ラインハルトを守ります!チート共には負けません!!
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第九十四話 ラインハルトを守ります!!(前編)
前書き
タイトル回収するのは賛否両論があるのかもしれないですが、一度やってみたかったのでやってみました。
ヴァルハラ星域にまで到達したラインハルト以下の艦艇は直卒の高速艦艇2万隻に加え、快速で鳴らしたミッターマイヤー艦隊とビッテンフェルト艦隊、計4万隻余りである。だが、この時、ビッテンフェルト艦隊とミッターマイヤー艦隊との間には多少の距離があった。ミッターマイヤー艦隊は左方向に展開し、ビッテンフェルト艦隊は後方5時方向に位置している。
対するに敵は正面艦隊だけで4万隻であり、さらに2方向からほぼ同数の艦隊が向かってきている。それも貴族艦隊ではなくれっきとした正規艦隊が中核を占める。
まさに絶対絶命であった。
「敵、正面艦隊、戦闘態勢移行を確認。同時に敵旗艦ヴィルヘルミナより通信が入っています。降伏勧告です!」
女性オペレーターが続けざまに報告する。
「くそっ!ダゴン星域会戦の逆再演とでもいうの?それともアスターテの応用!?ベルンシュタインも独創性がないわね!!」
フレイヤ艦橋で、ティアナが右こぶしを左手に打ち付けながら叫ぶ。
「感心している場合じゃないわ。こっちは2万隻、向こうは10万隻、それも敵は連携を取っている。すぐに合流するわよ。至急応戦体制を構築しないと。」
と、旗艦スレイプニル艦上のジェニファー。スレイプニルはベイオウルフ、トリスタンの姉妹艦であったが、それをさらに改良し、滑らかな流線形の曲線を描いたコーティング装甲と全方位自動感知索敵システムを搭載、さらに前方集中型主砲18門による集中砲撃を得意とする戦艦である。高速にチューンナップされた速力は高速戦艦を凌ぐと言われている。
「それに、敵の増援は来ても味方の増援は当分見込めそうにないです。何しろ戦力を分散させてしまっているのだから・・・・。」
と、旗艦ヘルヴォール艦上のフィオーナ。ロイエンタール艦隊を始めとして、各要塞に分派してしまっており、さらに偽装の為にブリュンヒルトを始めとする主力ははるか後方を進んでいるのである。通常速度で。仮に本隊が今から全速力で戦場に駆けつけたとしても10日はかかるだろう。いち早く通信を四方八方に送ったが、それをキャッチして反転してくる艦隊はどれくらいあるだろうか。
「だとしてもここでやるしかないわ。今逃げてしまえば事態は確実に悪くなる。おまけに敵は三方向から包囲体制を構築していてしかも連携を取っているから、逃げようにも逃げられない。それに・・・・。」
私たちには目的があるでしょう。旗艦ヴァルキュリア艦上でイルーナがディスプレイで転生者たちを見まわしながらそう言った。フィオーナ、ティアナ、そしてジェニファー。傍らにはアリシア、そして階下にはレイン・フェリルがいる。今ここにいる転生者すべてが一つの目標を持っていた。
ラインハルトを守ること――。一度転生者によって敗死に追い込まれているラインハルトを何としても守りきること――。
「覚悟はいいわね?この戦いにおける目標はラインハルトを守りきることよ。たとえ私たちのうちの誰かが死んだとしても――。」
『まさか、死んでたまるもんですか。』
と、ティアナが言えば、
『絶対に生き残りましょう。』
と、フィオーナも続く。
『イルーナ、誰一人としてここから逃げようと思っている者はいないわ。それと同じくらい誰一人としてここで死のうなんて思っている者はいない。みんな生きてオーディンにたどり着くのよ。』
