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遊戯王GX~鉄砲水の四方山話~

作者:久本誠一
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ターン74 鉄砲水と冥界の札師

 
前書き
前回のあらすじ:ノース校との長かった因縁も、ついに本校の勝ち越しで終了。
しかしそこには既に内定の決まった鎧田の姿があり、人間的に負けた気分を清明(と万丈目)に与えるという置き土産と共に去っていった…。
ちなみにこれだけ長いこと書いてますが、グレイドルの寄生効果そのものが決まり手になった展開ってモブ戦以外では実はこれが初だったり。 

 
 嵐のように現れて、その日のうちに去っていったノース校の鎧田たちの来襲からさらに数週間経った、ある晴れた午後。店番しながら売り物の紅茶を自分で淹れて柄でもなく優雅なティータイムと洒落込んでいた時、その知らせはやって来た。

「先輩、いますか?あ、またそれ飲んでたんですか……」
「そうは言うけど葵ちゃん、作ったのは僕とはいえこんだけ甘い香りのお菓子に囲まれてさ、なんで水道水で我慢しなきゃいけないのさ。それに大丈夫大丈夫、これお客さんに出した後の出涸らしだし」
「まだ新品の茶葉使われた方がマシです」
「えー……」

 このやりとりは、もう何度も何度も僕らの間で議論されてきたものだ。互いに相手の頑固さから説得が不可能なことはよくわかっているため、今ではすっかり形骸化してちょっとした挨拶がわりでしかない。そんなことより、と気を取り直した葵ちゃんが、用心深さと好奇心が半々に入り混じった目で廊下の方をちらっと見る。

「先輩、知ってますか?今、またちょっと面白そうなことになってますよ」





「へーい万丈目ー。何やってんの?」

 なぜかカードの詰まった段ボール箱を抱えて廊下を歩く見慣れた黒い後ろ姿に声をかけると、見た目より重いのか振り返りすらせずに返事が返ってくる。

「む、清明か。なんでも、カードをデュエルディスクがうまく読み込まない不具合が見つかったらしくてな。この名探偵万丈目サンダーの名に賭けて、不良品のカードを探し出してやろうと、まあそういう訳だ」
「不良品、ねえ。ちょっと見せて?」

 段ボールの中のカードを1枚適当に拾い上げ、サクッと展開したデュエルディスクの上に置いてみる。だが、それまでだ。三沢謹製の水妖式デュエルディスクはうんともすんとも言わず、ソリッドビジョンは浮かび上がらない。確かにこれは、不具合としか言いようがないだろう。

「なるほどね……あれ?」

 納得してカードをダンボールに戻したとき、その中に全体的に、なにか黒い靄のようなものがかかって見えた気がした。もっとよく見ようと目を細めたけれど、気のせいだったのかたまたま影がかかっただけだったのか、それきり何もおかしなものが見えることはなかった。

「どうしたんですか?」

 その様子を見咎めたのか、万丈目の隣を歩いていた見覚えのない生徒が不審そうに聞いてくる。あまり心配させるのもなんなのでたぶん気のせいだろうと結論付け、安心させるように手をひらひらと振ってみせた。

「ああいや、気のせいかな……?えっと……」
「いやだなあ、忘れたんですか?藤原ですよ、藤原優介」

 ほんの一瞬だけ思考に影がかかったような感覚がしたが、それもほんのわずかな間だけだった。ああそうだ、『思い出した』。特に話した覚えはないけれど、確かにれっきとしたうちの生徒だ。
 でも、仮にも3年間なんのかんので顔を合わせてた相手なんだから、名前を思い出せなかったことは素直に謝っておかないと。

「ごめんごめん、咄嗟に出てこなくて」
「あはは。気にしないでいいですよ、影が薄いのは本当ですから。では万丈目君、次はコンピューター室に行ってシステムをチェックしよう」
「なんか手伝おっか?」
「なに、この程度この万丈目サンダーが1人がいれば十分だ。天上院君たちにも手伝ってもらってるし、そこまでの人数はいらないだろう。じゃあな」
「んじゃねー」

 再びえっちらおっちらと、段ボール箱を抱えたまま歩き出す万丈目に藤原。確かに葵ちゃんの言ってた通り面白そうな話ではあったけど、カードの不具合なんて僕にどうにかできる範囲じゃない。回収作業ぐらいなら手伝えそうだけど、無理に手伝うのも万丈目に悪いだろう。また店に帰ろうと後ろを向いたその時、ぽつりと頭の中で声がした。

