魔界転生(幕末編)
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。
ページ下へ移動
第90話 魔界衆との戦い(その四)
十兵衛の後ろにつくように土方は歩いていた。
「土方殿、剣気を抑えるがいい。その程度の剣気では、次の戦いには勝てぬ」
十兵衛は、土方を見ることなく言った。
「それはどういう意味ですか?」
自分の力に過信しているわけではないが、当時の人斬りと呼ばれた怪物達や硝煙の中を駆け抜けて戦った土方にもある。故に、十兵衛の言葉に少しムッとした。
「坊太郎を倒したのは、見事であった。柄を抑え、刃を抜かせないようにした戦術も見事だ。が、今度の敵は、それも通じぬ男が待っていると思うからだ」
十兵衛は、相変わらず土方を見ず、前だけを向いて歩き続けた。
「いったい、それは誰なのですか?十兵衛殿にそこまで言わせる男とは」
十兵衛の背中を見つめて土方は聞いた。
「宮本武蔵」
十兵衛は、ようやく土方を振り向いて答えた。
「な、なんですと?新免・宮本武蔵殿と申されるか」
土方はある程度、予測していた。が、十兵衛の表情をみるに本当のことなんだと察した。
十兵衛と土方が階を上がるにつれて強烈な剣気が二人を襲った。
(なんていう気だ。吐き気がしそうだ)
土方は、いままで戦った相手にはこれ程強烈な剣気を感じたことはなかった。それに、どんな剣士でも、大なり小なり気はあるが、こんなにも大きな気は初めてだった。
(これは、十兵衛殿の言うとおりにしておいた方がよさそうだな)
若干、宮本武蔵と戦ってみたいと思っていたのだが、自分の甘さに苦笑した。
「待ちかねたぞ、十兵衛」
武蔵は、にやりと笑った。
「武蔵殿」
十兵衛もまたにやりと笑った。
「おぉ、トシじゃねぇか。お前、生きていたのか」
武蔵よりも気は弱いが、それでもその気には覚えがあった。
「近藤さん。再び蘇ったのか?」
土方は声のする方に言った。
「おぉよ。総司と田宮殿を打ち破ったのは、お前もいたからか」
近藤はにやりと笑った。
「土方殿、あのものと知り合いか?」
十兵衛は、武蔵から目を離すことなく土方に問いた。
「えぇ、昔の仲間で近藤勇というもの」
土方は近藤を見つめて十兵衛に答えた。
「近藤とやら、その剣気を収めた方がいい」
十兵衛は、土方にしたような忠告を近藤にもした。
「ははは、心配無用でござる。私とて幾多の戦場を駆け抜けた経験がござる。そうやすやすとやられはいたしませぬ」
近藤は、ますます気を高め十兵衛と対峙した。
「近藤さん、十兵衛殿の忠告を聞いておいたほうがいい。このお二方はまだ本気をだしていない」
土方もまた注意を促した。
「どうした、トシ?臆したとでもいうのか?」
近藤は、大声を上げて笑った。
「忠告はしたからな、近藤さん」
土方は近藤を憐れむかのように見つめた。
「はははは、新撰組副長・土方歳三ともあろうものが臆病風に吹かれるとはなぁ。まぁ、いい。お前はそこで縮こまっておれ」
そういうと、近藤は刀をぬいた。
「さぁ、始めようか。十兵衛」
武蔵もまた刀を抜いた。と同時に、土方が先ほど感じた剣気などとは比較にならないほどの気が発せられた。
「では、参る」
十兵衛も刀を抜くと同時に、武蔵と匹敵する位の巨大な剣気を発した。
「うわ、うわわ。な、なんだこれは」
巨大な姿をした十兵衛と武蔵に挟まれて近藤は、驚愕のあまり目を見開いて叫んだ。その瞬間、近藤は木端微塵に切り刻まれ跡形もなく消え失せてしまった。
(なるほど、そういうことか)
土方は、二人よりも未熟な剣気を抑え、遠巻きに身を潜めていた。
