ソードアート・オンライン‐黒の幻影‐
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声が聞こえた。
張り上げた声は大気を震わせ、しかし絶望や恐怖に染まったそれは強烈な忌避感を催させる。
渦巻く悲鳴だった。苦痛に歪んだ絶叫ではなく、《死》に捕まり逃れられなくなった者がどうしようもなくまって振り絞る断末魔だった。
光が解けた。
宙空に脆く崩れ、淡く溶けていく蒼の燐光はどこか儚く、同時に根源的な悍ましさを掻き立てる。
夥しい死に様だった。泣き叫び、踠き尽くして、結局は死に抗えなかった者の成れの果て。この世界での死体の形だった。
黒が軋んだ。
壊れたように嗤い、救いを乞う獲物を機械的に処理する。
赤と紫の光芒が薙ぎ払われ、地に伏したまま幾人かが砕けて霧散する。
青と緑の光芒が刺し穿たれ、壁に縫い付けられた誰かが爆ぜて消滅する。
間違いなく、この光景を俺は知っている。これは俺が引き起こした惨劇だ。
だがしかし、この視点を俺は記憶していない。俺はあの渦中に在ったのだから。
闘争の叶わなかった彼等の声はその犠牲者の増加に併せて数を減らしていく。
最後、哀れに後退る彼等の首魁を処理して、俺の代役を演じる影が剣を収めた。
「これがお前が最初にプレイヤーを殺害した際の一部始終なわけだが、感想はどうよ?」
「………………」
唐突に声を掛けられる。
当時の俺の装備に似た外見ではあるが、輪郭のみで靄の掛かったような貌はおよそSAOに存在するプレイヤーや生きた人間のNPCとは大きく異なる。ちょうど黒く塗りつぶしたようなアバターの不穏さもさることながら、挙句の果てにカラーカーソルも表示されていない。つまり、この世界におけるオブジェクトか、それに類するクリッターか。少なくとも台詞を向けてくる存在ではない。異例と片付けるには余りにも不気味に過ぎた。
「世界観を損なうセリフなんて在り得ない。ってか?」
すかさず、黙秘する俺の思考を呼んだように影が語る。
おどけたような、飄々とした口調でふざけたオーバーアクションを取りながら、眉根を歪ませる俺の顔を覗き込むように二歩ほど歩み寄る。黒く塗りつぶされた表情に笑みが浮かんだような錯覚を認めながら、未知の存在に視線を向ける。
「おいおい、せっかくこうして会えたんだ。だんまりは勿体ないし、ましてや初対面の相手を睨むかよ普通。そんなんだと、トモダチ出来なくなっちゃうぜぇ?」
「お前は誰だ」
「うわ怖ッ。なにそれ、いきなりお前とか流石にないわー」
それに、まともな受け答えは望めないらしい。
この状況には少なからず違和感か危機感のようなものを覚えずにいられないが、唯一の手掛かりであろう影は俺からの質問には誠実な回答は在り得ないだろう。
「でもま、馬鹿正直に自己紹介から始められてもどうしようもないけどな。自分はお前をある程度知っている。だからこのままで良い。お分かり? ………この《お前》って呼び方、あんま好きじゃないなぁ。《相棒》でイイよな。決まりだ」
「俺のことを知っている、お前が……」
「そう、そして相棒は自分のことを知る必要もない。下手に関わり合いになるより気が楽ってモンだろ。お互いに、なぁ?」
影はノイズ混じりに話す。
俺のことを知っている。だが、俺から奴を知ることは望まれていない。
一方的な関係であろうとする目的があるのだろうか。詮索されることを好ましく思わない理由があるのだろうか。候補として幾つか思考するが、どうにも現実味が乏しくて取り下げざるを得ないものばかり。
決定的な確証を得るどころか、唐突にこの場面に迷い込んだような心持ちでは判断もままならないというのが本音であるが。
「目的はなんだ」
「………ほーぅ? 随分と思い切ったなぁ?」
「無駄話はしたくないんじゃないのか。用がないなら解放しろ」
確信には程遠い。ならば、あまり気は進まないが話自体を推し進めてしまうのも一つの手段。得体の知れない相手だからこそ恐怖もあるが、まだ承認したわけではないとして自分に言い聞かせる。
「まぁまぁ妥当な流れだろうな。そうじゃなけりゃ自分みたいなやつぁ現れやしないってわけだ。………いいだろ、本題に移ろう」
つまらなさそうに、影は手近な木箱に腰掛けると指を三本立て、軽く振って提示してくる。
「これから自分は、相棒に三つの質問をする。勘違いしないように言っとくとこの返答でお前が損をすることはない………たぶん、きっと」
「何か、不利益を被ることがあるのか」
不穏な点を追求すると、影ははっと顔を上げては顎に手を当てて呻きだす。意外と表情が豊かで見ていて飽きない気がしてきたが、その動作の脈絡の無さは返って違和感を醸し出す要因となる。
「ああ~っと、こりゃ結構ネタバレに近いかもだぞぉ~どうすっかなぁ予想外の切り返しだなチックショー」
開始早々頭を抱える影を眺めること数秒。進展しない状況に込み上げた嫌気を晴らそうとメインメニューを開こうと指を下方に滑らせる。しかし、それより早く影が掌を打ち、反射的に音源へと視線が向けられる。
「まあ起こり得る最悪のデメリットだけなら聞くだけ無料か。告知義務ってやつ。隠さず言うと、下手すりゃ死ぬ。わかる? ゲームオーバー、な」
「………黙秘という選択肢は、当然あるんだろうな」
