スーパーロボット大戦OG~泣き虫の亡霊~
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第一話 亡霊が泣く~前編~
朝日が眩しい。
ひどく緩慢な動作で女性はベッドから起き上がり、目を擦る。そしてぼーっとしながらも女性は顔を洗うため、洗面所へ足を運んだ。
「…………」
鏡に映っていたのは、白いタンクトップにホットパンツという何ともだらしない格好。洗顔し、歯を磨き、次に櫛で髪を鋤く。
黒に限りなく近い赤髪は背中の真ん中辺りまで掛かっているので、少し時間を使う。女性はフックに引っ掛けていたゴムを手に取り、口にくわえると、空いている手で髪を持ち上げた。手慣れたもので、この動作は筒がなく終了。
後頭部で縛った髪を触り、少し傷んでいることに気付き、落ち込む。……ストレスでも貯まったか。
何か原因となることがあったか思い返してみると……沢山心当たりがあってさっぱり見当が付かない。ストレスの溜まる職場ということは重々理解しているが、こうも身体的に表れると多少は堪える。
洗面所を後にした女性は小型冷蔵庫を開け、栄養ドリンクとあんパンを取り出すなり、両方の封を切る。即座にドリンクを一息で煽る。独特の酸味と甘味が口一杯に広がった。続けてあんパンを一口。
口を動かしながら、彼女は“いつもの服”に着替え始める。作業をしながらもあんパンを咀嚼し、飲み込む。続けざまにもう一口頬張った。
制服に着替え終わった女性はそのまま部屋を出ようと扉まで行くが、途中で机まで戻った。
「……忘れていましたね」
自分にしては珍しいミスだった。
本格的に疲れてるのかもしれない、そう思いながら、女性は自分の身分証を手に取る。
――『地球連邦軍北欧方面軍所属ライカ・ミヤシロ中尉』。
これが無ければいらない手間が掛かってしまう。
「……偉くなったものです」
今度こそライカは自室を出た。
◆ ◆ ◆
「…………」
今ライカは北欧方面軍司令室の扉の前に立っていた。
普通なら、緊張の一つでもするのだろうが、既にそんなものは過去の感情。もう既に《《二度もあったのだ》》、三度目はないはず。
そう思いながら、ライカはノックをし、司令室の中に入る。
「失礼します」
「ご苦労、ライカ・ミヤシロ中尉。そこに座りたまえ」
促されるまま、ライカは応接用の椅子に座る。
司令――『ラインハルト・フリーケン』はやけに神妙な表情を浮かべながら、ライカに向かい合うように対面の椅子に腰を下ろした。癖なのだろうか、指をたんたんと叩き、リズムを取っている。
オールバックの金髪に銀縁の眼鏡と、中々にダンディーな雰囲気を醸し出すラインハルトは、さぞお酒が似合うだろう。そんな下らないことを考えていると、ラインハルトは一度咳払いをする。
それだけで、何となくライカには全てが分かってしまった。
「中尉」
次の台詞が手に取るように予想できる。
ラインハルトがちょうど喋りだそうとしているので、ライカも心の中でその台詞を一緒に呟く。
「本日付で転属となる」
(本日付で転属となる)
予想していたとは言え、こうはっきり言われると中々心に来るものがあった。この反応は予想外だったのか、ラインハルトは怪訝な表情を浮かべ、こちらを覗き込んできた。
「あまり驚かないのだな?」
「三度目ともなると流石に慣れますから。それに理由も……分かっています」
ラインハルトが沈黙した。
それもしょうがない、とライカはむしろ言葉を選んでくれているラインハルトに感謝していた。
「決して誤解をしないでほしい。素行に問題があった訳ではないし、中尉の腕はこの私が認めている。それに、『グランド・クリスマス』の戦いでも君は――」
「その話は止めてください。もう、終わった戦いなので」
ラインハルトがまだ何か言いたそうだったので、ライカは無理やりにでも話を終わらせに掛かる。その単語を出されると自分は上下問わず感情を揺さぶられるのだから。
「それで、私の次の配属先は?」
「……向こうのたっての希望でね。伊豆だ」
『伊豆基地』。自然とライカは背筋を正した。あそこは色々と問題があったと聞く。
例えばこんなこと。
「伊豆……ケネス・ギャレット“元”司令がいた所ですね?」
「ああ。彼は……我が身可愛さが過ぎて、大局を見据える眼がまるでなかった。私はね、中尉。彼がすぐに終わることは分かっていたよ」
「それは……その経緯を把握した上での発言ですか?」
無言で頷くラインハルト。それを見て、特に何もいう気はなかった。
というより、ライカはある意味ケネスに同情の念すら抱いていた。ケネスは自分にとても正直な人間だったと思う。我が身可愛さで色々なことに手を染めていたとはいえ、その目的は純粋に自分のためのみ。
清を呑みすぎれば『偽善者』と陰口を叩かれ、濁を呑みすぎれば『鬼畜生』となじられる。
