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亡命編 銀河英雄伝説~新たなる潮流(エーリッヒ・ヴァレンシュタイン伝)

作者:azuraiiru
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第五十九話 皇帝崩御

帝国暦 486年 5月14日  12:00   オーディン 軍務省 尚書室 オフレッサー



「何だと、一体何の冗談だ、そのカストロプの話は!」
「悪辣にも程が有る。あの小僧、一体何処まで帝国を貶める気だ!」
目の前でエーレンベルク、シュタインホフ両元帥が激高していた。無理もない、俺がその立場ならやはり激高しただろう。

イゼルローン要塞は守られた。遠征軍、要塞駐留艦隊は全滅したがイゼルローン要塞が反乱軍の手に渡ることは無かった。反乱軍は撤退し最悪の事態は避けられたように見える。しかし、俺に言わせればイゼルローン要塞が反乱軍の手に渡り、ミューゼルの艦隊も全滅していた方がまだましだった。

ヴァレンシュタイン、あの小僧がとんでもない事をしでかした。カストロプの秘密を帝国軍将兵、反乱軍将兵の前でぶちまけた。おまけに反帝国感情を煽る様な言動までしている。

ミューゼルはエーレンベルク、シュタインホフ両元帥にではなく俺に連絡を取ってきた。奴も事態の深刻さを理解している、直接両元帥に話しを持っていけば混乱するだけだと思ったのだろう。カストロプの秘密を知っている俺に話すことを優先した。その判断は褒めてやるが俺にとっては嬉しい事ではない、厄介ごとを押付けられた気分だ。

「残念ですが、冗談ではありません」
俺の言葉にエーレンベルク、シュタインホフが鋭い視線を向けてきた。
「どういう意味だ、オフレッサー元帥」
「冗談ではない、そう申し上げているのです、軍務尚書」

エーレンベルク、シュタインホフが顔を見合わせた。そしてまた視線をこちらに向けた。
「卿、何を知っている」
低い声でエーレンベルク元帥が問いかけてきた。

「知っている事は全てお話致します。しばらくの間、何も言わずにお聞きください」
エーレンベルク、シュタインホフがまた顔を見合わせた。
「良いだろう、全て話してもらおう」


全て話すのに小一時間かかった。途中何度か話が中断されかかったがその度に二人を宥めて話し続けた。カストロプの事、そしてヴァレンシュタインの毒……。両元帥とも話が進むにつれ無口になり今では蒼白になって黙り込んでいる。

「この件は表に出れば大変な事になります、極秘とされ口外することは禁じられていました。知っていたのは帝国でもごく一握りの人間だけでしたが今では帝国だけでも五百万人以上、反乱軍を入れれば千五百万の人間が知っています……」

呻き声が聞こえた、エーレンベルク元帥が髪を掻き毟っている。
「何という事をしてくれたのだ、帝国を守る贄だと、その贄が原因でヴァレンシュタインが生まれたと言うのか、あの忌まわしいガルムが! その所為で帝国軍将兵一千万人が死んだというのか、何という事をしてくれたのだ! リヒテンラーデ侯……」

「リヒテンラーデ侯はこの事態を知っているのか、オフレッサー元帥」
「此処に来る前に知らせました。侯は陛下に御報告すると」
「そうか」
シュタインホフも生気が無い。もっとも生気が有る人間などこの部屋には居ない。皆、この先の展望が見えずにいる。

ヴァレンシュタインは帝国軍将兵の心に毒を植え付けた。将兵達は帝国そのものに、何のために戦うのかに疑問を持ち続けるだろう。そしてその疑問は将兵から帝国臣民全体に広まる……。帝国は革命という巨大な爆薬を背負わされて焚火の周りを歩いているようなものだ。一つ間違えば革命は爆発し帝国は吹き飛ぶだろう。