と、ジェニファーが決意を秘めた眼で言う。階下で待機しているレイン・フェリルも傍らにいる副官のアリシア・フォン・ファーレンハイトも同じ思いだと言わんばかりにうなずきを返してきた。
「その通りだ。」
ラインハルトがいつの間にかイルーナの傍らに来ていた。
「私は卿等を残して一人のうのうと逃げようなどとは思わぬ。敵が来たならば卿等と共に一戦してこれを撃破するのみ!!全艦隊、戦闘態勢、まずは左8時方向の敵を撃破、ミッターマイヤー艦隊と合流する!!」
* * * * *
前方に展開する4万隻の主力艦隊を避けて一路左方向の敵に突貫したラインハルト艦隊はその速力を最大限に活かして猛速度で襲い掛かった。艦隊の指揮はラインハルトが直卒し、ティアナ、フィオーナ、ジェニファーが臨時に分艦隊司令として数千隻単位の艦の指揮を執る。先陣はティアナ、後方をフィオーナ、そして他の2艦隊と相対する右側面をジェニファーが守る。
「突っ込め!!」
ティアナが叫ぶ。数千隻の艦隊の速度は敵の迎撃態勢を上回った。前衛艦隊は衝撃で四散し、それを中軍がようやく受け止めるありさまだった。大輪の花が咲き乱れ、迎撃側と攻撃側の双方の帝国軍が火花を散らしあった。
「始まったか。」
バイエルン候エーバルトはウィルヘルミナの艦橋で腕組みをしていた。ミュッケンベルガー元帥の旗艦であるがそれを借り受けてやってきた形である。
「右翼部隊は交戦を継続。敵を支えるだけでよい。左翼部隊は急速前進、あの艦隊の後方に食らいつけ!!」
バイエルン候エーバルトとしてはいち早く挟撃体制を構築する必要に迫られていた。だが、慌てることはない。何しろこちらは十万隻であり、一つ一つの艦隊を取ってみてもラインハルトの本隊を凌ぐのである。そしてラインハルトの攻勢を受け止めている右翼艦隊の指揮者はブリュッヘル伯爵である。彼は守勢に強く、かつてカストロプ星系での戦いではラインハルトの本隊の攻勢を跳ね返したことさえある。
「孺子を逃がしてはならぬ!ファイエル!!」
左翼部隊の指揮を任されたシュターデン、エルラッハ、フォーゲルが主砲を斉射しながら突撃してきた。衝撃が四方八方に巻き起こり、おびただしい光球が明滅するのは両軍が激突した証拠だった。
「アスターテの三馬鹿が来たわよ!!勢いだけは一人前ね!!艦隊の運動はなってないけれど!!」
前衛艦隊として敵と激しく渡り合っているティアナが叫ぶ。ティアナの鋭鋒を受け止め続けているブリュッヘル伯爵に舌打ちを鳴らし続け、声をからして叫びまくっているさ中だった。一応ディスプレイ上には全体の戦局の推移が見れるようにはなっているので、前衛にいる彼女にも各艦隊の動きは分るのだ。
『過小評価しないで!彼らも帝国軍人よ。艦隊の動きは教科書通り、外れてはいないわ。ティアナ、後方は私が守り抜く。あなたは前衛の戦闘に集中して!!』
フィオーナが叫ぶ。敵の通信妨害をものともしない強力な指向性通信システムによって、旗艦同士の通信は容易且つ敵に傍受されない仕組みになっていた。
『そんなことを言っている場合!?』
ティアナが叫んだときにはいち早く優美な流線形にそって反転したフィオーナ艦隊が一斉に応射し、敵の先頭集団を潰しにかかっていた。敵の砲撃は苛烈であるが素点が定まっておらず、対してフィオーナ艦隊の応戦体制は的確だった。
「アースグリム改級波動砲、斉射!」
フィオーナ艦隊のアースグリム改級が波動砲口を敵艦隊に向けた時だ。次々と飛翔してくる白い小さな飛翔体が艦隊を襲ってきた。