そんな世の中で彼は少しだけ、濁を呑みすぎただけ。自分には真似できない事だ。……否、当時の自分には“想像”すら出来なかった。
「そうだ、すっかり忘れていた」
息苦しい空気はいつの間にか霧散していて、その代わりとばかりに、ラインハルトはテーブルの上に携帯端末を乗せた。
「これは?」
「見たまえ。データファイルが一件入っているはずだ」
促されるまま、ライカは携帯端末を手に取り、滑らかに操作する。
ファイルを解凍し、開かれたデータを見たライカは驚きで目を見開く。
端末の画面をスライドしてはしばらく眺めるといった作業を繰り返したあと、ライカは静かに端末を置き、ラインハルトへ視線を向けた。
「……これを私に見せる理由は何ですか?」
「好きと聞いていたが?」
「……そういうことではなく、なんで“これ”のカスタム機があるんですか? しかも、仕様的に『ハロウィン・プラン』と何ら関係がないように思えますし」
「私もそう伊豆にいる“これ”の産みの親に質問したが、『部外秘』の一点張りでね。その割にはこちらの方に送り付けてきて、テストしてくれだのと言っていることが無茶苦茶だ」
ラインハルトの声に疲れの色が見えた。恐らく初めてではないのだろう。ライカの疑問を感じ取ったのか、ラインハルトが言葉を続ける。
「彼女と私は遠い親戚でね。贔屓、とまではいかないが一応それなりの便宜を図ってやってはいたのだが……」
「何か問題が?」
「これが想像以上のじゃじゃ馬でね。乗りこなせるテストパイロットがいないのだよ。しかもPT乗りも数少ないときた。つい先日、送り返すことが決まったと、そういうことだ」
非常に嘆かわしい。ライカは顔も知らないパイロット達に腹立たしさを覚えた。いくら数が整えられ、量産性もコスト面も全て越えているからといって、もはやPT乗りが、そもそもAMしか乗らない者が多くなっているとは。
「それで、だ。中尉、君にはこれの移送任務を命じたい」
「任務なら断る理由はありません。しかし、よろしいのですか? まがりなりにも機密なんですよね?」
「だからこそ中尉に命じている。あの“棺桶部隊”に籍を置いていた君にね」
その単語が出された刹那、ライカの表情が険しくなる。
「どこでそれを……」
「人の口に戸は立てられぬよ。電子の海ならばなお、だ。それに言い方は悪いが、いくら延命措置のプランが立てられていると言っても旧式は旧式。万が一鹵獲されても戦線に投入されるようなこともないだろう」
「……早いほうが良いでしょう。それでは……失礼します」
否定の言葉を飲み込むライカ。現場にいない人間と話をしていても、時間の無駄だと判断したからだ。
すっと立ち上がり、ライカは出入口まで歩いたところで立ち止まる。
「司令、先ほど貴方は、私はあの機体が好きだと仰いましたよね?」
「そうだが?」
「それは訂正して頂きたい」
「ほう」
ラインハルトに背を向けていたので表情は分からなかったが、間違いなく笑っていただろう。そんなことを考えながら、ライカはずっと訂正してもらいたかったことを言う。
「私はあの機体を“愛して”います。そこだけは間違えないで頂きたい」
「……覚えておこう。輸送機は第二格納庫にある。それで行くと良い」
「……お世話になりました」
交わす言葉も、時間も短かった。そこまで口数が多い方ではないのだが、不思議とラインハルトの前では、それで良いと思える。
こんなものだ、上司と部下なんていうものは。自身の管轄から離れたら、それはもうただの他人となるのだから。司令室を出たライカは、新天地へ向け、歩き出す。
◆ ◆ ◆
「……行ったか」
一人残った司令室で、彼――ラインハルト・フリーケンは、自分の椅子の背もたれに身体を委ねる。パソコンのスリープ状態を解除し、一つのファイルをクリックすると、“彼女”の経歴が表示された。
「全く……非常に惜しい人物を取られたものだよ。……ライカ・ミヤシロ中尉」
先ほどまで向かい合っていた人物を思い出しながら、ラインハルトはもう一つのファイルを開く。それは先ほど、彼女に見せたファイルだった。
「メイト……。彼女の我が儘には昔から手を焼かされるよ……。あんな“パイロット殺し”、ATXの“時代遅れ”と良い勝負のコンセプトだ」
おまけに厄介なのは、とラインハルトはその人物の言葉を思い出す。否、刻み込まれたものだ。
――私はね、ラインハルト。見てみたいの。人間と機体の可能性を……限界って奴を。
「堂々とモルモットが欲しい……そう言えば良いだろうに」
傍らに置いてあるリストを手に取る。そこには三人のパイロットの名前が載っていた。その共通点は酷く明瞭単純。
「彼らは皆、精神を病むか重傷を負い、軍を去っている。……彼女の“作品”によってな」
皆、既に軍を退いている所だ。ここで、メールの着信に気づいた。送信主は、例の彼女。
「……ほう、やはり決まりか」
内容を確認したラインハルトは少し口角を吊り上げる。