TV電話が呼び出し音を奏でた。エーレンベルクがのろのろと受信スイッチを押す。スクリーンにリヒテンラーデ侯の顔が映った。

「リヒテンラーデ侯、何という事を」
『後にしろ、軍務尚書』
「何を言って」
『後にしろと言っているのだ!』

リヒテンラーデ侯の激しい言葉にエーレンベルク元帥が口籠った。
『陛下が先程、御倒れになった』
「な、なんと」
『陛下が御倒れになったのだ、軍務尚書!』

尚書室が凍りついた。
『陛下は後継者を定めておらん。陛下に万一の事が有れば皇位を巡って内乱が起きかねぬ。何としてもそれは防がねばならん。軍の力をあてにしてよいか?』

エーレンベルクもシュタインホフも黙り込んだ。宇宙艦隊は司令部が壊滅状態、そして中核である精鋭部隊も全滅。その状態で内乱を防ぐと言っても簡単な事ではない。ブラウンシュバイク公もリッテンハイム侯も自前の軍を持っているのだ。一月前なら恐れることは無かった。だが今は……。

「帝都防衛についてはお任せください、オーディンで地上戦は起こさせません」
躊躇うな、今は最善を尽くすしかない。俺の言葉にエーレンベルクが頷いた。
「軍は最善を尽くします。しかし、例の件については納得のいく説明をしてもらいますぞ」
『分かっている、頼む』

スクリーンからリヒテンラーデ侯の姿が消えた。
「オフレッサー元帥、帝都防衛は卿に頼む。宇宙艦隊の再編はシュタインホフ元帥、お手数だが卿に頼みたい」
「承知した。して、軍務尚書は如何なされる」

シュタインホフの言葉にエーレンベルクは忌々しそうに吐き出した。
「例の件、説明はともかく後始末は急がねばなるまい。事は軍だけの問題ではない、国務尚書と善後策を検討しなければならんだろう。一つ間違うとイゼルローンで反乱が起きかねん。反乱軍に寝返ったりしたらとんでもない事になる」
シュタインホフ元帥が顔を顰めるのが見えた。なるほど、確かに有り得る。駐留艦隊が全滅した、そんな時に例の一件の真実を聞いたのだ。要塞守備兵の士気は最悪だろう。シュタインホフ元帥が俺を見た。こちらも異存はない、黙って頷いた。

「イゼルローンの駐留艦隊ですが、そちらも私が再編してよろしいかな」
「そうだな、そうしてもらおうか。再編が終わるまではミューゼル中将をイゼルローンに置く事にしたい。どうかな、オフレッサー元帥」
「異存有りません」

今はイゼルローン要塞に残留させた方が良いだろう。こちらに戻すのは例の一件の対処をどうするか、はっきり決めてからで良い。下手に戻すと新たな火種になりかねん。唯一心配なのはあの艦隊が反乱を起こす事だが、まああの連中なら心配はいらんだろう。しばらくは向こうで訓練に専念させることだ。

「それにしてもこれから先、帝国はどうなるのか……」
呟く様な軍務尚書の声だった。まったく同感だ、これから先帝国はどうなるのか、想像もつかない……。



帝国暦 486年 5月25日  10:00   イゼルローン回廊    ミューゼル艦隊旗艦 タンホイザー  ラインハルト・フォン・ミューゼル



「それで、次の皇帝陛下はどなたに」
『エルウィン・ヨーゼフ殿下が即位される、エルウィン・ヨーゼフ二世陛下としてな』
「それは……」

予想外の言葉に思わず絶句した。目の前のスクリーンにはオフレッサーが映っている。オフレッサーも難しい表情をしていた。彼にとっても予想外の結果だったのだろう。

皇帝フリードリヒ四世は今月の十四日、帝国軍大敗の報を受けショックで倒れた。一説には例のカストロプの一件の報告を受け倒れたとも言われているが真相は分からない。だがほとんどの人間はそれを信じている、いや信じたがっている。

