スーパーロボット大戦OG~泣き虫の亡霊~
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第三話 伊豆、到着
伊豆基地に辿り着いたライカを待っていたのは、ボロボロの機体を見て顔をひきつらせた整備班だった。
「うわっ! やらかしやがった! お前らすぐに始めるぞ!!」
「うーい!!」
ぞろぞろと、降ろされたゲシュペンストに群がり、早速作業に取り掛かる。邪魔にならないよう、ライカは一つのディスクを握り締めながら、機体から離れた。
(……始末書、書いておいてよかったかもしれませんね)
コツ……コツ、と男性らしからぬ足音が聞こえたライカは後ろを振り向くと、何とも珍しい光景が広がっていた。
「――貴女にしてみれば初めましてかしら? ライカ・ミヤシロ中尉」
「……」
何ともちまっこい少女が手を腰にやり、これまた偉そうな態度でこちらを見上げていたのだ。側頭部あたりで結ばれた栗色の髪が僅かに揺れている。
とりあえず挨拶をされていることに気づいたライカは敬礼をする。
「初めまして。本日付でこちらに配属となりましたライカ・ミヤシロ中尉です。……えっと、失礼ですが、貴女は?」
「良く聞いてくれたわね! 私はメイシール・クリスタス。人呼んで天才開発者よ!」
彼女はそう言って、演劇でもするのかというぐらい大げさに胸に手を当てた。サイズが合わなそうなダボダボの白衣が何だか笑えてくる。とりあえず嘘を吐いているようには見えない。が、きっと親の手伝いでもしているのだろう。
しかし、ライカの疑問はそこにはなかった。
(……自己紹介する前に私の名前を?)
確かにこの少女は自己紹介する前に、自分の名前を言い当ててきた。
「不思議そうな顔してるわね。なら教えてあげる。私が貴女を、ここに呼んだの」
「……へ?」
メイシールは携帯端末を操作し、その画面に表示されているものを読み上げる。
「ライカ・ミヤシロ、二十一歳の十月三十日生まれ。元地球連邦所属で、その時の階級は少尉ね。後に『GS』へ転向。そこで実力が認められ特例中の特例で中尉へ昇進。そして、『グランド・クリスマス』での決戦時に撃墜、生死の境をさ迷っていたが奇跡的に回復し、地球連邦に帰属……と」
若干舌足らずな声で読み上げられたのは、自分の経歴だった。
「貴女……何なんですか?」
「何度でも言ってあげる。私が貴女をここに呼んだの。アレに……『シュルフツェン』に乗ってもらうためにね」
そう言ってメイシールが指差したのは、整備を受けている灰色のゲシュペンスト。『シュルフツェン』、その単語の意味をライカは思い出してみた。
「ドイツ語で『泣いた』、でしたよね?」
「そう。あの子の正式名称はRPT‐007《量産型ゲシュペンストMk‐Ⅱ“シュルフツェン”》。雑な直訳になるけど『泣き虫の亡霊』……ってとこかしら? 心当たりはあるわよね?」
彼女の言葉でライカは、伊豆基地に来る前の戦闘を思い返す。
(……強制排熱の時の音は聞き間違いじゃなかったのですね)
「正直、驚いてるわ。初搭乗で『CeAFoS』に負けなかったのは貴女が初めて」
「あのシステムは……何なんですか? 暴走、にしては随分と論理的でしたし」
「そりゃあ、そういう風になってもらわないと困るわよ。あれほど戦闘に特化したものはそう無いんじゃないかしら」
――あんなのが?