(俺たちの出る幕はなかったんだよ、近藤さん。十兵衛殿と戦いたい。武蔵殿と戦いたいということ自体、俺たちは無謀ということだったんだよ)
近藤の無残な死に方に土方はそう思った。
「なにやら、子虫を斬ってしまったようなだなぁ、十兵衛よ」
「全くその様で」
十兵衛と武蔵はお互い見つめ合いにやりと笑った。
「おい、その土方という者。お主もわしと戦いたいか?」
武蔵は土方に向かって言った。
(冗談ではない。あの二人の剣気に巻き込まれたら最後。近藤さんのように木端微塵だ)
「いやいや。ご遠慮いたしまする」
土方は武蔵に大声で答えた。
「賢明な判断だ。近藤という男のようになりたくなければな」
武蔵はにやりと笑った。
「武蔵殿、どうしてもひいてはくださらぬか」
十兵衛はなるべくこの男とは戦いたくないと思っていた。なぜなら、先の魔界衆との戦いでもっとも苦戦した男だからだ。
「何をたわけたことを申しておる、十兵衛。わしは、お主との戦いを楽しみにいておったのだぞ」
武蔵は、右手に持った大刀を突きつけて睨み付けた。
「左様でござるか。では、致し方なし」
十兵衛は愛刀・典太を斜めに傾けた正眼で構えた。
(始まる。怪物たちの戦いが)
土方は息をのみ、二人の戦いを見守った。が、実はここに来る前に十兵衛との話し合いがあったのだ。
「行くぞ、十兵衛」
武蔵は、大刀を上段に構えたかと思うと、気合もろとも振り下ろした。すると、物凄い剣力の風が十兵衛に襲い掛かった。が、十兵衛もまた気合を込めて刀を振り下ろす。
その風は、十兵衛により真っ二つに切り裂かれ、十兵衛の後ろへと通り過ぎて行った。
それと同時に、十兵衛が返す刀で武蔵と同じことをやり返した。が、武蔵もまたそれを切り裂いた。
その攻撃が当分の間続いたが、十兵衛も武蔵も引きことはなく、全くの互角であった。
「ワハハハハ。楽しいなぁ、十兵衛。こんなにわくわくするのは、小次郎とお主との先の戦い以来だぞ」
武蔵は、楽しそうに大声で笑った。
「それはようござった。ですが、そろそろ地獄へ送り返さねばなりません故、決着をつけましょう」
武蔵とは反対に十兵衛は剣に力を込め、武蔵を睨み付けた。
「来るか、十兵衛」
武蔵の顔からも笑顔が消えた。
強烈な剣気が交差し、風となって吹き荒れた。そして、始めに動いたのは、十兵衛だった。
畳の上を滑るかのように武蔵との間合いを一気に詰めてきた。が、武蔵も同様のことを考えていたかのように前進してきたのだった。
二人は目にもとまらぬ速さで刀を交わした。鈍い金属音が響き渡る。
十兵衛が胴を狙えば、武蔵がそれを交わし。武蔵が面を狙えば十兵衛がそれを交わす。
足を狙えばそれを飛んでかわし、小手を狙えば狙われた手を剣から離しそれを交わす。まさに、互角。一進一退の攻防であった。
疲れも見せず剣をふるい続け、奥義を尽くして打ち合う二人。が、最初のつばぜり合いで武蔵はついに二刀を抜いた。
十兵衛の胴を小太刀で巻こうとしたのだった。が、十兵衛は武蔵のつばを利用して後ろへ飛んだ。そして、武蔵の太刀を持つ手首を狙って剣を振り下ろした。
武蔵は間一髪で小太刀で十兵衛の一撃を防いだ。と当時に今度は武蔵が十兵衛の右わき腹を狙う。
十兵衛は、剣を右斜めに構え武蔵の剣を防ぐ。そして、武蔵の剣に沿うように滑らせたと思うと、武蔵の右面を狙う。
武蔵は、小太刀でそれを防ぐと太刀で十兵衛の首を狙って突き入れた。もちろん、十兵衛はそれを交わした。そして、武蔵の右横を低い姿勢のまま走り抜けた。
「ぬぅ」
武蔵は低い声でうめいた。なぜなら、すり抜けていった十兵衛の剣が武蔵の胴を斬りつけていったからだ。