「敵ワルキューレ部隊です!」
オペレーターからの報告を受けたラインハルトはすぐさま反応した。
「敵ながら実に良いタイミングで仕掛けてくる・・・。本隊もワルキューレを射出、フロイレイン・フィオーナの波動砲斉射準備完了まで、アースグリム改級を守りきれ!!」
ラインハルト本隊及びフィオーナ艦隊から射出されたワルキューレ部隊が迎撃するが、その戦力は敵側に有利だった。何しろシュターデン艦隊に呼応して「押されているはず」の敵のブリュッヘル伯爵艦隊までもがワルキューレを発艦させてきたのである。
「まさに死の天使・・・!!」
ヴァルキュリア艦上でイルーナがつぶやく。味方の時はさほどまででもなかったのが、こうして敵に回してしまうとその飛翔力と破壊力は脅威であった。敵側の運用が優れていたからにほかならない。
「アースグリム改級、3番艦ギューミル、被弾!轟沈!!続いてアースグリム改級、7番艦フィアラル、大破!爆発四散!!」
女性オペレーターから刻々と報じられる報告は戦線が刻一刻と悪化している事態にほかならない。アースグリム改級の被害はフィオーナの手腕をもってしても拡大しつつあった。敵の数が圧倒的なのだ。
「ハハハハハ!!金髪の孺子め。あがけ!!そして死ね!!今こそ積年の恨み、晴らしてみせるわ!!!」
シュライヤー少将がシュターデン艦隊の前衛で叫びまくっている。ラインハルトへの憎悪から先陣を買って出たシュライヤー少将はフォーゲル艦隊と連携しながらアースグリム改級に執拗な攻撃をかけ続けていた。彼の勢いの前に少数のフィオーナ艦隊も苦戦を強いられている。
「止めだ!!」
勝ち誇った彼は次の瞬間狼狽していた。彼の眼前の艦が四散したのである。次々と飛翔してくるのはラインハルト艦隊のワルキューレたちだった。
「シュライヤー、いったん引け!引けというのだ!」
フォーゲルは叫んだ。彼も有能ではなかったが、だからと言って敵の勢いがわからぬほど無能ではなかったのである。シュターデンもエルラッハも彼に制止の言葉を掛けるが、
「引けるか!今こそ孺子の息の根を止めるのだ!」
頭に完全に血が上ったシュライヤー少将は叫び続けている。フォーゲル、エルラッハ、そしてシュターデン自身の制止を聞かないのだ。
「シュライヤー・・・!!」
フォーゲルは一瞬口を閉ざしたが、彼にできるのはただ自艦隊を指揮し続けることだけだった。
「させるかよ!!」
「敵の勢いは止まらない。なんとかならないの!?」
「やっています!」
「くそっ!奴らしつこいな!!」
「しつこい奴は嫌われるっての!!」
「ホラ、しゃべっている場合じゃない!敵のワルキューレがまた来たわ!!」
ラインハルトサイドのワルキューレのパイロットたちは互いに連携しながらアースグリム改級を守り、必死に防衛線を押し返そうと頑張っていた。各艦の奮闘もさることながら、こうしたパイロットたちの奮闘こそが戦線を構築し、維持し、そして押し返そうとする原動力になるのである。そしてこのパイロットたちを育成したのは他ならぬケンプだった。
「もしケンプ提督がここにいらっしゃったなら・・・。」
命を懸けてアースグリム改級を守ろうとしているパイロットたちを見ながらフィオーナはつぶやいた。
「ワルキューレ部隊のパイロットたちの薫陶ぶりをぜひご覧になりたかったはず。私も提督、そしてパイロットたちの思いに応えなくては。」
胸に手を当てていたフィオーナはさっと顔を上げた。
「アースグリム改級波動砲充填完了しました!!」
オペレーターが振り向く暇ももどかしげに叫ぶ。
「波動砲、斉射!!!・・・・撃て!!!」