そう言いたかったが、ライカは何とか言葉を呑み込んだ。
「……戦闘中に提示されたBMパターン、何故か見覚えのある脳裏に浮かんだ映像、極めつけはパイロットを無視した動作。……あのシステムは学習型コンピューターに分類されるようなものなのですか?」
「そんなもんね。ちなみにアレの正式名称は『Combat experience accumulation and Assessment of the situation according to Forced output System』。頭文字を取って『CeAFoS』よ。まあ、要するに戦闘経験の蓄積と状況の判断によってデータを強制出力させる装置のことね」
聞く人が聞けばメイシールの説明には何の不備もないのだろう。だが、実際に搭乗してみたからこそ言える疑問があった。
それは決して、無視できる疑問ではなく。
「パイロットは?」
「機体がパイロットに合わせるんじゃないの。パイロットが合わせるものよ」
言ってることは無茶苦茶だが、これであのパイロットの耐久性を無視した機動には納得いった。
ライカは己の悪運を恨めしく思う。
(なるほど、既に篩に掛けられていたんですね)
「ま、後で色々教えてあげる。それよりもレイカー司令へ挨拶に行ったの?」
「まだです。すぐに行こうとしたら貴女に引き留められたので」
「……貴女もしかして私のこと嫌い?」
メイシールの問いにライカは即答した。
「はい。少なくとも、子供に何が解る? と言いたいくらいには」
「なっ……! あ、そー。そういうこと言っちゃう?」
意地悪そうな笑みを浮かべてきたが、ライカは動じない。
一つため息を吐いたメイシールは、白衣の内ポケットから身分証明書を取りだし、突きつけてきた。
「な……!?」
それに書かれている記述を目にしたライカは、ついメイシールとそれを見比べてしまった。ニヤニヤと意地悪そうな笑みを浮かべ続けていたメイシールはついに口を開いた。皮肉たっぷり嫌味たっぷりに。
「さて問題です。“二十七歳”でありながら少佐である私と、二十一歳で中尉のライカ・ミヤシロさん。どちらが上でしょーか?」
血の気が引く感覚を覚えながらもライカは今の状況を整理する。背中に流れる冷や汗を感じつつ、彼女は姿勢を正し、答えた。
「……数々の御無礼、お許しください。……メイシール少佐」
「よろしい。さて、それじゃあ司令室に行くわよライカ」
敬礼を解いたライカはつい疑問の声を上げてしまった。
「……何故少佐も?」
「何でって……貴女は私の部下になるからよ。やっぱり上司も行かなきゃ駄目じゃない?」
つい立ち眩みを起こしそうになったライカは、もっとカルシウムを採らなくてはと小さな決意をした。
◆ ◆ ◆
「入れ」
「失礼します」
ライカは机に座ってこちらを見据えている人物へ敬礼をする。地球連邦軍・極東方面軍司令官でありながらここ伊豆基地の司令である『レイカー・ランドルフ』を前に、ライカは多少の緊張を感じていた。
「本日付で配属となりましたライカ・ミヤシロ中尉です。よろしくお願いします」
「歓迎しよう。……早速だが、報告書は読ませてもらった。説明をしてもらおうか」
前もって書いておいたのが役に立ったと内心安堵しつつ、ライカは説明をする。
「私見ですが、自分は『ノイエDC』の残党ではないかと考えます」
「中尉。私は中尉の口からもう一つの可能性を聞きたいのだが?」
底冷えのするような視線がライカを射抜く。そうか、とライカはあっさりと理解した。
――自分は今、レイカーに試されているのだと。
「……あの時奴らは積み荷を寄越せと言っていました。大事なモノだと確信してあの発言だったのなら、敵はただのテロ屋でも強盗でもないと、そう考えています。それが何かは分かりませんが。……しかし、機体から察するに恐らくイスルギ重工からバックアップを受けているのは確実かと」
「毒にも薬にもなる、というのはあそこのことを言うのだろうな。……ライカ中尉。今回の件だが、もう一つ気になることがある」
ついに来たか、とライカは腹を括る。不備がない報告書というのはつまり、自分のやったことが全てさらけ出されているということだ。
「何故最後の一機を撃墜した?」
「……それは」
「私から説明しますわ」
今まで後ろで黙っていたメイシールが前に出てきた。