傷は浅かったにしても武蔵を上回ったことに変わりはない。そして、武蔵は十兵衛の姿をみて驚愕した。
「十兵衛、お主も二刀をつかいおるか」
武蔵の胴を斬りつけたのは、十兵衛の小太刀。そして、武蔵がみた十兵衛の姿は、右手に愛刀・典太。左手には小太刀を持った二刀流。
「やりおるな。それでこそ、わしが戦いたかった、柳生十兵衛」
武蔵は、斬られた横腹など全く気にすることなどなかった。そして、両腕を前に突出し、刀を八の字のように構えた。
「十兵衛よ。まぐれとはいえ、よくぞわしの胴をないだな。誉めてやろう。だが、これまでよ」
武蔵の剣気が、いままで以上に膨らんでいくのが十兵衛にはわかる。
「さて、それはどうですかな?二刀を扱う者はいまではごまんといるそうですよ。ゆえに、この十兵衛も武蔵殿よりうまく使ってみせましょう」
十兵衛は、武蔵を挑発するようににやりと笑って、武蔵と同様の構えをみせた。
「なめるな、十兵衛」
武蔵の怒りのせいか、ますます剣気が膨れ上がり、十兵衛に向かって発していた。
(さて、土方殿。うまくやってくれよ)
実は、前述していた十兵衛と土方の離し合いなのだが、それは武蔵退治の秘策だったのだ。
剣気そのものであれば、おそらく十兵衛と武蔵は互角。なぜなら、十兵衛は武蔵と同じ剣気を放つものと、父・但馬守や叔父である尾張柳生の柳生兵庫助利厳もが認めるものだった。
が、十兵衛が武蔵と違うとこは、武蔵は己の剣を磨き己の兵法を築き上げ新免、剣聖とまで言わしめたが、十兵衛は違った。
但馬に謹慎を命じられた時から、城にこもり、はたまた野山を駆け、旅を愛し、飄々と生きてきた。それは、剣を磨き、独自の兵法を構築するものではないが、天上天下唯我独尊などとは思いもせず、自由気ままな発想で敵を倒すというものに変わっていった。
だから、十兵衛は、武蔵を一人で倒そうとは思っていなかった。そして、土方も武蔵の動きをずっと観察し機会をうかがっていた。
「土方殿、必ず俺が機会を作るその時が勝負だ」
十兵衛のこの言葉を土方は信じていた。
「そのためには、土方殿。気を抑えよ。できれば、消せるようにしてほしい。俺も武蔵殿も気を察することができる。そして、必ず、武蔵殿は気を俺に集中させる時がある」
十兵衛は、土方にそう言った。
土方もまた、勝負所を見極める天才だった。
寺田屋事件の時も会津戦争の時も。そして、魔界衆との戦いの時もここぞというポイントを見逃さず、勝利を手中に収めた。
難敵・宮本武蔵との戦いも勝てると思っていた。なぜなら、柳生十兵衛という頼りになる男がいるからだ。
そして、その時が目の前で起こっていた。
武蔵の気が十兵衛のみに集中しているのだ。
(いまだ!!)
土方は気配を消し、武蔵の背後を取った。そして、一気に武蔵の心臓目がけて剣を突き刺した。
「ぐっ」
武蔵の小さなうめき声が聞こえた。が、武蔵の顔は鬼のような形相に変わった。
「この虫が!!うろちょろするな!!」
武蔵は土方を首だけで振り向き睨み付けた。
(勝機!!)
十兵衛もまさに疾風のごとき動きで武蔵に向かって行き、今度はこみかみのあたりに思いっきり剣を突き立てた。
「ぐわぁ。お、おのれ、十兵衛!!」
最後の気力を振り絞るように武蔵は、十兵衛の体目がけて剣を振り抜こうとした。
「もうよいでしょ、武蔵殿」
十兵衛は、その剣を二刀の片方で受け、とどめと言わんばかりに武蔵の首をはねた。
「畜生ぉーー!!」
はねられた武蔵の首は、そういうと空に消え、血を吹き出していた体も同じく消えていった。
ページ上へ戻る