フィオーナの号令一下、真一文字に振りぬかれた左腕の勢いと共になお残存するアースグリム改級から一斉に波動砲が斉射された。斉射直後に爆発四散した艦が二隻存在したのは、最後まで艦を維持し、敵に一矢報いようという乗組員たちの努力に他ならなかった。
青い銀蛇のような閃光が一斉にアースグリム改級から放たれ、殺到するシュターデン艦隊前衛を襲った。前衛艦隊、とくにシュライヤーの指揮する艦隊は敵の射線上にいたため、真っ先に光の中に吸い込まれていった。光の奔流の中でおびただしい光球が明滅して消えていく。
「孺子ォォォォォォォォッッ!!!!」
シュライヤー少将は最後まで吼え続けながら光の中に消えていった。
フォーゲル、シュターデン、エルラッハ艦隊苦戦!!の報告はバイエルン候エーバルトの本隊にすぐに急報された。
「多少の損害はやむを得ぬ。敵側の本隊が到着する前に何としてもローエングラムを討つ!!」
バイエルン候エーバルトの指揮によって4万余隻の艦隊は紡錘陣形を構築した。一気に突出してラインハルト本隊の中央を突破し、分断した後反転急包囲、各個撃破を図ろうというのだった。
「ブリュッヘル伯爵に連絡、防御から一転攻勢に移れ。敵の耳目を集中させるのだ。その隙に我々は突破する!!」
バイエルン候エーバルトの座乗する旗艦ヴィルヘルミナ以下紡錘陣形に展開すると、まっしぐらにヴァルキュリアを目指して吶喊してきた。たとえブリュッヘル艦隊との戦闘に集中していようとも、ディスプレイ上は三方向から一斉に敵艦隊が接近してくる様子がありありとわかる。
「ティアナ、フィオーナ、ジェニファー!!来るわ!!」
イルーナが叫んだ。
ブリュッヘル伯爵はバイエルン候エーバルトの指示を受け、後方に拘置しておいた新兵器を動かすべく指示を下した。これをフィオーナやラインハルトが見たらなんと言うだろう。
まさにそれはアースグリム改級の次世代級だったのだから。その砲門は紛れもなくヴァルキュリアの射線上にあった。
「前方の敵の排除、まだかかるの!?」
「やっています!!でもキリがないのよ!!」
「後方の敵、体制を立て直して接近中!!」
「正面艦隊4万隻、紡錘陣形で吶喊!接触まで後10分!!」
「ティアナ!!!」
秒単位で飛び交う通信に、ティアナは両手の拳を打ち合わせた。この瞬間すさまじいばかりの意識の集中が彼女の頭、そして体の中で沸き起こっている。
「総員ッッッ!!!!!」
ティアナが右腕を思いっきり振りぬいた。
「全砲門開け!!目標、SA3028地点、あの敵艦を狙え!!」
全員がティアナを見た。まさにピンポイントの指示である。
「いくら負荷がかかっても構わない!!砲身が焼け爛れようと吹き飛ぼうと、撃って撃って撃ちまくりなさい!!目標、SA3028地点、全艦隊、全砲門、撃ち方始め、ファイエル!!撃て、撃てェッ!!!」
「りょ、了解!」
「ターゲット、捕捉しました!!」
「砲撃、開始します!!」
あまりの彼女の気迫にたじろぎつつ、オペレーターからの座標及び砲撃指示が一斉に各艦隊に放たれる。それを受け取った各艦隊はその指示を疑問に思う間もなく、一斉に攻撃を開始していた。
その先には――。
まさに今砲門を開こうとしていたアースグリム改級の次世代級の艦があったのだ。続けざまに怒涛の如くエネルギー流が艦を襲う。
「駄目だ!!充填中止!!敵の攻撃が激しすぎる!!」
艦長が叫んだが、もう手遅れだった。
「動力炉に誘爆!!駄目です!!防ぎきれません!!」
波動砲エネルギーを充填中の艦に命中すれば、どんなことになるかは明白だった。内部に爆弾を抱え込んだも同然のブリュッヘル艦隊のある一点が激しく明滅したかと思うと、ぽっかりと穴が開いたのだ。
