タガメ
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。
ページ下へ移動
第十一章
「本当に余りの余りでね」
「微々たるものだね」
「市の予算の中では」
「まさに余りの余り」
「そんな感じだね」
「僕が自分で養殖もしてるし」
市役所の職員達がしているのではなくだ。
「雀の涙の予算で水槽一つでね」
「はじめたんだね」
「そんなレベルだね」
「タガメなんてね」
目標であるこの虫はとだ、夏樹は苦笑いを浮かべて話した。
「もうね」
「まだ先だね」
「軌道に乗って市の利益になってだね」
「そこから予算も確保出来て」
「これからだね」
「これは公の政策だし私費を投じるのもね」
つまり夏樹のポケットマネーを出すことはというのだ。
「はばかれるしね」
「そこ難しいね」
「昔は何でもなかったけれどね」
「最近はその辺りが五月蝿いから」
「公私の境目がね」
「何かとね」
「だから出来ないしね」
彼が一人で養殖を進めていてもというのだ。
「何とかやっていくよ」
「その限られた予算で」
「そうしてだね」
「地道にしていく」
「そうするんだね」
「そうしていくよ」
夏樹はここでは素直に笑ってだ、そしてだった。
彼一人でミズカマキリやタイコウチの養殖をはじめた、彼は事前にこうした虫達のことを調べ抜いていてだった。養殖自体は順調だった。
ミズカマキリもタイコウチも孵化してだ、そこから。
マツモムシやゲンゴロウ、アメンボにミズスマシにだった。ミズグモまでだ。
彼等の水槽を用意して養殖をしていった、その彼等をだ。
外に出すとだ、次第にだった。彼等は飛んで外に出ていった。彼等で奇麗な水の場所を選んで住み憑いていっていた。
その頃には夏樹も選挙を経てだった、そして。
娘も大きくなっていてだ、ある朝市役所に行く時に妻に言った。
「神代も大きくなったね」
「もう小学校に行くから」
「そうだね」
「ええ、それであなたも」
「うん、選挙もね」
「当選してよかったわね」
「また選んでもらったよ」
選挙民達にというのだ。
「有り難くね」
「よかったわね」
「うん、お陰でね」
「虫のことも」
「続けられるよ、だからね」
笑顔でだ、妻に言った。
「今度はね」
「いよいよ?」
「いや、水槽が増え過ぎてそれなりの予算が確保出来たから」
それでというのだ。
ページ上へ戻る