一度は持ち直したがその三日後、十七日の朝にはベッドで冷たくなっているフリードリヒ四世が発見された。死因は心不全、幸いだったのは皇帝が姉の所で死んだのではないことだ。もしそうなったら何処かの馬鹿貴族が姉が殺したと騒ぎ立てただろう。

自然死ではある、だが多くの者がそれを信じていない。ヴァレンシュタインに呪い殺されたのだと信じている。“悪夢の中でのたうつと良い” 笑いながら放たれたヴァレンシュタインの言葉だ。

フリードリヒ四世はベッドの中で悪夢にのたうちまわりながら死んだ。“ヴァレンシュタインの呪いの最初の犠牲者”、それが兵士達がフリードリヒ四世に付けた異称だ。そして次の犠牲者は誰かと噂をしている。

“ヴァレンシュタインの呪い”、現実に帝国はその呪いの所為で混乱している。誰もが帝国の統治者に不信を抱き、反乱軍との戦争に疑問を抱いているのだ。そして政治体制そのものに疑問を抱き始めている。一つ間違えば革命が起きるだろう。イゼルローン要塞でも、そして俺の艦隊でも不穏とは言えないまでも微妙な空気が漂っている。非常に危険だと言える。

フリードリヒ四世は後継者を定めていなかった、その事が混乱に拍車をかけている。候補者は三人、皇太孫エルウィン・ヨーゼフ、外孫エリザベート・フォン・ブラウンシュバイク公爵令嬢、同じく外孫サビーネ・フォン・リッテンハイム侯爵令嬢。

外孫二人がいずれも大貴族の娘であるのに対し、エルウィン・ヨーゼフは嫡孫とはいえ有力な後ろ盾は居ない。ましてエルウィン・ヨーゼフは未だ五歳にもなっていないはずだ。それに対し外孫二人は十歳は超えている。五歳に満たない幼帝が即位するには圧倒的に不利な状況と言って良い。だが現実には両者を抑えてエルウィン・ヨーゼフが皇帝として即位する。

リヒテンラーデ侯が両家を抑えたという事だろうか。己の権力を維持するために傀儡の皇帝を擁立した。彼にとっては皇帝は幼いほどやりやすいだろう。それほどまでに権力を維持したいのか、今は非常時、保身よりも大事なことが有るだろう。このままではヴァレンシュタインの思う壺だ、リヒテンラーデ侯はあの男の恐ろしさを理解していない。焼け付くような焦燥感が起きた。

「リヒテンラーデ侯がブラウンシュバイク、リッテンハイム両家を抑えたという事でしょうか? 本来なら両家の協力を得る事が必要なはずですが……」
俺の問いかけにスクリーンのオフレッサーは首を横に振って否定した。

『そうではない、リヒテンラーデ侯は両家の協力を求めたのだ。より露骨に言えば次の皇帝はエリザベート・フォン・ブラウンシュバイクに、そしてブラウンシュバイク公、リッテンハイム侯に帝国宰相、副宰相になってもらいたいとな』

だが現実にはエルウィン・ヨーゼフが帝位についた……。リッテンハイム侯が納得しなかったという事だろうか。
「ブラウンシュバイク公、リッテンハイム侯は帝国宰相、副宰相に就任されるのでしょうか」

『残念だがそれもない』
どういう事だ、帝位も宰相の座も要らない? 何かがおかしい。スクリーンのオフレッサーは厳しい表情をしている。俺は何を見落としている?

