魔法少女リリカルなのは ~黒衣の魔導剣士~ 外伝
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黒衣を狙いし紅の剣製 06
「あの、ディアーチェさんいますか?」
そう言って店の中に入ってきたのは、短い赤髪の女性。見た目はどことなくスバルに似ており、年齢も同じくらいだ。
彼女の名前はノーヴェ・ナカジマ。
数年前に起きた事件に関与していた戦闘機人であるが、他の姉妹達と共に今はナカジマ家に世話になっている。事件後しばらくは口が悪く礼儀知らずなところもあったが、この数年で大分改善された。まあ露骨に態度が悪かったのはショウやスバルに対してなのだが。
「ここに居るぞ。客も居らんのだから少し探せば分かるだろうに」
「いや、それはそうですけど……自虐めいたこと言われると反応に困るんですが」
「ふ……」
「えっと、何でそこで笑うんですか?」
「いや……ただあれだけ口が悪かったお前に敬語を使われてるかと思うとおかしくてな」
我の言葉にノーヴェは少し顔を赤らめる。どうやらあの頃の自分は黒歴史のようなものになっているようだ。
「そういうこと言わないでくださいよ。あの頃のあたしは……その荒れてたんで」
「そうだな。特にショウにはひどいというか、なかなか今みたいになれていなかった」
「だからやめてくださいって。ショウさんには……その悪いことしたっていうか、全面的にあたしが悪かったって思ってるんですから」
心底申し訳なさそうな顔を浮かべるあたり嘘ではないのだろう。
まあ……そうでなければまだ荒れてた状態だろうからな。あの男に何を吹き込まれていたのかは知らんが、ノーヴェはショウを目の敵にしておったようだし。
「まあ立ち話もなんだ。適当に座れ……何か頼むか?」
「ありがとうございます。じゃあ……シュークリームとコーヒーで」
「コーヒーで良いのか? 甘いものなら別にあるが」
「ヴィヴィオとかじゃないんで子供扱いしてないでください。コーヒーくらい飲めますから」
そうやって少しムキになってるあたり子供っぽいのだがな。
まあ姉であるスバルと比較するとあやつの方が幼く思えるが。なのはの弟子故か元々の性格なのか特定のことは鈍いようだし。
「それで今日は何用なのだ? 入ってきてすぐ我を呼ぶあたり、ただ来ただけではあるまい?」
「それはその……スバルがディアーチェさんがバイト探してるから行けって言うもんで」
「別に言いにくそうに言うことでもないと思うが? ……前のバイト、クビにでもなったのか?」
「クビになんかなってない! 真面目に働かない奴が居たから注意したら何かあたしが怒られて……だからこっちからやめてやったんだ。……あ、その、やめたんです」
別に無理して敬語を使わんでも良いのだがな。
我はそこまで相手を威圧するとまでは言わんが、多少身構えさせてしまう雰囲気でもあるのだろうか。長年の友人であるすずかもディアーチェで良いというのにちゃん付けは取れんかったし。まああやつの場合は性格的に仕方ないのかもしれんが。
「そこに都合良く我の話が来たというわけか。……それでいつから来れるのだ?」
「え……面談とかしないんですか? 一応履歴書とかも持ってきたんですけど」
「そういう手間を省くために知人を雇おうとしているのだ。それに……久しぶりに話してみたが、まあ今の貴様なら客商売もどうにかなろう」
口調に関しては我も似たようなものだからな。自分よりも年上などには敬語を使うが、基本的にそこまで口調は変えぬし。そもそも、人を不愉快にさせなければ口調などどうでも良いのだがな。口が悪くても客から愛されておる店員などは世の中に数多く居るのだから。
「何か……ディアーチェさんが優しいとか身内には甘いとか言われるのよく分かった気がします」
「別に我くらい普通……誰がそんな恥ずかしい話を貴様にしておるのだ?」
「え、割とみんなから聞きますけど。スバルとかはやてさんとか……ショウさんも言ってたような」
「もうよい。それ以上は言うな」
スバルはまあ良いとして問題は小鴉とあやつよ。
小鴉はすぐ人のことをからかいよるからあることないこと言っておる可能性がある。もう大人であり、ヴィヴィオという我らを見て育つ者も居るのだからしっかりせいと言いたいところだ。
あやつは……その手のことは割と素直に口にしよるからな。おかしなことは言ってはおらんだろうが、それが逆に恥ずかしく思えてくる。
