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SAO-銀ノ月-

作者:蓮夜
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化身

 
前書き
百層突入メンバーは、映画通りのキリト シリカ エギル シノンに、ショウキにルクスと直葉が加わってリズがいません。 

 
「ここは……」

 ユナとエイジの協力によって、《オーグマー》によるフルダイブに成功した俺たちは、気づけば空中から闘技場のような場所に降り立とうとしていた。空中を浮遊する俺たちの周りはシャボン玉のようなもので覆われており、気分はパラシュートを展開した後のスカイダイビングのようで。

「アインクラッド第百層《紅玉宮》……」

「綺麗なところですね……」

 空中から見る百層と思われる場所に、女性メンバーたちから感嘆の声が漏れだした。どこまでも広がっていく白色の町並みに、敵意などまるで感じない小鳥や花畑。確かに美しさならこれまでのどんな層にも劣るまいが、俺が気づいたのはアインクラッド百層であるということではなく。

「ユナ……」

 先日、ユナの意思を伝えてくれた白い少女と会話した場所。今から飛来しようとしている闘技場の外ではあるが、確かに同じ場所であった。しかしてそのことを考える暇はなく――

「あそこ!」

 直葉の警告に思考を打ち切ると、腰に帯びていた日本刀《銀ノ月》を鞘から解き放った。フルダイブしたとはいっても、ゲームとしては《オーディナル・スケール》の延長ということか、俺たちの装備は《オーディナル・スケール》のままで。正直に言ってしまえば、《SAO》のラスボスを相手にするにしては頼りない装備であるが、贅沢を言っていられる状況ではない。

「あれが……」

「アインクラッド百層ボス……!」

 そうして闘技場――もとい《紅玉宮》に鎮座していたのは、百層の建築物と同様の色彩を基調とした、天使のようにも化物のようにも見える『敵』。一見して高貴な印象しか与えないものの、まるで複数の天使を無理やり組み合わせたキメラのような、よく見るとそんな不愉快さを感じさせるものだ。

「来るぞ!」

 その化物は俺たちの声に反応するようにゆっくりと瞳を開くと、巨大な体躯に似つかわしい剣と槍を構えて動きだした。それとともに十本のHPバーが展開すると、こちらを倒すべき敵だとして認識したかのように、瞳が一際紅く輝いた。

 《An incarnate of the Radius》。それが俺たちの前に立ちはだかる筈だった――それと同時に、今まさに立ちはだかる『ラスボス』の名前だった。俺たちと比べてその体躯は巨人と小人ほどの違いがあり、あのキャリバーを巡るクエストの際に戦った、《霜の巨人》スリュムを連想させるほどだ。

「下がれ!」

 そしてゆっくりと動きだしたラスボスだったが、あいにくと俺たちはまだシャボン玉に包まれて飛来中のため、まだ自由に動くほどの権利を得てはいない。それでも懸命に動いたエギルがタンクとして前に出て、俺たちは一刻も早く着地しようと急ぐとともに、ラスボスの左腕の槍がエギルを貫いた。

「エギル!」

「エギルさん!」

「……大丈夫だ! すぐ戻る!」

 そのままエギルはラスボスの槍に吹き飛ばされてしまうものの、何とか斧でのパリィに成功していたようだ。マップ端の岩盤に衝突したダメージは受けたようだが、無事な姿でこちらに走ってくる。とはいえエギルだけにタンクを任せるわけには――いや、そもそもタンクやアタッカーなどといった役割が出来るほど、俺たちには人数が揃ってはいないし時間はない。

「みんな! 短期決戦でいくぞ!」

「はい!」

「先制するわよ」

 キリトの指示が全体に行き渡るとともに、まずはシノンの狙撃銃がラスボスを牽制するように放たれた。牽制とはいえども、その瞳を射抜く正確な狙撃だったものの、ラスボスがその巨腕を振り回すのみであっさりと弾かれてしまう。