「彼女の意思で落としたのではありません。私の『CeAFoS』が敵機を撃墜しました」
「『CeAFoS』だと? あれはまだ使えるレベルではないと聞いていたのだが」
「はい。ですから北欧から返してもらって調整をしたかったのですが、その前に今回の件が起きてしまいました」
レイカーの鋭い眼光がメイシールを捉える。お互い、軽く視線を交わしたのち、先に引いたのはレイカーだった。
「……そうか、後で最新の報告書を私の所に提出してもらおうか」
「了解しました。それに関連しての提案なのですが」
「何だね?」
「シュルフツェンのテストパイロットにライカ・ミヤシロ中尉を選びたいのです」
何だか雲行きが怪しくなってきた。
レイカーの手前、あまり勝手な発言も出来ないので、黙って見ていることしか出来ないのが悔しかった。
「彼女は初搭乗でシュルフツェンを乗りこなしました。彼女には、『CeAFoS』完成を手伝って頂きたいのです」
完全にやられた。ライカはメイシールの言葉を思い出す。――『私が貴女を呼んだの』。
全てはこのためだったのだ。
「……と、彼女は言っているが中尉、君はどうかね?」
この状況でそれを聞かれるとは。ライカはとりあえず冷静になり、この場を見直す。
ここに居るのは自分よりも二つは上の階級のみ。しかも、自分のプロジェクトに勧誘しているときた。
ならば、もう答えは一つしかない。
「自分に出来るのであれば、全力で取り組む所存であります」
“諦めるしかなかった”。
第一、メイシールが付いてきた時点でライカの負けは決まっていたのだ。
「あら嬉しいことを言ってくれるわね。では早速ですが司令、中尉を例の作戦に参加させても?」
「ああ、構わない。だが、忘れないでおいてもらおう。君のシステムは公には出来ない代物だ。結果を出せなければ開発は即打ち切りとなる。最悪、第二の『バルトール事件』を引き起こすかもしれない物にいつまでも貴重な予算は割けないのでな」
「ええ、分かっていますとも」
(…………)
司令室から出る瞬間に見せたメイシールの曇った表情は、恐らく気のせいではなかったのだろう。
◆ ◆ ◆
「……完璧に逃げ道を塞いでからのトドメとは本当に嫌らしいですね」
司令室を後にしたライカとメイシールは廊下を歩いていた。
先ほどのお返しの意味も込めて、ボソリとメイシールに対して攻撃をしてみたが、肝心の彼女は反応せず。
「貴女なら気づいていたんでしょう? 『CeAFoS』の最悪の事態を」
代わりに返ってきたのは質問だった。
「はい。あのシステムは有人ではなく無人向けのモノだと思います。……人間が扱えれば新兵でもたちまちエースになれるのは間違いないんでしょうけど」
「そうね。分かってる。……だけど、そうはしない、いやさせない。そうじゃなきゃいつか異星人にやられてしまうもの……!」
「……少佐?」
ただでさえ小さいメイシールの背中が、尚更小さく見えた。彼女の放つ空気をライカは知っている。
目的を達成しようとするマイナスのやる気。暗い、ひたすら暗い方へ向かっていく者の空気だ。
「ライカ、司令室で言ったことは本当よ。貴女とシュルフツェンの相性は私の知る限りで過去最高なの。私は『CeAFoS』を完成させるために、貴女を利用させてもらうわ」
「……質問が」
「何かしら?」
「何故ゲシュペンストをベースに? リオンやガーリオンでも良かったのでは? 更に言うならば確保しやすい量産型ヒュッケバインの方が良いかと」
今の連邦軍にしてみればゲシュペンストなんてもはや化石と言うにふさわしい。量産型ヒュッケバインMk‐Ⅱが正式採用された今、連邦軍の主力はAMとヒュッケバインだと言うのに。
ライカの質問は実にあっさりと返された。
「ゲシュペンストは信頼に足る機体だと思った。だから、チューンした。質問は?」
「……ありません」
あまりにも淡白な返しであったが、言っている内容に何の疑問も沸かなかった。
こんなところで自分と同じような意見を持つものと出会えただけでも珍しい。
(……ゲシュペンスト好きに悪い人はいない、ですね)
ライカは少しだけ、ほんの少しだけ、メイシールと仲良くなれそうな気がした。
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