『……なあ、マスター。今の人間だが』
「え、藤原?どうかしたの、チャクチャルさん?」
『ふむ、なら先に謝っておこう。すまないマスター、せいっ』

 その何ともやる気のない掛け声とともにチャクチャルさんが何をやったのかはわからないが、その瞬間全くの不意打ちで後頭部をガツンと殴られたような衝撃が脳の内側から走った。衝撃そのものはそこまで痛いというほどでもなかったが、全く警戒していなかったところに1発喰らったせいで前につんのめってしまった。なんとか転ぶようなこともなく体勢を立て直しはしたが、やはりあまりいい気はしない。

「何すんのさ、もう」
『もう1度聞こう。今の人間は?』
「だから、藤……あれ?」

 藤原?誰だそれ?ついさっきまではわかっていたはずなのに、その内容が何ひとつ思い出せない。入学試験?いや、違う。七星門の鍵を校長から預かった時?いや、あの時も藤原なんて奴いなかった。光の結社の時、砂漠の異世界、そして覇王の世界……記憶のどこをひっくり返しても、あんな男見た覚えがない。

「え、あれ?でも確かにさっきまでは……あれ?」
『かかったふりかとも思ったが、やっぱりか。マスター、今度洗脳耐性の訓練しような。ギリギリまで正気を保たせたままで人心を操り、記憶を操作する。大したテクニックでもないが、いざかかると案外厄介だからな』
「洗脳?」
「ああ。恐らく、あの大量の闇の力を受けたカードが原因だろうな。マスターは外部からの影響を受けやすい体質だから、あの程度触れただけでも記憶改修にかかってしまったのだろう。あの藤原という人間、少なくともただの人間と思わない方がいい。何かはわからないが、あのカードも合わせてかなり面倒な力の残滓を感じる。あれだけの数のカードが媒体になっていたとすると、恐らくはこの島全土にあの人間の記憶が植えつけられているとみていいだろう」

 割といつも余裕のあるチャクチャルさんが面倒と称するということは、それだけ恐ろしい力を持っているのだろう。話し込んでいるうちにもどんどん思考のもやが消え頭がはっきりして、それと同時に藤原なんて聞いたこともないという確信が強まっていく。だが、当の本人は既に万丈目を連れて行ってしまったためここにはいない……そこまで考えたところで、ようやくはっと気が付いた。

「そうだ、万丈目が!」

 まだ『藤原』を名乗るあれが何者なのか、何の目的があってアカデミアに潜り込んでいるのかはわからない。だけどチャクチャルさんが相手でなければ違和感すら抱かせないほどの大規模かつ精巧な精神操作の手際からいって、かなり強大な力を何か目的があって使おうとしているのは確かだろう。確かに万丈目は強いし、精霊を見る力もある。だけどそれだけでなんとかなるほど、甘い相手ではないだろう。

『マスター。その自分がやられたからってむやみに相手を持ち上げる悪い癖はやめような』

 あ、ばれてた……じゃなくて、今はとにかく万丈目だ。あの怪しいカード回収を一緒に手伝ってるらしい明日香たちも心配ではあるけれど、今ぶっちぎりで危険なのは藤原と共に行動している万丈目のはず。
 だが、結局コンピューター室に向かうことは叶わなかった。突然何の前触れもなく廊下中の電灯が消え、辺りが闇に包まれる。いやちょっと待った、いくら停電したからって今はまだ昼間。こんなに暗くなるなんてありえない……そう思った矢先、頭の中でチャクチャルさんの警告する声が短く聞こえた。

『来るぞ!』

 何が、なんて聞き返す余裕はない。デュエルディスクを構えて背を壁に付け、どこからとも知れない強襲に出来る限り備えておくのが精一杯だった。そして再び何事もなかったかのように電気がついて、また周りに明るさが戻ってくる。ただし先ほどまでとは違い、そこにいたのは僕だけではなくなっていた。全くの突然に、まるでスイッチを押したら電気が付いたかのように唐突に、あの男が僕の前に立っていた。

「ミスターT……!」
「童実野町以来だな。君は真実にあまりにも近づきすぎた……いや、違うな。君の意思に関係なく、君の存在そのものがこの世界の真実そのものを破壊しにかかっている」
「は?何が言いたいのさ?」

 僕の質問にも答える様子はなく、首を横に振ってまた話し始めるミスターT。なるほど、会話のキャッチボールをする気はまるきりないらしい。

「遊城十代。確かに、彼も脅威となる存在ではある。だが彼はあくまで、真実に近づきすぎたが故に危険な存在となったにすぎない。だが君は違う。存在するだけで刻一刻と真実は歪み、君の存在を受け入れるように世界は改変される。我々だけの話ではない、君の存在は世界にとって危険すぎるのだよ」

