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明日へ吹く風に寄せて

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Ⅴ.決戦


「終わったか?」
「ああ。だが、千年桜からあんなに離れたとこで良かったのか?」
「良いんだ颯太。あれ以上近付いて、また投げ飛ばされては困るからな。春代さん、そちらはどうですか?」
「整っておりますわ。」
 ここは千年桜の前だ。とは言っても、かなり距離を置いている。近付きすぎて、また彼女に力をぶつけられては厄介だからな。
 先ず…颯太には、結界に使う榊を四方の地面に立ててきてもらい、千年桜を中心とした大きな結界を張った。春代さんには、その中に舞を舞えるだけの小さな結界を作る様に頼んであったのだ。
 榊には小さな鈴が付けてあるが、それは結界が作動しているかを音で確認するためのものだ。ま、魔除けとしても使えるためでもあるが。

「臨。」

-チリン…。-

「兵。」

-チリン…。-

「闘。」

-チリン…。-

 僕がやっているのは、密教系の結界の張り方に近い。有名になった九字は元来、僧が修行時に張る結界からきている。まぁ諸説あるが、基本は気合いだと僕は考えている。とは言え、霊力の全く無い人間に、結界など張りようもないがな。

「在。」

-チリン…。-

「前!」

-リーン…。-

 最後の掛け声に、鈴の音色が変化した。結界が起動した証だ。しかし、これで終わりではない。
「光もて闇を打ち払い、我らが道を明かりで満たせ!」
 僕はそう言うと、懐から呪符を取り出して空へと投げた。それらは鳥に姿を変化させ、四方の榊の上に飛んで行き散った。すると、その場に蒼白い光が炎のように灯り、全体を幻想的に明るく照らし出したのだった。
「春代さん、そちらも。」
「はい。」
 僕に言われ春代さんは、直ぐ様小さな結界を張った。春代さんの張る結界は、僕のそれとはかなり異なる。
 花岡家の遣り方は、基本は植物に頼る遣り方なのだ。場所や仕事の内容によって、様々な結界の張り方があるようで、今回は藤の植木を四方に置いてあった。舞いの舞台としても趣があって、彼女なりの気遣いを感じさせた。
「お入り下さい。」
 結界を張り終えたようで、僕と颯太を春代さんは内側へと招き入れた。その刹那、地から湧くような女の声が響いた。

- 己…再び私の邪魔を致すか! -

 あの千年桜に憑く亡霊だ。しかし、今度はそう簡単にはやられはしない。
「風は鎖となり時は杭となりて、道を遮る者を束縛せん!」
 僕は直ぐ様そう叫んだ。
 これは初代櫪家当主が編み出した言霊であり、櫪の血族であれば大なり小なり使える。しかし、血族以外ではいかに霊力があっても使えない、あまり役には立たない代物でもある。
「では、浄化の<火>から始める。」
 僕は二人に合図し、手にしていた朱雀の扇を開いた。

- 小さきも 温もり感ず 灯火の 一条の光 影を裂きたり -

 始めは緩やかに進むこの舞は、徐々に荒々しくなって行く。淡く小さな火から大きな焔へと変化する様を型取ったもので、舞手にとっては体力勝負と言える舞なのだ。しかし半ばを過ぎて終りの一連になると、出だしで見せたような穏やかさが戻り、全体にはシンメトリー的な要素を採り入れているように感じさせる舞だ。

- 灰なれど 焔昇りし 証なり 君を想いて 舞を捧げん -

 最後の結句は四つの舞に共通し、後半の七七は全く同じなのだ。これは飽くまで「貴方のために」との意味を強調するためと考えられている。
 解呪師とは縛られてる者を解き放つ仕事であり、その逆は有り得ないのだから。そのため少しでも想いを伝えようと、このように歌を詠んだのかも知れない。
「禍を齎す者よ、我が問いに答えよ。」
 舞いを終えて千年桜に向かって僕が言うと、女性の弱々しい声が響いてきた。舞いの力で浄化され、霊力が衰えた証拠だ。


