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強欲探偵インヴェスの事件簿

作者:ごません
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インヴェスの本性、そして悪名

 ベッドに連れ込まれそうになった。男性とのお付き合いの経験が無いミーアとて、その意味が解らない程にウブでもない。しかしそのあまりにも現実離れした現実に思考が追い付かず、その場に固まってしまったのだ。そして連れ込もうとしたインヴェスの方を見れば、『あ~あ、バレちまった』とでも言い出しそうな雰囲気で、さしたる興味も無さそうに耳の穴をほじっていた。

「ミーアちゃん、本当は君の相棒を見つける為に多少の事は我慢しようと思っていたが……もう限界だ」

 ハリーは怒りを押し殺しているかのように小刻みに震えているが、目だけはギラギラとインヴェスを睨み付けていた。

「そいつはね、腕は確かだが金に汚く、女に見境がなく、犯罪スレスレの事さえ平気でやる人間のクズの塊みたいなやろうだ。その理不尽・利己的・理解不能な言動から『強欲探偵』とまで呼ばれている。間違いなく探し出す能力はあると踏んでここに連れてきたが……こんな奴を君に紹介するべきではなかった。本当にすまない」

 ハリーは深々と頭を下げた。

「くっ!クク……ハハ、アハハハハハハハハハハハハッ!」

 一瞬訪れた静寂は直ぐに破られた。誰あろう、インヴェスの哄笑とも取れる笑い声によって。その後も暫くヒーヒーと笑い転げていたが、どうにか笑いの波が収まったのか、目尻に溜まった涙を拭いながらインヴェスが口を開く。

「あ~、傑作だぜ。久し振りにこんなに笑わせて貰ったわ、お~腹痛て」

「インヴェスさん……騙してたんですね?」

「あぁそうさ、世間知らずのエルフのお嬢ちゃん」

 涙を浮かべて悔しさの余りに震えるミーアに、悪びれる様子もなく言葉のナイフを投げ付けるインヴェス。

「人探しでたったの15万ゴッズだぁ?ふざけんじゃねぇぞテメェ、ギルドでも言われなかったのか!?あぁ!?『その報酬だと安すぎます』ってよぉ!」

「っ!」

 事実、それはギルド職員にも言われた事だった。相棒のリーナが居なくなった時にギルドに捜索依頼を出そうとした時に、ギルド職員にも止められたのだ。

『その報酬だと受けてくれる冒険者は居ないと思います』

 と。一般人の行方不明者の捜索依頼だとしても相場は30万ゴッズ。ミーアの倍は支払うのだ。これが貴族の親類縁者ともなれば、それこそ桁が1つ変わってくる。そもそも、この世界は現代日本のように治安が良い訳ではない。人拐い組織に盗賊団、悪徳奴隷商や自分以外の生き物は全て実験材料だと思っているマッドサイエンティストじみた魔導師等々、そんな連中がウヨウヨ居るのである。その上、街の外に一歩出れば、そこはモンスターの跳梁跋扈する弱肉強食の世界。いつ肉食モンスターのおやつに化けてもおかしくはない世界では、人一人の「命の重み」というのは酷く軽い物になっている。

 しかし、そんな軽い命をどうしても助けたいというならば、相応の金を払うのが世の常である。自分の力量と依頼の危険度、そして報酬。それらを天秤にかけて冒険者達は自分の受ける仕事を決める。冒険者とて人であり、仕事である。人は糧が無くては生きては行けず、糧を得るには金がいる。金を得るには仕事をする。出来るならば当然、楽で金払いのいい仕事がいい。名より実。冒険者というヤクザな商売の現実である。誇りで飯は喰えないのだから。

「しかもこいつはギルドを通さねぇ個人的な依頼だ、俺に支払われる報酬は俺が決めて良いハズだよなぁ?あぁ!?」

 これもインヴェスが語る通り事実である。ギルドを通して冒険者に個人的に依頼する事は可能である。そしてその場合、相手が望むだけの報酬を支払う義務が発生する。ギルドも仲介役としてあまりに法外な場合には報酬額を下げさせるが、それでも法の範囲内ギリギリの金額を請求する事ができる。そして依頼人はそれを承諾して契約を結ぶか、諦めるかの2択である。そしてその報酬が支払えない場合は依頼人が罪に問われ、犯罪奴隷に堕とされて、完済するまで人権らしい人権は認められないような酷い扱いを受けるのだ。ましてや今回のミーアの場合は、ギルドを通していない。この場合はインヴェスの言い分が強く、契約すればインヴェスの言い値で支払う義務がミーアに発生するのだ。そして、支払えない金額の補填に『現物』で対価を支払う事も承認されている。愛する者の為に、見目麗しい女性がその身体を差し出す……なんてどこのエロゲだよ的な展開が、この世界では罷り通っているのだ。

