北欧の鍛治術師 〜竜人の血〜
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第一章 聖者の右腕
聖者の右腕Ⅰ
前書き
鈴鹿御前の再臨に使う凶骨があと6つ集まらん...!
アイン・フィリーリアス。16歳。彼は現在疲れとストレスから与えられた船室のベッドに引きこもっていた。この銀髪も白髪が混じってくるかもな、と自嘲しながらこうなった経緯を思い出す。事の発端は10日前、ちょうど3月の下旬に入った頃。アインは宮廷鍛治術師として王宮入りしてからおおよそ一年が経ち、ようやく数十回に1回ほどの割合で業物と呼べる剣が打てるようになってきた。彼はヨーロッパの国々が共同で進める第三世代IS開発計画『イグニッション・プラン』の開発会議にラ・フォリアの付き添いとして護衛たちと一緒に会場に来ていた。会議自体は首相や王などの最高権力者同士で行われるので、特例でもない限り、基本的に護衛が数人入っているだけで、その王族や親族はその間互いの国の技術を見物しあう事になる。アインがここに来た目的は近接武器を見るためだった。アインが打ったことがある武器は主に剣や短剣、槍など多岐にわたる。それに剣と一言に言っても直刀やバスター・ソード、フランベルジュなどに細かく分けることができる。そんな中で彼はこれだと言える一本を作れずにいた。要はアイディアに行き詰まったため、新しい発想を得られないものか、と、この会議について来たのだ。しかし、これがすべての始まりだった。何気なく触れたISに乗ってしまえたのだ。すぐさまアインはその場を離れようとしたが他国の人間に見つかって捕縛され、EUの本部に移送された。そこで急遽行われた会議で日本にあるIS操縦者育成施設IS学園に放り込まれる事になったのだ。そうして現在、アルディギアの飛空艇で日本まで護送中である。総括してかつてないほど忙しい10日間だったと言える。
「・・・外の空気でも吸うか」
そう思って部屋を出て、ふと廊下の窓から下を見下ろした。もう間もなくで目的地の空港に着くと言っていたから本土には近いのだろう。眼下に広がるのは魔族特区絃神島。中心にある要の島、ギガフロートと東西南北に伸びるサブフロートで構成された洋上に浮かぶ人口の島。ギガフロートの中心にある逆三角形の壮大な建造物『キーストーンゲート』の周囲や民家が集まっている地区ではもう真夜中だというのに蛍の群れのように明かりがついている所もあった。しばらくその光景を見つめてから本来の目的を思い出してハッチのある場所まで歩いて行った。そこから甲板に出てスペースのある場所まで手すり伝いに移動し、しばらくそこで過ごそうと考えた。が。彼は思い出すたびにこの時の事をこう言う。「ああ、不幸って重なるんだな」と。エンジンの不調か、はたまた、強い風が吹いただけなのか。ともかく、彼が手すりに体重をかけた瞬間、船体が大きく傾いた。バランスを崩した彼はそのまま緩やかな弧を描く船体のサイドを綺麗に滑り落ちて行く。
「嘘だあああああぁぁぁぁーーーーーーーっ⁉︎」
結果、絃神島に真っ逆さまという構図が出来上がったのだった。どうにかして対処せねば、と考えて下を見る。まずは着地先の確認からだ。選り好みをしている余裕はないのでパッと見た感じで土などのあまり固くなさそうな地面を探す。竜の目の恩恵で視力は自分の意思で人間の数倍に引き上げられるようになったし、夜目は利く。さあ土を・・・と思った矢先にここが人工島である事を思い出し公園でもないと土のある場所は街路樹の植え込みなどの狭い範囲のもので勝負しなければならない。そして見るにここは倉庫などが集まる地区。倉庫街のド真ん中に公園を作ろうとするバカなどいるはずもなく、儚い希望はあっけなく潰えた。よく見ればこの地区のあちらこちらで火の手が上がっている。