……な、何を変に意識しておるのだ我は。少し前にヴィータがおかしなことを言われたからといって、これではまるで恋に恋する女子のようではないか。我はもう大人なのだ。ちゃんと大人としての振る舞いをしなければ……
「ディアーチェさん、何だか顔が赤いようですけど」
「な、何でもないわ! これでも食べて少し黙っておれ!」
「え、えー……まあ、いただきますけど」
今のは理不尽な気がする、のような顔をしておるがここはあえてスルーする。
確かに急に大声を上げた我も悪いが、ノーヴェも悪いからな。ここぞとばかりのタイミングで我の赤面を指摘してきたのだから。時としてスルーすることも優しさなのだぞ。
「王さま王さま~! 今日も来たよ!」
馬鹿でかい声と共に現れたのは白衣を纏っているレヴィ。無駄に回転したりしているのは、白衣がはためいてカッコいいとでも思っておるのかもしれん。
そんなレヴィに少し遅れる形でシュテルとユーリも店の中に入ってくる。レヴィと同様に白衣を着ていることから休憩でここを訪れたのだろう。
「レヴィ、うるさいですよ。客がほぼいないとはいえ、必要以上に大声を出すのはやめてください」
「シュテルよ、注意しつつ我にケンカを売るのはやめぬか」
「何を言っているのですか。私は別にケンカなど売ってはいません。ちゃんとそこに居るノーヴェもカウントした発言をしたはずです」
確かにそうだが……注意する上で客の数も言葉の中に入れる必要があったのかと我は思うのだが。
客が多いのなら他の客の迷惑になるということで入れても良いとは思うが、その逆は別に入れなくても良いのではないか。もっと声を出していいと肯定しているのならまだ理解も出来るのだが……付き合いも長いが未だに分からんところがある奴よ。
「まあ良い。適当に……ノーヴェの近くにまとまって座れ」
「じゃあボクはノーベの隣!」
「じゃあ私は反対側の隣です」
「では私は……ノーヴェの膝の上ですね」
「いや、それはおかしいというか……体格的に無理です。あたしが食べれなくなるんで」
ノーヴェよ、もっと声を大にして言って良いのだぞ。それだけのことをシュテルは言っているのだから。まあ実行しないあたり本気ではないのだろうが。座っていたのがショウだったらやっていた可能性はあるが。
「ふざけてないでさっさと注文せぬか。何時間も休憩があるわけではあるまい」
「そうなんだよね。今日はショウがいないからボク達がやっておかないといけない仕事も多くて嫌になっちゃうよ。デバイス達のまとめ役のファラもショウと一緒に行っちゃってるし」
「レヴィ、私達の仕事は未来の人ためになることなんだから嫌だとか言っちゃダメです。それにセイが残ってるから大丈夫です。ファラが居ても妹達を可愛がるだけでまとまりませんし」
昔から素直な奴ではあったが……一緒に仕事をする相手もあってか容赦のない言い方だ。
親しい関係にあるが故に言っておるのかもしれないが、天然で言っておる可能性もあるだけにたまにユーリのことが怖くなる。さらりと爆弾を投下しかねんから。そういう意味では成長したのは見た目だけかもしれん。
そんなことを考えている間にそれぞれの注文が入ったので、すぐさまそれを用意する。
ただ……ここに来る連中はシュークリームばかり頼み過ぎではないかと思う時がある。桃子殿直伝であるが故に味も保証されておるし、懐かしさも覚えるだろうがもう少し別のものも食べてくれても良いだろうに。我とて色々作っておるのだから。
などと漏らそうものなら逆にシュークリームを食べなくなるのだろうがな。まあ客足が増えれば別のものも売れるようになるだろう。それまでの我慢というだけか。
「やれやれ、前から思っていましたが……ユーリ、あなたは少しファラよりもセイを贔屓する傾向にあります。確かに彼女にはだらしない面もありますが、仕事中は真面目ですよ」
「む……それは分かってます。でもセイの方が真面目で色んな手伝いしてくれてますよ」
「そういうところが贔屓していると言っているのです」
「そういうシュテルだって贔屓してるじゃないですか。セイはファラと違ってアルトリア達を可愛がるだけでなく、悪いことしたら怒ったりしてるんですよ」
「どうどう、ふたりとも落ち着きなよ。ボクから言わせればどっちもどっちだし。別に贔屓するなとは言わないけどさ、ボク達はみんな仲間みたいなもんなんだからどっちが悪いみたいな言うのはやめようよ。ファラにもセイにも良いところもあれば悪いところはあるんだし。人間らしくなってる証拠なんだから」