「ブリュッヘル艦隊に、穴が!!」
「今だ!!全艦隊、全速前進!!」
ラインハルトが指示を下す。前衛にいるティアナも、
「全速前進!!砲撃を継続しながら、一点突破よ!!」
と叫ぶ。ラインハルト本隊はブリュッヘル艦隊に殺到し、全力を挙げてこれを叩きにかかった。ブリュッヘル艦隊もすさまじく応戦し、前衛のティアナとブリュッヘル本隊の間に次々と光点が明滅し続けている。意地と意地のぶつかり合いだった。
この様子を見ていたバイエルン候エーバルトはすぐさま指示を下した。
「一隊をブリュッヘルの援護に差し向け、残る全軍は中央突破を敢行する。急げ!!」
「まもなく、敵と接触します!!」
オペレーターが叫んだ。
「主砲、射程距離に入り次第全門斉射!!目標は敵の総旗艦ただ一隻だ。ローエングラムが座乗しているのはブリュンヒルトではないな。」
バイエルン候エーバルトが副官に尋ねる。
「はっ、ブリュンヒルトはこの宙域に来ておりません。敵艦隊の索敵を行いましたが、それは明らかです。」
「となると、他の艦隊型旗艦に座乗している可能性が高いか。そのすべてを特定し、その位置を報告しろ。」
バイエルン候エーバルトの艦隊は猛速度でラインハルト本隊に迫っている。その中での短時間の作業ながらオペレーターたちは必死の努力をもって固有震動数などから割り出しに成功した。その中からバイエルン候エーバルトはある一つの艦を見出したのである。それはまさに天性の勘と表現すべきほどの鋭すぎるものだった。
「あの艦だ。・・・あの艦に相違ない。」
菖蒲色をした気品と優雅を兼ね備えたニュルンベルク級に類似した艦がバイエルン候エーバルトの目に留まっていた。
「目標はあの艦だ、全艦隊、砲門をあの艦に指向しろ!!」
全艦隊に伝えられた目標、それは艦隊型旗艦ヴァルキュリアだった。
ティアナのあけた穴からラインハルト本隊は次々と包囲網を突破していく。ブリュッヘル艦隊の必死の抵抗も、こちらの高速の勢いについに膝を屈することとなった。
「もう少し、あと少しで突破できる・・・!!」
イルーナがつぶやき、さらに砲撃を倍加して突破速度を上げようと試みた。同時にティアナもブリュッヘル艦隊の渦中にあって砲撃を倍加している。このあたりの呼吸は前衛のティアナと息があっていたと言えるだろう。
「ラインハルト――。」
イルーナが一瞬視線をラインハルトに向けた時だ。
ズシィィィィィンンン!!!!!
という、全く不意打ちと言っていいほどの震動が艦を襲ったのはその時だった。バイエルン候エーバルトの本隊がついにラインハルト本隊の中央を直撃したのである。悲鳴が艦内に飛び交ったのは、この艦が建造されて以来初めての事だった。
「右側面装甲に被弾!!」
「側面砲塔大破!!」
「レーダー一部使用不能!!」
「D02ブロックで火災発生!!」
「消化班消火作業に当たれ!!」
矢継ぎ早に飛び交う声に一瞬我を忘れていたイルーナは我に返った。
「敵の鋭鋒がついに到達したか。」
ラインハルトはキッ、とバイエルン候エーバルトの本隊をにらみ据えた。右側面からすさまじく青い閃光が飛来し、数秒後に震動が艦を襲った。ヴァルキュリアを庇おうと前進した戦艦数隻が大破、撃沈されたのだ。
「何てこと・・・!!」
旗艦スレイプニル艦橋でジェニファーが顔色を変えたが、彼女はすぐに麾下に指令した。
「全速前進!!敵の先鋒を半包囲して一点集中、全力砲撃!!絶対にヴァルキュリアに向かわせるな!!!」