少なくともさっき飛空艇から見下ろした時は特にこんな事にはなってなかったはずだ。何事かと思っていると不意に自分がいる所とは少し離れた地点に魔力を感じた。現在の状況に活路を見出せない以上、即興で思いついた一か八かの計画に賭けるしかない。アインは与えられたISの拡張領域から自分が打った石突きの方に4、5メートルの鎖がついた端から端まで真っ赤な色に染められた槍を取り出して魔力を流し込んだ。 その槍は柄の部分にびっしりとルーン文字が刻まれており、槍の表面に刻まれたルーン文字の一部が発光し、槍は『風』と『必中の加護』を意味するルーンの力を得て目で獲物を追う生き物のように、しなやかに、ただ一点を目指して高速で宙を舞った。もちろん、鎖を掴んでいるアインへの負担は相当に大きい。目指すは先ほど感じ取った魔力反応。目視はできなくても大まかな位置の特定さえできれば後からでも軌道修正はできる。そんな行き当たりばったりにも程がある計画だが唯一の救いか、この槍の性能は抜群にいいこと。魔力の変換効率からその威力まで申し分ない。振り落とされないように必死に鎖をつかんでいるとしばらく地面と平行に翔んでいたのに目標が近くなったのか、槍が急に下を向いた。近くなったか、とアインが穂先の先に感じる魔力反応を目視しようと視力を引き上げた。見えたのは、異様な光景。おそらく人工生命体であろう青い髪の少女と2メートル近い銀色の槍を使う中学生くらいの少女が戦っていたのだ。さらにその異様さを増すのがそれぞれの背後には大きな半月斧を持った短く剃った金髪の巨漢ともう片方は、槍を使う少女の後ろから全力疾走する白いパーカーを着た少年がいたからだ。しかも表には出していないが内側にとてつもなく強力な魔力を宿している。もうなにがなんだかわからない。そしてようやく槍に突撃させた魔力反応の正体がわかった。青い髪の人工生命体の背中から白く大きな腕が生えていたのだ。完全に生えているのは左腕だけだが右腕も生えかけているのか背中が多少膨らんでいる。そりゃでかい魔力も放出するわな、と考えつつ鎖を離した。槍自体は『必中の加護』の力で目標に設定された左腕に突撃し、その魔力を周囲の待機中に霧散させた。それと同時に左腕を槍で受け止めていた少女が自由に動けるようになった。が、右腕の襲撃に対応するには圧倒的に遅すぎた。なるほど少年が全力疾走していた理由はこれかと思いながら少女に襲いかかろうとする右腕の指の間を体を捻りながら通り抜けて槍の力で霧散した濃密な魔力の漂う一帯に突っ込んだ。同時に槍のルーンを暴走させて周囲の魔力を風に変える。膨大な魔力を消費して『造られた』風は上空から落ちてきた自分を受け止めるだけの力があったようで、一瞬は強烈な突風に吹かれたような衝撃があったものの、地面を数回転がるだけで済んだ。かなり無茶苦茶な作戦とはいえ、成功したのならよしとしよう。起き上がってまず見えたのは突然の闖入者に「ぬ⁉︎」と、目を見開いて驚く金髪の巨漢。それから槍の少女の盾になるように右腕を受け止めるパーカーの少年。その瞬間、少年から濃密な魔力が漏れだすのを感じた。人工生命体は巨漢の指示ですぐさま後退した。何事かと思った瞬間、少年が絶叫するとともに周囲が爆発的な閃光に包まれた。少女は槍を構えてそれに耐えたようだった。あの槍には破魔の力でも宿っているのだろうか。とにかく、少年から放出された魔力は雷の形をとって周囲の倉庫からタンク、そこら一帯を無差別に焼いた。至近距離にいた自分が無事でいられるはずもなく、その衝撃と魔力をモロに喰らうと体は軽々と吹き飛ばされ、崩れた何かにぶつかって魔力を放出しきって倒れる少年を最後に視界に入れてから意識はブラックアウトした。
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