「チッ……」

「ひゃっ!?」

 さらにその巨腕を振り回した勢いは銃弾を弾くだけでは済まずに、風圧となって体重の軽いシリカを吹き飛ばし、他のメンバーの前進を止めていた。それでも何とか風圧を斬りながら接近し、まずは足の腱を斬り裂かんと再び日本刀《銀ノ月》を振りかざすと――

「ッ!?」

 ――突如として障壁のようなものがそこに現れると、こちらの日本刀《銀ノ月》を事も無げに弾き返した。ラスボスの能力の一部にバリアのようなものがあると確信し、追いついてきたキリトも同じ場所に追撃を加えたものの、バリアはまだ破れるような様子はなく。

「くっ!」

「紅い宝石! 光った!」

「任せて!」

 ラスボスに近づきすぎたか、キリトとともに剣の横薙ぎをしゃがんで避けていると。バリアを突破しようとしていた俺たちからは見えなかったが、どうやらラスボスの肩部にあった紅い宝石がバリアの発生とともに光ったようで、直葉が見逃さずにシノンへ伝えるのを聞くと。再び足に向かって適当な剣戟を放つと、やはりバリアがこちらの一撃を弾くだけだが。

「そこ!」

 ただし、元より攻撃を当てる気はなく。バリアが発生した際に光った紅玉を、シノンが見事に撃ち抜いてみせる――のを読んでいたかのように。ラスボスの瞳から放たれたレーザーがフィールドを一閃し、遠距離にいたシノンの身体を、放たれた弾丸と地面ごと抉っていた。

「シノン!」

「こっちの心配より、そっちの――!?」

 さらにレーザーによって破砕された床が、まるで意思を持っているかのように、レーザーに身体を貫かれ倒れたシノンを含む俺たちを襲いだした。瓦礫の欠片はまるで散弾銃の弾丸のようで、とてもシノンを助けるような暇はなかったが、そこは近くにいたルクスがカバーに入ってくる。

「ルク……ッ!」

「危ねぇ!」

 そうして瓦礫の散弾銃の最中にルクスが立っていた床が光っていることに気づくも、足元にたかる蝿がごとき俺たちに放たれた振り下ろしによって、ルクスへの警告は届くことはなく。カウンターのようにラスボスの武器破壊を狙うものの、それもバリアによって防がれてしまい、内心で舌打ちしながらもルクスの方を見れば。

「す、すまない……!」

「おい! 足元も気をつけろ!」

 直前まで光っていた床がエレベーターのように空中に飛翔していき、外壁から落下してきた壁と衝突して粉々となっていた。エギルが床から突き飛ばしたことで事なきを得たようだが、あのままルクスが床に乗ったままであれば、どうなっていたかは想像に難くない。

「えーい!」

「何か来るぞ!」

 側面から攻めこんだ直葉もバリアに防がれているのを横目に確認しつつ、さらにラスボスが天に向かって祈りを捧げるようなポーズを取ったかと思えば、みるみるうちにラスボスの背後に漆黒の大樹が生えてきていた。ラスボスの体躯にも迫るほどの巨大なソレは、あり得ない場所から幹を生やすという行動で俺たちに襲いかかってきた。急速に成長する幹は、まるで触手か弾丸のようで、フィールド内を幹が占領していく。

「このままじゃ埋め尽くされちゃう!」

「ならあっちから先に……」

「いや……ショウキ! スグ! 乗れ!」

 《紅玉宮》フィールドの内部を埋め尽くさんとする勢いの大樹に、最もラスボスに近づいていた三人で集まるものの、キリトはすぐにその幹の利用方法に気づく。迫ってきていた幹を避けつつ跳び乗ると、そのまま幹の上を疾走してラスボスへと向かっていく。

「……なるほど!」

 キリトに一瞬遅れて、スグに俺も同じく幹の上に乗れば、そこはラスボスの身体への近道となっていて。まるでサイズの違うラスボスには足ぐらいしか攻撃が届かなかったが、これならばあのバリア発生装置である紅い宝石にも攻撃が届く。