ジェニファーの緩急自在な指揮ぶりはすさまじく、先鋒としてぶつかってきた敵側はたちまち数百隻が火球となり、残る数百隻は狼狽して後退した。
「怯むな!!突撃せよ!!この勝負は気迫が鍵だ!!どちらかが譲ればその時点で負けになると心得ろ!!」
バイエルン候エーバルトの声が全軍を叱咤した、その時だった。
「アァァァァァァァッッッ!!!!!!!!!!」
凄まじい気合いが敵味方区別なしに放射された。両軍のあらゆる計器・装置が支障を起こし、火器管制システムは麻痺を起こし、両軍の兵士たちは戦慄を覚えた。それほどの奔流と言ってもよい声の主がジェニファーだとわかるまで数瞬を要した。ジェニファーがこれほどまでに満身から声を発したのを、転生者たちでさえ初めて聞いたのだった。それに触発されたのか、しまいには両軍の兵士たちが全力で叫びあいながら機関にとりつき、まるで親の仇とでもいうように撃って撃って撃ちまくりあったのである。バイエルン候エーバルトの直属艦隊、ジェニファー・フォン・ティルレイルの麾下。双方ともにそれぞれの指揮官に対して絶対的な信頼と忠節を誓っていた。だからこそ、一歩も引くことを許さない、意地と意地のぶつかり合いとなったのである。
だが、数で劣るジェニファーは、徐々にバイエルン候エーバルトに押され、後退を余儀なくされていったのだった。この様子を見ていたラインハルトは次の手をすぐにうつ。
「中央本隊の前方右翼及び後方右翼部隊はフロイレイン・ジェニファーの更なる外縁から、半包囲体形を取って敵を包み、これに一撃を加えたのち、全速をもってこの宙域を離脱せよ。」
ラインハルトの指示はすぐさま各部隊にもたらされたが、この指示が実行されるまで時を要するだろう。その間にバイエルン候エーバルトの艦隊が待ってくれるかどうか、である。
「艦の速度を維持し、可能な限り全速でこの宙域を離脱することを心掛けなさい!!」
イルーナは指示を下した。この瞬間からイルーナの表情はがらりと変わり、まさに死線に立つ指揮官の顔立ちとなったのである。ヴァルキュリアはどうなっても構わない。そして自分の命もだ。
ここでラインハルトを死なせるわけにはいかない!!どうあっても!!!
「艦長、艦の戦闘指揮は私が直接とるわ。あなたは可能な限り早くこの宙域を離脱することのみを考えなさい!艦の操艦と速力維持にのみ集中!!」
「はい!!」
ダークグリーンの髪をポニーテールにした素直そうな顔立ちの女性艦長が激しくうなずいた。ヴァルキュリアの艦長は女性士官学校卒のイルーナの後輩に当たる。それを今思い起こしている余裕などなかった。
「残存する全砲門及びミサイルは右舷に向けて全力射撃を継続!!手近の敵艦のエンジンの身を狙いなさい。航行不能にした敵艦を盾にしながら突破するわよ!!」
炎上するヴァルキュリアから打ち出された必死の抵抗の証が次々と殺到する敵艦の機関部を貫く。運悪く爆発四散してしまう艦もあったが、エンジンを止め、宙域に漂わせることに成功したものもある。
その陰から応戦しつつヴァルキュリアが高速で前進する。その前後を馬廻よろしく囲むのは直属の護衛艦隊とワルキューレ部隊だ。その護衛たちをヴァルキュリアもろとも沈めようと、バイエルン候エーバルト艦隊が激しく砲撃を集中してくる。
「戦艦ヴェストリ、轟沈!!戦艦ガラール、通信途絶!!戦艦グングニール撃沈!!サーシャ・S・ヴェネト提督、戦死!!」
「サーシャが!?」
イルーナが顔色を変えた。サーシャ・S・ヴェネト准将は女性士官学校卒業でイルーナ艦隊の護衛艦隊を指揮する女性提督だったからだ。ルグニカ・ウェーゼルと並んで次世代の担い手として嘱目されていた存在である。
