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北欧の鍛治術師 〜竜人の血〜

作者:観葉植物
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聖者の右腕Ⅲ

商業地区を練り歩く。途中でパンフレットを見つけたので一枚頂戴してからそれを眺めてめぼしい店を見つけては見物に行く。特にすることもないので近くのベンチに座って寝る。数十分後、起きてまたパンフレットを眺めてめぼしい店を以下略。
「・・・暇だ」
そう、彼は、アイン・フィリーリアスはとてつもなく暇なのである。飛空艇からの落下時ポケットに入れていた財布の中にはアルディギア通貨。現地に行ってから日本円と替えるつもりだったので買い物はできない。ここは魔族特区。簡単に入島できる場所でもないので両替商の類はいないと言っていい。荷物はもちろん飛空艇の自室に置いてあったので持ち合わせていない。故に。暇なのだ。現在の時刻は14時。彼らが学校に行ってから約5時間経過している。次は本格的に寝ようかと思ってベンチに横になりかけた時、竜の鼻が鉄臭い匂いを捉えた。さっきこの付近に来た時には無かった匂いだ。不審に思い、嗅覚を通常時の数倍に引き上げて匂いが濃くなる方に向かって行くといつの間にか商業地区の端っこにたどり着いていた。パンフレットの裏の絃神島の全体像が描かれたものを確認して自分がいる場所と匂いのする方向を確認。匂いの源は絃神島北地区、恐らくは研究所街。渡れそうな橋に繋がっている道を探して竜人の人外じみた身体能力で路地裏を駆け巡る。方角的には大体あっていたようで、すぐに北地区を目の前に見据える位置まで来る事ができた。ここからは自分の鼻だけが頼りだ。なぜか匂いが時間が経つにつれてどんどん薄くなっているがならばもっと早く、と脚が悲鳴をあげるまで走り続ける。次に反応を感じ取ったのは耳。これも嗅覚同様、感度を普段の数倍に引き上げる。人間二人ぶんの足音を研究所街に比較的中心から感知した。目的地をその付近にして走り続ける。ただし、有事の際のために速度を少しずつ落としながら。五分ほど走り続けて人の話し声が聞こえてきた。小走り程度になるまで速度を落として建物の間を縫うように移動する。暫くして人影を見つけ、建物の間に入って様子を伺う。声の主は先日の宣教師とそれにぽつぽつと応える人工生命体だった。ここに来てようやくわかったがあの鉄臭い匂いはやはり血のようだ。人工生命体の少女が纏っている白い布にこびり付いた血がまだ新しかった。あの宣教師が誰かを襲った拍子に返り血が飛んだのだろうか。
「(・・・確かめる手段は奇襲・・・だな)」
ISの拡張領域から多少サイズのある針を実体化。人工生命体を狙って静かに投擲。その音に反応して少女がこちらを向くが、遅い。針は少女の首元に刺さり、少女はそのままよろめいた。異変に気付いた宣教師が少女を見てからこちらを向く。
「あなたは・・・先日の空から降ってきた方ですか」
「あれは不可抗力的な力が働いたもんでね、悪かったとは思ってるよ。それとなー、この近くから血っぽい匂いがしたんだけど、なにか知らない?」
「知っているも何も、神への反逆の徒を一匹排除しただけですよ。この穢れた偽りの地に住まうものはすぐにこの島と一緒に沈むでしょう。少し早くそれほど苦しまず逝かせてやっただけでも感謝してほしいものですね」
「へぇ〜・・・島が沈むってどういうことで?」
「この島は人工島であるのは知っているでしょう?地盤というものがないこの島は波の影響を強く受けます。そこで建設されたのが島の振動と衝撃を引き受ける柱、即ちアンカーブロックです」
「それが?」
「ただの柱で長い年月島全体にかかる負担を受け止めきれると思いますか?」