 それだけ言って、腕のデュエルディスクを広げるミスターT。表情がピクリとも動かない上に黒いサングラスをかけているためその顔からは何も読み取れなかったが、とにかく言葉で解決する気がまるでないことだけはよーくわかった。

『油断するな、マスター。この気配、闇のデュエルだ』
「……うん、わかってる」

 そうだ、この空気が張り詰めているような、それでいて重苦しいような不思議な感覚。覇王の異世界から帰ってこれた時は今度こそこの手の危険からは足を洗ったと思ったのに、まさかこんなに早くこの感覚を再び味わうことになろうとは。
 正直、怖い。でも、恐ろしいのは闇のデュエルそのものじゃない。負けたら死ぬ。そのことはよくわかってるはずなのに、僕はこの状況を本心では歓迎している。またこの緊張感の中に身を置く感覚を、心の底では楽しんでいる。そんな僕自身が、僕は一番怖い。いつから僕は、こんなふうになってしまったんだろう。命を賭けるデュエルなんて間違っている……そう言い切ることが、今の僕にはできそうにない。

「準備は整ったかね?では、始めよう」

 僕には、そのことを悩む暇は与えられなかった。とりあえず今を生き延びるためにその疑問を、そして人としての葛藤を脇に追いやり、目の前の敵を消し去るために戦って。それが終わったらまた次の相手が現れ、またとりあえずその場を切り抜けるために戦って。そんなことを繰り返しているうちに、今では疑問に思う心さえ風化して消えてしまっていた。それは、いいことだったのだろうか。戦士としては、それでいいのかもしれない。ダークシグナーとして考えれば、それはむしろ望ましい進化のはずだ。だけどつい3年ほど前までは確かに生きていた人間、遊野清明という個人としてみれば、果たしてそれは手放しに喜べる変化なのだろうか。

『マスター?』

 黙りこくったままの僕の様子に何かを感じたのか、チャクチャルさんがかすかに心配そうな声で呼びかける。
 そうだ、元をただせばこの神様が僕の人生に入り込んだ時から、全てが変わったんだ。あの場で終わったはずの僕の人生は地縛神の力で再び動き出し、その時から少しずつ僕の体は、そして精神はその影響を受けて変化していった……。

「なんて、ね。無駄さ、ミスターT」
「ほう?」

 そこまでだ。その意思を込めて口の端だけでかすかに笑い、目の前のグラサン男のその目の奥を真っ直ぐ見返してやる。表情こそ全く変わらないものの、わずかに不快そうな色がその顔に走ったのが見えた気がした。

「確かに、僕はもう3年前の遊野清明じゃない。良くも悪くも、ね。だけど、もういい加減にあの覇王の世界で腹を決めたのさ。もう純粋に人間だった頃は戻らない、それだってかまわない。この3年間の思い出に、僕は自身を持って言い切ることができる。チャクチャルさんがくれたこの第2の人生、これにはそれだけの価値がある。そこを起点に僕の心の闇を増幅させようだなんて生温い考え、もう僕には通用しない!僕はデュエリストにしてダークシグナー、遊野清明!この名のもとにミスター……いや、トゥルーマン!お前はここで倒される、それが僕の突きつけてやる真実だ!」
「なるほど。ならば、力づくで排除する必要があるようだ」

 よほど切り替えが早いのだろう。おおかた僕の心の闇を増幅させ戦わずして勝つつもりだったのだろうが、それが失敗しても淡々と呟いたのみで改めてデュエルディスクを構えなおす。今度はふりではなく、本当にデュエルに持ち込む気のようだ。

「望むところさ。行くよ、チャクチャルさん!皆!」
『マスター、その前にひとついいか?』
「ん?なに?」
『大したことではないのだがな。その……ありがとう、そう言ってくれて。私も……いや、時間を取らせてすまなかったなマスター。この戦いも、そしてこれからも、私達で共に勝とう』

 普段絶対に聞くことのできないであろう、この地縛神の素直にもほどがある言葉につい目を丸くする。だけど、ここで茶化したりするほど僕は無粋じゃない。ここでいらんこと言わなきゃ、どこかでまたデレてくれるかもしんないし。
 だからにっこりと笑い、こう言うにとどめておいた。これもまぎれもない、僕の本心だ。