「当然あるともさ。そうなりゃ相棒とはそれまでってだけでどうにもならない。答えを考えるのにだって猶予を与えてやれる。時間切れを過ぎたらそれで終わりだけどな。最後の最後に、本当に大切な質問だけして自分とはお別れってわけだ。………どうよ、想像したら寂しくなっちゃった?」
つまり、この影からの三つの質問のうち二つは不必要なものということになる。
相手にしなくても、タイムリミットさえ過ぎてしまえば最後の質問を向けられる。それだけならば、無暗に相手をする必要もないのだろう。しかし、そもそもそれはある一点を無視しての理論展開だ。
「だったら、それこそ無駄話だろう。大事な質問だけで十分の筈だ」
「そう言われたらそこまでなんだけどさ、ほら、アレだよアレ。《興味がある》ってのが理由。これは無駄なんかじゃないだろ? なぁ?」
「………さぁな、そもそも俺が付き合わないというオチだってあるだろ」
楽しそうな影に向けて、一つ根本的な指摘を突きつける。
彼が想定に居れていないのは《俺という対峙する存在》との双方間の遣り取りで得体の知れない質問ゲームを行うというもの。つまり、俺が相手さえしなければ進展は在り得ない。少し意地の悪い問題提起のタイミングではあったが、そもそも突然現れた相手の心配などする筋合いはないのだから。
「いや、相棒はどうあれ相手をしてくれるよ。だって、分かるんだ。これまでも自分を頼ってくれたんだからさ、なぁ?」
「………俺が、お前を?」
「じゃあ、自分のことを気になって仕方がない相棒にヒントをプレゼント。付き合いもそれなりに長いからな。一方的だったけど」
だが、それに対して動じる様子もない。呆気なく否定してのけた。
むしろ不審な発言を引き出してしまう始末。事実であるという保証もないが、嘘だと否定する材料もない。
「自分は決して相棒とは無関係じゃない。ずっと傍で見てきた。………実感はないだろうけどさ」
俺は、目の前の影を頼った記憶はない。彼の姿は俺の記憶の中のどこにも覚え当たらないのだから。
そばに居たのならば気付かない方が不自然だ。長期間付き纏われていたとは考えにくい。つまり、ブラフということになる。そもそも影は俺を観察していたと言ったものの確たる証拠を提示していない。あくまでも口先だけであって――――
『……どうして殺す必要があったの………?』
思考が停止した。
そう認識できるくらいに、影の声に意識が拒否反応を示したのだから。
『………頼んでない………だって今まで、生きてたのに………殺してまで助けてなんて、私は頼んでない!!』
『違う違うチガウ違ウチガウ違う!? 私じゃない!!? 貴方が、貴方が勝手に殺したんだ!?』
それは、この洞窟で最後に俺に向けられた声だった。言葉も、音も、砂嵐のようなノイズ混じりの中で再現されたそれはあの時のまま切り取ったかのように一分の瑕疵もなく耳に届く。
自分の意思で救った誰かに拒絶された虚無感。手段さえ択ばずに目的を達成せしめた自らの悍ましさ。それらで汚れたまま日常を過ごさなくてはいけない苦悩。どれも全部、自分本位な思考でしかなかった。かつての自分の犯した背負うべき罪。そして、同時に影が俺の傍に居たという紛れもない証拠だった。
「………ま、こんな具合で自分は相棒の秘密も知ってるってことだ。どうよ、理解したか?」
記録結晶に頼らない音声の再生だったが、そもそもカラーカーソルの表示されない相手だ。どこまでも解せないが、それでも認めざるを得ない。彼は間違いなくあの場面を目撃している。可能な限り部外者を排したにも拘らず、その光景を知っているとなれば、その《観察》を否定することは困難となる。
「………それだけ俺について知っているなら、何も聞く事さえないだろう」
「いやいや、だから自分は話したぜ? 自分はお前をある程度知っているってな。つまり、完全じゃぁない」
回りくどく、敢えて要領を得ないようなぼかした話し方をする影はゆっくりと俺を指差す。
ともすれば喉に触れるくらいに指が肉薄し、その寸前で止められた。そして再び、ノイズ混じりの声で話し始める。
「だからこそ知りたいんだ。相棒が何を考えて、何を求めて、こんなところまで来たのか。適当に上っ面を固めた建前なんかじゃなくて、純粋な欲求をさ」
抽象的な言葉選びだが、その真意は違わず理解できる。
俺でさえ直視することを躊躇うものを、興味本位で知ろうとする。そして、影は向けられる問いに俺が答えると確信していた。
「お前……」
「さーて、悪いが時間切れだ。今回はここまで」
俺の声を遮り、影は唐突に幕切れを告げる。
「質問はまた今度から始めることにしよう。じゃ、良い目覚めを」
言うなり、伸ばされた影の腕に突き飛ばされた。
当然、反射的に足で踏ん張ろうと一歩下げるものの、不可解な現象に戸惑うも既に遅く、まるで水面に落ちたかのように抵抗もなく身体が床に落下する。未だ床の上に足を付ける影はこちらを見下ろしては手を振りながら見送る仕草を見せる。
沈降と同時に意識が混濁する感覚に抗えないでいると、ふと耳元でノイズ混じりの声が呟いた。
――――それはそうと、俺にも名前が無くっちゃ相棒も困るだろ? 相棒の持て余してる名前を俺にくれよ。
――――というわけで、だ。俺はこれから《スレイド》だ。暫くの間、よろしくな。とりあえず仲良くやろうや。
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