「っ!」

 もちろんラスボスが何の抵抗もしないわけもなく、幹の上を疾走する俺たちに槍を突き刺し、剣で薙ぎ払いをしてくるが、その度に違う幹に跳び乗って難を逃れながらも。これだけで何度冷や汗をかく場面に遭遇してたか分からなかったが、直葉とともにラスボスの肩に向けて攻撃を放った。

「このっ……!」

「直葉!」

「うん!」

「でぇい!」

 もちろんその一撃もバリアによって防がれてしまい、すぐさま痛烈な剣戟によるカウンターが放たれるが、それを読んでいた俺たちは攻撃もそこそこに地上に飛び降りると。剣戟が幹を切り裂いていく中、ハイジャンプしたエギルがその両手斧をバリアに向かって叩きつけた。

「スイッチ!」

 ただしバリアはまだ破れることはなく。俺たちのように幹に乗らずに、ハイジャンプで空中に跳んだエギルに逃げ場などあらず、カウンター気味の槍を突き刺してくるが――エギルはそれを見事にパリングしてみせて。明後日の方向に突き出されるラスボスの槍とは対称的に、今度こそシノンの銃弾がバリアの中心部に炸裂すると、遂にバリアが中心部からひび割れた末に破壊されていく。

「うおおぉぉぉっ!」

 スイッチ、とエギルが叫んだのを証明するかのように、今まで襲いかかるように生える幹の相手をしていたキリトが、その幹を疾走するとラスボスに肉薄した。もはや何かをする暇すら与えずに、《ヴォーパル・ストライク》を模した一撃が、紅い宝石ごとラスボスの肩を深々と抉っていく。

「お兄ちゃん! 近づきすぎ……!」

 ただしそれだけで、キリトの攻撃が終わることはなく。そのまま横薙ぎに派生し、肩に装備されていた紅い宝石を切り裂いていた。だが、直葉の警告が間に合うこともなく、背後の大樹から成長した幹に絡み取られ、幹の内部へと飲み込まれてしまう。

「お兄ちゃん!」

 刻一刻と迫るタイムリミットに焦りすぎた? ――いや、キリトともあろうものがそんな筈もなく、彼が何を考えていたか一瞬で思索すると。キリトを助けに行こうとしていた直葉の肩を掴み、レーザーに貫かれたシノンを安全な場所までカバーしていたルクスへと視線を送る。

「キリトさんは私が!」

「今のうちに攻めるぞ!」

「……うん!」

「わたしからいきます!」

 救助は後方にいたルクスに任せて、ラスボスに近い俺たちは、キリトが作ってくれたチャンスを無駄にせんと攻めこもうと。直葉もどうやらキリトの意図が分かったらしく頷いてみせると、戦闘の最初に風圧によって吹き飛ばされて戦線を離脱していたシリカが、合流してそこそこに短剣をラスボスに突き刺してみせると、やはりバリアによって防がれてしまう。しかしてそのバリアは先程よりも薄く、キリトによって半壊した紅い宝石の影響を感じさせた。

「うぉらぁ!」

 さらに俺と直葉がフィールドに展開しきった幹をアスレチックのように登っている間に、地上に降り立っていたエギルの両手斧の一撃が加えられた。その一撃に効果が半減したバリアでは防げずに、再びバリアが割れていくが――ラスボスの真紅の瞳は、地上にいるシリカとエギルを捉えていた。

「下がれシリカァ!」

「え……っ!?」

 ラスボスから放たれるレーザーの一閃。今までラスボスの槍や剣をパリングしてきたエギルだったが、レーザーなどとすればそうもいかずに。シリカを庇うことには成功していたが、肩から胴体までをバッサリと切り裂かれたように、レーザーの傷痕がエギルのアバターに刻まれていた。