「特に何も無い限り無理だわな」
「その『何か』こそこの島の下を流れるレイライン。正確にはレイラインが流れている場所に・・・」
「後から島を作ったってのが正しい、か」
「そうです。この島の設計者、絃神千羅は天才と言えるでしょう。しかし建設は難航しました。アンカーブロックが海に流れる剥き出しのレイラインの力に耐えられなかったのです」
「そこに、お前が求める何かが使われたってことか?」
「その通り。これ以上の問答は不要。あなたが私の邪魔をすると言うのならここで斬りますが」
「俺は別にここに住んでるわけでもねぇし愛着がある訳でもねぇよ」
「では」
「でもな、宣教師。魔族を反逆者扱いは似非(エセ)魔族としてはちとカンに触るんだわ」
「ほう。ならば」
「ああ。お前をここではっ倒す」
「よろしい!このロタリンギア宣教師ルードルフ・オイスタッハ、あなたに慈悲を与えましょう!」
「アルディギア宮廷鍛治術師(ブラックスミス)アインザック・フィリーリアス・スミス・カタヤ、推して参る!」
アインは拡張領域から自分の身長よりも長さのある戦斧(ポール・アックス)を実体化する。先端に槍のような刃と手斧の刃を取り付けたような長物は重量バランスが非常に悪く、水平に保持するのも中々に大変だがアインは震えることもなくしっかりと構えている。それどころか両手で回して弄びながら相手の出方を伺っているほどである。自分の手で打った武器は時間があるときにひとつひとつ全て振るって使い方を体に覚えさせているアインだからこそできる芸当だ。
「ふんっ!」
()ーー!」
オイスタッハが振り下ろした半月斧を柄で受けとめて弾く。その勢いと戦斧自体の重さを乗せてオイスタッハの腕に、肘から下を切り落とすつもりで当てる。が、目を焼くような発光と共に跳ね返された。
「⁉︎」
「我が聖凱の前に魔力は無意味!」
「てめ、厄介なモン着込みやがって!」
戦斧を量子化して次はハンマーを実体化する。戦斧同様長い柄の先端に合金製のハンマーが付いているデタラメに重い仕様だ。
()に刻まれし文字たちよ!」
柄から疾る魔力路を伝ってハンマーに刻まれたルーン文字に流れ込んだ魔力が文字を呼び起こす。文字が集まって言葉を形作り、ただでさえ重いハンマーに重量増加のルーンを掛け、自分にも筋力増加の魔術を掛ける。
「だああああっ!潰れやがれぇっ‼︎」
大きく振りかぶって横殴りにオイスタッハを打つ。
「がはっ⁉︎」
オイスタッハは半月斧の柄で受け止めようとしたが、予想以上な重さに耐えかねて、物理法則に逆らうことなく横向きの力に押されて数メートルその場を転がった。
「なるほど・・・あなたはルーン使いでもあるのですか。修行も楽では無かったでしょう」
「頼むからやめてくれ。トラウマがフラッシュバックしてきそうだ」
苦虫を噛み潰したような顔をして再度、ハンマーを構え直すアイン。対して、オイスタッハは。
「ルーン使いとあってはあなたとここでやり合いを続けるのは少々部が悪いようです。気が引けますがここは退きましょうか」
「ああ?そんな簡単に逃すとでも思ったか?」
「算段なしにこんな無謀はしませんよ。逃げ道は確保できていますからっ!」
オイスタッハが胸を張るように聖凱を突き出すと鎧の部分が輝き出し、アインの視界を閃光が覆った。
「ちっ!」
アインは咄嗟に目を瞑って腕で庇ったので無事ではあったが、オイスタッハは取り逃がしてしまったようだった。ついでに人工生命体の少女も回収して行ったのか姿が消えている。
「だぁーっ!明日は筋肉痛確定かよ!宣教師のヤロー覚えてやがれ」
ハンマーを量子化して泣き言と共にアインはその場に後ろから倒れ込んだ。足音が聞こえて寝転んだまま横を向くと意識の無い古城を支えながら歩く雪菜の姿が見えた。
「・・・これまたラブラブなこって」
ポツンと一言呟いたのだった。