俺の気持ちを読んだのだろうか、オフレッサーが微かに唇を曲げて問いかけてきた。
『両家が何を考えているのか、分からんか?』
「……分かりません」

『両家とも帝位を望むのは危険だと思っているのだ。革命が起きるのではないかと恐れている』
「まさか……、そこまで」
思わず声が震えた。ブラウンシュバイク、リッテンハイム、両家とも帝国屈指の実力者だ。その両家が革命が起きると恐れている。

『当家の娘は外孫、皇位は嫡孫であるエルウィン・ヨーゼフ殿下こそがお継ぎになるべき……。ブラウンシュバイク公、リッテンハイム侯が言った言葉だ。正論ではあるがこれまで事あるごとに帝位を巡って争ってきた両家が言う台詞ではないな』

皮肉交じりのオフレッサーの言葉に俺は頷いた。両家が次期皇帝の座を狙っていたことは子供でも知っている事だった。つまり建前であって本音ではない。

『革命が起きれば皇帝はその命を狙われることになるが、だからと言って皇帝は逃げる事は出来ん。だが外孫ならば話は別だ、場合によっては革命勢力に味方することも出来るし亡命と言う手も有る。生き延びるという点に関しては皇帝になるよりもはるかに有利なのだ……』

「つまり、ブラウンシュバイク、リッテンハイム両家は……」
『新帝を見放した、そういう事だ。いや、見放したのは帝国の未来かもしれんな』
「……」

帝国屈指の大貴族が帝国の未来に絶望している、となれば他の有力貴族も似たようなものなのだろうか……。イゼルローンでは分からないが、オーディンでは今回の一件は俺が考える以上に深刻に捉えられているのかもしれない

『リヒテンラーデ侯に対して新帝を担いで事態を収拾してみろ、そんな気持ちも有るのかもしれん。例の一件の首謀者はリヒテンラーデ侯だからな、責任を取らせるという事だろう』

その裏には自分達にその責任を押付けるなという気持ちが有るだろう。同時に例の一件はあくまでリヒテンラーデ侯の独断で自分達は関係ないと主張している。いざとなれば新帝とリヒテンラーデ侯を不満分子に売り渡して不満を解消させる。その後、自分の娘を担いで事態の収拾を図る……、そんなところか。

「ではリヒテンラーデ侯は国務尚書に留任ですか」
『例の一件はあくまでヴァレンシュタインの邪推であって真実ではない、それが帝国の公式見解だ。そうである以上、リヒテンラーデ侯が引退する理由は無い。侯が生き残るためには新帝陛下を担いでこの難局を乗り切るしかない』

新帝とリヒテンラーデ侯にとっては地獄だろう。ヴァレンシュタインの呪いの犠牲者、二人がそう呼ばれるのも遠い日ではないかもしれない。

『伝えておくことが有る』
「はっ」
『要塞駐留艦隊の司令官だがグライフス大将に決まった。一週間後にはオーディンを発つはずだ』
「はっ」

新たな駐留艦隊が此方に着くのは大体二月後か、俺がオーディンに戻るのは九月の中旬から下旬だな……。新司令官はグライフス、ヴァンフリートの会戦時の参謀長だった。この時期にイゼルローン要塞駐留艦隊司令官か、素直に喜べる人事ではないだろうな。

『ミューゼル、分かっているだろうが帝国を安定させるためには軍事的勝利が必要だ。少なくともリヒテンラーデ侯はそう考えている。これについては軍務尚書、統帥本部総長も同じ考えだ。帝国の安定だけでなく軍内部の統制を保つためにも勝利が必要だとな……。卿は配下の艦隊の練度を上げておけ。場合によってはオーディンに戻ることなく出撃という事も有る』

「しかし、それは」
この状況で反乱軍に戦争を仕掛ける? あまりにも危険が大きすぎるだろう。負ければ一気に帝国内には革命気運が強まるに違いない。しかしオフレッサーは最後まで俺に話させなかった。

『言い忘れたが、新任の宇宙艦隊司令長官は俺に決まった。卿だけに責任は負わせん、出撃には俺も同行する。頼りにしているぞ』
「はっ」

どうやら次の一戦が帝国の命運を分ける戦いになりそうだ。負ければ帝国は間違いなく革命の嵐に揺れるだろう。俺もオフレッサーも敗戦の責を取らされるに違いない、おそらくは死……。背水、そんな言葉が頭に浮かんだ。帝国も俺も後が無い状況で戦いを迎える事になるだろう……。

 
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