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グランドソード~巨剣使いの青年~

作者:清弥
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最終章
1節―超常決戦―
  鳳仙鬼炎と癒しの手

「なんだ、お前は“癒し”が欲しいのか?」

 そう言って、ラファエルは首元に手を置き毛怠けに笑う。
 行動、言動、態度、その1つ1つに洗礼されたものが何もなく、本当にコイツは天使なのかとナミルは眉を潜めた。

「“癒し”なんざ俺には必要ねぇよ、“神の癒し(ラファエル)”」

 エミアによる絨毯攻撃が起きる直前、ラファエルは明らかに“ナニか”をしようとしていた。
 “ナニか”は未だ掴めないナミルだが、それでも幾度も修羅場を乗り切ってきた直観が囁いている。

 ――アイツに喋らせるのは不味い。

 何の前ふりも無く、ナミルはラファエルに近づいた。
 その手に持つのは二又の大剣。

「ッらァ!!」
「がっ――――」

 戦いに現れた鬼によって振るわれる大剣は、“何の抵抗も無く”ラファエルの体を裂いた。
 必ず防がれると思っていたが故に、ナミルはいとも簡単に攻撃を受けた熾天使に驚く。

 ―……違う。

 真っ二つに切り裂いた。
 普通の生命ならば、もうこれで死んでいるはずだ。
 何も気負う必要はなく、ただこの熾天使が弱かっただけ――

 ――そんなはずがない!

「“癒せ”、ラファエル」

 ふと視線をラファエルに戻せば、熾天使の体は元に戻っていた。
 気怠げに笑い、首元に手を置いたまま彼は“生きている”。

「いやぁ、危ねぇ危ねぇ。お前、怖いことするなぁ」
「……何故、お前は生きている」

 あれほど綺麗な断線を描きながら真っ二つに裂かれたのなら、上位の水魔法でも再生はほぼ不可能のはず。
 けれど、実際目の前の熾天使は生きていた。

 普通ならば無理、しかし目の前の熾天使は無理ではない。
 それが意味するのは、“熾天使の力”だということ。

「ガブリエルの障壁と同じように、ラファエルも力を持っている……か」
「あァ、分かってんじゃねぇか」

 熾天使はそう言って、“また”首元に手を置いた。

 ―どう考えてもあの行動と、攻撃を受けた際に呟いた言葉が原因だな。

 手を“常に”首元に置く理由、そして熾天使が呟く「“癒されろ”」または「“癒せ”」の言葉。
 それを整理する時間を与えないかのように、ラファエルは「んじゃあ」と言葉を続ける。

「次は俺の番だな――」

 何かを仕掛けてくる、そう確信しナミルは大剣を中心に構えた。
 視線を集中し、神経を集中し、嗅覚を集中し、鼓膜を集中させる。
 今から起きる全ての行為を逃さないよう、全ての感覚を“ラファエルに集中”した。

 ニタリ、と嗤う。

「――“癒されろ”、ナミル」
「――――ぇ」

 視界が揺れ、神経が断線し、鼻から血を出し、鼓膜が潰れるのを感じた。
 全ての筋肉が悲鳴を上げ、穴という穴から血を吐き出す。
 そのまま多量出血と体の崩壊によって、無残にもナミルは倒れ――

「ぁッ……ぁあ……!!」
「へぇ、流石に“1回”じゃダメか」

 ――ることを、ギリギリで阻止する。
 それでも、自身の生命が徐々に零れていく感覚を抑えられない。

 ―何が起きた……?

 何かを呟いたラファエル。
 それだけでナミルの血管は破裂し、筋肉の筋は全て切れた。
 意識を保てているのが不思議なレベルの状態で、今ナミルは全ての体の器官を総動員して倒れるのを防いでいる。

 ―あの、変な呟きが詠唱みたいなもの……か。

 けれど詠唱の内容が「“癒されろ”」というのも、ナミルには納得がいかない。
 ソウヤ含め、詠唱というのは“自分自身”を力として具現化するために行う儀式のようなもの。
 改変なんて出来はしないし、詠唱内容を他の人が知っているとしても真似なんて出来はしないのだ。