「当然でしょ?さあ、それじゃあデュエルと洒落込もうか!」

 廊下には依然として人の気配すらなく、どうやらミスターがT何らかの方法で人払いをかけたらしい。それなら、こちらも気兼ねなく戦えるってもんだ。

「「デュエル!」」

 先攻を取ったのは、ミスターT。まあ、何も問題はない。

「私が先攻か。ならば、ダーク・クルセイダーを召喚」

 何が来るかと身構える僕に対しまずミスターTが出したのは、漆黒の鎧にボロボロの赤いマント。そして自らの体ほどに太い大剣を掲げた、仮面の戦士だった。

「ダーク・クルセイダーは手札の闇属性モンスターを墓地に送ることで、1体につき400ポイント攻撃力をアップさせる。とりあえずこの1枚、ダーク・ネフティスを送っておこう」

 ダーク・クルセイダー 攻1600→2000

「さらに、魔法カード、闇の誘惑を発動。カードを2枚ドローし、手札からこの闇属性カード、異次元の偵察機を除外する。カードを1枚伏せ、異次元の偵察機の効果を発動。このカードは除外されたターンの終わりに帰還する」

 突然空間に穴が開き、球体形をした小型の宇宙船のような機械がその中から現れる。

 異次元の偵察機 攻800

 これで攻撃力2000越えのアタッカー1体とおまけのように呼び出されたモンスター、そして伏せカードが1枚。先攻1ターン目の布陣としては、普通ならば何もおかしくはない、のだが。軽く眉をひそめると、チャクチャルさんの同調するような声がした。

『怪しいな。わざわざマスターを名指しで狙いに来た以上、デッキの下調べも済んでいるはずだ。とてもその対策ができているとは思えない……となると、鍵はあの伏せカードか』
「だよね」

 サイクロンでも引けていればよかったのだが、あいにくとそんなカードは手札にない。仕方がないから次善の策として、何を企んでいるにせよここはあえてその罠に足を踏み入れてやろう。

「グレイドル・コブラを召喚し、さらに水族モンスターの召喚に成功したことで、手札のシャーク・サッカーを特殊召喚!」

 グレイドル・コブラ 攻1000
 シャーク・サッカー 守1000

 攻め込むだけならコブラで十分だったが、用心のためサッカーにも壁として出てきてもらう。守りとしては不安定だけど、久々の出番に本人の気力は十分だ。

「バトル!コブラでダーク・クルセイダーに攻撃!」
「いいだろう、迎え撃て」

 グレイドル・コブラ 攻1000(破壊)→ダーク・クルセイダー 攻2000
 清明 LP4000→3000

 ピンク色の大蛇が飛びかかったところを、重そうな大剣を一振りして空中で返り討ちにする漆黒の戦士。だが、その攻撃はただの囮。切断面から血の代わりに噴き出た銀色の液体が、かわすこともできないほどの至近距離で騎士の体をまだらに染める。その液体がびくびく、とかすかに蠢きながら、一斉に騎士の鎧や仮面の隙間からその体内へと潜り込んでいった。

「く……さあ、これでコブラのモンスター効果を発動!ダーク・クルセイダーに寄生し、そのコントロールを得る!」

 額に銀の紋章が浮かび上がった戦士が、剣を片手にこちらのフィールドへやってくる。本当ならわざわざ攻撃力の高いダーク・クルセイダーに攻撃してやる義理はないのだが、残念なことに異次元の偵察機の攻撃力はギリギリコブラを下回る。ここで何か仕掛けてくるかと思ったが、ミスターTは沈黙を保ったままだ。コブラの効果を無効にするカードじゃないとなると、あの伏せカードのトリガーは戦闘ダメージ?それとも攻撃宣言?
 いや、考えていても仕方ない。僕のライフは今の攻撃で1000減ってしまった、それを少しでも取り戻すためにはここで攻撃するしかない。罠なら罠で結構、早いうちに引っぺがしておこう。

「やれ、クルセイダー!異次元の偵察機に攻撃!」
「トラップ発動、ギブ&テイク。私の墓地からモンスターを君の場に守備表示で蘇生し、そのレベルを私のモンスターに与える」

 ダーク・ネフティス 守1600
 異次元の偵察機 ☆2→10

 闇の炎が地面から噴き上がり、その流れに乗って漆黒の不死鳥が舞い上がる。無理やり呼び出された不死鳥が不満げに翼を広げた拍子に体中の炎が飛び火し、新たな獲物を見つけたとばかりにダーク・クルセイダーの体に広がり、焼き尽くし始めた。

「こ、これは?」
『ダーク・ネフティスの強制効果か。特殊召喚された際に場の魔法・罠を1枚破壊する、本来ならその対象を選べるのはコントローラーのマスターだが……』
「今この場にある魔法カードは装備状態のコブラのみ。だから強制的にコブラが破壊されて、連鎖的にダーク・クルセイダーも破壊された……ってわけね」
「理解が早くて助かるよ。さて、どうする?」