レヴィの言葉に我を含めてその場に居た者達は固まる。
シュークリームを食べながら言っていたので深くは考えていないのだろうが、実に正論かつ的を得た言葉だった。
我やシュテルなどは大抵のことをこなす。それは万能であるように思えるが、人よりも優れておるだけで人並み外れたものは少ない。天才というよりも秀才と称されるレベルが多いだろう。
だがレヴィは万能ではないというか、興味を持ったものしかやろうとはせん。その代わり、その分野では全て人並み外れた結果を残す。
それも含めて考えると普段はバカみたいに騒いだりしておる奴だが、我らの中で最も天才と称されるべきはこやつなのかもしれん。
「部外者のあたしが言うのもあれなんですけど……そもそも社外秘とかないんですか? 仕事柄知り合いに教えちゃいけないことってあると思うんですけど」
「そのへんは問題ありません。確かにそういうものも中にはありますが、私達は行っている人型デバイスの研究などは秘匿しようとは考えていませんから」
「少しでも研究してくれる人が増えれば、そのぶん人間らしいデバイスも増えますからね」
さらりと口にしよったが、世の中の同業者がどれだけ同じことを口にできるだろうか。
より良いものを作りたい。その思いで研究している者は大勢居る。だが莫大な費用が掛かることだけにそれ以上の利益を欲するのが人の性というものだ。
だがこやつらは目先の利益よりも未来への希望を大切にしておる。同業者からは尊敬される一方で蔑まれることもあるであろうな。たとえ何があろうとこやつらが歩みを止めることはないのだろうが……
そう思った直後、店のドアが勢い良く開いて来店を知らせるベルが鳴る。
中に入ってきたのは、走ってきたのか息が上がっておるティアナ。休憩に来たようには思えぬし、良い知らせを持ってきたようにも見えない。
「ティアナ……そんなに慌ててどうしたのだ?」
「あの……研究所の方に行ったら皆さんがここに行ったって聞いて。……その……ショウさんは?」
「それは……先ほどこやつらから今日は居らんと聞いたが。あやつはどこに行っておるのだ?」
「えっとね、ナハトモーントだっけ? その人の家に行くって言ってたよ。何でもショウに自分の開発してるデバイスを見て欲しいんだって」
そういえばナハトモーント家の主もショウ達と同様に技術者であったな。より良いものを作りたいのでレーネ殿に聞いた方が良い気もするが、あの人は急に予定が変えられるほど仕事がないわけではないからな。むしろ詰め過ぎなくらいだ。
「な……不味いですよそれ!」
ティアナは血相を変えたかと思うと、こちらに近づいてきた。そのただならぬ雰囲気に我らの動きは止まり緊張感が流れ始める。
「ティアナ、何が不味いんだよ?」
「何がって……ノーヴェあんた居たの」
「おい、確かに左右を挟まれてる状態だがそれはねぇだろ」
「ちょっと黙って。あんたに構ってる時間が惜しいから」
ティアナの態度にノーヴェの表情が不機嫌になる。が、さすがに水を差していい空気ではないと思ったのかノーヴェは何も言わなかった。
「ティアナよ、いったい何があった?」
「ディアーチェさん達にはこの前ナハトモーント家についてもっと調べてみるって言いましたよね?」
「ああ……まさか」
「そのまさかです。十中八九、ショウさんが感じてた視線の正体にはナハトモーント家が関わってます」
ティアナはそう言うと、これまでに掻き集めた資料を次々とテーブルに並べる。
「色々調べて分かったんですが、グリードという男は結婚も離婚もしてません。そのうえ誰か養子に引き取ったことも確認できませんでした」
「え、でも確かクロエって子供がいるんだよね?」
「はい、それは間違いないと思います。ただ今言ったようにグリードという男の子供ではありません」
実子でもなければ子供でもない。となれば……考えられる答えはふたつ。
ひとつは身寄りもない子供や他人の子供を誘拐し、身体・精神的に負荷を与えることで言うことを聞かせている可能性。そして、もうひとつは……
「それとこのグリードという男、これまでに犯罪歴はありませんが数年前……具体的に言えばJ・S事件終了後あたりから人気のない研究所に足を運んでいました。その研究所はすでに破棄されていましたが……そこで行われていた研究は」