 だから、ナミルは不思議に思う。

 ―“癒されろ”なんていう詠唱からは、到底攻撃なんて想像出来ない。なのに、今コイツは俺を傷付けた。

 本来“癒し”は体や心の傷を治すもの。
 その真逆を行うことは、詠唱から反するため出来ないはずなのだ。

 ―それに、攻撃にしては俺の体の傷付き方がまるで“内側から破裂した”かのようになってる……。

 詠唱内容とは程遠い力。
 自分自身の体の傷付き方。
 その全てを観点に入れてナミルは考え……気付く。

「『我は鬼炎、我は仙人」

 ラファエルの力が、詠唱通りだとしたら。
 もし、ナミルを事実癒したのだとしたら。

「我が纏うは全てを浄化する鬼炎の魔装』」

 “申し子”の持つ『神技』は、基本的に武器を創り出したり何かを放つものだ。
 けれど、その中で唯一ナミルの『神技』は他と“概念”すら違った。

 放つのではなく纏い、一撃ではなく魔装。

「『偽・全て(アグニ)()化する火神の魔装(フェイクション)』――ッ!」

 狂い舞う炎がナミルを包み込み、“炎の鎧”を創り出す。
 “燃え殺す炎”ではなく“浄化する炎”を纏うことで無理矢理にナミルの体を治していく。
 血管は炎によって固められ、失われた線は炎が擬似的に果たす。

 痛みなんてものじゃない。
 常に焼き殺されるような痛みに耐えながら、ナミルはラファエルに立ち向かう。

「――穢れだ」

 その装いを見て、ラファエルは瞳孔を開き小さく呟く。
 ふざけるなと、そんな“癒し”があってたまるかと、そんな叫びが一言に練りこまれていた。

「穢れは浄化穢れは浄化穢れは浄化穢れは浄化穢れは浄化穢れは浄化穢れは浄化穢れは浄化穢れは浄化穢れは浄化穢れは浄化穢れは浄化穢れは浄化穢れは浄化穢れは浄化」

 狂ったように同じ単語を呟きだすラファエルは、先ほどまでの気怠さが全く感じられない。
 ただ、限界ギリギリまで目を見開き両手で首を掻きむしっていた。

 皮膚が破れ、血が出ては首元が修復され、爪が割れ、血が出ては指が修復される。
 狂っては死に、正常に甦っては狂う。

 異常な輪廻をたどり続けるラファエルに、ナミルは嫌悪感を押し殺せない。

「アァ、“癒さなきゃ”」
「――――ッ!」

 掻きむしり、爪を割り、精神が狂いながら再生する。
 何度も爪が割れ皮膚が裂かれ、それでも“手が血塗れになっていない”。

 異常な正常、正常な異常。
 それを判断できない、彼は正に“狂人”だった。

「“癒されろ”、ナミル」

 何の前触れも無く、唐突にナミルは“癒される”。
 炎で固めた血液は元に戻り、炎で繋いだ筋肉は元に戻り、炎で焼いた皮膚は生まれた直後のような美しさに戻った。

 ―……やっぱりか。

 目の前の“狂い”に眉を潜めながら、ナミルは自身の仮説が正しかったのだと悟る。

 “癒されすぎた”のだ。
 ラファエルの行う“癒し”とは、細胞の活性化のことだ。
 しかも、“身体に何の負担も掛からない”、ローコストの活性化。

 細胞の寿命を短くせず、そのままの状態で活性化させ古傷ですら治してしまう。
 それが本来の“ラファエルの力”。
 だが、その“癒し”も度が過ぎれば毒となる。
 通常のままで活性化が行われれば、細胞が暴走し増えた細胞が行方を捜して――

 ――内側から爆発するのだ。

「……お前は必ず“癒す”ぞ」

 気付けば、ラファエルは正常に戻っていた。
 いや、“表面のみ”正常に戻っていた……というべきか。
 彼の瞳に宿すのは、異常なまでの狂った“使命感”。

「炎で癒すなんてとんでもない。癒しは心地よく在るべきだ、癒しは気持ちよく在るべきだ、癒しは美味しく在るべきだ、癒しは無垢で無悪で在るべきだ」

 幾度も誰かを癒してきた彼は言う、「癒しとは快いもの」だと。

 確かに、心地よければなお良い。
 確かに、気持ち良ければなお良い。
 確かに、おいしければなお良い。
 確かに、無垢で無悪ならばなお良い。

 ――けれど、それに固執する必要なんてどこにもない。

 ナミルは自身の纏う炎で、あえて“自身を焼く”。

「ぐッ……!!」
「なんていうことをッ!」

 間違ってなどない。
 なんていことでもない。

 これは“浄化の炎”なのだから。
 戦いによって、自分の身は血で染まりすぎたのだとナミルは思う。
 だから、これはその罪を浄化する炎だ。

 間違ってなどない。

 痛む体で、焼ける身体で、罪に押しつぶそうなカラダで、ナミルはラファエルに中指を立てる。

「“癒し”ってのは本来、痛みを伴うもの……なんだぜ?」
「あ……ああああああ!!」

 炎を撒き散らし、自身さえも傷付く鬼。
 人々を癒したいが故に、自身さえも狂ってしまった熾天使。

 戦闘は未だ決着を見せず。 
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