をしなきゃいけないのだろうか……そうなると当然、命のやり取りをしなきゃいけないという事だよな……やだなぁ……ゲームのように死んだら生き返れるなんて保証は、どこにもないし……)
 俺は恐る恐る訊いてみた。
「あ、あのぉ……ヴァロムさん。と、ということはですよ……ま、魔物と戦って経験を積まないといけないんですかね?」
 するとヴァロムさんは、眉根を寄せ、怪訝な表情になった。
「は? いきなりそんな無謀な事をしてどうするのじゃ。それに昨晩の話を聞いた感じじゃと、お主は、戦いと無縁の生活を送っていたようじゃしな。さすがの儂も、いきなりそんな事はさせられんわい」
(よかった……)
 俺はとりあえずホッと胸を撫でおろした。
 ヴァロムさんは続ける。
「その前に、お主には基本的な事から叩き込まんといかん。そこでお主の心身を鍛える為の修行を、明日までに儂が考えておいてやろう」
「すいません、ヴァロムさん。よろしくお願いします」
 俺は深く頭を下げた。
「ああ、気にするな。どうせ儂も、それほど忙しいわけじゃないからの」
 とりあえず、戦闘をしなくてもいいというのが分かっただけでも一安心だ。
 と、そこで、さっきのデインという魔法の事が脳裏に過ぎったのである。
 事のついでなので、それも訊いてみる事にした。
「あの、ヴァロムさん。さっきのデインという呪文なんですけど、あの呪文は何かあるのですか? ヴァロムさんの様子が変だったので、ずっと気になってたんです」
 だがこの質問をした途端、ヴァロムさんは目を閉じ、無言になったのだ。
 この様子を見る限り、何か色々と考えているのだろう。
 暫くすると、ヴァロムさんは口を開いた。
「……あの呪文はな、儂の知る限り、ある系譜の者しか使えぬのだ。だから驚いたのじゃよ」
「ある系譜?」
「うむ。あの呪文はイシュマリアの子孫である王家の者にしか使えぬのじゃよ。しかも、王家の者なら誰でもというわけではない。ごく一部の限られた者達にしか使えぬ呪文なのじゃ」
 要するに、俺がそんな魔法を使えること自体が、おかしいのだろう。
 ヴァロムさんは続ける。
「まぁそれはともかくじゃ。儂の前以外では、あの呪文は唱えぬ方がよいな。要らぬ誤解を招く恐れがある」
 もしそれが本当ならば、確かにそうだ。
 王族が絡んでくるとなると、面倒な事になりそうな気がする。
 いや、かなり高い確率でそうなるだろう。
「そ、そうですね、俺も気を付けます」
「うむ。まぁそれはそうと、お主も魔力を使い果たしたじゃろうから、今日はあまり無理は出来ぬな。じゃからこの後は、この地での常識について教えるとするかの」
「はい、よろしくお願いします」
 というわけで、今日はこの後、イシュマリアの一般教養を学ぶことになったのである 
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