- 汝は何者じゃ…。私に何を語れと申すか…。 -

「貴女は何故にこの場に在るのですか?」

- 私は此処で殺されし故に…此処で愛しき者を待つため… -

「何故に待つのでしょう?」

- 私を一人、此処へ捨て置きし故に…。私はあの御方を憎み続ける者なれ… -

「貴女の名は…?」

- 私の名は…春桜姫…。 -

「……!」
 暫く問答を交わしていたが、最後に名を聞いて皆、その目を見開いてしまったのだった。

 この此花町には、一つの伝承が残されている。それは江戸初期にまで遡る話であり、そこに登場するのがこの“春桜姫”なのだ。
 古き時代、この町にはそれは美しい姫君がいた。美しいだけでなく聡明で優しく、多くの貴族の殿方に求婚されていたという。
 しかし、姫はそれを尽く断っており、ある日両親がその理由を姫に尋ねたのだった。
「何故に縁談を断り続けるのだ?どれも良い縁談であったであろう。」
 父がそう問うと姫は黙っていたが、暫くして弱々しい声でこう言った。
「私にはお慕い申上げる御方がおりまする。故に、その御方でなくば嫁ぎとうございませぬ…。」
 これを聞いた両親は、驚きのあまり言葉を失った。
 自由恋愛が厳しい上に、女が見下されていた時代。そこにあってこの姫は、自分の意思を貫こうとしたのだ。
 しかし、貴族とて人の子だ。この姫の両親は、なんとか娘のためにと、その想い人の名を聞き出そうと試みた。最初は頑なに明かそうとはしなかったが、ついにはその名を口にしたのだった。
「なんと…あの御方を…!」
 姫が慕う者の名を聞き、両親は頭を抱えて狼狽えてしまった。
 この姫がその御方に初めて出会ったのは、春の盛りの頃だった。
 姫は今で言う千年桜が好きで、その下に使用人達と花見に来ていた。皆が愉しげに花見をしていると、そこへ牛車と共に多くの人々がやって来て言った。
「其方ら、いと尊き御方が花を愛でる故、この場より下がられよ。」
 どうやら中央貴族のようであり、姫の使用人達は慌てて桜の下より離れようとしたが、姫はそれを止めさせて言ったのだった。
「花は愛でる者を選びませぬ。それ故、花の下には身分なぞ存在せぬもの。桜は神の座する場所であり、我らはただの人故に…。」
 姫の言葉を聞いた牛車の周囲を固めていた男達は、その顔を真っ赤にして怒り、腰の剣を抜き払った時だった。牛車から笑い声が聞こえてきたのだった。
「いや…正しくその通りだ。皆の者、剣を引いてこの者らと花を愛でようではないか。案ずるよりも、皆が楽しむことこそが花見ぞ。そこに身分など何の意味があろうか。」
 そう言って牛車から降りて来たのは、未だ幼さの残る青年だった。その青年に、姫は一目で心を奪われてしまったのだ。
「美しき姫よ、我らが非礼を御許し願えますか?」
「誰も非礼などしてはおりませぬ。貴方様のお供はただ、主のために私共を下がらせようと心配りをしただけに御座います。それ故、貴方様が許しを乞う必要は御座いませぬでしょう?」
「では、ご一緒に宜しいでしょうか?」
「無論ですわ。皆様とご一緒に愉しめれば、私共も嬉しゅう御座います。時尚、あと如何程ありますか?」
 姫は若き貴族の青年との会話の後、お付きの者に持ってこさせた酒や食べ物がどれ程残っているかを確認した。
「姫様、この人数でも充分に足りまする。」
 この姫は、四季折々に自然を楽しむために出掛けては、多くの酒や食べ物を運ばせていた。理由としては、わざと余るようにし、残りを貧しい町の人々に配るためだったと言われている。
 その花見の後、若き貴族の青年はこの姫と度々逢い、そうして暫くは細やかな逢瀬を楽しんでいた。しかし、この縁が最悪な結果を招いたのだった。
 在る朝、父である右大臣に呼び出された息子は、父の口から耳を疑いたくなるような言葉を聞かされた。
「お前は我が顔に泥を塗る気か!下賤の女子と現を抜かすとは…恥を知れ!」
「父上様、私はあの姫を…」
「黙りおれ!何が姫じゃ!あれは貴族と言えど新参者。我が由緒在る家系とは相容れぬ下賤の家系じゃ。」
 右大臣は息子の言葉になぞ耳を貸さず、凄い剣幕で捲し立てた。そして、最後にはこう言ったのだ。
「お前は私を継いで右大臣となり、帝を補佐せねばならぬのだぞ?それ故に命ずる。お前の心を断つため、お前自身でその女子の首を刎ねて参れ。」
「!!」
 あまりのことに、息子は言葉が出なかった。この命に従わなくば、いくら息子とてただでは済まない時代だ。だが、この右大臣の言葉の裏には、多くの有力貴族の思惑が見え隠れしていた。逢い引きが発覚したのも、その有力貴族の一人が密告したためであったのだ。その貴族はこともあろうに、右大臣にこう告げたのだ。
「右大臣様の息子君は、どうも天皇家を乗っ取ろうとしている新参貴族の娘子と、夜な夜な逢っておると聞いておりますぞ?誠に不届きにございますな。息子君も、よもや帝を…。」
 そのようなことは一切無かったのだが、右大臣はこれを鵜呑みにしてしまったのだ。それ故、右大臣はこのような酷い命を息子へと与えたのだった。
 しかし、息子はそれを断り、父である右大臣へと反発したため、右大臣は家臣に姫を桜の下へと呼び出させ、何も知らずに桜の下へと来た姫の首を、何も言わずに刎ねたと言われている…。