〜1時間後〜

「ふーん。で、再生し始めたと」
「もう少し心配してください!死んだんですよ⁉︎」
「真祖だから問題ないだろ」
「そういう事じゃなくてこう、人としてもっと・・・!」
現在、研究所裏の公園でアインは雪菜から古城が死んで生き返り始めた経緯を聞いていた。予想どーりオイスタッハの仕業だったのであまり驚きもしなかったが。
「俺に人間性を求めるのはやめとけ。土台無理な話だ」
「あなたが魔族だから、ですか?」
「いんや、もっと別な理由だ。ていうか魔族なの気づいてたのな」
「それは・・・あんな高度から落ちて来て無事な人なんているわけありませんから。それに、先輩が吸血鬼だと見抜いた時点で人でない事はほぼ確定したようなものです」
「そうか。じゃあな。俺は先に離れるからそいつが目を覚ましたらこいつを適当に放り投げろ。俺のいる場所まで連れてってくれる」
「ちょ・・・!待ってください!」
雪菜の制止も聞かずに式神を1枚はらりと落として手を雑に振るだけしてアインはスタスタとそこから消えていってしまった。
「まったくもう!なんなんですか⁉︎あの人は!」
雪菜の憤りに応えるものは誰一人としていなかった。



「反応は・・・予想と一切の相違が無いとかあの宣教師ちと爪が甘いんじゃねぇか」
アインはホムンクルスに投げた針の先端に仕込んでおいた魔力素子の微弱な反応を追ってキーストーンゲートの方向へと少しずつ進んでいた。雪菜と別れてから3、4時間が経っている。あと1時間もしないうちに古城が目覚め始める頃だろうと踏んでの行動だった。
「おたくさん、見ない顔だな。その紋章はアルディギアか?」
すると、背後から声がした。気配も音も無く忍び寄って来たのは茶髪をツンツンに逆立ててヘッドホンを首にかけた古城と同じ制服を着た少年だった。アインはとっさに刀を実体化して後ろに向ける。
「大正解。此度はどんなご用で?」
「いやぁ、俺の他に第四真祖の周りをうろついてる奴が居たもんで気になって気になってしょうがなくてねぇ」
「なるほど。あんたが覗き屋(ヘイムダル)か。覗き屋、あんたは俺の敵か?」
「少なくとも今は敵意はない。そっちに敵意が無ければな」
「なら大丈夫だろう。俺はあの宣教師さえ相手にできりゃそれでいい」
「そうか。第四真祖はどうなってる?」
「ドでかい斧で真っ二つにされたらしい。時間的にもうそろそろ目覚める頃だと思うが」
「ならキーストーンの補修作業の依頼でも入れてくるかな」
「聡明だな」
「そりゃどうも。古城のバカを頼むぞ」
それだけ言って少年の気配は消えた。
「さてと、お仕事でもしますかね」
アインも気怠げに立ち上がってその場を離れ、再度反応を追いかけ始めた。



場所は打って変わって研究所裏の公園。アインの予想どおり古城が目覚めて雪菜に怒られているあたりである。
「分かってるんですか⁉︎死んだんですよ⁉︎死んで生き返るなら前もって言ってください!本気で心配したんですよ⁉︎」
「いや・・・生き返るとか予想外だったしさぁ・・・」
「言い訳無用です!今回は先輩に非があります!絶っっっ対に埋め合わせはしてもらいますからね‼︎」
「は、はい・・・ごめんなさい・・・」
病み上がり(?)の古城は雪菜の剣幕に押され何故か正座になって「はい・・・はい・・・申し訳ございません・・・」とうわ言のように呟いている。
「いやでも姫柊・・・」
と、古城が弁明の為に顔を上げた瞬間。つむじ風が吹いた。正座している古城とその真っ正面に仁王立ちしている雪菜。このポジション・角度・光量とつむじ風の風力によって生み出される現象はーーーーパンチラである。
「せ・・・せ、」
「いや、あの、姫柊さん?今のは俺悪くないよね?不可抗力だよね?ほら、タイミングというかさ、ね?」
「先輩のバカああああぁぁぁぁぁぁーーーー‼︎」
古城はこの時、後になって振り返ってもこの長い(吸血鬼)生の中でもトップクラスの衝撃を顔面に、しかも横殴りに受けた。アインはこの話を聞いて「まあ、あの槍の側面で殴られたらそら痛いわな」と語っている。