「エギルさん!」

「せやっ!」

 背後を気にしている場合ではない、と自分で自分を言い聞かせながら。幹からラスボスの肩に跳び乗ると、一つ一つ、紅い宝石に日本刀《銀ノ月》を突き刺していく。苦悶の表情を見せながらラスボスは肩に乗る俺に視線を向けたが、その横っ面に直葉が痛烈な一撃を叩き込んでみせた。

「このっ! このっ! このおっ!」

 もはやラスボスを守っていたバリアを発生させる紅い宝石はなく、肉薄した直葉を止める術をラスボスは持ち合わせていなかった。背後の黒い大樹から触手のような幹が伸びるものの、そちらは俺が全身全霊を込めて切り裂き直葉には一房たりとも届かせず。そのまま直葉の長刀による連撃は、レーザーを放つ真紅の瞳に及んでいく。

「――キャッ!?」

 長刀がラスボスの瞳を切り裂いた瞬間、まるでレーザーの発生装置を壊したかのように、瞳が爆発して土煙をあげる。もちろんラスボスにも多少のダメージにはなったものの、それよりも起爆によってラスボスの肩に乗っていた直葉を中空へと吹き飛ばし、身動きの取れなくなった直葉にラスボスの巨大な槍が直撃した。

「直――」

 槍に貫かれながら《紅玉宮》の壁に炸裂する、直葉の姿が目に焼きついた――焼きついてしまった。その隙に細い枝が俺の足に巻きついていき、触手のようにしなって俺を強制的にラスボスの肩から空中に飛翔させると、まるでジェットコースターのような重力が襲いかかる。何とか眼を開けてこの触手枝の行き着く先を見れば、構えられたラスボスの剣。

「――ッ!」

 ラスボスの剣に衝突させられるより先に、足に巻きついた枝を日本刀《銀ノ月》で斬り裂くと。高速でラスボスの剣に当たるのだけは避けられたものの、代償としてそのまま地上へと投げ出されることとなり、全身を滅多打ちにされつつ床を転がっていく。落下ダメージでHPが全損していないのは奇跡と言ってもよかったが、回復手段が落ちているアイテムしかない《オーディナル・スケール》では――もちろんここに回復アイテムなど落ちておらず――致命傷であることに変わりはなく。

 しかしてラスボスのダメージも深刻で、バリアの発生装置だった紅い宝石とともに肩は破壊されたために腕は上手く動かず、遠距離攻撃であるレーザーを放つ瞳は片方が砕かれ、HPゲージもかなりの割合が削れている。まだまだだ、と日本刀《銀ノ月》を杖代わりに、埃を払いながら立ち上がれば。

「――な」

 無意識のうちに、そんな声が勝手に漏れていた。背後の大樹が漆黒から純白へと変わっていき、瑞々しい葉から零れた雫がラスボスに垂れていくと、まるで最初から傷などなかったようになっていたのだから。モンスター専用の回復スキルなど珍しいものではなく、ただあのラスボスも同様のものを備えていた、というだけに過ぎないのだが――それは、俺たちの心を折るには充分なものだった。

「そん、な……」

 そしてラスボスにとって、俺たちのそんな精神状態など関係のない話で。まだ傷が少なく、今にも攻撃を仕掛けようとしていたシリカの床が光り、次の瞬間にはその床はシリカとともに飛翔していく。

「あぐっ……!?」

「シリカ!」

「やめろぉぉぉ!」

 さらに上空から落下してきた石盤に挟まれ、苦しみを伴う拘束にシリカは空中で身動きが取れなくなって。その光景を捉えたラスボスは瞳を真紅に輝かせると、次の瞬間に起きるであろうことを予期せざるを得なくなって、誰かが悲鳴をあげたものの俺たちに出来ることなどなく――

「せいや!」

 ――次の瞬間、シリカを拘束していた石盤が粉々に破壊されるとともに、ラスボスが放ったレーザーが空を切る。呆然とした表情のまま空中に投げ出されたシリカは、さらにある人物に抱き抱えられて地上へと戻ってきた。