「……人工的な生命に関わるものか?」
「はい」
不味い……これは非常に不味いぞ。
今聞いた話だけでもグリードという男は数年前からショウのことを狙っていたと考えられる。詳しい理由まで分からんが、人工的な生命に関する研究は倫理的に禁忌とされているものだ。
研究に携われる人間ならその研究が犯罪であることは知っているはず。これまでに罪を犯していない者がそれを犯すとなれば、私怨だとしても強い感情だろう。
「私が調べた限りではグリードという男に魔導師としての力はありません。ですが……」
「人工的に作られた……クロエという少女は魔導師としての力がある可能性が高いか。このことをショウは知っておるのか?」
「いえ……報告しようとしたんですが連絡が取れなくて。なので研究所の方に行ったんですが」
今に至っているというわけか。
さて、これからどうする。ショウはなのは達にも負けぬほどの魔導師でもあるし、ファラも一緒に居る。大抵のことは自力でどうにか出来るだろう。
だが……あやつが向かったのは云わば敵の本拠地。どんな罠が張り巡らされているかは予想も出来ん。
それに魔法という力は子供であろうと大人を叩きのめすことは可能だ。故にクロエという少女の実力次第では……ショウに万が一のことも起こりえる。
「ティアナ、あなたにふたつ聞きたいことがあります。ひとつはナハトモーント家の場所は分かっていますか?」
「は、はい。そのへんもちゃんと調べてます」
「分かりました。次に……あなたはここまでどのようにして来ましたか?」
「それは……バイクですけど」
「2人乗りは?」
「大丈夫ですけど……まさか」
そのまさかだろう。
シュテルは白衣を脱いでメガネを外すと、それらをユーリへ預け持っていたコンタクトに切り替える。
「ティアナ、私を連れてナハトモーント家に向かってください」
「で、でも……シュテルさんは」
「問題ありません。実戦こそ長い間行っていませんが模擬戦なら定期的に経験しています。なのは達とやったとしてもも負けるつもりはありませんよ」
絶対的な自信と……何より普段と別人と思えるほど真剣みを帯びた瞳に意を唱えられる者は誰も居ない。
まったく……いつもこのようにしておればもっと人から尊敬されるであろうに。これは我のよく知る真のシュテル・スタークスなのだから。
しかし、少々不安なこともある。
シュテルは冷静沈着。それ故に本気で怒りを覚えた時、人よりもストッパーが効かぬ恐れがある。今のシュテルの瞳には冷たい炎が宿っているように見えるだけに、何かあれば必要以上に敵のことを責めかねん。
「ティアナよ、管理局への連絡はこちら側でしておく。あとでそちらに連絡が行くかもしれぬが、今はとにかく貴様はシュテルと共にショウの元へ迎え。何かあっては遅いからな」
「分かりました」
「シュテル……分かっておるとは思うが、何があっても道を間違えるなよ」
「ご心配感謝しますが私はもう子供ではありません。ディアーチェを悲しませるような真似はしませんよ」
「約束だからな……ティアナ、大丈夫だとは思うが何かあった時はそのときは頼む」
「はい。……シュテルさん、行きましょう」
ふたりが出て行ったのを見届けると、我は残っている者達に意識を向ける。
「ユーリにレヴィ、それにノーヴェ。貴様達は管理局に連絡を入れて詳しい事情を説明してやってくれ。我が行うより関わりのある貴様達の方が管理局が動くのも早かろう」
「分かりました」
「ディアーチェさんはどうすんだよ?」
「我は……とりあえず閉店作業だ。そのあとはレーネ殿などに連絡を入れておこう。我に出来るのはそれくらいだからな」
それを聞いたノーヴェ達は頷くと店の外に出て行った。
我は局員ではないため関わることが出来ぬのが残念ではあるが、あやつらと違う世界へ進むと決めたのは己自身。心配することになろうと待つ立場に居ようと決めたのだ。後悔はない。だが……
「もしも……この世界に本当に神が居るのであれば」
我はその神を打ち倒したいと思うかもしれん。
あやつはこれまでに何度も傷つく悲しい想いをしてきたのだ。ようやく平穏な日々を過ごし始めた矢先にこの始末はあんまりではないか……
「ショウ……無事に帰ってくるのだぞ。……我は待っておるからな」
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