「『グランド・クリスマス』での戦闘記録を送ったのが決め手だったか。“あの部隊”にいたという事は話に出していないとは言え、厄介なのに目を付けられた、としか言えないな。……ふ、他人事だ」
キーボードを叩き、メッセージを作りだすラインハルト。つい先ほどここを去っていった彼女のこれからを考えると、わずかながら同情をおぼえたが、もう済んだこと。
「ぜひ潰されないように」
――彼女に贈られるのはこの言葉だけだ。
◆ ◆ ◆
相変わらず乗り心地は微妙だった。
機には例の物資と、ライカ用に用意されたガーリオン、そして操縦士とライカの二機と二人。輸送機《レイディバード》の席に座っているライカは、タブレットをいじりながらこれからのことを考える。
(……また私は……伊豆で……。いや、そんなことは良い。与えられた仕事はこなす。納得いかないことはやらない。……それで、良いじゃないか)
窓から外を見ると、雲一つない綺麗な空だった。伊豆まであと七時間、といった所か。このまま何も起きないと良いが、ライカはそう居もしない神に祈る。
「……ん?」
僅かに機体が揺れた気がした。普通なら気にしないところなのだが、何せ載せてるものが載せてるものだ。
(……荒事になりませんように)
そう思いながら、ライカは運転席に繋がる扉を開いた。
沢山の計器類が忙しく動いている中、ちらちらとそれらを確認している操縦士の背後に立ち、ライカは声を掛ける。
「何かありましたか?」
「中尉……今、連絡をしようと思っていました。……たった今、所属不明機の反応が確認されました。進行方向から予測するに、あと五分で目視できるエリアに入ります」
「所属不明機……?」
この辺りで連邦の作戦行動が行われているという情報はない。
ノイエDCの残党の可能性を考えたが、恐らく可能性はほぼ皆無。指導者であるロレンツォ・D・モンテニャッコが目立った動きをしていない今、こんな所でうろうろしているなど考えにくい。
「目視可能領域に所属不明機が入りました」
途端、レーダーに光点として映し出される所属不明機。
(一……二……四。一個小隊……仮に連邦の極秘の作戦行動だとしても、こんなおおっぴらに行動しているなんて、普通ならあり得ない。それに識別信号が未登録……味方じゃない、なら……)
「そこの輸送機、停止しろ」
オープンチャンネルで呼び掛けてきた。
ライカは機のカメラの倍率を上げ、呼び掛けている機体とその後ろに控えている僚機を確認する。
(ガーリオン・カスタムが一機、レリオン三機……か)
正直に言って、かなり厳しい状況だった。《ガーリオン・カスタム》だけならまだしも、《リオン》の上位機が三機もあるとは。
ここまで来ると、《サイリオン》や《バレリオン》がいないのが不幸中の幸いとしか思えない。――そんなことに気を取られすぎた。
「っ……!!」
「中尉、第一ハッチに被弾! 開閉作動ボルトに損傷、航行に支障はありませんが……!」
思わず舌打ちをしてしまうぐらいには分かっている。
ライカの《ガーリオン》があるのは、そのたった今使えなくなった第一ハッチだ。
「繰り返す。ただちに停止しろ」
警告も無しに撃ってくるとは。ただならぬ雰囲気を察知したライカは操縦士にその場に留まるよう指示を出す。
「目的は何ですか?」
そう無線に投げ掛けると、すぐに答えは返ってきた。
「我々の目的は一つ。……その前に選択肢をやろう」
「選択肢?」
「一つ目は、こちらに輸送機の中身を全て明け渡した後、我々と来てもらう。……二つ目は」
アラート。リーダー格である《ガーリオン・カスタム》の携行武装であるバースト・レールガンの銃口が、こちらに向けられた。
「この場で死ぬか、だ」
「……時間をください」
「五分だ、その後返答を聞こう。だが、妙な真似を見せるなよ? その瞬間、その輸送機を撃墜する」
無線を切ったライカを不安げに見つめる操縦士。
「中尉……」
「当然、答えはどちらもノー。……だけど、それを実現するためには」
……せめてPTがあれば。これがライカの悩み所だった。
物資をどかして《ガーリオン》出撃……なんてやっていれば、あっという間に蜂の巣。打つ手がないように見えた、がライカは自分の発言にハッとする。
「あった……!」
「ちゅ、中尉! どちらへ!?」
操縦士の言葉を無視し、ライカは目的の場所まで走った。目的地は後部格納庫。
案の定、ハッチの片方は瓦礫を退かさなければ使えない。
「……まあ、しょうがないですよね」
ライカは移送対象のコンテナの開閉レバーをひと思いに引く。
すると圧縮空気が一気に解放され、ただの箱となったその中には灰色の機体が佇んでいた。
――RPT‐007《量産型ゲシュペンストMk‐Ⅱ》
ライカのよく知る機体が、そこにはいた。
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