「アスナさ……!」

「うん。遅くなってごめんね、シリカちゃん」

 ルクスが負傷したメンバーを集めてくれていたのか、他のメンバーが全員集まっているところにアスナとシリカは着地して。それを多少と離れた場所で呆然と見ていた俺の背中を、シリカを挟んでいた石盤を破壊しつつ降りてきた、もう一人が遠慮なく叩いていて。

「……リズ」

「ほら、とぼけてないで! ……それに、あたしたちだけじゃないわよ」

 そう意味深に語ったリズの発言とともに、《紅玉宮》の屋上から続々とプレイヤーたちが飛来する。レコンにクラインと《風林火山》のメンバー、レインやグウェン、スリーピング・ナイツたちの仲間たちだけではなく、シルフ領やケットシー領の世界樹攻防戦を共に戦った一団に、ユウキの件では戦いとなったシャムロックやサラマンダー領の妖精たち。

「よっしゃあ! VRなら無敵だぜ!」

「あのゲームのラスボスだ、楽しめそうだな!」

「遊びじゃないぞ!」

 さらにALOの妖精たちだけではなく、多少ながら飛来する速度が遅まきながらも、重火器で装備する屈強なプレイヤーたちが地上へ着地していく。まるで本物の軍隊がパラシュートで降りてきたような彼らは、一時だけプレイしたことのある銃と硝煙の世界《GGO》の住人たち。例の大会の予選で戦ったピースの姿を見つけるが、姿が違うからかこちらには反応されず。

「ってー!」

「うわビックリした!」

「だってほら、あんなデカイのグレネード撃ち込まなきゃ嘘じゃん! 今宵のグレネードは血に飢えているぅ!」

「もっと飢えてそうな人も来てるけどね……」

「あー……ほ、ほら今のうちに合流しましよ!」

 小柄な少女が二丁で放ったグレネードはラスボスのバリアを一撃で消し飛ばしてみせ、それを開戦の狼煙にしたかのように、プレイヤーたちがラスボスとの交戦に発展する。その間にルクスが集めてくれていた場所に、若干グレネードに引いたようなリズに引っ張られるようにして行くと、先程まで共に戦っていたメンバーにアスナとリズを加えた仲間が集結していて、まだ誰もが怪我を忘れながらポカンとした表情を隠さないでいた。

「ユイちゃんの手を借りて、レコンやらフカやら顔の広い連中に連絡を取ってね……まさか、こんなに集まるとは思ってなかったけど」

「私たちも大丈夫。みんなで戦おう、キリトくん!」

「あ、ああ……ユイは?」

 旧《SAO》ボスに脅えていた先の姿はどこへやら、普段通りに快復したリズにアスナ、さらに続々と押し寄せてきていた増援に、元からいたメンバーは理解が追いつかずに目を白黒させていて。リズが仲間たちがこの場所にログイン出来るように、ユイを通して調整してくれたらしく、本人はその仕事ぶりに満足げ――いや、予想以上に集まった数にむしろ動揺していて、確かにGGOのプレイヤーたちは完全にリズの予想外だろうな、と思えばこちらも余裕が出てくるというもので。

「ユイちゃんなら……」

『お待たせしました!』

 そしてユイもまた、《ALO》のナビゲーション・ピクシー姿で現界する。その手には何やら光り輝く宝石のようなものが握られていて、コクりと頷くとともに、その宝石を負傷した俺たちにそっと渡してきた。

『皆さん、これを使ってください!』

 回復アイテムでも持って来てくれたかと思いながら、その光に包まれていけば。確かに痛んでいた箇所が癒される感覚を味わってはいたが、それ以上に――身体が軽くなったように感じて。光が収まるとともに身体を見れば、そこにあったのは《オーディナル・スケール》の制服ではなく。