10分後、なんとも言えない気恥ずかしさに見舞われる二人。
「せ、先輩・・・すみませんでした。その・・・急に殴ったりして」
「あ、ああ、俺は全然気にしてないし寧ろ目覚まし代わりになったというか・・・」
「そうですか・・・私の純情は目覚ましですか・・・」
少し残念そうに顔を膝の間に埋める雪菜。
「柊?どうしたんだ?」
「もういいです。先輩がそんな吸血鬼(ヒト)だってのは知ってますから」
勝手に話を進められた挙句自己解決されて何が何だかという顔をする古城。その時、雪菜の後ろから声がした。
『お前らさぁ・・・今って一応緊急事態なんだぜ?』
「誰ですか⁉︎」
雪菜が条件反射的な速度で槍を構えて後ろに向き直る。が、誰もいない。声は確かに自分の後ろからした筈なのに誰もいないというのはおかしい。
『俺だ、アインザックだ。式神を通して周りの状況を見聞きしてるだけだ。つかお前が自分でポケットに突っ込んだんだろうが』
アインの言う通り雪菜の制服のポケットから人型の式神がスッと出てきて2人の間に浮かんだ。
「なんでそんな機能あるんですか⁉︎」
『いや・・・なんでって言われても標準でついてるし。おかげでピンク色の空間に巻き込まれたけど』
「なっ・・・!見てたんですか⁉︎」
『見てたじゃなくて見えてたが正しい。あ、でも俺の記憶領域から記録結晶にコピーして永久保存版にするから』
「やめろ!」
『よし、この話終わり。で、ここからが本題』
「お前絶対後で覚えとけよ」
「本題というのは宣教師のことですね?」
『ああ。宣教師はキーストーンの最下層にあるものを狙ってる。それが何かは分からないがあの宣教師はそれがどうしても欲しいらしい』
「キーストーンなんてただの石の塊じゃ・・・」
ないのか、と古城が言おうとしたところで轟音を立てて地面が震えた。
「なんだっ⁉︎」
『あいつらがキーストーンゲートに攻撃を始めたんだろうさ。こっちからはしっかり煙が上がっているのが見えるぜ』
「なら急いで行きましょう!早くしないと最悪死者が出るかもしれません!」
『それに関しちゃ全面同意。俺は先に行っとく。その式神、うまく使えよ』
アインはその言葉を最後に式神とアインの繋がりを切った。式神はアインとの繋がりが切れたことで魔力が宿ったただの紙になり、地面にはらりはらりと落ちていった。
「姫柊、急ぐぞ!」
「ちょっと・・・待ってください」
「どうしたんだ?」
「先輩、まだ眷獣は一体も掌握できていないんですよね?」
「そうだけど・・・」
「それじゃさっきの二の舞になりますよ!」
「それでもやるしかないだろ!」
「・・・眷獣を覚醒させる方法なら、あります」
「・・・それってもしかして・・・」
「私の血を、吸うことです」
「やっぱそれしか無いのかよ・・・」
「ちょっと・・・あっち向いててください」
「姫柊⁉︎何をーーー」
「吸血衝動のトリガーは性欲、なんですよね?なら、私が先輩を興奮状態にしますから」
「いやいやいや!そんな体を売るみたいなことしなくていいから!」
「じゃあ、ほかにアテでもあるんですか?」
「いや、無い・・・けど」
「じゃあやっぱり私がやるしか無いですよね?」
「でも・・・あーっ!チクショウ!」
「先輩?」
「姫柊、後悔すんなよ⁉︎」
「・・・はい」
雪菜は頬を赤らめ、古城の方に倒れこんだ。古城はそれを優しく受け止め、見下ろす形となった雪菜の首筋に顔を近づけ、糸切り歯が変じた牙を突き立てた。
「っ・・・ああっ」
吸血鬼に血を吸われている間、吸われている生物はとてつもない快感に襲われると以前、獅子王機関で聞いたことがあった。自分の口から漏れた甘い声が自分のものだと認識するのにも時間がかかるぐらいに頭の中が快感に満たされいた。しばらく雪菜がそうしていた折、古城が雪菜から口を離した。
「ありがとう、姫柊。一体だけだけど、掌握できたみたいだ」
「先輩、もっと・・・はっ⁉︎」
「なんか呟いてたけど大丈夫か、姫柊?」
「だ、大丈夫です。(いま、私何を言って・・・?)」
雪菜が自分が口走ったことに疑問を抱いていると、また大きく地面が揺れた。雪菜は式神を拾って立ち上がった古城と頷き合った後、呪力を込めて式神を空中に放り投げてそれがアインの元まで案内してくれるのを確認すると式神を追って2人で走り始めた。 
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