『助けて欲しけりゃ金払え、無いなら別の物で払え』

 なんてのがこの世界の日常であり、インヴェスの言い分も行動も特に問題は無いのだ……ミーアが納得していれば、という但し書きが付くが。そしてインヴェスの狙いはここにあった。見た所ミーアは男性経験が皆無に見えるし、法外とは言えないが到底支払えない額を請求すれば、彼女は立ち去ろうとする。そこに手を差し伸べてやるのだ、救いの手ではなく地獄へ引きずり込む悪魔の手を。ハリーにさえ邪魔されなければベッドに連れ込み、コトに及んでから交渉に発展させるつもりだったのである。百戦錬磨の自慢のテクで脳味噌から正常な判断力を奪い去ってから、金額の交渉に持ち込む。とても払えないとでもまた言われたら、『なら、事件が解決するまで俺の恋人でいろよ』とでもいって束縛して、都合のいい女にでも仕立てあげようと考えていた。




 事件が解決するまでの間に、ミーアに恋でもさせてしまえば後はこっちの物である。煮るなり焼くなり、好きに(エロい意味で)調理してやろう等と考えていた。真性のクズである。その上、彼がミーアに手を出そうとした理由が『ただ何となく』であるのが余計に質が悪い。本来インヴェスは、もう少し肉感的なムチムチプリンの女性を好むのだが、たまには未熟な発育の女を仕込んでみるのも一興か、とやる気スイッチを入れたのだ。

『幼女から熟女までが俺様のストライクゾーンだ。あ、でもデブとブスとババァは勘弁な』

 とは本人談である。繰り返す様だが真性のクズである。

「それにお前未経験だろ?任せときな、俺様経験豊富だからよ!すぐに気持ち良~く天国に送ってやるぜ?ハハハハハ!」

「あなたは……」

「あん?」

「あなたは最低の人間です!最初はいい人だと思ったのに!見損ないました!」

 そう言ってインヴェスの横っ面を張ったミーア。その勢いのままにインヴェスの部屋を飛び出していく。それを追いかけようと立ち上がったハリーはインヴェスを一睨みすると、

「何年経っても変わってなかったな。このクズが」

 と言い残して、走り去っていった。インヴェスは頬の痛みよりもハリーと結んだ200万ゴッズの契約がおじゃんになりそうだという現実に今しがた気付き、勿体無い事したかな~等と考えていた。ビンタされるなんてしょっちゅうだし、酷い時には女から怨みを買って一流の殺し屋を差し向けられたりした。が、その悉くを返り討ちにしてきたからこそ今日のインヴェスがあるのである。尊大な言動にはそれだけの裏打ちされた自信があり、それだけの力量があってこその事だった。憎たらしいクセに実力だけはあるのだ。




 涙を浮かべて宛もなく走り出したミーアを追いかけていたハリーは、前方で誰かが揉み合っているのを視認して、足を急がせる。

「いや!離して!」

「ケヘヘ、めんこい嬢ちゃん。アンタはこっちに来る人間じゃねぇよ?とっととお帰りな」

 見れば、ミーアが襤褸切れを纏った老人に付き纏われて必死に逃げようとしていたのだった。一見すると犯罪スレスレの光景だが、ハリーはその老人に見覚えがあった。

「助かったぜじいさん」

「おぉ、ハリーのボンズ(坊主)じゃねぇか。最近観なかったが元気にしとるか?」

「あぁ、お陰様でな」

「それより、その嬢ちゃん知り合いか?それならとっとと連れ出してやんな」

「あぁ、解ってる」

 ハリーはミーアの肩を抱きかかえると、じいさんに金の詰まった小袋を渡して足早にその場を後にした。

 暫く歩いてスラムを抜け、大通りに出たハリーは一軒の喫茶店を見つけて、あそこに腰を落ち着けて話を聞こうと歩みを進めた。昔スケコマシのインヴェスが、『女を口説くならココ!』と力説していたお店であり、そういった事に疎いハリーからすれば自分の記憶力に感謝したい所だった。客の少ないオープンテラスの隅のテーブルに腰を落ち着け、やって来た店員に飲み物とケーキを注文する。少しの間気まずい空気が流れて2人共黙り込んでいた。やがてその沈黙に耐え兼ねたのか、ミーアが口を開いた。