「イルーナ姉上!!」
ラインハルトの叱咤にイルーナは気を保った。いつの間にか崩れ落ちそうになっていたらしい。なんと自分は逆境に弱くなったのだろう。いつからだろうか。それは今の今までが順調すぎていた事に他ならなかったという事か。自分にカツを入れながらイルーナは背筋を伸ばした。そのラインハルトも全軍の指示を適宜的確に飛ばし続けている。艦長は艦の運用のみに集中し、艦レベルの戦闘指揮はイルーナが、そして全軍の指揮はラインハルトと、三者三様のそれぞれの指揮呼吸ぶりは見事だった。
「すまなかったわね、ラインハルト。・・・・全艦隊、閃光ミサイル全弾、敵艦隊に向けて一斉発射!!敵の足を止め、一気にこの戦場から脱出するわ。フィオーナ、ついてこれる!?」
『はい!既に各艦隊は最大戦闘速度に入っています!!』
後続のフィオーナ艦隊は持てる限りの波動砲を一斉射して敵の勢いを削ぎ、ラインハルト本隊後衛に追いつくべく全速力で宙域を飛翔しているところだった。
「ミサイル発射まで後2分!」
オペレーターが叫ぶ。この間に攻撃を受ければひとたまりもない。誰もが祈る思いでその場に立ち、声をからして指示を送っていた。その一人がはっと息をのみ、振り返りざまに叫ぶ。
「雷撃艇です!!」
とたんに新たな震動が襲ってきた。まるでこちらの動向を知ったかのように敵が次々と雷撃艇を送り込んできたのだ。これを迎撃するラインハルト本隊のワルキューレ部隊は相次ぐ戦闘で疲弊しながらも最後の力を振り絞って迎撃に当たった。
「対宙砲撃!!弾幕を形成し、敵を近づけさせないで!!」
満身創痍のヴァルキュリアは全身をハリネズミのごとく武装させ、全弾をあらゆる方向に放ち続けた。
だが――。
敵の砲撃は苛烈だった。ヴァルキュリアの全方位自動迎撃システムをもってしても対応が追い付かないほどの攻撃を受けたのだ。
「ヴァルキュリアを守れ!!」
「させるかよ!!」
「危ない!!」
ワルキューレのパイロットたちは死に物狂いで雷撃艇を迎撃し、あるいは対艦ミサイルなどを全力を挙げてこれを撃墜しようと奮闘していた。だが――。
「雷撃艇から多数ウラン弾発射されました!!迎撃、間に合いません!!」
死の天使の飛翔するがごとく、ウラン弾が漆黒の宇宙を背にしてやってくる様子が誰の脳裏にも描かれていた。
「総員!!対ショックに備えッ!!」
艦長が声を上げる。これまでか・・・!!とイルーナは思った。こんなところでラインハルトを死なせてしまうなんて!!それもこれもすべて補佐をすべき自分が不甲斐ないせいだ。
せめてこの身を挺してでもラインハルトを庇う。そう決意したイルーナは彼の前に立ちはだかった。だが、彼女の身体はラインハルトの手によって引き戻されていたのである。
「指揮官たるものは常に敵の前に胸をさらす。そう教えてくださったのは他ならぬ姉上です。姉上の気持ちには感謝しますが、私は卑怯者にはなりたくはない。」
そう言うと、彼は敵弾の飛来する方向に胸をさらしたのである。
その時信じられない事が起こった。
轟音とともにヴァルキュリアが震動したが、それは直撃を受けたからではない。だからこそ誰もがその光景を見ることができ、そして、誰もが自分の眼を疑っていた。
一隻の戦艦がヴァルキュリアの前にその身を躍らせていたのである。
「スレイプニル・・・!!ジェニファー・・・・!!」
ローエングラム陣営の参謀総長が二つの決定的な単語を紡ぎだしたのはその直後だった。
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