 どうするも何もない。僕のフィールドに攻撃可能なモンスターはなく、これ以上バトルフェイズを続ける意味はない。それにしても気になるのが、なぜギブ&テイクとダーク・ネフティスのコンボなどという回りくどい手を使う必要があったのかだ。事実引っかかっている以上あまり偉そうなことが言えないのも確かだが、何もこんな手を使わずともグレイドルを妨害する方法はいくらでもあったはずだ。
 何か別の狙い、あるいは他のコンボが用意してあるのだろうか。だとすればそれが発揮される前に潰すに限るけれど、そううまくいくかどうか。

「カードをセットして、ターンエンド」
「この瞬間、ギブ&テイクによるレベル変動効果は消える」

 異次元の偵察機 ☆10→2

 ミスターT LP4000 手札:2
モンスター:異次元の偵察機(攻)
魔法・罠:なし
 清明 LP3000 手札:3
モンスター:シャーク・サッカー(守)
      ダーク・ネフティス(守)
魔法・罠:1(伏せ)

「私のターン。シャーク・サッカーをリリースし、手札から君のフィールドにこのカード、サタンクロースを守備表示で特殊召喚する」

 サタンクロース 守2500

「サッカー!?」

 シャーク・サッカーの姿が、突然白い袋を背負った赤い悪魔の姿に成り替わる。でも、サッカーの守備力はわずか1000。それをリリースしてまでわざわざ僕のフィールドに守備力2500ものモンスターを出してきたのは何のため……ああいや、そういうことか。

『用心が完全に裏目に出たな』

 チャクチャルさんの簡潔な評を聞き、無言で頷く。僕だって壊獣、グレイドルの両テーマの使い手だ。コントロール関係はある意味専門分野なんだから、ミスターTの次の行動など容易に予想がつく。ましてやこの男……いや、人間ではないのだからこの呼び方が正しいかどうかも分からないがこの存在は今回、僕のことをピンポイントで消しに来ている。となれば、この程度のメタカードは予定調和だろう。

「魔法カード、所有者の刻印を発動。フィールド全てのモンスターのコントロールは、その元々の持ち主の元に戻る。ダーク・ネフティス、サタンクロースの2体は返してもらおうか。そして、ダーク・ネフティスを攻撃表示に変更する」
「やっぱり……!」

 ダーク・ネフティス 守1600→攻2400

 グレイドルによる寄生の努力を1枚で無に帰す恐るべきメタカード、所有者の刻印。今の僕のデッキは相手フィールドにモンスターを展開する壊獣のおかげであのカードにもある程度の耐性があると言える状態だが、今はないカードのことを話していても仕方ない。
 ミスターTが今回使っているデッキはグレイドルにメタを張りつつ、自分は送り付けたモンスターを奪い返して戦うことをコンセプトとした……まあ、そんなところだろう。そして、その狙いは今のところ気持ちいいくらい綺麗にはまっている。

「バトルだ。行け、異次元の偵察機」
「だからって、舐めんなぁ!トラップ発動、波紋のバリア-ウェーブフォース!相手がダイレクトアタックを宣言した時、相手フィールドの攻撃表示モンスター全てを持ち主のデッキに戻す!」

 球体が側面に付いたアームで殴り掛かってきたのをトリガーに、僕の体の前面に半球状の水のドームが展開される。攻撃を受け止めてはその勢いを受け流す水の守りが、その名のごとく波紋を立てて2体のモンスターを吹き飛ばした。
 これで2体のモンスターがデッキへとバウンスされ、ミスターTの場に残ったのはサタンクロース1体のみ。かなり応えていてもおかしくないはずなのだが、以前としてその表情は変わらないままだ。

「ならばエンドフェイズ、サタンクロースの効果を発動。このカードが自身の効果で特殊召喚されたターンのエンドフェイズ、コントローラーはカードを1枚ドローする」
「そんな効果まで……」

 まさに一方的に送り付けて帰還というあのデッキのためにあるようなドロー効果により、こちらからの被害を最小限に抑えるミスターT。余裕の表情はそういう訳か、と納得はしたが、やはりミスターTは強い。ずっと前に童実野町で戦った時も思ったけど、とにかく動きに無駄がないのだ。