『この世界に残っていた、皆さんの《SAO》のアバターをロードしました! ……シノンさんとリーファさんはオマケで!』

 最後にどこか悪戯めいた笑みを浮かべたユイが言った通り、《オーディナル・スケール》でログインしていたメンバーのアバターが、かつてあのデスゲームを生き抜いたアバターに変化していた。SAO生還者でない直葉は《ALO》の風妖精の姿に、シノンは《GGO》のスナイパーに姿を変えていて。HPゲージが回復したのではなく、ダメージを受けていたアバターそのものが変えられたのだということに気づくのに、そう時間はかからなかった。

「ピナ!」

 そしてピナがシリカの危機に駆けつけたように、かつての装備も《SAO》俺の手元に戻ってきてくれた。胸ポケットに花の髪飾りを付けた、漆黒のコートを羽織った和服姿に、腰に帯びるはあのヒースクリフすら斬り裂いてみせた初代にあたる日本刀《銀ノ月》。二年間に渡るデスゲームを生き抜いたこの装備こそ、本来のラスボスであった《An incarnate of the Radius》と戦うのに、これ以上なく相応しく。また、決して負ける気のしない装備でもあり。

「いくぞ!」

「ああ!」

 久しぶりに感じる柄の手触りを味わいながら、黒と白の二刀を構えたキリトの再びの号令に応じ、俺たちもラスボスへの攻勢に参加していく。SAOと、ALOと、GGOと。俺たちがこれまで辿ってきた世界を巡るような戦線に、心が昂らないと言えば全くの嘘になってしまう。隣で共に疾走するリズの姿を横目で捉えながら、知らず知らずのうちに表情に笑みが戻る。

 ――しかして、《SAO》の装備に戻ったのは俺たちだけではなく。

「あれは……」

 まるでライブステージのように設えられた場所にいる、二人の男女の姿を視認したその時――

 ――戦場に、歌が響いた。


 ……しばし、時は戻り。キリトたちをアインクラッド第百層《紅玉宮》に送り出したエイジは、自分で自分の行動が分からないでいた。キリトたちに《An incarnate of the Radius》を倒されてしまえば、ユナの――悠那を蘇生する望みは完全に潰えてしまう。にもかかわらず、どうして自分はキリトたちに協力するような真似をしたのか。

「ねぇ……あんた、あたしたちから記憶を奪った奴なんでしょ? なんで協力してくれるわけ?」

「……僕が、聞きたい」

 隣に立つ茶髪の少女――リズベットだったか、とエイジは自らの記憶の中からその名前を導きだして、彼女からの問いかけに自嘲するようにして首を降る。もはや自分を奮い起たせようと、意図的に『俺』と変えていた一人称も、以前の『僕』へと変わっていることに気づいて、エイジもうなだれながら座席に座り込んだ。

「……ぶん殴るのは後にしてあげる。それより、その百層とやらには《アミュスフィア》からでも行けるの?」

「あ、ああ……可能なはずだ。あのAIの補助があれば……」

「オッケー。それだけ聞ければ充分よ、ありがと」

 するとリズベットは《オーディナル・スケール》の制服の下から取りだした携帯端末と《オーグマー》、さらにユイにも頼みつつ自らに出来る限りの連絡手段を駆使し始める。ただしその手は恐怖からか震えていて、チラチラと周囲のプレイヤーと戦う旧SAOのボスに向けられていた。それでも椅子に座り込んだままのアスナを守るような位置に立っていて、エイジも意図せずアスナに話しかけていた。

「アスナさん……」

「あなた……?」

 隣に座ったアスナは、何もかもが恐ろしいとばかりに自身の肩を自分で抱き、顔面を蒼白にしながらエイジの顔を見て首をかしげた。《SAO》の記憶を失ったのならば、エイジ――いや、ノーチラスのことも分からないで当然であり、エイジは今更ながら自分がしたことがどんなことかを知って。

「すいません……僕のせいで……」

「え?」

 あの浮遊城にいた時、《閃光》アスナはエイジの憧れだった。彼女の凛とした背中と揺るぎない言葉の前であれば、共にデスゲームをクリア出来ると信じさせてくれた。そんな英雄的な姿とは似ても似つかぬ目の前の少女に、英雄である前に彼女も悠那と同じく一人の少女であると思い知らされる。