「やっぱり……あんな所に住んでいる人達に録な人なんて居ないんですね」

 あんな所、というのはスラムの事であり、録な人なんて居ないというのは、インヴェスとあのじいさんの事だろう。

「おいおい、インヴェスはともかくあのじいさんはミーアちゃんを助けたんだぜ?」

「えっ?」

 ミーアは土地勘も無く、適当に走り出してしまったせいもあり、スラムの奥地に紛れ込んでしまいそうになっていた。スラムの奥地は犯罪者集団の巣窟だ。盗賊の互助組織である盗賊ギルドなんて物が幅を効かせていたり、ヤクザやマフィア、ギャングのような組織が縄張り争いを繰り広げる。その他にも他国から逃れてきた賞金首が潜んでいたりと、素人が踏み込んでいい領域ではない。あのじいさんはあんなナリをしているがこの街のスラムを仕切る顔役の一人で、カタギに迷惑はかけられないとスラムの奥地に入り込んでしまう通路を見張り、どうにか引き留めて追い返す門番のような役目を果たしている……寧ろスラムには珍しい善人の類いの人物である。

「あのじいさんは寧ろ君を助けようとしていた。インヴェスを悪く言うのは一向に構わんが、あいつだけでスラムの人間が全て悪党だとは思って欲しくはないな」

「は、はい……」

「しかし……参ったな。インヴェスが使えないとなると、やはりギルドに捜索依頼を出すしか無いだろうな」

「でも、報酬が……」

「報酬に関してはどうにかなるかもしれない。とりあえずギルドに向かおう」

 ハリーもつい今しがた思い出したのだ。モンスターの討伐報酬の査定をベッツィーに頼んだままほったらかしにしていた事を。





「捜索依頼が発行できない?そりゃどういう事だ」

 ギルドへ向かったハリーとミーア。査定をすっぽかしたハリーが多少のお叱りを受けたものの、その他は特に問題は無かったはずだった。ミーアの相棒を捜索する依頼を出そうとして拒否されるまでは、だが。

「すみません、以前にも同じ方からの捜索依頼を受けていたのですが、その後ギルドが調査した結果、獣人やエルフ等の亜人種ハンターの失踪・行方不明が散発的にではありますが続いている事が判明しまして。この案件はギルドの調査対象になりました」

 ギルドの調査対象、というのはギルドに何らかの組織が敵対の意思を見せてその活動を妨害しようとしている可能性がある場合、ギルドの組織力を使って敵対組織が妨害工作を中止するか、組織自体が壊滅するまでその力を行使するという事だ。表沙汰には出来ないような事までする、という噂で一般のハンターが関与する事は一切無いし情報開示を求めても取り付く島も無い。

「ミーアさん……でしたか?ギルドを挙げて調査致しますので、ここはひとつ」

「解りました……宜しくお願いします」

 大人しく引き下がるミーア。流石にギルド相手に揉め事を起こす程バカではない。

「参ったな……これじゃあ手詰まりだ」


 ギルドから出てきたハリーは、頭をガシガシと掻き毟る。こうなると自力で探すしか方法がない。

「ハリーさん……お金貸してもらえませんか?」

「まさか……インヴェスに頼む気かい?」

 コクリ、と頷くミーア。ギルドの調査に任せていては、いつ解決するか等判った物ではない。それに、その間に手遅れになっている可能性とて捨てきれない。どんなに人間的にクズだろうと、スピーディに解決するにはインヴェスを頼るしかないのだとミーアは覚悟を決めたのだ。

「はぁ……それなら仕方ない」

 ハリーは先程受け取った討伐報酬の入った革袋を丸ごと、ミーアに手渡した。

「えっ、だって、これは」

「俺の気まぐれだ。困っている可哀想な女の子に施しをしたかった……ただの自己満足だよ」

「何で……ハリーさんそんなに優しいんですかぁ!ふえええぇぇ~ん!」

 大声で泣き出したミーアの頭を撫でてやりつつ、ハリーはミーアに丸々革袋を渡した真意を頭に浮かべていた。

『1回ゴネたからなぁ……値段交渉で間違いなくアイツなら報酬を吊り上げて来る。さて、今渡した金で足りればいいんだが……』

 インヴェスは情け容赦無い男である。相手の足下は必ず見るし、ドブに落ちて溺れている子犬がいたら、助けるどころか沈める手助けをしかねない。そういう奴である。何度も言うようだが、奴はドクズである。 
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