『だが、それは奴の一番の弱みでもある』
「どういうこと?」

 奇妙なことを口走るチャクチャルさんに聞き返すと、僕を元気づけるためかすぐに答えが返ってきた。

『奴らに人間のような心はなく、従って常に冷静かつ無駄のない戦いが可能となる。それは確かに強みでもあるが、魔術の札……デュエルモンスターズはそれだけで勝負が決まるほど単純なものではない。それは、マスター自身がよく知っているはずだ』
「ふむふむ」
『確かに奴のデッキにはそつがなく、常に安定している。だがそれがなんだ?マスターの組んだデッキには1枚1枚に思いを込めて選び取ったマスターの魂が宿り、精霊の力が宿っている。奴にとってカードは手段でしかなく、引き出せる力はカードに記された情報によるそれを決して上回ることはない。いくらスペック上は優秀でも、所詮それ止まり……実戦にそんなものは、気休め程度の役にしか立たないからな』
「ありがと、チャクチャルさん。だいぶ気が楽になったよ」

 どうやら、もう少しこの神様のデレ期は続くらしい。絶対にいらんこと言って自分から終わらせないようにしようと固く心の中で誓い、目の前の勝負に気持ちを戻した。

「僕のターン、ドロー。さあ、今度はこっちの番だ!フィールド魔法、KYOUTOUウォーターフロントを発動!そしてサタンクロースをリリースして多次元壊獣ラディアンをお前のフィールドに攻撃表示で特殊召喚、フィールドからカードが墓地に送られたことで壊獣カウンターを1つウォーターフロントに乗せさせてもらうよ」

 KYOUTOUウォーターフロント(0)→(1)
 多次元壊獣ラディアン 攻2800

「さらにグレイドル・アリゲーターを攻撃表示で召喚。さあ、バトル!アリゲーター、ラディアンに攻撃!」

 ありがたいことに手札誘発の類はなかったらしく、なんの妨害も入らないままのしのしと這って行ったアリゲーターが大口を開けてラディアンの足にかぶりつこうとして踏みつぶされる。闇のデュエルで受けた2000ポイント以上の大ダメージがもろに体に響いたため額からは嫌な汗が流れ、呼吸も少し荒くなる……でも、これでいい。これはあくまでもコンビプレーの一環、これこそが僕の狙いだ。文字通り、さっきのお返しをしてやろう。

 グレイドル・アリゲーター 攻500(破壊)→多次元壊獣ラディアン 攻2800
 清明 LP3000→700
 KYOUTOUウォーターフロント(1)→(2)

「アリゲーターの効果でラディアンに寄生して、このコントロールは返してもらうよ。帰ってきたラディアンでそのままダイレクトアタック!」

 僕の元に戻ってきたラディアンが、その腕を地面に叩き付けて衝撃波を起こす。するとミスターTの体がそれに吹き飛ばされて天井に嫌な音を立てて激突、受け身すら取らずに人形か何かのように落下した。並の人間なら良くて全身骨折、悪くすれば命に係わりかねないほどの衝撃のはずだったが、ややあって相も変らぬ不気味な笑みを口の端に張り付けつつ平然と起き上がってみせた。やっぱり、ライフを0にする以外の物理的なダメージはまるで受けないってわけか。

 多次元壊獣ラディアン 攻2800→ミスターT(直接攻撃)
 ミスターT LP4000→1200

「次行くよ次、メイン2にラディアンの効果、分身を発動!壊獣カウンター2つをコストにラディアンは次元の壁を砕き、別の次元からラディアントークン1体を呼び寄せる!」

 ラディアンが無造作に腕を振り回すと、空の一角に突然ひびが入る。ひびは広がって裂け目になり、その向こう側の世界からラディアンそっくりの異星人がするりと空間の隙間を通ってやって来た。

 KYOUTOUウォーターフロント(2)→(0)
 ラディアントークン 攻2800

「倒しきれなかったのは惜しいけど……ターンエンド」

 今のターンは確かにミスターTの場をがら空きにしたうえでダイレクトアタックも決められたけど、そのためにこちらが支払うことになった代償もかなり大きい。ライフは一気に3ケタにまで減り、手札にもう壊獣のカードはない。
 でも、そのことに後悔はしていない。認めたくはないがさっきまでのターンまで、流れは確実に僕ではなくミスターTの側に来ていた。それをこちらに引き寄せるためには、それ相応の代償を支払わなければならない。

『それに不完全とはいえ相手がメタを張り始めた以上、長丁場の戦いはリスクが大きい。短期決戦を狙うこと自体はそう悪い話ではないな』
「不完全……やっぱそう思う?」

 それについては僕も気になっていたところだが、チャクチャルさんも同感だったらしい。頭の中で、重々しく頷く気配がした。

『ああ。どうせ対策するなら壊獣にも何らかの手を打てばいいのに、先ほどから見ている限りあれではまるで対グレイドルだけを想定したデッキだ。奴が異世界での出来事を知るすべがないはずはない、まるでわざと不完全なデッキを組んで挑んできたかのようにすら見える……だが、今はとにかくこのミスターTを倒しておこう。どうせ一時しのぎにしかならないだろうが、放っておくわけにもいかないからな』