「僕が……悠那を蘇らせるために……」

 そうして神に懺悔を捧げる信徒のように、エイジはアスナに罪の告白を捧げていく。今、アスナがこうなっているのは、SAO生還者の記憶を奪うことで、結果的に幼馴染みを蘇らせようとした自分のせいだと。今まさにアスナが感じている恐怖は、《SAO》の記憶を奪った副作用であるということを。

「……私も、つい最近、親友がいなくなったの」

 エイジの懺悔を、アスナは最後まで黙って聞いていると、どこか遠くを見てそう呟いた。罵詈雑言をぶつけられてもいい、何なら殴ってもらっても構うまいと、《閃光》からの断罪を求めていたエイジにとって、それは予想外の返答で。

「その子は元々長く生きれない子だったけど、その短い命を、全力で、精一杯に生きて、自分の命を使いきって……もう一度会いたいけど、ユウキを蘇らせるために他人を犠牲にしました、なんて言ったら、絶対に許さないと思う」

「あ……」

「勝手なことを言うようだけど、悠那さんもそうじゃないかな? デスゲームで……自分を犠牲に他人を助けた人なら」

 アスナの言葉に、エイジの封じ込めた記憶が蘇っていく。悠那との永遠の別れになったその日、《吟唱》スキルをフルに使ってヘイトを自分に溜めて、囮となってエイジを含んだ他のプレイヤーを助けたあの日。恐怖で足がすくんで動けなくなったエイジの前に、悠那はいつも大事にしていた飴玉が詰まったガラス瓶が投げられていた。

『エーくん、ごめんね。泣きそうになったら、それを舐めて頑張って。エーくんなら大丈夫――』

 そうして悠那の表情は、今にも泣き出しそうな絶望と恐怖に包まれながらも――笑っていた。心残りがなかった訳もないが、彼女もまた、全力で自らの命を使いきったのだろう。自分以外の命を救うことで。

 ずっと考えていたことが、エイジの思考の中で確信に至る。そんな彼女が、自分以外の命を使って蘇るだなんて――

「――ッ!?」

 ――そこでエイジの思考は打ち切られた。ライブステージに新たなSAOボスが現れ、エイジたちを狙うように咆哮を発していたのだ。

「ドルセル・ザ・カオスドレイク……追ってきたのか!?」

 それは地下駐車場でエイジの記憶を奪わんと襲ってきた、アインクラッド第九十三層ボス《ドルセル・ザ・カオスドレイク》。広大なライブステージという場所によって、魔竜は本来の大きさを取り戻していく。

「アスナさん! 逃げてください!」

「でも……!」

 アスナとリズベットを守るように立ちはだかったエイジだったが、カオスドレイクの威圧感に多少なりとも縮こまってしまう。キリトに破壊された為に、もはや自分の強さを支えるパワードスーツはなく、まさか第九十三層のフロアボスに勝てるわけもない。それでも肉壁ぐらいにはなってみせようと、背後を見て二人に警告を発していた瞬間、カオスドレイクの闇のブレスがエイジを吹き飛ばさんと放つ。

「ッ――?」

 こうして自分が記憶を奪った二人を守りながら、自分も《SAO》の――悠那の記憶を失うのがオチか、と。自分でも信じられないぐらい穏やかに闇ブレスを受け入れたが、いつまで経ってもその瞬間が訪れることはなかった。反射的に瞑ってしまっていた瞳を開き、前を見据えてみれば。

「あれは……」

 全身を白色の服に身を包み、フードで表情を隠したプレイヤーが、巨大な盾のようなものを展開してカオスドレイクの闇ブレスを防いでいた。それでも第九十三層のボス相手には分が悪いのか、衝撃に盾は少しずつヒビが入っていき、風圧でフードが吹き飛び少女の顔があらわとなった。