-私は…何故に…何故に…何故に!-

「だめだ!このままでは結界がもたない!」
 僕がそう叫んだ刹那、結界の媒体である榊が、一瞬のうちに燃え尽きてしまったのだった。

-ああ!なんと憎らしや!この恨み、晴らさでおくべきか!-

 今までよりも怨みの増した形相となり、それは般若と言うよりは鬼と表現した方が良いだろう。こうなると、悠長に舞など舞っている余裕などない。
「時を統べる星々よ、大地の命に仇なす者を打て!」
 僕が言霊を発する前に、春代さんが先手を打った。これは霊の力を弱める効力を持つが、対してこちらの力をかなり消耗する言霊でもある。
「春代さん、あまり無理をしないで下さい!」
「これくらいしないと…あのお姫様…は、大人しくしてくれない…じゃないのよ…!」
 まぁ…そうなんだがな…。しかし、この後の春代さんの言葉に僕達は、これ以上に驚かされてしまったのだった。
「さっさと…右大臣の息子を…呼び出しなさいってば!」
 春代さんが言いたいのは、とある儀式のことだ。
 解呪師に伝わるものに「招魂祭舞」と言う儀式がある。二人の舞手と一人の楽士が必要となるが、春代さんは今暫くは無理だろう…。それを察してか、春代さんは停めてある車目掛けて怒鳴った。
「けいちゃん!いつまで…ボケッと見てる…つもりなのよ!」
 それを聞いて、僕と颯太は「あっ!」と声を上げたのだった。運転手の本間なら、この儀式も知っているはずだ。彼は楽器は出来ないが、舞は僕の父から仕込まれている。呪符遣いでもあり、剣道は三段の腕前だ。いわば運転手兼ボディガードでもあるのだ。
 春代さんに言われて、本間は直ぐ様僕達の元へと駆け付けた。その顔には「やれやれ」と言った風な表情を浮かべていたが、直ぐに緊張を帯びた表情へと変わった。
「皆様、春桜姫は未だ力が強いようです。花岡家当主の言霊の力で今は黙しておりますが、手早く儀式を完成させねば危険です。」
「分かっている。六宝装とまではゆかないが、お前はこの“太閤の扇”を使え。」
 僕は本間に、一つの扇を渡した。それは“朱雀の扇”とは違い、かなり質素な感じのするものだが、それでも作られてから三百年は軽く越えるものだ。“太閤の扇”とは言うものの、名前の由来は知られていない。一つ言えることは、かなりの霊力があると言うことだけだ。ま、身を護れる武器ではないが。
「お借り致します。」
 そう言って本間はそれを受け取った。
 一方の颯太は、ただ静かに指示を待っていた。彼は魔除けの香を焚いているから、どうと言うこともないだろう。
 しかし、彼はその音楽が何よりも魔除けかも知れない。そう思わせるのは、半年ほど前に再会した友人のせいかも知れないな…。
「さて、始めよう。いと哀しき姫君に、永久の平安を与えんために…。」
 僕がそう皆に言うと、本間が呪符を取り出して、弱った結界を張り直した。
「臨・兵・闘・者・皆・陳・烈・在・前…!」
 そう言って、手にしていた呪符を空へと投げた。
 すると、呪符は四つの神獣の形を取って四方へと散った。それは“朱雀"“白虎"“青龍"“玄武"であり、六宝装に合わせてのことだろう。
 僕はこの呪符を使えない。これは本間家にのみ伝わる呪符なのだ。
「しかしなぁ…。没年も分からず遺品すらないのだ。絶対とは言えないぞ…?」
「何もやらねぇよかマシだろ?」
「私も同感です。旦那様、ここは六宝装に頼ってみてはいかがかと…。」
「これに…か…。」
 これだけの霊力があれば、確かにどうにかなる。が、解呪としてではなく、これでは春桜姫の魂を滅してしまうことになる。霊力が強すぎるのだ。最後の手段として使うのであれば致し方無いが、出来れば使いたくはない…。
 その事を心にしまい込み、僕は皆に言った。
「よし…始めよう。」
 考え躊躇っている時間は無いのだ。
 僕の合図と共に、颯太と本間の二人は直ぐ様反応した。春桜姫はそれを阻止しようと力を放っていたが、本間が張った結界と春代さんが張った結界、そして僕の身に付けている六宝装の力に無力化され、それは僕達を阻むことは出来ずに四散たのだった。

 愛した者に殺された姫。しかし、何かが違う…。僕はそんな違和感を感じていた。
 もしかしたら…古にあった哀しき恋物語の結末は、伝承とは全く異なるのではないのか?

 だとしたら…。



 
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