 チャクチャルさんの言葉にも一理ある。何がしたいのか今一つはっきりしない不完全なメタ、意味深な発言、どうにもイライラすることばかりだけど、とにかくこの場を……と、そこまで考えたところでふとあることに気づき苦笑した。とりあえずこの場を、なんて、これじゃあついさっきこのデュエル前にミスターTが僕の心をへし折りに来たとき誘導した思考そのものじゃないか。
 とにかく、気をしっかり持つことだ。あまり疑心暗鬼になりすぎるとかえって周りの物が見えなくなることは、これまでの3年間で嫌というほど痛い思いをして学んできた。

 ミスターT LP1200 手札:2
モンスター:なし
魔法・罠:なし
 清明 LP700 手札:1
モンスター:多次元壊獣ラディアン(アリゲーター・攻)
      ラディアントークン(攻)
魔法・罠:グレイドル・アリゲーター(ラディアン)
場:KYOUTOUウォーターフロント(0)

「私のターン、ドロー……」
「?」

 気のせいか、今ミスターTがカードを引いた瞬間、それを見もせずに何か別の場所に気を取られたような気がした。サングラスの奥の視線は僕の方を向いているが、恐らく僕のことを見ているわけではない。
 となると、その後ろだろうか。罠の可能性も考えながらもついついつられてチラリと背後に目をやるが、当然静まり返った廊下には虫一匹飛んでいない。よくわからない不気味な沈黙が数秒間続いたが、何か考えがまとまったらしいミスターTがまた動き出した。

「ああ、私のターンだったな。私の墓地の闇属性と光属性の数が等しい時、そのどちらかの属性をすべて除外することで手札のこのカードは特殊召喚できる。出でよ、カオス・ソルジャー -宵闇の使者-」

 体の半身を純白、もう半身を漆黒の鎧に包んだ、開闢と対を成す宵闇のカオス・ソルジャー。これが奴の今度のエースモンスター、ということでいいのだろうか。

 カオス・ソルジャー -宵闇の使者- 攻3000

「さらにこの瞬間、光属性を素材とした宵闇の使者の効果を発動。バトルフェイズを放棄することで、フィールドのモンスター1体を除外する。私が選択するのは、多次元壊獣ラディアン……」
「だったらここで、手札からモンスター効果発動!相手フィールドでモンスター効果が発動した時、手札のこのカードを捨てることで破壊する……お願いね、幽鬼うさぎ!」

 宵闇の使者が剣を振りぬき、次元を切り裂く斬撃を放つ。だがそれと交差するように僕の背後から目にも止まらぬスピードで飛んでいった1本の鎌が、正確にその白黒に分かれた境目に突き立った。後ろを振り向いて親指を立ててみせると、無い胸を張ってちょっと得意げに微笑む銀髪の女の子がすうっと消えていくのがチラッと見えた。
 これで、宵闇の使者は倒した。ラディアンこそ除外されたものの、装備されていたアリゲーターの分も含めウォーターフロントのカウンターもまた2つに増えた。とはいえ、これで終わるはずもない。この程度で手詰まりになるような相手なら、もっとすんなり勝負は……。

「ターンエンドだ」
「え……?」
『ん?』

 あっさりと終えられたターンに、僕だけでなくチャクチャルさんまで意表を突かれる。でもラッキー、よりも怪しい、という感想が真っ先に出てきたのも無理はないと思う。まだミスターTには召喚権だって残っているし、手札だって2枚もある。にも関わらずターンを終えるとは、よほど手が悪いのだろうか。
 いや、相手は人外の存在だ。手札事故なんて可能性、まずありえないだろう。何を企んでいるのか、僕には見当もつかない。

『……だが、殴るしかないだろうな。不本意だが、何かあればその時はその時だ』

 チャクチャルさんですら、何が奴の狙いなのか絞り切れていないようだ。となるとこの神様の言うとおり、とにかく殴って確かめるしかない。

「僕のターン。ラディアン、そのままダイレクトアタック!」

 多次元壊獣が再び動く。恐らくこの攻撃は何らかの方法で無効になるか、ミスターTには届かないだろう。だがラディアンの体がぐんぐん迫り、その腕が振りかぶられても、ミスターTは微動だにしなかった。そして、そのまま腕が振り下ろされてもなお、ミスターTは何もアクションを起こさなかった。