「悠那……!」

 エイジが見間違える筈もない。先までは、悠那を蘇らせるための自己保存プログラムとして扱っていたかもしれないが、呼びかけに反応してチラリとこちらを見た彼女は――間違いようもなく悠那そのもので。すぐさまエイジから目を逸らした彼女とは対照的に、エイジは端末を握ってカオスドレイクへと走り出した。

「ちょ、ちょっと!」

「オーディナル・スケール、起動!」

 リズベットの制止の声などエイジの耳に届いておらず。もはやエイジが感じているものは、カオスドレイクの闇ブレスを防ぐ悠那の姿だけでしかなく。そこに助けられなかったありし日のデスゲームの光景もフラッシュバックするが、そんなものを脳内から打ち消すと、闇ブレスを放ちきったカオスドレイクに肉薄する。

「悠那に手を出すなぁぁぁぁぁぁっ!」

 つい今しがたまで闇ブレスを放っていて、無防備になっていたカオスドレイクの顔面へと、エイジの全身全霊を込めた突きが炸裂する。その勢いのまま魔竜の鱗を斬り裂いてみせると、カオスドレイクは苦悶の叫びとともに翼をはためかせ、飛翔しながらどこかに後退していった。

「ハァ、ハァ、ハァ……」

 それだけで全ての力を使いきったが如く、肩を震わせながらもエイジは何とか息を整えて。背後に立った白い少女へと向き直り、その格好をまじまじと観察する。髪色が銀に近い白なことを除けば、悠那そのものの――いや、悠那そのものに。

「……ごめん。悠那」

『エーくんの、バカ』

 デスゲームなどに誘ってしまったことか、攻略組を目指そうとした時に止められなかったことか、あの日に助けられなかったことか、こんなことをしでかしてしまったことか、はたまたその全部か。一体何を謝ったのかエイジ本人も分からなかったが、悠那から短いながらも痛烈な断罪の言葉が下される。蘇りたいか、などと聞くまでもない様子に、目の前の少女は悠那だと改めて確信する。

「下がっててくれ、悠那」

「挨拶は済んだ?」

「え……」

 態勢を整え、再びこちらに飛翔してくるカオスドレイクに対して、片手剣を構えてエイジは悠那を背後にして迎撃しようとすると。エイジの肩に気安く乗せられるとともに、気づけばリズベットとアスナもまた、エイジの隣に自分たちの武器を持って立っていた。

「余計なことまで忘れちゃってたみたい。こんなんじゃユウキに笑われちゃうもの」

「そういうこと。さっさとアレ倒して、あたしたちも百層行くわよ!」

「あ……ああ!」

 ――そうしてリズとユイが呼んだ増援とともに、エイジと悠那もアインクラッド第百層《紅玉宮》へと降り立った。もちろんその姿は《SAO》の時と同様のものであり、悠那は吟遊詩人のような格好をした、楽器を持つ白いフーデットケープ姿に。エイジは、アスナと同様に《血盟騎士団》の制服に身を包んだ、歌姫を守る騎士として。

 悠那の《吟唱》スキルによる歌声が《紅玉宮》へと響き渡り、プレイヤーたち全てにバフがかかっていく。その代償に《An incarnate of the Radius》のヘイトが必要以上に悠那に向き、激しい攻撃が加えられていくものの、それらは全て悠那に届くことはなかった。

「悠那は僕が守る!」

 明るい、まるで太陽の光を音にした歌を背後にして。再びノーチラスとなって現界したエイジは、死に物狂いで悠那への攻撃を防いでいく。《SAO》の時に果たせなかった決意を果たそうと奮戦していたが、その瞳にはエイジ自身にも分からない程度に涙が浮かんでいた。

 《An incarnate of the Radius》を倒すことが何を意味しているか、彼は理解しているからだ……どうしようもないほどに。

 ――僕はもう一度、君を殺す。
 
 

 
後書き
 エイジくんがカオスドレイクに切りかかるシーンは、映画見てからずっと書きたかったシーンでした。結城明日奈と重村悠那、略して結城悠那は勇者で……あ、いや何でもないです 
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