 多次元壊獣ラディアン 攻2800→ミスターT(直接攻撃)
 ミスターT LP1200→0





 勝った。でも、まるで勝った気がしない。何を考えているにせよ、闇のデュエルで倒れたのだからそのまま消えるはずだ。だがそんな常識すら通用しないのか、何事もなかったかのようにミスターTは立ち上がった。あの覇王ですら全力で抗うのがやっとだった闇のデュエルの決まりをいとも簡単に無視してのけるあたり、その底しれない力の一端を感じさせる。

「おめでとう、今回は君の勝ちだ。今日のところはここまででいいが、また会いにくるよ。その時まで、せいぜい楽しんでおくといい」

 そしてその言葉だけを残し、出てきたときと同じように唐突に消え去った。

『待……いや、逃げられたか』

 一体、何を考えていたのだろう。あの最後のターン、もう少し何かやろうと思えば十中八九できたはずだ。にもかかわらず何もしなかった……まるで、勝負を途中で投げ出したかのように。だとすれば、そんなことをする理由とは何だろう。
 情報が少なすぎて、何も思いつかない。こんがらがってきた頭をふるふると振ったところに、聞きなれた声が飛び込んできた。

「あ、清明だ。どうしたの?って」
「夢想!……い、いや、大したことじゃないよ。うん、ちょっとね。それよりそっちこそ、どうしたのさこんなとこで」

 こちらの質問には答えず、代わりに向けられた探るような視線に気づかないふりをして耐える。
 覇王の世界に行ってる間に彼女がどんなことになっていたのかはあれから葵ちゃんにたっぷり聞かされたし、そうでなくとも僕が帰ってきてすぐの憔悴しきった彼女の顔を見れば、どうなっていたのかは容易に想像がつく。もう彼女には一生分の心配をかけたんだ、さらにミスターTの話なんてできるわけがない。
 まだ納得はしていないようだったが、結局この場での追及は諦めてくれたらしい。最後にもう一度じっとりとした視線を向け、話を切り替えた。

「清明も、変なカードを集めてた話は聞いてたんだよね?だって。それで集めたカードを置いておいたんだけど、目を離したすきに誰かが全部燃やしちゃったみたいで……今万丈目君たちが犯人捜ししてるんだ、ってさ」
「燃やした!?カードを!?と、とにかくそこまで案内して!」

 既に燃えカスになってしまったのなら行ったところで何ができるわけでもないが、それでもじっとしていられなかった。それにしても、万丈目が犯人探しをしているということは、少なくとも今は何事もなかったわけか。元来た道を先に立って走り出す夢想の後姿に、結果は見えているとはいえふと気になって先ほどの疑問をぶつけてみた。 

「そういえばさ、夢想。藤原優介……って名前、知ってる?」

 突然の変な質問にも素直に少し考え込み、走りながらゆっくりと首を横に振る夢想。何を言ってるのかと言わんばかりの口調で、不審そうに逆に聞き返す。

「どうかしたの、清明?そんな名前の人は聞いたことがないよ、だって」
「え!?」
『む?これは……予想外の反応だな』

 突然大声を出して驚く僕に、いよいよ不審そうな目を向ける夢想。でも、こちらも今の言葉のせいでそれどころではなかった。夢想は、藤原優介の存在を知らない?
 え、ちょっと待って、これはいったいどういうことだろう。チャクチャルさんの推察が正しければ、藤原の存在に関する偽りの記憶は既にアカデミア中に広まっていなければおかしいはずだ。にもかかわらず、夢想はその影響を受けていない。そういえばさっきのミスターTも、途中で何かに気が付いてから妙にあっさりと勝負を切り上げていた。そしてそのすぐ後で、夢想がこの場にやって来た……いや、さすがにそこまでは考えすぎか。夢想を疑うなんて、そんなことする意味はない。彼女と過ごしてきた、この3年間の記憶に嘘はない。彼女は僕の仲間で、それと……かけがえのない、大切な人だ。

「ごめんごめん、夢想。じゃあ、その場所に案内してよ」
「うん。こっちだよ清明、ってさ」

 再び彼女の後をついて歩きながら、今浮かんだばかりの疑心の炎を頭の中で打ち消そうとする。だけどいくら努力してもその小さな小さな種火は消えず、いつまでも頭の中でくすぶり続けていた。 
 

 
後書き
リンク流行らせたいなら、せめて各属性リンクぐらい最初の1パックでまとめて出してくれませんかねえ。
あんまり言いたくないけど、そこ小出しにする意味ってなんかあんの?それで誰が得すんの?

……ええ、私怨ですよもちろん。 
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